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意味不明小説(ショートショート)コミュの海が呼ぶ

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 波子は、水に潜るのが得意だった。


 波子の通う小学校には、プールがなかった。
 海辺の町の子供たちは、夏になると毎日海で遊ぶ。
 きちんと泳ぎ方を教わったことなど、一度もない。しかし、子供たちはたいてい、立ち泳ぎでいつまでも海に浮かんでいられたし、素潜りでかなり深くまで潜ることができるのだった。


 海の遊びの中で、波子は素潜りが一番得意であった。
 目印の赤い石を海に投げ入れ、潜って取ってくる遊びでは、波子にかなう者はいなかった。どんなに深いところに石を投げても、波子は必ず拾って戻ってきた。

 水の中を進んで行くときの感覚を、波子は愛した。時々、規則でかぶることになっていた水泳キャップをはずして、波子は水に潜った。流れる水が髪の毛を揺らしてゆく感覚は、波子を夢中にさせた。
 何度でも、いつまでも、波子は潜った。



 波子の通った中学校には、25mプールがあった。
 一学期も終わりに差し掛かると、体育の授業は水泳に切り替わり、授業でよい記録がでた生徒は、地区の大会に出場した。

 しかし、波子は選手にはならなかった。潜水の記録もたいして良くはなかったし、本人ももう、水に潜ることを特に好いてはいなかった。
 狭く、明るいプールを、ひたすら往復する作業は、波子をいらだたせた。泳ぎ方を矯正され、きっちりとキャップをかぶり、時間をはかられながら泳ぐことは、ただ疲労と虚しさだけをのこしてゆくのだった。

 いつのまにか、波子は夏休みに海に泳ぎにいくことをしなくなった。



 高校生になった波子が、入浴以外で水に入ることはもうなくなってしまった。
 入学した高校のプールは、波子が入学する一年前に使用ができなくなり、在学中はずっと使えないままだった。
 もっとも、使えたとしても波子はもう、水に対する興味はまったくなくなっていたし、そのうち、水中の写真や映像に、言いようのない恐怖を感じる自分に気づいた。雑誌をめくっていて、ふと目にした写真が、怖くて見られなかったのだ。

 夏がきても、波子はもう、海に近寄らなかった。


 高校を卒業すると、波子は遠く離れた大学の経済学部に入学し、スキーのサークルに入った。夏場は、飲み会ばかりやっているのだが、名前はスキーサークルのままだった。

 大学をでると、経済学とは関係のない会社に入り、そこをやめた。アルバイトをしながらしばらく自由に暮らし、母親の体調が悪くなったという知らせをうけると、すべて引き払って、故郷に帰ってきた。8月の半ばであった。



 子供たちの遊び場だった海岸がなくなるという話を、波子が耳にしたのは、8月の最後の日曜日だった。

 教えてくれたのは父親だった。観光客用の駐車場を作るために、埋め立てるのだという。
「あの海岸で泳ぐことができるのは、もう今年で最後だな」
と父は言った。



「ひさしぶりに、いってみようか。」

 そう思い立った波子が、海岸へとやってきたのは、9月も半ばを過ぎた頃だった。
 日中はまだ暑く、夏は去っていないようだが、空は青く高く澄み渡りはじめている。秋だ。


 昼寝から目覚めて麦茶を飲み、散歩にでてきた波子は、そのまま海へやってきたのだった。


 三時半出航の船が港を出てゆくのが見える。
 満ち潮だ。柔らかそうな水が満ちている。波は穏やかで、水底は明るい。

(入ってみようか…)

と、波子は思った。防波堤から見ている限り、水中への恐怖は感じない。海岸には誰もいないし、いたとしてもこの暑さだ。水に入っても変な目で見られないだろう。


 防波堤から、浜に降り立ち、靴を脱いだ。
 昔のように、かるく準備体操をしている自分に気づいて、波子は笑った。そのまま波打ち際まで歩いて、膝のあたりまで水に入ってみる。

 冷たい。でも懐かしい。

 泳ぐつもりではなかった。けれどたまらず、波子は服のまま水に浸かり、そして泳ぎだした。水がつるつると滑っていく。ふと思い立って、波子は髪を束ねていたゴムをほどいた。


 髪の毛が広がった。波子はそのまま潜った。昔のように、どこまでも。

 簡単に水底についた。まだ息はもつ。



 水面を見上げる。吐き出した泡が昇ってゆく。髪の毛がゆらゆらと頬をなでる。弱い太陽の光がゆらゆらと揺れている。

 左右を見渡す。あたり一面、青緑に染まっている海底は、柔らかなノイズに満ちて、その先には暗い青が広がっている。どこまでも、広がっている。

 そこは冷たくて、孤独で、でも暖かく包まれている場所だった。
 そこはどんな場所からも遠くて、どんな場所とも繋がって行る場所だった。
 帰ってきたのだと、波子は強く感じた。


 すこし息苦しさを覚えながら、けれど波子は、沖へ向かって泳ぎだしていた。

 波子は知った。

 自分はもう、どこへでもいけるのだと。

 自分はもう、どこへも行けないのだと。

コメント(4)

物凄く引き付けられました。
嬉しいような、どこか切ないような。不思議な話でした。
ありがとうございます。
初めて書いた話で、読みづらさもありますし、内容もわかりづらいのですが、最初に書くのはこの話しかないと思っていました。

少しでも気に入っていただけたなら、とてもうれしいです。
ありがとうございます。
透明な海に潜ってゆくときの感覚を伝えられたらと思いながら書きました。気に入っていただけたら嬉しいです。

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