ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

[10周年]小説「ヒナガール!!」コミュの第6話 ヒナゴコロ

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 あたしはただ、歌えればそれでよかった。ずっと。

 待機中のワゴン車の中、あっくんにメールを送信して、あたしは大きく伸びをした。今日はまだ、あと2軒まわらなきゃいけない。

朝から口角あげっぱなしだから、唇の端がちょっとヘンな感じがするけれど、いまのあたしにできるのは笑うことくらいだから、つかれたとか、そんな弱音は吐いていられない。

こうしてるあいだも、あっくんもゆずぽんも、佐々木さんに怒られながら曲づくりをがんばってるにちがいないから。それに。

 ――ヒナの笑顔は最強だよ。おれ、見てるだけで元気になれるもん。だからさ、ずっと笑ってろよな。それをいつかテレビで観るのが、いまの俺の夢。


 思い出して、胸がきゅっとしめつけられる。最後に会ったときタニっちがくれたその言葉を、あたしはいまも後生大事に抱え続けている。

未練がましいのはわかっているけど、でも、ずっと宝物だ。

 そんなふうにいつまでも忘れられずにいるから、うっかりゆずぽんにあてつけがましいことを言ってしまったのかもしれない。

今ここにタニっちがいてくれたらいいのにって、つい思っちゃったから。

 ――どうせ俺の曲は女々しいよ。

 ふてくされたゆずぽんの顔を思い出して、ふたたびむかっとする。ほんと、ガキ。
人の言うことぜんぶ、悪いほうに悪いほうにとるんだから。

もし心の底からゆずぽんよりタニっちのほうがいいなんて思っていたら、あたしはいま、ここになんていないというのに。

 タニっちがいなくなってすぐ、ゆずぽんがつくったあの歌。

 正直あたしは、人前で泣くのが好きじゃない。笑顔はあたしの、最大の武装だ。
トクベツ美人なわけじゃない、賢いわけでもない、武器と呼べるものなんてなにもないあたしが持つ、唯一の鎧。

だけどあの曲を聴いた瞬間、あたしの心をなにかが突いた。

丸裸になったみたいに、無防備になった。

歌詞のひとつひとつが沁みて、だめって思っても涙が止められなくてぽろぽろこぼれた。

同時に、あたしの歌だって強く思った。

これはあたしだけの歌だ。ほかの誰にも歌わせない。――そんな体験ははじめてだった。


それまでのあたしはただ、楽しく思いきり歌えればいい、それだけで。

もちろん、メンバーと気が合うかとか、音楽の好みや方向性が同じかどうかとか、そういうものも大事だけどでも、それほど強く意識していたわけじゃなかった。

うまくやれればそれでいい、くらいで、言ってみればまわりを軽んじていたんだと思う。

そんなつもりはなかったけれど、でもたぶん、そういうことだ。だからだめだったんだ、ということにそのときようやくあたしは気づいた。

 歌いたい。

ひなまつりのボーカルとして、ゆずぽんのつくる曲を、ゆずぽんとあっくんの演奏で。

 だからあたしはここにいる。
不安でも、心細くても、ようやくつかんだチャンスを、あたしのじゃなくて、ひなまつりみんなのチャンスを、逃したくないから。

 それなのに。

 ぶるるっとスマホが震える。あっくんからだ。

「ゆずるがあいかわらず、拗ねています。メールしてあげて」

 ご丁寧に写真も添付されていた。まるまってこれみよがしに落ち込んでいる、ゆずぽんの背中。

 ふんっ、と鼻息が漏れた。知らないもん、ゆずぽんなんて。あたしのこんなに強い愛情に気づけないバカはもう知らない。

「なに、どーしたの。怖い顔して」

 となりに座っていたサブマネージャーの早紀ちゃんが、驚いたように声をかけてくる。あたしが無言でさしだしたスマホの画面をみて、ぷ、と小さく笑った。

「さっき横山さんから連絡きたけど、だいぶ難航してるみたいよ。アラフォーの気持ちなんてわかるか!って荒れてたみたい」

「佐々木さんに、また怒られたのかな?」

「みたい。最後まで聴いてももらえなかったんだって。大丈夫かしらねえ」

 拗ねてるんじゃない。本気で落ち込んでるんだ。くやしくてくやしくてたまらないから、突っかかってくるだけで。

 きのう、SNSの日記でゆずぽんは、「かなりイイ仕上がりかも♪」と写真つきでごきげんだった。
ベースと、散らばった楽譜と、そのすみにうつりこんだ何本かの栄養ドリンク。

デビュー前から応援してくれているファンの子たちが、「楽しみです」とか「次はアルバムですね」とか励ましのコメントを書き込んでくれるのを見ながら、あたしは祈るような気持ちになった。

ゆずぽんはむかつくけど、努力だけはぜったい誰にも負けてない。

だからお願い、今回はOKがもらえますように、って。

 でも一方で、送られてきたサンプルを聴いて不安にもなっていた。それはたしかにとてもじんとくるいい曲で、ゆずぽんらしくてあたしはすごく好きだったけれど、でも、佐々木さんはきっと首を縦に振らないだろうという予感があった。佐々木さんが(ゆずぽんいわく)馬鹿のひとつ覚えみたいにくりかえす“アップテンポ”や“アガる感じ”には全然足りていないだろうと思ったから。

 明るくって、なんだろう。

 ただ元気なだけの曲は、たぶんゆずぽんにはつくれない。ううん、つくれたとしてもそれはもう、ゆずぽんの曲じゃない。そうまでしてあたしたちは、がんばらなきゃいけないんだろうか。

 フクザツだった。

 ふたりにはがんばってほしい。あたしも、がんばりたい。
だけど大切なものを捻じ曲げてほしくはなかった。
それでも、捻じ曲げなきゃこの先はないと突きつけられたら、あたしたちはどうするのだろう。

「……ふたりは今日も事務所にとまりこむのかなあ? あたし、あとで差し入れにいこっかな」

「だめよ。ヒナちゃんは明日もはやいんだから、ちゃんと休まないと。寝不足の顔で写真に撮られたくないでしょ?」

「それはそうだけど……」

「それに今もちょっと顔色わるいよ。体調わるい? お昼のお弁当も残してたし」

「なんか、あんまりお腹すいてないの。でも、べつに平気だよ」

「それがだめなの。たぶんストレスで食欲を感じにくくなってるのよ。そういうときこそ、むりにでも食べないと。今日のラストは、歌のお披露目もあるんだからね。ヨーグルトなら食べられる? 買ってくるから、ちょっと待ってて」

「うん……ありがと」

 車を出る早紀ちゃんに手を振って、あたしは小さく息をついた。

 言われてみれば、なんとなく全身がいつもより熱いような気がする。
ひとりで営業に出るようになってもう5日。さすがにちょっと、疲れているのかもしれない。

こういうときは風邪をひきやすいから気をつけなくちゃ。
最近、寒かったりあたたかかったり、天気も不安定だし。

ああ、そうだ。乾燥も大敵だ。歌えなくなったらあたしにできることはなにもなくなってしまう。

 見ると、ペットボトルの水はもうほとんどなくなっていた。しまった、ついでに早紀ちゃんに頼むべきだったかも。
いいや、あたしも気晴らしにコンビニ行こう。

 ――と、腰を浮かせたそのとき。

 不意に視界がぐにゃりと歪んだ。
きいいん、と耳障りな音が襲ってきて、その場に膝をつく。

 なにこれ、と思ったときには遅かった。

 あたしの意識はそのまま一瞬でブラックアウトした。



----------------------------

第7話 歌姫の帰還
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6186117&id=76037425


コメント(3)

自分達の曲のイメージを変えるのって作曲者やその曲を歌っていたメンバーにとっても辛い事だし、変えた先に何が待っているのか不安になる。この先どんな展開になるのかが楽しみです。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

[10周年]小説「ヒナガール!!」 更新情報

[10周年]小説「ヒナガール!!」のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング