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意味不明小説(ショートショート)コミュの『カエルちゃんたちの苦悩』

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これはボクとアナタのための、物語。


 ケイゴには特技がない、全くない。
 筋肉もぜい肉もない、ひょろひょろとした身体だ。骨だけはちょっと太いかもしれない。心は弱い、すぐに負けるしすぐに諦める。いつも迷ってばかりいて、それでいて狂うことさえできなかった。死ぬのは怖い。
 仕事はしていた。深夜二時に部屋を出る。近所の事務所に着けばすぐにチラシを挟み込み、その日の朝刊を配達する。本当は夕刊配達もしたかったが一ヶ月で諦めた。不規則な生活で体調をくずしてしまう。免疫力なんてない。そもそも朝刊配達さえまともにできない。先輩たちには怒鳴られてばかりいたし、お客さんからのクレームもしょっちゅうだ。彼がクビにならないのは人材不足なだけ、誰もがそう思っていた。本人もそう思っていた。彼なりに目標を立てたりもするが、すぐにくじける。でもヤメるわけにはいかない、一応生きているみたいだから。
 帰る場所はない。物心ついた頃には養護施設にいた。ずっとイジメられていて、先生たちからは汚いもののように扱われた。施設を出るまでずっと押し入れで暮らした。トイレと食事と授業、それから気になる特撮ドラマを三十分隠れて見る、その時だけは外出した。テレビは気に入らない、というより気に入るまで見せてくれたりしなかった。べつに恨んではいない。それが彼自身の生き方なんだと思っていた。疑ったことはない、でも達観することもない。どこでもない場所でゆらゆらさまよっていた。
 仕事柄毎日、新聞を読むことはできた。帰宅するとずっと読んでいた。彼の空想も知識も全てそこから得たものだ。でも面白くはない、他にすることがないから活字を追いかけていただけ。収入が少ないから部屋にはテレビもパソコンも本棚もなかった。
 二つだけ注意していた。世の中には神様がたくさんいるらしい。神様なのに善し悪しらしい。「神」とか「宗教」という言葉には敏感になっていた。そればかり考えている、なんで彼は神様が気になるんだろう。本当は質問したい、先輩にもお客さんにもすれ違う人達にも。宗教って心地良いものですか、神様って本当にいるんですか。彼は自分の脳みそじゃ理解できないと思っていた。でも聞いたらまた怒られそうだ。それから、見られないのにテレビ欄をチェックした。これはアニメかなこれはドラマかな、ヒーローは出てくるのかな。ヒーローってたぶんカッコイイんだよな。昔見た特撮ドラマに出ていたのがヒーローだったのかな。ぐるぐる考えていた。
 実は彼には同居人がいる。小さな水槽に石を敷き詰めている。
 一度だけボーナスが出た。使い道もわからずとりあえず銀行に持っていこうとしていた。てくてく歩いていると途中ペットショップがあった。そういえば今朝の新聞に載っていた動物はどんなだろう、などと考えて寄り道をした。店員さんが寄ってきたからオドオド尋ねる。どうやらその動物は大人気でここにはいないらしい。そのまま出ようとすると呼び止められた。
「お兄ちゃん、そいつはいないけどもっと珍しいのがいるよ」
 そう言って指差した先にいたのが今の同居人だった。ちっちゃくて目だけぎょろりとした白いカエル。
「ほら、カワイイだろ。もっとよく見てごらんよ。ほら、こいつもお兄ちゃんが気に入ったみたいだ」
 カエルはそっぽ向いている。カエルって気に入った人には背を向けるのか。不思議な生き物だな。ふと金額を目にするとボーナスとほぼ一緒。でも飼う気にはならない。カワイイとか気に入ってるとかじゃなくて自分にお世話は無理だと。
「これこないだ安くしたばかりなんだ。相性良さそうだし決めちゃいなよ。ね、ね、ね」
 店員さんが笑顔で攻めてくる。彼は店員さんの顔をよく見ていなかった、ただおびえていた。そして彼はいつも負ける。結局水槽ごと抱えて部屋に帰った。床に水槽を置いてじっと見つめていた。そして彼は思っていた、そこはまるで押し入れだなと。
 カエルに名前はない。新聞を読み終えるとエサをやり、布団に入るまでずっと見てるだけ。毎日そうしていた。日課は増えたが感情は抱かなかった。それが彼の生き方だ。怒られ謝り迷い、ただ日々は続いていた。でもずっとずっと繰り返していると少しだけ望むようになった。彼の希望は三つ。
 神様に会いたい、スーパーヒーローに会いたい、生活をしてみたい。

 その日ケイゴはいつも通り深夜二時に部屋を出た。
 事務所までは数分で着く。入り口まであと三歩というところで突然背中を強く突かれた。前のめりに倒れて鼻っ柱を擦りむいた。見上げると先輩が立っていた。
「お前邪魔。てか後ろ姿もムカツク」
 彼がスイマセン、と言うと先輩はまだ横たわっている彼の背中を踏みつけた。
「いつまで転がってんだよ。オレが歩きづらいだろ、どけ」
 オレは寝ていなかった。ほんの三十分前まで彼女とケンカしていた。オレがシャワーを浴びてる間に、彼女がケータイを見て浮気がバレた。それから何時間もずっと怒鳴り合っていた。そのまま今日は仕事を休もうとしたら彼女が出ていった。いまさら寝られるわけもなく、しょうがないから職場に向かうと、入り口手前でバカを見つけた。興奮が冷めず、いつものようにからかってやろうと突き飛ばしたら、思いのほか力が入った。もうあとにも引けず、バカの背中を強く踏みしめた。
 それから、バカが鼻をさすりながら入ってくる。その姿を見てオレはさらに言う。
「お前いつまで被害者ヅラしてんだよバカ。早く準備しろ」
 ほんとはヤリすぎた、と思っていた。でももうあとには引けない。机に束が並び作業が始まる。バカの足を踏んづけながらチラシを挟み込んだ。ちらりと覗くと、痛いはずなのに全く顔をゆがませていない。なんだか怖くなってねじ込んでいた足を離す。重心がズレた瞬間束が崩れそうになった。アイツはオレの束を整えた。邪魔してスイマセン、そう言いながら自分の作業に戻った。二つの感情がわいた。よけいなお世話だボケ、それからさっきはゴメンな。よくわからないけど同時に感じた。次にアイツはまたよけいなことを言った。先輩顔真っ赤じゃないですか大丈夫ですか、だと。今度は三つわいた。ウルセーと大丈夫だよ、そしてありがとう。ヤバい混乱してきた、オレほんとは帰った方がいいのか。いやプライドがある、ちゃんと配って帰ろう。
 いつもより時間をかけて配達をすませ、おそらく事務所には誰もいないだろうな、と思っていた。帰ってきたらヤツと彼女が待っていた。話を聞くと、早朝うろうろしていた彼女にヤツが声をかけたらしい。ただ迷子になって道を尋ねた相手が彼女だったらしい。彼女がジャンパー見て気づき、泣きだしたって。こいつ静かに笑って話聞いて、連れてきたって言った。じゃあスイマセンお先に失礼します、そう言ってさっと帰っていった。
 その後まさか職場でキスするとは思わなかった。なあ、ケイゴ、お前もしかしたら・・・いいヤツ? なんてな。

 その日ケイゴは配達していた。
 そしてまた迷っていた。配っていないはずのポストに新聞が入っていた。どこまで戻ればまたはどこまで進めばいいのかわからなくなっていた。するとその家の玄関からオバサンが出てきた。
「アンタ早く新聞入れなさいよ。ずっとなかで待ってたんだから」
 彼は、えーでも、などと言っていた。
「うちは二つ取ってるのよ。前にも注意したはずよ、ボケっとしてないで早く」
 彼はスイマセンスイマセンと言いながら新聞を渡した。
 あたしがなかにいたのは本当だ。でも実は二つも取ってない。娘が深夜まで帰らずイライラしていた。数時間前にようやく帰宅し、沸騰したあたしは娘に詰めよった。ハッキリとものを言わない娘によけい腹が立った。じりじり説教するあたしから逃げた娘は、部屋に駆け込み鍵をかけた。頭にきたが明日も仕事だもう寝よう、と布団に入りかけたら外からエンジン音が聞こえる。しかもなかなか終わらない。八つ当たりしてやろうと外へ出て文句を言う。バカの困った顔にちょっと当たり前よと言い過ぎたか、二つ考える。それでも強引に新聞をひったくる。その瞬間自慢のネイルがバカの手を引っかく。バカは悲しそうな顔でまたもスイマセンと言っている。ざまあみろと悪かったわ、そして結構ていねいね、その三つを思った。もう見てられなくなってバタンと家に入る。玄関でゆっくり深呼吸をしていると、しばらくエンジン音は聞こえていた。しょうがない本当に迷ってるみたいだ、ちょっとは教えてやろうとドアを開けるとソイツは背中を見せて去っていった。
 ドアを閉め、サンダルを脱いでいたら二階から娘がドタドタ降りてきた。お母さん、今の人とバイバイしちゃった。うるさいから窓開けたらお母さんと言い合ってたでしょ。ずっと見てたんだけど最後に私に気づいて静かに笑いながらゆっくり手を振ってくれたんだ、だって。
 まさか片足あげたまま娘とゴメンゴメン言い合うとは思わなかった。ねえ、配達員さん、アナタもしかして・・・いい人? なんてね。

 その日ケイゴは夜遅く居酒屋にいた。
 そしてまた困っていた。今夜は年に一度の飲み会、いわゆる忘年会ってやつだ。社長から先輩、そして元社員も出席していた。次々にビールをついでまわり、次々にビールを飲まされた。それだけならトイレと宴会場を往復すればすむが、場の雰囲気で一人一人、一発芸をすることになった。彼に芸などあるわけがない。テレビを見ていないから芸能人のモノマネなんてできないし、新聞とカエルの日々だからジョークも思いつかない。それでも芸は進みやがて彼が立ち上がることになった。体中冷や汗だらけになり、困っていることが自分でもわかっていた。でもしょうがない、早く終わらせよう、そう思ったみたいだ。
 彼は座りこんだ姿勢からぴょんと飛び、手持ちのハンカチを広げ顔を近づけた。
 そのまま場はシラケた。
 元社員は思った、今のヤツはこんなバカみたいなことしかできないのか。社長は思った、恥ずかしい早く立ち去れバカ。先輩たちは思った、前からバカだと思ってたけど、ひどすぎるだろ。
 一人の先輩が立ち上がった。その人だけはなにか考えている風だった。ゆっくりと彼に近づくと身を低くし、少しずつ顔を上げる。しまいにはハンカチ越しにキスをした。
 それだって面白くない、気持ち悪いと。皆がそう思った。でもなぜだろう、そこにいる者それぞれがいろんな感情を抱いた。次のオレがやりにくい。二人とも離れろよ、気持ち悪すぎて笑っちゃうよ。面白くないし気持ち悪いけど仲はいいんだろうな。いい職場じゃん。こいつらちゃんと指導してやろう。変なのばっかだな、嫌いじゃないけど。あたしはこういうの好き。などなどなど。
 数秒後顔を上げた彼は大量に汗をかきながら静かに笑っていた。その先輩とはゆっくり握手をした。
 皆そんな風に感じるとは思っていなかった。アイツはバカじゃないかもしれない。彼はもしかして・・・凄い? なんてね。
 宴会が終わり、彼を含め同じ方向に帰る者たちははしゃいでいた。皆が彼を中心にしてそれぞれハンカチ越しに握手したり、ハンカチ越しに肩を組んだり、ハンカチ越しにキスをしたり。
 すれ違う人たちは気持ち悪いと思ったあと、アイツら本当に楽しいんだな、いいなあと思ったりしていた。

 その日ボクはずっと部屋にいた。
 今日は休みだから新聞がない。事務所に行けば、最近笑顔をくれる先輩たちにちゃんともらえる。だけど君と一緒にいるのも悪くないだろう、なあカエルちゃん。ボクはじっくり見つめ、たまに話しかけたりした。迷いや不安はまだ消えない。ずっと前となにかが変わったような、やっぱり同じなような。生きてるから悩むのかな、なんて思ったりもする。これからも生きていけるんだろうか、生きてていいんだろうか、夢とか持てるんだろうか。
「なあカエルちゃん。ボクになにができるんだろう、ボクはここにいていいのかな。最近はいじめられなくなったし、実は神様もヒーローもどうでもよくなっちゃった。生活も知らなくていいや。ほんとはちょっと楽しい、のかな」
「今、笑ってるじゃん。大丈夫だよ」
 えー! なに今の。まさか会話すると思わなかった。でもカエルちゃん、君もしかして・・・同じこと考えてた? なんてねえ。

 二人が喋ってから数週間。なんだかカエルにはちょっと色がつきはじめてる、みたい。
 ほんとは、ケイゴと神様は会えたのか、スーパーヒーローと再会できたのか、生活は始まったのか。


それはボクとアナタが考える、次の物語。

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