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意味不明小説(ショートショート)コミュのいつかその手を

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家に帰ると、娘が胸に飛び込んできた。

父親は娘を抱き上げた。脇腹に手を差し込まれ、6歳のスリヤはくすくす笑った。

「なんて美人な女の子だろう。それに、丸々としてるな」

「まるまるとなんてしてないわ!」

彼は唸り声を上げ、娘にキスした。

「パパは、まるまるとしてるわよね」

「たくましいと言ってくれよ。君のコトも食っちまうぞ」

「ねえ、宇宙人の見分け方を知りたい?」

抱きしめられたままスリヤは言った。

「知りたいさ」

「イイわ。裏山に行ってから言うから。ねえ、約束をおぼえてる?」

「裏山に行くコト?」

「うん、夜ご飯まで」

「もちろんだとも。母さんは昼寝か?」

「ママったら!」

そう叫ぶとスリヤは眼を閉じ、口を開け脱力して、眠っている母を真似して見せる。
彼は人形を抱いているように感じる。

「スリヤ」

たまらず彼は娘を揺らし、すると大きくひらいた瞳は彼を見て笑った。

もし願いが叶うなら…と彼は思った。

心の中で祈りを終え、娘を床に降ろしてやる。スリヤは靴を探しに行く。



小さな山の頂上にある倒木に、二人は並んで腰をかける。

街に陽がおち空に溶けるその様は美しかったが、二人はそれに背を向けている。

「…アリス・クーパーでしょ、それに…ジャミロクワイ」
「本当に?」

「本当よ。ぜっったいに宇宙人」
「他には?」

「もちろん。えーと…レディ・ガガでしょ」
「スティングは?」
「違うわ。だって名前が変だもの」

彼は笑った。

「なるほど。プリンスはどうだ?」
「きっと金星人ね」

確信的な口調がおかしくて、今度は二人とも声をあげて笑った。

地軸の傾きは、ひたむきな話にあけ暮れる二人の背中をオレンジ色に染めた。とてもひそやかに。

やがて帯電した夜の風が月の光のように二人をくるむと、スリヤは小さな肩をふるわせた。

「いつまでここにいたい?」

「動くんじゃない、スリヤ」

彼は娘を見ずに言った。

目の前に、男が立っていた。
白いシャツにすり切れたグレーのスラックス。手には、金槌を持っていた。無表情にスリヤを見つめている。

「やあ」彼は立ち上がり、男の注意を自分に向けようとした。

しかし男は無視した。スリヤの事を見ていた。彼は言った。

「すまないが、あんた。どこから来たんだ?ここには…」

男はやがて彼を見た。

「助けがいるんだ、向こうで…」

裏山の頂上の手前には、かつて防空壕として掘られた洞穴がある。男はそっちの方向に、漠然と手を振ってみせた。

「向こうで子供が死んでいる」

誰も何も言わなかった。

「あんたは誰だ?」

「ちょっと来てくれないか」

「俺たちは帰るところだ。ふもとに、空軍がいる。そこで聞いてもらえるだろうか?」

「パパ?」スリヤが言った。

娘の後ろに、もう一人いた。

異常なまでに太った見苦しい男。

「何をしてる?」彼の声は震えた。

ゆっくりと、金槌の男が言う。

「もう終わったんだよ」

「手を出すな」彼は言った。

「目を覚ませ」

「逃げろ、スリヤ」

スリヤは動かない。

彼は首を横に振る。

太った男が、スリヤに飛びかかった。



家に帰ると、娘が胸に飛び込んで来た。

スリヤは父のオイルジャケットと外の空気の匂いを胸いっぱい吸い込み、おかえりなさい、と言った。

彼は娘を抱き上げず、しばらく立ったまま抱きしめる。ただいま、彼はそう言った。

娘を腕に抱きながら歩き、居間のステレオを入れる。ひと節の旋律が流れだし、やがてショパンの夜想曲が部屋に満ちてゆく。

愛してるよ、おチビちゃんと彼は言った。

スリヤは笑い、そうよ、と応えた。やがて音楽にあわせて身体を揺らしはじめた。

居間の、その小さな空間で二人は踊った。手をつなぎ、脚をゆっくりと滑らせ、ささやかな、こわれた半円を描いて。

「腹が減ったな」

「パパは、悲しいの?」

「そうだよ。悲しいのさ。…分からない」

娘が、父を抱きよせた。気がつくと夜想曲は終わっていた。

「パパは、素敵な男だわ」

スリヤが言って、二人は思わず笑った。

「そうさ!おまけに誰よりもお前を愛してる。だけど腹ペコだ。母さんを起こして、ご飯にしよう」

「いいわ!ねえパパ、約束をおぼえてる?」

彼は視線をさまよわせた。

廊下の奥にある洗面所が見えた。鏡は無い。彼が割ったから。

「約束?」

「そうよ!公園に行く約束!」

何故だった?鏡を割った理由は?

いずれにしろ鏡はもうなかった。
歯ブラシ、タオル、大量の錠剤、それらがあった。

それらが、一人立ち尽くす彼を見つめていた。


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