2010年7月28日の午前、パキスタンKarachi空港から首都Islamabad空港へAir Blue 202便(Airbus A321型機)は順調に乗員乗客152名を乗せて、飛行を続けていた。61歳のParue Chaudhry機長は元パキスタン国際航空(PIA)出身で、総飛行時間が25,497時間、34歳のSyed Ahmed副操縦士は元パキスタン空軍のF16戦闘機パイロット出身で、総飛行時間は1,837時間あったが、A321型機の乗務経験は286時間に過ぎなかった。 午前9時時点のIslamabadの天候は不良で雨天で雲底が低く、空港では050°より16ktの風があり、ILS Rwy 30, by circling approach Rwy 12で運用していた。先行していた中国南方航空は着陸を断念し、Urumqi空港へDivertした。一方、PIAのB737型機は着陸していた。 202便は標高1,762Ftの目的地へ降下を開始し、Islamabad進入管制より”Air Blue 202, descend 3,900 cleared for ILS Rwy 30 approach”を承認された。同便はcircling approach Rwy 12を選択して、Rwy 30のLocalizerに乗って空港手前でRunway 30を目視し、滑走路を見ながら352°まで右旋回してLeft Downwindの場周経路へ入る予定であった。 ところが同便は場周路へ入ることなく352°のまま空港周辺からIslamabad市街を進み、空港北北西部に連なる山地へ進んでいった。9:39am空港管制官は”Air Blue 202, turn left 180°, confirm airport in sight”と忠告したところ、同便からは多少間をおいて”Air Blue 202 visual to the ground”と返答があった。しかし同便の針路変わらず、管制官から”terrain ahead! left turn immediately!”との差し迫った指示が出た。同機は正面に標高5,262FtのMargalla山が迫ってきて、必死に左旋回を試みたが、3,000Ft付近の山腹に激突した。墜落後直ちに救助隊が編成され、空港の北7NMの墜落地点へ向かったが、切り立った山腹に阻まれて救助は難航した。ヘリも出動して生存者を捜索したが、生存者はいなかった。 パキスタンの航空機事故調査委員会は、まず遭難機のエンジンと機体の状態を検証し、エンジンは墜落時に出力最大まで引き上げられて正常に作動していたことと、降着装置が展開されていたことを確認した。FDRの解析では機首は3.5°引き上げられた状態で、左Bankしながら山腹に衝突していた。 CVRを解析すると、操縦室内のやり取りは劣悪であった。Karachi空港を離陸して暫くはてきぱきとしたやり取りが続いていたが、機長がFMDの青と白色のTargetの意味や修正方法を副操縦士へ詰問調で問いかけ、うまく答えられないと「こんな事も分からないなら、お前は空軍に戻ってF16にでも乗っていろ!」と怒鳴り散らしていた。そのため副操縦士は委縮して無言となり、機長も怒って殆ど指示を出さない緊張状態に陥っていた。降下進入中、機長はILS Rwy 30のWaypointを副操縦士へ入力させ、自らはAuto-pilotにHeading ModeをNAV Modeへ変更していた。ILS Rwy 30のMDA近くまで降下してきたが雲中にあり、副操縦士は”Are you visual?”と地上が見えているのか一言尋ねた。機長は”I'm visual”と不機嫌そうに答えた。MDAを下回る高度まで降下し、管制から”...confirm airport in sight”の確認が出された。副操縦士は地表が見えず、”What should I tell him, Sir?”と問いかけたところ、機長はうるさそうに”I'm visual to the ground”と返信した。しかし機長が必死に操縦しているにも拘わらず機体はRwy 12の場周経路に乗らないまま空港の北側を大きく膨らんで左旋回する形となり、対地接近警報装置が鳴動するなか、Margalla山に激突していた。 事故調査官らはCVRとFDRの経時的な状況を比較解析し、ILS Rwy30降下中にそのWaypointを入力し、その後Auto-pilotをHD⇒NAV Modeへ変更したため、乗員らはCircling Approachへ入ったつもりであったが、事故機はILSのWaypointへ向かおうとしたため齟齬が生じて、操縦制御不能となったと推定した。墜落1分前に機長はHeading Modeへ戻し、推力をフルパワーとしたものの間に合わず、山腹へ激突したと結論した。