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半蔵門かきもの倶楽部コミュの半蔵門かきもの倶楽部コミュの第127回文芸部A テーマ 風邪 『ゾンビタウン』 ロイヤー作

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「今何時かしら?」
 薄暗くなった部屋で、佐藤茜は時計をみた。
 午後4時20分だった。
 時計の日付は1月12日だ。
「結局、3連休はずっと部屋で寝ていたのね」
 茜は金曜日の夜から【風邪】で熱が出て、喉の焼けるような痛みと、頭を割るような重圧を感じて自宅で寝込んでいた。
 やっと熱が下がり、体を動かせるようになると茜はふと違和感に気づいた。部屋が異常に寒い。 いつのまにか暖房のスイッチが切れていたようだ。暖房をつけようとリモコンを押す。だが反応がない。部屋の照明もだった。
「停電……?」
 スマホを手に取るが、寝ている間に充電をしていなかったのでバッテリーは完全に切れていた。
 それに妙に静かだった。いつもなら外の環七通りを走る車の音が絶え間なく聞こえてくるはずなのに不気味なほど静寂を保っていた。
 茜はコートを羽織るとベランダに出た。
「……え?」
 視界に飛び込んできたのは 環七に乗り捨てられた車が重なり合い、あちこちから黒い煙が立ち上っていて、「それ」が、何十、何百とよろよろと力なく歩く光景だった。彼らは人間のような姿をしていた。しかし、皮膚は土気色に変色し、服は血で汚れ、関節が奇妙な方向に曲がっている。 一人が立ち止まり、路上に転がっている「何か」を貪っている。その「何か」がかつて人間であったことは、食べ残されたスニーカーでわかった。
 茜は悲鳴を上げそうになる口を、両手で必死に押さえた。

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 茜はベランダから部屋に入ると、窓だけでなく、カーテンもしっかりと締めた。玄関に行くとドアに鍵がかかっているかを確認し、ドアチェーンもかけた。
「嘘、嘘でしょ」
 茜はモバイルバッテリーを取り出してスマホに繋いだ。
 生き返ったスマホで、何が起きているのか情報を集めた。
 最初に起きた異変は9日の深夜らしい。渋谷の交差点にゾンビが出現した。最初は時期ハズレのハロウィンの仮装かと思われたが「それ」が人を襲い、襲われた人がゾンビに変化すると、パニックが起きた。逃げ惑う人と車。事故が起き、その現場にまたゾンビが群がる。街の機能がまたたく間に麻痺していった。
 そしてゾンビが出現したのは、渋谷だけでなく、日本中至るところだった。
 3日間のうちに、電気などのインフラも止まり、街はその機能を失っいつつあるらしい。
 最初は避難所に人々が集まったが、それは逆効果で、ゾンビも避難所に集まり、被害は拡大した。
 現状は、国は戒厳令下のように、国民の外出禁止を命じ、自衛隊がゾンビの駆除をしているらしいが、急速に増え続けるゾンビに手が回らないらしい。未確認情報だが、自衛隊自体がゾンビ化していて、駐屯地がゾンビの砦になっているという話もあった。
「どうしよう」
 熱が下がり、体調が回復するとこんな状況なのに皮肉なことに体は猛烈に栄養を求めてきた。しかし、 部屋にあるのは、空になったゼリー飲料のパウチと半分残ったペットボトルの水だけだった。
「食料を調達に行かなきゃ」
 だが、店が開いてるのかも分からない。
 各地では略奪も行われているらしい。
 茜は身を守るためにキッチンから包丁を持ち出そうとしたが、緊張で手が震えて落としてしまった。
(ゾンビを刺せる?)
 近接戦でゾンビを刃物で仕留めるなど、素人の自分には無理だ。それにゾンビは既に死んでいるからどこが急所かも分からない。下手に返り血を浴びたら、その血で自分もゾンビ化するかもしれない。
 茜は代わりに趣味のゴルフのアイアンの7番を握りしめた。
(これを振り回せばなんとかなるかしれない)
 リュックを背負い、できるだけ厚着をして手袋をした。さらに原チャリのヘルメットも被った。
 ドアの覗き穴から外をうかがう。
 マンションの廊下に人影はなかった。ドアを開け外に出た。
 エレベーターは停電で止まっていたので非常階段を、息を殺して降りる。一階のエントランスに着くと、管理人の田中さんの成れの果てがいた。ゾンビになった彼はガラス扉に額を押し付けたまま動かない。生きているのか、死んでいるのかも分からない。
 茜は裏口から、細い路地へと滑り出した。
 目指すのは200メートル先のコンビニだ。 冬の冷たい空気が、病上がりの肺に刺さる。細い路地にはゾンビの姿はない。
 角を曲がるたびに心臓が激しく脈打つ。
 とうとう環七のそばまで来た。コンビニは環七沿いにある。
 環七にはゾンビが大勢いた。
 しかし、その動きは緩慢だった。
 隙を見て、路地裏から飛び出して、コンビニに行く。
 コンビニの自動ドアは開いたまま固定されていた。中は薄暗く、独特の腐敗臭が漂っていた。
「……誰か、いますか?」
 返事はない。
 茜は思い切って、コンビニの中に入ると、食品が陳列されている棚へ駆け寄った。おにぎりやサンドイッチはすでにない。パンの棚も空だ。しかし、奥のカップ麺コーナーや缶詰やレトルト食品、そして飲料水はまだ残っていた。
 茜は、まだ残っている商品を 一心不乱にリュックへ詰め込んだ。カロリーメイト、缶詰、水。
 その時、レジの奥から「カチャッ」という音がした。
 ビクッとして振り返った。
「……っ、うあぁ……」
 這い出してきたのは、店員の制服を着た若い男だった。下半身が食いちぎられており、内臓を引きずりながら、茜の足元へ手を伸ばす。 その目は白濁し、知性は微塵も感じられない。
「来ないで……!」
 茜は無我夢中でアイアンを振り下ろした。鈍い衝撃が腕に伝わる。   
 かつて「店員さん」だったものは一瞬たじろぐが、まだ動いている。
 茜は、リュックを背負うとコンビニを飛び出した。

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 コンビニを出ると、路地を急いだ。
  すると、前方から3人の男たちが歩いてくるのが見えた。彼らはゾンビではない。手にはバットや鉄パイプを持ち、顔にはギラついた欲望が張り付いている。
「おい、姉ちゃん。一人なのかい」
 先頭の男がニヤリと笑った。 茜は直感した。ゾンビよりも、この男たちの方がずっとたちが悪い。
「家族と合流するところです」
 嘘をついた。一人だと思われれば、何をされるかわからない。 男たちは顔を見合わせ下品な笑みを浮かべた。
「家族? どうせもう死んでるだろ。それより俺達と一緒に来ないか? クソみたいなゾンビから守ってやるぜ」
「……」
「もちろん、ただじゃない。お前自身が俺たちの役に立ってもらうがねな」
 男はそう言うと下卑た笑いをした。
 男たちが距離を詰めてきた。
 茜は後退りしながら、周囲を見渡した。
 路地の両側に逃げ道はない。後ろの環七に戻るしかない。
 だが、環七はゾンビで溢れている。
 茜は意を決して、さっきのコンビニに戻った。
「そんなところに逃げ込んでも無駄だ」
 男たちは茜を追ってコンビニに入った。
 茜は陳列棚を利用して、奥に隠れた。
「おい。そこは袋小路だぜ」
 3人が余裕の笑みで、近づいてくる。
 茜は待った。
 男たちは茜を囲んだ。
 すると男の一人が悲鳴をあげた。
 さっきの下半身がちぎれてない店員のゾンビが這ってきて、噛みついたのだ。床を這うゾンビには気が付かなかったようだ。
「やべぇ、噛まれた、噛まれたよう」
 その男が泣き声で叫んだ。
「嫌だ、ソンビになりたくない。嫌だ」
 どうやら噛まれるとゾンビ化するようだ。
 もう一人の男が店員のゾンビを蹴り上げる。
 その隙に、茜は逃げた。
 そして、コンビニを出る時に振り向きざまに、7番アイアンを振ってガラスを割った。
 大きな音が響いた。
 その音に環七を徘徊していたゾンビがコンビニの方を向いて集まってきた。
「ここよ、ここよ」
 茜はあらん限りの力で大きな声で叫んだ。
「馬鹿、そんな声を上げるな! ゾンビがよってくるだろう」
 思ったとおり、ゾンビは音のする方に来るらしい。
 ゾンビたちを引き付けるだけ、引き付けてから、茜は端にいるゾンビを7番アイアンで倒して、そのゾンビの囲いから脱出する。
 男たちは、店内にいた上半身だけのゾンビを倒しているうちに、コンビニの入口をゾンビに囲まれてしまっていた。
 茜は振り返らず、全力で走った。
 路地を抜けて、マンションに戻ると、非常階段を駆け上がった。
 部屋のある5階にはゾンビが一体いた。
(さっきまではいなかったのに……)
 茜は、7番アイアンを振りかぶり、ゾンビに振り当てた。
 ゾンビは、手すりから下に落ちた。
 そのまま部屋の前に行き、鍵を開けると中に入った。
 後ろ手に鍵を締めた。
 心臓の鼓動が止まらない。

 ドアに幾重も家具を寄せてバリケードを築くと、茜は暗い部屋の隅で、戦利品のカロリーメイトと缶詰の焼き鳥を口に運んだ。 味がしない。ただ、生きるための燃料を摂取している感覚だ。
 それでも生き延びるためには血となり肉となる食料を口にしないとならない。
 窓の外を見ると新宿の高層ビル群の夜景は消えていた。 かつての不夜城は、今は完全な闇に包まれている。時折、遠くで爆発音が響き、赤い炎が空を染める。
「……明日は、スーパーまで行ってみよう」
 近くの大型スーパーなら、もっと保存食があるはずだ。
 さらに足を伸ばしホームセンターにゆけば、アウトドア用品売り場で必要な物が手に入るかもしれない。
  三日前までの平凡な会社員の佐藤茜は、もうここにはいない。 今いるのは壊れた世界で明日をただ生き抜こうとする、一人のサバイバーであった。
 次に太陽が昇る時、彼女は再び地獄へと足を踏み出す。

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