1988年2月8日、旧西ドイツHannover空港からDusserdorf空港へ向かうNürnberg Air Service 108便(Fairchild SA227-BC Metro III型機)は、満席の乗客19名を乗せて朝一便として飛行準備を行っていた。Ralf Borsdorf機長36歳は総飛行時間2,473hrのうち277hrがMetro IIIによるものであったが、28歳のCivil Heilman副操縦士は2,544時間のうち1,344時間が同型機によるものだった。機体は1982年製で、総飛行時間は9,184時間であった。 同日は氷雨が降っており、出発前に氷雪のdeicing処置が施され、予定時刻を15分遅れて、7:15amにHannover空港を出発した。14,000FtでLevel-offし、15分後には降下を開始する予定であったが、機内のRadarには2時方向に雷雲と思われる赤色のCellが表示されていた。到着地の天候は不良で、ATISは”Gust 24Kt.., Visibility 10 miles.., Broken 1,500…”と報じていた。 7:47am、目的地の30NM手前でDusserdorf Approach管制より” Nürnberg Air Service 108, descend 30, cleared to ILS 23L Approach. You’re No.3 arrival”と通報され、副操縦士は” Nürnberg Air Service 108, we copied and are looking outside.”と返答した。機内Radarでは赤色の強いCellが行く手に差し掛かっていたが、CrewはAppoachを継続した。引き続き管制官より” Nürnberg Air Service 108, contact Dusserdorf Tower 118.3”と送信されたが、当該機からの返答はなかった。管制卓のSecondary Radar Screen上では同便が高度を落とし、2,000Ft当たりで機影が消失した。同便は空港手前7SMのRuhr川土手付近に、バラバラになって墜落していた。 旧西ドイツ航空機事故調査委員会(FUS)はJohann Reuss調査官らを現地入りさせ、墜落地点をロープで升目に区切り、事故機の残骸位置をMappingして行った。乗員乗客計19名全員の死亡が確認された。Blackboxは回収されたが、FDRはWheel式の旧型で、飛行中のパラメータ数は限られていた。また機体の残骸は墜落の衝撃でひどく損傷しているものと、殆ど無傷のものがあり、墜落前に機体が空中分解した可能性が考えられた。 航空機が空中分解する原因には、速度超過、過大な操縦操作、乱気流の根本要素があり、これらが組み合わさって発生することが多い。調査官らは事故機のFlight Routeを確認したが特段の異常はなく、空中分解の主原因はTight Maneuverであろうと推測された。 調査官らは目撃者の証言も集め、遭難機は墜落前に急降下して雲の下へ出た後、地上すれすれで上昇し、再び雲中へ消えていったことが確認された。 管制官に事故当時の様子を尋ねると、事故当時は雷雲が発生していたが、Missed Approachする機体もなかったが、先に到着したLufthanza 1354便が滑走路から6NM手前の3,000Ft時点で落雷を受けていて、その事は遭難機にも通報したと証言した。Blackboxを解析すると、FDRとCVRは同時にOFFとなっており、落雷によるTotal Power Failureに陥ったことが疑われた。機体表面の残骸を1つずつ確認していくと、3つのLightning Marksと思われるパチンコ玉大の穴が開いたSkin見つかり、残骸のReconstruction Modelから左翼根手前の外板と分かった。 航空機は一般に落雷を受けても機体後方の外皮から高電圧は抜けて、機内の電気設備には損傷を受けないとされている。調査官らは残骸から回収された電線を調べたが、ショートして火花が飛んだ痕跡は見当たらなかった。一方、部品に組み込まれていたDiodeを調べると50Ωで電気の逆流が認められ、整流器として破損しているのが確認されたため、電気系統の全喪失が考えられた。けれども、たとえElectronicsが損傷しても、同型機の場合、姿勢儀、高度計、垂直速度計は作動していた筈である。同社のStandard Operation Procedure(SOP)を調べると、雷雲へ進入しては行けないと明記されていなかった。CVRで操縦士らのやり取りを聞いてみると、機長が”Check Radar…”指示すると、副操縦士は”Maybe not particular bad…”と云いながらATISを確認しており、さほど深刻に捉えていなかったことが分かった。管制官から先行機に落雷があったとのAdviceがあった後も、機長は知人の週末の用事を副操縦士へ尋ねており、緊張感に欠けていた。墜落の5分前にILS-captureした後、機長は正面の雷雲を少し避けるためにHISを動かしてLocalizerの中央線から左へずれてApproachしていたところ、副操縦士から”You need turn to the right.”と指摘され、打ち合わせなく進入を続けていたことは明らかだった。機長が”Half flap.”と指示したところ、その揚力で機体が400Ftほど持ち上がり、副操縦が”No good”と伝え、機長がTrimとYokeで機首を抑え込んで、副操縦士が”Still too high…OK, descend”と指導していた。機長より彼女の方が操縦に慣れていた様だった。 Metro IIIは全電力を喪失しても、Aileron、Rudder、Engineは、作動する筈であった。しかし冬季の早朝、雲中飛行で操縦室内は真っ暗となり、計器盤がよく見えなかった可能性は高かった。Inter-comの電源も落ちてHeadsetが聞こえなくなり、二人の会話は最後身振り手振りであったと想像された。バラバラとなった機体の操縦席付近に乗員の懐中電灯は見つからなかった。 事故調査委員会は、遭難機が全電力喪失に陥った後、空間識失調に陥った乗員が乱雑な操縦をして機体が空中分解して墜落したと結論した。