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意味不明小説(ショートショート)コミュのただよう瞳

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その夜。

僕はケーキがカバーしたバージョンの、"I will survive"をかけた。

そして、それは失敗だった。

フロアに残っていた人々も、飲み物を買いにカウンターへ、それか僕が音楽をかけ終わるまで、外で時間を潰すコトにしたようだった。

ギターソロで次の曲に変えよう、僕は思った。その後いくつか曲を繋いだものの、もう誰も踊ろうとはしなかった。
僕は次のヤツに声をかけてDJを交代する。そいつは僕のバカみたいなレコードを止めて、ヒップホップをかけた。
レコードを適当に箱に突っ込んで僕は、薄暗いブースの外に出た。ボスが声をかけてくる。

「今の誰の曲?」

「ケーキだよ」

「いい感じなのにな」

「ありがとう」

「でも、ああいうのは今度からよしてくれよ。わかるだろ」

僕はフロアを出た。


階段に女の子が一人で座っていた。
彼女は音楽を聴いてるふうには見えなかった。それを言うなら、何をしてるふうにも見えなかった。彼女はただそこに座っていた。僕は投げやりな気分で、けれど陽気に声をかけた。
「一人かい?」

僕がそう尋ねたあとも彼女はしばらく俯いていたが、やがて僕に顔を向け微笑んだ。

「いまは、そうね」

「そう。つまり、、、どうしたの?」

「分からないわ。座ってるの」

「階段にね。分かるよ。僕も座っていい?」

「あ、ごめんなさい。私、どこか行こうか?」

「どうして?いや、、、」

彼女は僕を見る。僕は彼女を見る。

「別に、違うんだよ」

気づいたら僕は必死になっていて、余計な言葉を発して、けれどそれは彼女を笑わせた。彼女はとても美しくて、僕は、ほんのかすかに悲しい気持ちになる。彼女を見ると、なぜか僕はそういう気持ちになった。

「だって僕は、いて欲しいな。でも、うん、もう帰るかい?」

「ううん。ここ、邪魔なのかと思っただけ。ひょっとしたらだけど」

僕は座った。彼女のとなりに。けれど話すことは何もなかった。
彼女は今日その夜、明らかに傷ついていた。
彼女の言葉の一つ一つには、思いやりと、他人と距離を取るための冷静な空白があった。
僕は最初に思ったように、投げやりにコトを運ぶかわりに、ただの間抜けになったような気分だった。"いて欲しい"だなんて。バカめ。僕は急いで何か話すコトを考えて、口をひらいた。

「さっきって、どこにいた?」

「いつ?」愉快げに彼女はきいた。

「今のDJが始まる前だよ」

「ああ、ここにいたわ。結構良かったよねさっきの人」

「本当に?すごいね君って」

僕は呆れた。自分の果てしない自尊心に。
僕はこんなコトばかり繰り返している。誰も踊ろうとしないようなレコードをかけて、ただ一人気難しくふるまって、時々不安におちいり、哀れなくらい小さな勝利を手に、またおかしなレコードのコトを夢見ている。

「でも私なら、ロックはかけないわね。だってみんな、そんなの聴きたくないんじゃないかしら」

「そう、でもさ、うん」

「分からないけど。つまり、私が言いたいのは、、、みんな、楽しみたい訳じゃない?」

「その通りだよ。僕もリルウェインとかファレルとか、かけりゃイイんだろうね。テイラースウィフトとか。なんでもイイけど」

「貴方がかけてたの?凄いじゃない!わたしは好きよ。なんていうのかしら、、、」

彼女は、大きな目をひらいて僕を見た。
彼女は、膝にかさねた指をピンと伸ばした。
彼女は、ピンクと水色のネイルをしている。
彼女は、まるでトップショップのモデルみたいに、かっこよかった。

「男っぽいわよ。スゴく」彼女は笑った。

階段のすぐ下で、なぜかマリオの格好をしたヤツが女の子を口説いていた。


彼女と僕は、話を始めた。
僕はフランスのジプシー、マヌー・ネグラの音楽のこと、
彼女は手話をしながらラップするグループのことを話した。
僕はアンプラグドの収録で泣きながら歌うローリン・ヒルのこと。
彼女はクラブで偶然、若き天才ジャズギタリスト、アイザイア・シャーキーに出会ったこと。
僕はライブの終わったフライングロータスと話をしたこと。
彼女は浅野忠信はクールな選曲でDJしたけど、香水がキツすぎたこと。


朝霧が風に溶け去るように、エントロピーは全てを分解してしまうこと。
放っておくと、全てがバラバラになってしまうのは、自然なコトなのだということ、
だから僕らは悲しい存在なのだということ。

何かを忘れなくては、新たに覚えるコトなんてできないのだということ、
僕らは忘れなくてはいけないということ。
それはメディアやシステムやイデオロギー を休みなく運営する為に、あるいはそれによって何を犠牲にして生きているのか、考える暇を自らに…

「さっきわたし、恋人と別れたわ」

とつぜん彼女は言った。優しい表情。ただよう瞳。

「好きなコトばかりするの。その人だけど。いつも一人で何か考えてて…ごめんなさい、変な話して。でもありがとう。話してくれて、楽しかった。もういくわ」

僕はしばらく沈黙して、そのあと言った。

「僕も楽しかったよ。ちょっと、ショックで立ち直れないくらいにね」

彼女は笑った。そしてまた、静かになった。

マリオが女の子を口説くのに成功していっしょにフロアに消えて行き、そして僕は結局、すべてを無視したような、つまらないコトを言ってしまう。

「このままお別れするのはさみしいよ。君は素敵だし、僕はもっと君と話したいよ。映画とか、本とか、もし君が誰かと別れて、」

「あなたの読む本にはなにが書かれてるの?」

「いろいろさ!さっき話しただろ?佐治晴夫って人の本。すごい爺さんなんだけど、すごくかっこいいんだ、綺麗な本だよ。今度貸すからさ、」

僕は彼女を失いたくなかった。彼女は最高にかっこよかったし、彼女は美人だし、僕は長いこと無人島に住んでいて、はじめて言葉の通じる人間に出会ったように感じていたし、それに彼女は傷ついているし、それに…

「ごめんね。でも、わたしは本を読む人はもう嫌い。あの人はいつも何か読んでいて、それであの人、わたしになんていったと思う?"誰かが誰かと一緒にいることは、素晴らしいコトだけど、人は本当は他人なんか必要としないんだ"だとかなんとか」

「僕は…」

「"わたしは"、本を読む人なんか嫌いなの。その時、何だか分からないけど、悲しくて、泣きたくなったわ。どうすればいいのか分からないんだもの。ただあの人と一緒に居たいだけなのに、あの人はそんなコト考えるのは、バカばかりだって思ってるみたい。本を読む人がどれだけ偉いのか知らないけど、そんなの、なにか変よ。彼はどうしてそんなコト言ったのかしら?そんな風に思うのは自由だわ、でもわたしにそう言ったのよ。君のコトは好きだけど、人間は孤独なんだって。そんな風に、何か好きなコトを、めいっぱい考えはじめると、本当はそんなに素敵じゃ無いなんて思うようになるのなら、どうしてそんなに難しくならなくてはいけないの?私にはきっと一生わからないし、今はただ、悲しい気持ちよ。分かったら、もう何処かへ行ってくれない?」

何処かに行けといったくせに彼女は、自分から姿を消した。

僕は階段に座っていた。

「おい、ちょっといい?ジュンヤが潰れたから、お前最後かけて、なんか曲」

ボスがあらわれてそう言った。






その夜最後の曲を選んでいる時、僕は彼女のことを考える。

朝が近かった。
僕は朝が嫌いだった。僕は夜が好きだった。
1日が重なり合う時間、素敵なコトや、不思議なコトの起こる世界。
それが朝には、途端にくだらなく思えるのが嫌だった。僕は夜が、音楽が、パーティが、いつか絶対に終わるコトが嫌だった。

結局、なにひとつ変わらないのが嫌だった。
そんなことで心を沈ませる、自分の無意味な弱さが嫌だった。

夜が終わる。彼女はなんて名前だろう?
マスカラの流れてしまった、綺麗な瞳。

フロアにはほとんど誰も居なかった。
少しベタだとは思ったけど、その夜最後の曲を決めた。キリンジの"エイリアンズ"。

僕は一つ前の曲をゆっくりと小さくしていき、最後の曲をかけた。










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