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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第23回 肉作『クレーム』

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 羽田里栄はその日もクレームを入れることに余念がなかった。
 始業時間になっていたが思い出しただけで腸の煮え返るその怒りのためか、キーボードを打つ手は止まらない。
 事の発端は昨夜、羽田の家に届いた荷物だ。それは修理に出していた革財布だった。宅配で送られてきてすぐに、玄関先だったが、その場で羽田は箱を開けた。待ち焦がれていた修理完了の吉報に胸を躍らせていたのだ。ところが、開けてみて驚愕した。直して欲しい箇所が直っていなかったのだ。にもかかわらず中に入れられた用紙には修理完了の知らせとそのブランドの広告が入っていた。羽田は激高しそのまま修理を依頼した店舗に電話を掛けた。
「お電話ありがとうございます。只今の時間お繋ぎすることができません」
 電話口からは詮のない言葉が漏れている。それは羽田を落胆させる結果になった。当然やり場のない怒りは頂点を極めようとしていた。次に羽田が考えたのはお客様相談室へのメール送信だ。しかし、いくらそのブランドのホームページの中を探したり、検索したりしてもメールの宛先や送信フォームは見つからない。
 結局羽田は怒り心頭のままその日は床に就くしかなかった。
 翌朝、目が覚めてもクレームを付けたいという決意に揺らぎはなかった。羽田は会社に向かう道すがらも一矢報いる方法を考え続けた。もちろん、終業後にその店舗に財布持参で向かうことは最後の手段として考えていた。だが、それでは交通費もかかり、時間の無駄だ。クレーマー気質の羽田にとって、自らが動くというのは、相手に屈したことになるという意識があった。ここはやはり、向こうに非があるのだから、財布を受け取りに来させ、謝罪させるべきなのだ。
「ねえ、リエどうしたの? あんた寝てないの?」
 会社に着くと同期の女子社員が羽田に話しかけてきた。彼女の言う通り、羽田は怒りからか十分な睡眠が取れていなかった。それでも正気を保っているのはクレームを入れ相手を誅したいというそれだけのためだった。
「ちょっとね。考え事があって」
「ははん。さてはまた、クレームね?」
 羽田里栄がクレーマーなのは親しい者達の間では周知の事実であった。面白く聞く時もあれば、やり過ぎな羽田に対して引き気味になる時もある。だが、総じて人の争いごとには興味を惹かれるものだ。周囲の人間は羽田のクレーム話を娯楽のように感じていた。
「ご名答。今もさ、どうにかクレームを入れようとしてるんだけどいい方法が浮かばなくて」
「百戦錬磨のハッタリ娘が珍しいね」
 羽田里栄という名前の前半部分三文字と最後の一文字をとってハッタリが栄えると読むのに気がついたのは羽田が大学の頃だった。以来、合コンなどの自己紹介の場ではウケを狙うべくハッタリ娘と名乗っている。とかく羽田はクレーム気質だがその精神を幼少の頃より養ってきたのはひょっとすると、その名前に刻まれた因縁が原因なのかもしれない。
 だが今悩まされている件に関してはハッタリなどではなく、正当性をもって抗議できると羽田は認識していた。
「この財布のブランドに対してクレーム入れようとしてるんだけどね」
 羽田は財布を取り出して相手に見せた。ブランドのロゴが小さくあしらわれているが、そんなところに目が行かなくともデザインを見れば誰でも判別できる有名ブランドだ。
「おお、結構大物ね。まあ、こういう大きいところは電話窓口しかなかったりするのかもね」
「そうなのよ、それで困ってるの。文章で文句を言いたくてさ」
「じゃあハガキで送るとか」
「それじゃあ怒りが冷めてしまうの」
 クレームの鉄則として、「鉄は熱いうちに打て」というのがある。ある程度怒りがコントロールできてくると焦点がぼやけこちらの要求を通すこともできず、相手の謝罪をただ受け入れるだけの失敗クレームに終わってしまうのだ。それを羽田は何よりも嫌がる。だから、こうして間髪入れずにメールで相手に攻撃したいのだった。
「電話すれば早いじゃん」
「それも最初は思ったけど、証拠を残したり、相手の言質を取るにはやっぱりメールがいいの」
「怖い女ねえ、全く」
 しばらく二人は会話をしながら文章でクレームを伝える方法を検討した。羽田は依然として妙案が浮かばなかったが、友人には何か閃くものがあったようだ。
「ねえねえ、それどこで買った?」
「新宿」
「新宿のどこ? デパートでしょ? デパートならテナント店舗の監督責任があるから、クレームを受け付けてるんじゃない」
「それよ。ナイス。あんたと同期で良かった」
「いえいえ、お役に立てて何より。じゃあランチの時に顛末話を聞かせてね」
 羽田は同期が去るとウェブブラウザにデパート名と地名とを打ち込み、サポートセンターのある該当ページを目の前に出した。そこにはメール宛先が複数書いてあり、羽田が求めている店舗への苦情という項目もあった。羽田にはそのアルファベットの文字列が輝いて見えた。彼女はすぐにそれをコピーし、個人メールを起動させた。就業規則上、会社パソコンの私的利用は認められていなかったが、これをしないと羽田の気持ちは晴れず、業務効率は著しく悪くなる。そう考えると、これから行うクレーム作戦は業務上必須であり、羽田は嬉々としてメール本文作成に取り掛かった。

 昼休みになって羽田はランチに出掛けた。場所は会社から歩いていける定食屋だった。定食屋と言っても猥雑な印象はせず、店内はシックな色調のもと、落ち着いた雰囲気をまとっていた。近場のサラリーマンがこぞってやってくるため、この日も並ぶことになるだろう。しかし、大方の予想を裏切り、運良く羽田達はすんなりと店の中に入ることができた。いっしょにやってきたのは羽田を含める同期の男女五人だ。そのメンバーにはすでに羽田の所業が伝わっており、みんなまだかまだかとその話を聞きたがっていた。
「で、どうだった? クレームの成果あった?」
「うん。流石、大手有名デパート。メールを入れてから数分で、返信があって電話も鳴った」
「うんうん、で?」
「それから、ブランドの現場責任者という人からもメールが入って、電話ももらった」
「おお、ついにあの世界の大ブランドも、ハッタリ娘に牙城を崩されたか」
 同期の男子が興奮気味に実況のごとく騒ぎ立てる。
「うるさい、静かにして。私達だけじゃないんだから」
 店の中にはまばらだが人もいる。みんな食事にいそしんでいるようだった。だが、一人だけこちらに視線を寄越している人物がいた。羽田はそれに気がついたが、誰かまではわからなかった。ただ、少し見覚えのある顔をしていた。
「でさ、続きを聞かせてよ」
「修理工場とのやりとりに抜け漏れがあったらしく、至急新品と交換させていただくとか、言ってきたの。だから、私はそれを拒否したの」
「なんで? ラッキーじゃん」
 一同は羽田の行動が理解できなかったらしい。それに構わず羽田は続ける。
「ダメよ。私は革製品を愛してるの。これまで丁寧に育ててきたわけ。我が子を廃棄して新品にかえるなんて親はいないでしょ? だから、交換じゃなくて、きちっと修理を遂行して欲しいってお願いしたの」
 羽田はなおも一人で話し続ける。一同は首を傾げているが羽田は気にする素振りすら見せない。
「でね、私はね、また私が新宿まで出向くのは電車賃の無駄だから、そっちから来て、財布を引き取ってくださいってお願いしたの」
「たかだか、二百円もしないだろ、新宿まで」
 羽田のケチさ加減に同期の男がまたもや突っ込んでくる。
「なんで私がそんな出費を強いられなきゃいけないのよ」
「まあまあ。はい、続けてください」
「結局、向こうが今日の夜、うちに来てくれるみたい」
「また菓子折り?」
「ううん、そこまではお願いしてないけど。ただ、謝る気があるなら誠意を見せてくださいねって、メールの最後に入れておいたから、多分お詫びの品があると思う」
「開いた口が塞がらないぜ、ハッタリ娘には」
「ハッタリじゃないわよ。事実よ事実。私が迷惑被ってんだからね」
「ハッタリじゃないにしても、こんなにがめつくクレーム入れられるのはリエだけね」
 話が一段落し、ちょうど注文の品々が運ばれてきた。熱弁を奮った羽田の前には日替りランチが置かれた。湯気が立っており、油が跳ねる音も聞こえる。
 羽田は箸をつけようとした時、視界の向こうに先ほどこちらに注意を向けていたサラリーマンが見えた。彼は席を立ちレジに向かおうとしていた。
「ねえ、あの人、どこかで見たことあるんだけど、みんな知らない?」
「え、何、今度は店の客にクレームいれるの?」
「違う違う。こっち見てたから気になって」
「あの人、人事部の部長だよ。貝山さんだったかな」
「うちの会社の人?」
「そうそう。リエの発言が周囲に漏れると会社の品位にも関わってくるから注意でもしようとしてたんじゃない?」
 武勇伝の如くクレーム話を嬉しそうに語るのは外聞の良いものではないのかもしれない。もちろんそういう常識的な考え方を羽田はもっていたが、自分が正しいという信念の方が遥かに勝っており、彼が店から出ていくと、すぐにその存在を忘れてしまった。あとは同期同士、他愛もない話題で盛り上がり、ランチタイムは終了した。


「常務、良い人材を見つけました」
「誰だね?」
「第二事業部の羽田里栄です。入社八年目でまだ若いですが適任かと」
 貝山は先ほど定食屋で垣間見た羽田の姿を常務の飯田に説明した。
「なるほど。それは適任そうだ」
「では、早速本人を呼び出します」


「やばい。貝山さんからメールがきた」
 羽田は夕方、業務が一段落した後にメールボックスにメールが入っているのに気がついた。人事部が私に物申す理由に思い当たる節はある。今日のランチタイムだ。自分が声高らかに同期に向かって自分のクレーム話を披露していた件だろう。聞かれてしまったに違いない。品行方正に暮らせと、会社の偉い人がスピーチで話していたような気もする。そこに触れてしまったのかと羽田は不安になった。しばらくあたふたしているとデスクの端にある内線が鳴り出した。羽田は慌てて受話器を持ち上げた。
「お疲れ様です。人事の貝山ですが、羽田さんですか? 今お時間大丈夫ですか?」
「お疲れ様です。羽田です。はい、今大丈夫です。メールも見ました」
「詳細はミーティングで伝えます。予定を非公開で入れておきましたので、カレンダーを確認してください」
「わかりました」
 羽田は会社のイントラネットから自身のカレンダーを出し調べてみた。このあと六時から三十分予定が入れられている。そして参加者を見て羽田は余計にびっくりした。
「貝山さんだけじゃない。飯田、ってまさか常務? 私はそんなとこにまで目をつけられたのか」
 パソコンの画面を見ながら肩を落としているとちょうど同期の仲良し女子社員が通りかかった。
「リエどうしたの? 浮かない顔して。クレーム絡み?」
「やばいかも。昼間、貝山さんが私のこと見てたの、本当に査定に響くかも」
 羽田はかいつまんで彼女に状況を説明した。
「それは大変ね。でも身から出た錆よ。頑張って」
 彼女は早速同期にバラす気だろう。羽田は笑いながら去る彼女を恨めしくも思いながら、来たるべき会議の時間が恐ろしくてならなかった。

 羽田は階下の人事部があるフロアまで降り、定刻前には会議室に入った。室内の電気をつけ二人がやってくるのを神妙にして待つ。しかし、その胸中にはくすぶるものがあった。私は怒られる筋合いにはない。ただ、事実を友人達に話しただけなのだ。もし何か言いがかり的なことを言われたらきちっと言うべきことは言おうと心に決めていた。
「お待たせしました」
 物腰柔らかにまずは貝山が、それから役員の飯田が会議室に入ってきた。その後から腰巾着のようにしてもう一人入ってきたが、名前はわからない。
 飯田常務は人事や総務を統括する立場にある。役員クラスとは普段現場の仕事ではいっしょにならないため、羽田は否が応でも緊張せざるを得なかった。
「羽田さん、心して聞いてください」
 実際に説明を担当するのは貝山のようだった。こちらも格が飯田よりは劣るとはいえ、羽田から見れば会社の上層にいる人間に他ならない。緊張を隠すのが羽田にはやっとのことだった。
「私達は、いえ、会社があなたの力を必要としています」
「どういうことですか?」
「あなたの持つクレーム力が必要なんです」
 そして貝山は、クレーム話から感じ取った、羽田の相手企業に物怖じしない姿勢や少々強引にも見える要求の仕方に惚れ惚れしたと言った。羽田にとってクレームのことで誰かに褒められるのは初めてだった。
「もっと聞かせてくれないか、君のクレーム談義を」
「いいですよ。いつも合コンなんかでも話しますから。話し出すとキリがないんで、そうですね、松・竹・梅の中から選んでくれませんか?」
 羽田には鉄板ネタとも言うべきベストクレーム話が三本あった。
「じゃあ、梅で頼もうか」
「かしこまりました」

 小一時間がたっただろうか。いや、もっとかもしれない。羽田は結局、「梅」が終わると残りの二本も全て話した。それだけでは終わらず、飯田常務はもっとたくさんのクレーム話を羽田にさせたのだ。
「君はある意味、天才かもしれん。相手企業にとっては天災だがな」
 飯田は羽田が気に入ったようだった。そしてその話ぶりから各クレーム話が誇張のない実話だと判断した。羽田への依頼に間違いはないと改めて確信を持っていた。
 羽田の人柄、そしてクレームの実力が認められた頃、貝山の隣に座る男性が羽田が取り組むべき案件について説明を始めた。ここでようやく具体的な話になるわけだが、羽田はもう決めていた。会社のためなら、そして飯田常務のためならば厭わずにクレーマーになれる。そんな意気込みが自身の中に沸き立つのを感じ取っていたのだ。
「まだでしたね、具体的な話をするのは。申し遅れました。私は総務部の引戸と言います。私の力不足ゆえに、羽田さんにご協力をお願いしなければならず誠に申し訳ありません。ただ、先ほどの羽田さんのクレームセレクションを聞いて、これで百人力だと思いました」
「はい、私でよければ何なりと」
 羽田は内心、狂喜乱舞していた。あまりに喜びを示すと品位に欠けるため平生を装っているが、クレームがこんなところで役に立つとは思わなかったからだ。常務の覚えがめでたければ、会社生活も安泰である。それに飯田常務にはどこか尽くしたくなるような威風と人好きの良さがあった。
「今、会社の入居する、このビルから家賃引き上げを迫られています。契約上は話し合いにより解決とあるだけです。我々はビル側の要求を撤回もしくは変更させたいのです」
「家賃ですか? ちなみに払えないほど経営がヤバイのですか?」
「そうではありません。キャッシュの問題ではないのです。損益計算書の問題で今期に無駄な費用を積みたくないのです」
 羽田は少し怪訝な顔をした。経営数字に関する知識はほとんど持ち合わせていない。
「簡単に言うと、家賃の値上がりをこのタイミングで許容すると、年度末の会社の成績表に影響が出るから、値上がりのタイミングを来期にしてもらうか、そもそも値上がり自体を阻止したいと言うわけだよ。年度末に向けては売上、利益ともに計画的に進捗し、あらゆるイレギュラーに対応できるつもりだったが、こと家賃問題に関しては寝耳に水だった。時期をずらすか、止めてもらうかしか方法がないんだよ」
 飯田が引戸の話に補足をし、羽田はようやく理解ができた。要するに羽田はビルを相手取り、クレームをつけて家賃引き上げに関する交渉で、こちらの言い分を通せばいいのだ。
「なるほど。私でいいのかよくわかりませんが、頑張ります」
「是非、よろしくお願いします」
「一点確認ですが、クレームということは、やはり相手は不当な家賃の引き上げなんですね?」
「契約上は問題ないのですが、前回引き上げのときに比べ強引であったり、他のテナントには家賃の引き上げが行われず、当社のみだったりする点があるために、不当という判断をしています」
「それを聞いて俄然やる気が出てきました。義憤と言いますか、血が騒ぎますね。顧客を舐めたら痛い目に遭うということを思い知らせてやりましょう」
「おお、これは頼もしい」
 飯田常務は上機嫌だ。それにつられてか、残りの二人も笑みを浮かべている。羽田自身も得意分野を活かせることにこの上ない喜びを感じていた。

 後日、早速先方との打ち合わせを引戸が設定した。会議はビルの管理会社の本社で行われる予定だった。相手の土俵である。こちらにとっては不利な状況だと羽田は感じていた。参加者も管理会社の担当一人と聞いているが、怪しい。直感的ではあるが、羽田はこの会議に暗雲が立ち込めていることを見抜いていた。
 丸の内にある先方の本社の会議室に実際に集まってみると羽田の予想通り、参加者に齟齬があった。合計六名が集まっているのだ。管理会社から二名、ビル所有会社から二名、そして引戸と羽田だ。戦力分析を試みるまでもなく、数的には一対二なので圧倒的に不利である。相手は明らかに意図的に増員したに違いない。会議直前、羽田は担当者に向かってチクリと嫌味を言った。
「聞いている人数と違うので、資料を人数分用意できていませんが」
「申し訳ありません。私の落ち度で人数変更をお伝えできておりませんでした。資料でしたら私がコピーしてきましょう」
「いえ、結構です。私も言い忘れていたことがあります。本日の会議ですが、大変申し訳ありませんが、ちょっと別件がありまして今日は来た早々ですが帰りますので、また次回ということで」
 羽田は引戸を引っ張り出し会議室から足早に去った。向こう陣営全員が呆気にとられ、文句を言う隙も与えない一瞬の出来事だったと言っていい。引戸が説明を求めて、目をぱちくりさせていた。
「引戸さん、いいですか。クレームの極意はこっちのペースに引き込むことです。今日の会議は場所、人の数、全てが相手のペースで運んでいました。我々に勝ち目があるとは思えません」
「だから、急遽会議を止めにしたんですね? 私にはできない行動と判断です。流石です」
 羽田は引戸に怒られるかと思ったが存外に褒められほっとした。
「それからクレームの極意を教えておきますけど、論点を何個ももたないことです。一点突破に限ります。相手の言うことも無視します。会話にならなくてもいいです。とにかくこっちの要求を一点突破します」
「しかし、それではビジネスのやりとりとしては余りにもマナー違反では」
「これはビジネスではないんです、引戸さん。クレームなんです」
 羽田と引戸はエレベーターに乗り込み、今後の方針を軽く立てた。基本的に対面での交渉は避け、しばらくはこちらの要求が通りやすくなるまで、メールでのやりとりに徹することを決めた。
 羽田が事前に引戸から聞いている情報によれば、勝算は十分にあると踏んでいる。経験的に羽田は相手が折れるのが見えるのだった。もちろんそこまで容易くはなかろうが、道筋は見えていた。
 エレベーターから降り、敵陣を出る一歩手前で羽田はその名を呼ばれハッとする。聞き覚えのある声だった。
 その声を聞いて羽田は、この戦いが一筋縄ではいかないことを悟った。相手はハッタリ娘の永遠のライバルに違いない。そしてその相手が相手陣営にいるのだ。
 振り返らないでいると相手はなおも羽田に話しかける。
「連絡が入ったから来てみたの。相手が急に会議をキャンセルしたって聞いたから、中々やるわねと思ったわ。ここまで降りてきてびっくり、まさかハッタリ娘が送り込まれてるなんてね」
 羽田はそこで振り返った。どうして飯田常務や貝山、引戸をもってしても会社が交渉に失敗してきたか。その答えがそこにあった。
「やっぱり、あなたですか」

コメント(13)

クレームをつける人を主人公にしたお話です。
なるほど、という展開とまとめ方、
でも、これから先がほんとのクライマックスですよね
あと、わたしだったら「クレーマー」という題名にしますね
主人公のキャラが立ってるので
そのものズバリ「クレーマー羽田里栄」でもいいかも
>>[2]
ありがとうございます。
私もタイトルはクレームかクレーマーかで迷いました。
大変情けないですが、気持ち悪い誤植あるので、ここにメモ。

一対三 ⇨ 一対二
賞賛 ⇨ 勝算

他にもあるかもしれませんが、推敲をきちっとしようと思います。
>>[5]
キリがないかもしれませんが、お手数でなければお願いいたしまする。
クレーマーという存在から意外な方向に話が展開していって、引き込まれました。それにしても、ライバルが誰なのかが気になります。
続きが気になりますね。
ライバルって、誰・・・?と思い、最初まで戻って読み返してしまいました。
とても引き込まれ、スラスラ〜っと読めました。
とても面白かったです☆彡

クレーマーといっても、今回の財布の件は真っ当なケースで、どのように「攻略」すれば良いか大変参考になりました(笑)。

自分の勤務先の役員からクレーマーとしての素質を買われ、そのまま突っ込むところも、予想外の展開でグイグイ引き込まれました。
面白いです!
実は自分が対応させられる相手が自分でした的なラストを想像していたのですが、そうではなかったので意外でした。

クレームについては基本受ける側なので、今後の対応の参考にさせていただきたいと心底思いました。
特に、クレーマーの思考については説得力がある内容になっていたので、勉強になりました。
クレームとは、生きる実感なのかもしれませんね。ファイト・クラブ的な。

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