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[10周年]小説「ヒナガール!!」コミュの第10話 ゆずるの場合

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 空腹に耐えかねたおれのもとに、牛丼を片手に戻ってきたあっくんは、数時間会わないうちにずいぶんと老け込んだみたいに見えた。

「……どうしたの。追剥にでもあった?」

「それをいうならカツアゲだろ」

 即座にツッコミ返す元気はあるらしいけど、目はうつろで心ここにあらずといったかんじだ。

なにがあったか聞いたほうがいいのかもしれないけど、おれは黙って牛丼をかきこむ。いまはとにかく腹が減っていたし、牛丼は冷めたらおいしくない。

食べながら、つくりなおしたばかりの曲を聴いて、佐々木さんの指示と照らしあわせる。

そのあいだもずっと、あっくんは膝を抱えてぼんやりしていた。

めずらしい。あっくんがこんなに、感情を態度に出すなんて。

……彼女となにかあったのかな。

佐々木さんからとりあえずのGOサインが出たいま、あっくんがヘコむ理由なんて、それ以外考えられなかった。

こんな短時間で?と思わなくはなかったけど、でも、たった5分でなにが起こるかわからないのが恋愛だ。

……なんて、彼女もいないおれが偉そうに言えることじゃないけど。


曲を止めて、おれは携帯をとりだした。
さっきから何度も読み返している、ヒナからのメール。

「よかったね〜!! はやく完成させてあたしに歌わせてね! あ、イントロはたしかにあたしも短いほうがいいとおもうー」

 うん。含みもまったくない返事。あたりまえだ。
ヒナにとっておれはただのバンド仲間で、それ以上でも以下でもない。
バンドという媒介がなかったら、おれなんかと、友達にさえなってくれたかどうかわからない。

でもいいんだ。ここ最近、ずっとケンカをしていたことを考えたら、こうしてふつうにメールできるようになっただけマシだ。

それに、バンド仲間としてならおれは、ヒナと一緒にいられる。

ヒナの歌を、いちばん近くで聴いていられる。


 ――ヒナはさぁ、ゆずぽんのことは好きじゃないかもしれないけど、ゆずぽんの歌は世界一好きだぜ、たぶん。
好きな女が自分のつくった曲を愛して歌ってくれるって、それ以上の幸せってあんの?


 うるせえでかい腹した嫁つれてるおまえが言うとこのうえないイヤミなんだよばあか。と、おれはイライラしながらきのう届いたばかりの写メを開いた。

気の強そうなショートカットの女の人が、もう八ヶ月だという大きなおなかをさすっている横で、でれでれとだらしなく顔をゆるませてピースしているタニっちは、世界中の誰よりも幸せそうにみえた。

ほんと、よくいうよ。あてつけかよ。

それでも許してやる気になったのは、写真の端にアンプとギターが見切れていたからだ。

タニっちはギターをやめていない。
そのことが、自分でもびっくりするくらい、思いのほか、うれしい。


 ヒナが倒れたと連絡があったあの朝。


 動転したおれはなぜかタニっちに電話をかけていた。3コールくらいですぐに後悔した。

タニっちがバンドをやめて以来、一度も連絡なんてしたことなかったのに。個人的なつきあいがあったわけでもないのに。

だけど切ろうとしたそのとき、不運にも電話は通じてしまった。

携帯電話の向こうから、聞き覚えのある寝ぼけた能天気な声が聴こえてきたとたん、おれは子供が母親を求めるみたいに、なんだかすがるような気持ちになった。

ひさしぶりもおはようもないままに、おれはただ、「もうどうしていいかわかんねー」と投げやりにつぶやいていた。

 タニっちは、おれが垂れ流す愚痴を口もはさまず最後まで聞いてくれた。

とにかくいけ好かない傲慢でむかつくおやじだと佐々木さんを罵倒して、なにもフォローしてくれないと横山さんの文句をいい、おれを無視するヒナの悪口を言いまくった。

おれの知らないところで倒れるなんてそんなの許さないと、心配とむかつきがあいまってわけのわからない主張を続けるおれの話を聞いているあいだ、タニっちはふんふんとリズミカルに相槌をうっていた。

そしてひととおりしゃべりたおしたおれが息を荒くしていると、タニっちはぶはっと吹き出した。

「やー、ゆずぽんはあいかわらずだな。安心したよ!」

「……ばかにしてんの?」

「してないしてない。だってさ、なんかジャケ写とかすげえかっこいいし、すっかり立派になっちゃって、お高く止まってたりへんにものわかりがよくなってたりしてたらどうしようかと思ってたんだぜ。そうやって駄々をこねてこそゆずぽんだよな!」

「やっぱりばかにしてんだろ」

 正直おれは、タニっちが苦手だった。

 いいヤツだっていうのはよくわかってる。でも、見た目がそこそこよくて、だれとでもすぐに仲良くなれるコミュニケーション能力をもってて、ギターもうまくて、かわいい彼女がいて、それなのに男同士でばんばん馬鹿もやれるなんてそんなの、持ってるものが多すぎる。

おれがずっと希(こいねが)っているすべてをタニっちはやすやすと手に入れているような気がして、いっしょにいると心がささくれだつことが多かった。

そして、ヒナがそんなタニっちにちょっぴり切なそうな目線を送るのを見せつけられるたびに暴れだしそうになった。

わかってる。
そんなのはただの嫉妬だ。

素直にうらやましいと思えない自分の小ささを思い知るたびに、おれは苦しかった。

だからタニっちが脱退すると知ったとき、おれはすこしだけほっとした。

ほっとした自分に盛大に嫌気がさして、おれはますます自分のことがきらいになった。

 それなのにどうして今、あっくんでも横山さんでもなく、おれはタニっちに電話したんだろう。

「そういえば俺さ、デビュー曲、5枚も買っちゃった。今度サインしてよ。俺のぶんと、嫁のぶんと、あともうすぐ生まれる息子のぶん。あとの2枚は聴く用と予備だから」

「息子? なに、タニっち子供できたの!?」

「できたのは嫁の腹にだけどな」

「いやそれはわかってるけど」

「すげえいい曲だよな。俺、柄にもなく泣いちゃったよ。俺の嫁も、なんか昔好きだったヤツ思い出してしんみりしてたよ。むかつくよな、それを俺に言うんだぜ?」

「あ……うん、ええと、それはありがとうと言えばいいのかごめんと言えばいいのか」

「どっちでもいいよ。要するにさ、それだけいい曲だったってこと。俺、すげえ好き。めっちゃ友達にも勧めてる」

 なんでこんなにタニっちはからっとしているんだろうなあ、とおれはぼんやり思った。

自分が続けられなくなったバンドのメンバーがメジャーデビューして、大々的に売り出されたりなんかしたら、おれだったらきっと悔しくて聴けない。

こんなふうに素直に褒めたりできないし、第一、電話がかかってきても出ないだろう。
……やっぱ小さいな、おれ。

 タニっちはそんなおれの考えていることを見透かしたように、「またなんかよぶんなこと悩んでるだろ」と笑った。

「ゆずぽんはなー。ほんとにめんどくせえよなー」

「悪かったな。どうせおれは女々しいし、ちっちゃいよ」

「すぐそうやって僻むし。でもさ、だからこそゆずぽんには、あの曲がつくれたんだよな」

 ん、もしかしてこれ、励まされてるのか。と、おれはようやく気づいた。前置きが長くて、おれの愚痴なんてなかったことにされてるのかと思ったけど。

「いいじゃん。ヒナはさぁ、たしかにゆずぽんのことは好きじゃないかもしれないけど」

「……はっきり言うな」

「まあまあ、最後まで聞けって。でもヒナはさ、ゆずぽんの歌は世界一好きだぜ、たぶん」

 だから歌ってるんだろ、倒れるまでがんばって。

 タニっちの言葉におれは、言葉を呑む。

「好きな女が自分のつくった曲を愛して歌ってくれるって、それ以上の幸せってあんの? おれには絶対、手に入れられないよ。ま、そのかわりめちゃくちゃ幸せな家庭は手に入れてっけどな!」

「うわ、まじうざい。なんなの、励ましてんの惚気てんの」

「両方だよ。そうやってすぐどっちかに決めようとするのはよくないぜー。いいじゃん、どっちもあるし、どっちもないよ。もうちょっと楽にいきな。ねじくれてんのはゆずぽんの大事な個性だけど、でも突き詰めすぎてもいいことはなにもないんじゃね」

 だからおまえは褒めてるのか貶しているのかどっちなんだ、と反論しかけてやめる。どっちもあるし、どっちもないのか。

そうか、タニっちはただ“そう思ってる”、それだけなのか。

 おれは礼を言って、電話を切った。かけるのも切るのも唐突で勝手なおれを、タニっちは笑って許してくれた。

 どっちもあるし、どっちもない。

 そんな選択肢はおれにはなかった。バラードかアップテンポか。自分を貫いてだめになるか、自分を殺して従うか。そのどちらかしかないと思っていた。
でもそうじゃなかったのかもしれない。

 食い終わった牛丼のケースをゴミ箱にほうりこむ。

 気づけばあっくんは、食事もとらずにノートに向かっていた。かりかりと、なにかを書いては消し、消しては書いてをくりかえしている。たぶん、歌詞をなおしているのだろう。

 なにがあったのかは知らない。あっくんは自分のことをあまり話さないし、主張もしない。

でも、静かだからといってなにも思っていないわけじゃないし、ほんとうはおれよりも感情を揺さぶられたら熱いんだって知っている。

「……ん」

 作業を終えたらしいあっくんが、おれにノートを差し出す。音楽を流しながら、鼻歌まじりにその歌詞を乗せる。

きのうまでとはまるで違う完成度に、おれはにっと口の端をあげた。

 イケる、と思った。これならきっと、大丈夫。

 ――ヒナはきっと、おれを好きにならない。でもおれは、ヒナの声を生かす歌がつくれる。ヒナがいつまでもおれを見てくれないその絶望が、つくる歌を深くする。

 あっくんもそうなんだ、きっと。その歌詞を見て俺は強く思った。

ままならない現実は、おれたちを強くしてくれる。そしてそのことがきっと、おれたちの音楽を飛躍させてくれるのだ。

ぐんぐん、どんどん、まだ見たことのない場所へと。

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第11話 ほんの少しの、ほんとのこと
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=76077884&comm_id=6186117

コメント(2)

ゆずぽん、成長したな。
曲の深さを産む矛盾になんか複雑な想い…
藤崎千絵子
ありがとうございました*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

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