ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

意味不明小説(ショートショート)コミュの草むしり

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 日銭を稼ぐために、草むしりをしてきた。派遣会社から教えられた住所へ行くと、とてつもない広さの、二日おきに迷子が出そうなくらい広大な、団地が建っていた。団地といっても、私が記憶しているような、ベランダを覗くとランニングシャツ姿でうちわを扇いでる夫と、こめかみに湿布だか絆創膏だか分からない代物(本当に未だに正体が分からない)を貼った妻とが、扇風機の前でソーメンをすすっているような、古めかしいものではない。敷地内には、カフェとか、ドッグランとか、小洒落た遊具施設(転んでも怪我をしないよう地面が柔らかい特殊な素材で舗装されている)とか、私が持っていた団地の概念を粉々にするのに十分なほどの設備が整っていた。変わりゆく時代の流れにすっかり取り残されていた私に、軍手と土嚢袋という、いつまでも変わることのない草むしりの道具が手渡された。
 団地を囲む植栽に屈みこみ、黙々と草をむしる。といっても、草ならなんでもむしれば良いというものでもない。もとから植えてある草木を痛めず、雑草だけをむしらねばならない。植物にあまり関心のない私は、この見極めに戸惑ってしまった。派遣先の作業員の方から、それなりの手ほどきは受けていたものの、白くて小さな花が咲いたギザギザ葉っぱの草や、猫じゃらしに似たフサフサした草、小ぶりのハート型の葉が連なった蔦などに、「まあ、これはこれでありなんじゃない?」と、ちょっとした赴きさえ感じていまい、むしるのをいちいち躊躇ってしまうのだ。そっと作業員さんの手元を見ると、それらの草は気持ち良いくらいにむしられていた。私はそれに習って草をむしり、感じていた赴きと一緒に、土嚢袋へ投げ入れた。
 作業は一向に進まず、指先はかじかみ、膝と腰は否応なしに痛んだ。だが、庭いじりを趣味として、好んでやる人もいるのだから、楽しんでやってみればいいわけだ。草を根こそぎむしると、掘り返した土の中から、小さなミミズが現れた。ミミズをまじまじと眺めるのなんて、いつくらいぶりだろう?幼稚園とか小学生の頃、泥団子を作ったりして遊んだものだ。指先からずぶずぶと、両手を泥の中へ潜りこませる。ゆっくりこぶしを握ると、指の又から泥がすり抜けていく。最後までこぶしを握りきると、何者かが頭脳線をくすぐっている。それは長くて肥ったミミズだ。「ミミズに小便をかけると大事なところが腫れる」と、親から教わった。小便は流れ出るはずなのに、なぜ大事なところにバイ菌が入るのだろう?鯉の滝登りようにして、バイ菌が逆流してくるのかしらん?幼い頃の記憶に触れ、半ば童心にかえりながら、いつの間にか夢中になって草をむしっていた。
 「なにしてるの?」
 不意に、声をかけられた。それは、団地と隣接している保育園に通う園児からの問いかけであった。園児は、フェンス越しに好奇心の眼差しを、こちらへ向けていた。
 「花壇のお手入れをしてるんだよ」
 子供が嫌いではない私は、気さくな大人を装って返事をした。返事をしたかった、のだが、長いあいだ黙っていたため声をろくに出すこともできず、また気さくな大人を無理して装った緊張から、結果的に口を出たのは「あうあうあ……」という、妙なうめき声だけだった。園児はよく躾られているのだろう。「変な人に近寄っちゃ行けません」という、保母さんに普段から言いつけられているであろう教えに、忠実に従った。ところで私は、頭の中で誰かをイメージして、その誰かと会話をする(つまりは延々と独り言を続けているようなもの)という奇癖をもっている。因みにこの様子を他人に見られると、完全に危ない人に思われるのだが、黙っていても危ない人に思われることも少なくないので、あまり気にはしていない。私がイメージした園児は、立ち去ることなく会話を続けてくれた。
 「お手入れって、なにをするの?」
 「いらない草をむしるんだよ」私は気さくに返事をした。
 「その草、いらないの?」
 「そうだよ」
 「あっちの草は、いらなくないの?」
 「これは大事な草だから、いいんだよ」
 「どうして、いらない草と、いらなくない草があるの?」
 「それは、」
 答えに困った。いる草、いらない草、誰が決めたのだろう?そんなものは、人間の勝手な基準でしかない。
 這いずっていた、ミミズが言った。「あんたは、いる人間かい?いらない人間かい?」
 土嚢袋は、いらない草で膨れていた。一緒に投げ入れたはずの赴きは、見る影もなかった。
 仕事を終え、帰りがけにローソンへ寄った。小便が漏れそうで、トイレを借りたかったのだが、店員に鍵を開けてもらう必要があった。仕方なくレジで並んでいたが、いっこうに進む気配がない。見ると、一人のおばあちゃんに、店員が三人も寄り添って対応していた。どうやらおばあちゃんは目が不自由らしく、店員の一人が財布を預かって、会計をしていた。店員は商品代金と釣り銭を、何度も繰り返していた。おばあちゃんは、耳も悪いようだった。私は尿意を堪えながらも、おばあちゃんの杖が床に倒れているのに気がついた。そのことを知らせようか、あるいは黙って杖を拾いあげようか思案したあげく、結果的に口を出たのは「あうあうあ……」という、妙なうめき声だけだった。


(終)

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

意味不明小説(ショートショート) 更新情報

意味不明小説(ショートショート)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング