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[10周年]小説「ヒナガール!!」コミュの第4話 片想いの代償

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 深夜にタニっちから電話がかかってくることは、そう珍しくなかった。

いま近くにいるから飲もうとか、終電逃したから泊めてとか、彼女がかわいすぎてつらいとか、内容はそのつどどうでもいいようなことばかりだったけれど、その日はちがった。

神妙な声でタニっちは、ほとんど前置きもなしで、「いまから家行っていい?」とぼくに聞いた。

「いまどこにいるの?」

「あっくんちから10分くらいのコンビニ」

 ぼくは笑った。

「だめって言っても来る気満々じゃん。いいよ、ぼくがいまからそっち行く。駅前のファミレスでもいい?」

 その日、ぼくの家には彼女が泊まりに来ていた。
大学時代からのつきあいで、ぼくとちがってちゃんと就職活動をし、いまは銀行の窓口に座っている。
金曜の夜は、飲み会帰りにうちに来て、そのまま週末を過ごしていくことが多かった。
毎朝8時に出社して疲れきっている彼女の眠りをさまたげるのはしのびなかった。

 冬なのか春なのかわからないような日々が続いている、あれも3月のことだった。
そういえば、ゆずると再会して、バンドを結成しようと最初に話したのもその前の年の3月だった。

ぼくらの転機はきまってこの季節に起きるのかもしれない。

 ファミレスにつくと、タニっちはすでに2杯めの生ビールをあおっていた。
でもいつものような陽気な笑みはなく、目がわずかに充血していて思い詰めているようにみえた。

「ごめん。……バンド、続けられなくなった」

なんとなく察しはついていたけれど、あまりに突然のことで言葉にできず、ぼくはビールをちびりとすすった。

「ちょっとまえに彼女の父親が倒れてさ。命に別条はないんだけど、最近いろいろごたついてて……それでなんつうか、まあ、簡単にいえば結婚することになったんだわ。でもそれには俺、ちゃんと就職しなくちゃいけなくて」

 なるべくあっさり言おうとしているのがわかって、ぼくは胸が痛んだ。
タニっちはもう、決めてしまっている。ぼくに、ぼくらに止めることはもうできない。

 なんで。どうして。ふざけるなよ。だって。でも。

 いろんな、形になりきらない言葉がうずまく。
ごめんな、と何度目かにタニっちが謝るのをきいて、ぼくはむだだと思いながらもようやく口を開いた。

「……どうにかなんないの? 働きながらだって、ギターは続けられるじゃん。ぼくら、まだデビューしてるわけじゃないし、両立できないほどじゃ」

「ははっ。あっくんのそんな必死な顔、はじめて見たよ」

 おもわず、というようにタニっちは吹き出した。ふざけるなよ、と言いかけて飲み込む。

口角はあがっているけれど、タニっちのまなざしは真剣で、切実だった。
泣き出しそうにさえ見えた。

「続けたかったなー。俺さ、あっくんのドラムすげえ好きなんだよね。なんていうの、淡々としてるのに躍動感あるっていうか、冷静なのに熱いっていうか、すげえ不思議な音なんだよね。あわせるのも楽しかった。いつもうきうきしたよ」

 ――過去形になってる。

 タニっちの言葉のすべてが、もう終わったこととして語られているのに気づいて、ぼくは膝のうえでこぶしをにぎりしめた。

なんだよ。
どうしてそんな思い出話みたいにするんだよ。
ぼくらはまだ、始まってもいないのに。

 タニっちはそんなぼくに気づきながら、でも、変わらぬ調子で続ける。

「ゆずぽんもいい詞書くよなー。ちょっと女々しいけど。でも、その女々しさがまたいい味出すんだよな。ヒナの声がまたいい相乗効果でさ。声と詞と、そのふたつが重なって魅力が増幅するっていうか、ああこれが“うた”なんだって俺、はじめて思った」

 楽しかったよ、とタニっちは微笑む。これからもずっと楽しいと思ってた、と。

「彼女さ、ずっと俺のこと支えてくれてたんだよね。これまでもいろんなバンドの、サポートメンバーとかやって、転々としてさ。なかなか芽も出ないし、いい年して稼ぐこともできないし、夢追い人なんてばかじゃねえのって親にも言われてた俺のこと、ずっと応援してくれてたんだ。……だからさ、いま彼女がいちばんしんどいときに、俺、知らん顔はできない。今度は俺が、あいつを支えてやんなきゃいけないんだ」

「……夢を捨てても?」

「捨てるっていう言い方は正しくないな。俺はもう、じゅうぶん追いかけた。引き際なんだよ、きっと」

 それとさ、とタニっちは申し訳なさそうに頭をかいた。

「あのさ、ほんとはもういっこ、理由があるんだよね。あっくんだけにいうけど、ぜったい内緒にしてな」

 そのちょっと甘えるようなまなざしに、ぼくは、ああやっぱりかと息をついた。

「……ヒナだね」

「さすがあっくん。よくわかってるな」

「だれだってわかるよ、一緒にいたら」

「わはは、まじ、申し訳ない」

 今日はじめて、タニっちはおどけてみせた。不思議と腹はたたなかった。

「これ以上一緒にいたら、俺、ヒナのこと好きになると思う。でも彼女のこと、大事なんだ。裏切りたくない。……だから」

 うん、とぼくはうなずいた。

 それ以上、なにかを言えるはずもなかった。
ただぼんやりと、ヒナが泣くな、と思った。
そしてそんなヒナを見て、ゆずるもまた傷つくんだろう。
だけどきっと、みんな、なにも言わない。

お祭りは、人数が多いほうが賑やかで楽しいのにな。
ぼくがそうつぶやくと、タニっちは初めて傷ついたような顔をして、まぶたを伏せた。

「あっくんも気をつけろよー? 彼女いるんだろ?」

「ぼくはまあ、大丈夫だよ。ヒナのこと、仲間としか思ってないし」

「あっくんがそうでもさ……いや、まあいいか。うまくいってんならそれで」

 思わせぶりなセリフを、けれど追及するのはやめておく。
言いたいことはたくさんあるような気がしたけれど、でも、なにも出てこなかった。

物わかりのいい顔をしている自分がいやになって、ビールをぐいと飲み干すと、タニっちは愉快そうに肩を揺らした。

「そういえば、俺らがサシでがっつり飲むのって初めてじゃね?」

「誘ってくるときは、タニっちがすでにできあがってるもんね」

「今日は奢るし、じゃんじゃん飲んでよ。……ほんとはさ、三人そろったときに言おうと思ったんだけど」

「いいよ。ぼくから、先に二人に伝えておく」

「わー、もうさすがだぜ、あっくん。……ヒナが泣くとこも、ゆずぽんが裏切られたみたいな顔するとこも、俺、あんま見たくないからさ。卑怯だってわかってんだけど」

「二人とも直球だからね」

「そうなんだよ。そういうとこ、そっくりだよなあ。言うととくにヒナはいやがりそうだけど。ゆずぽんの恋路もなかなか険しいな。……あ、すみませーん。注文追加いいっすか。生とー、からあげとー、あとええと」

 店員さんに片っ端からメニューを告げていくタニっちの横顔を見ながら、ぼくは改めて、さみしいと思った。
これまでもいろんなバンドを組んできた。
今度こそと思える仲間を、いつも見つけたつもりだった。
だけどいつも、ぼくにはどうしようもできないことがきっかけで、綻びが生まれて崩れていく。

大人になればなるほど個人の事情はかたくなで、気持ちだけではどうしようもなくなっていく。

引き際、とタニっちは言った。

もしかしたらこれは、ぼくらにとってもまた引き際なのかもしれないと、思わずにはいられなかった。
そんなこと思いたくもないけれど。

 口にすればそれはタニっちを責めているのと同義だから、ぼくはそれ以上なにも言わなかった。
たぶんこれが最後になるとわかりながら、ぼくらはただ、朝までどうということもないあれこれをしゃべり続けた。

 だけど皮肉なことに、タニっちの脱退はぼくらにとって逆方向の転機となった。

3人だけのひなまつりになってから3日後、それまでのスランプが嘘みたいに、ゆずるが曲をつくりあげたのだ。

それは、切ない恋の歌だった。

 恋しくて、誰よりもそばにいたくて、ずっとその笑顔を見守っていたくて。
でも大好きなその人が見ているのは自分じゃない。
友達じゃなきゃ、一緒にいられないから、想いを打ち明けることもできないでいる。

 そんな、叶わない恋の歌。

「ちょっとぉ。ゆずぽん、これ超えぐい。なんでこんないい歌かけるのー?」

 その曲を聴いて、歌詞に触れて、ヒナははじめて泣いた。
タニっちがいなくなると知ってから、(少なくともぼくらの前では)一度も涙を見せなかったヒナが、楽譜をにぎりしめながらぽろぽろと涙をこぼした。

 そんなヒナを、妙に冷めた顔で見つめるゆずるに、ぼくははじめて苛立った。

 言えよ。おまえのことが好きだからって、言っちゃえばいい。おれもおなじ気持ちでヒナのこと見てたから、だからわかるんだよって。

だけどゆずるはなんてことなさそうに、ふん、と鼻を鳴らすだけだった。

「べつに。なんか、急に湧いた。おれ、天才だから」

「う、わー。なんかむかつく。天才ならもっとはやく完成させなさいよ。どれだけ待ったと思ってんのよー」

「待った甲斐、あったでしょ」

 得意げなゆずると、笑顔をとりもどしはじめたヒナを見ながら、ぼくはなぜだかぞわっと全身に鳥肌がたつのを感じた。
きっといい曲になると、ヒナの歌を聴くまえから確信していた。
二人の想いがこれだけつまったこの曲に、力がこもらないわけがない。

 そして。

 WEB上にアップしたその曲を聴いた、横山と名乗る男から連絡があったのは、タニっちがいなくなってから半年近くが過ぎたころだった。


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第5話 プロってなんだ。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=76011958&comm_id=6186117



コメント(4)

続きがかなり気になります。
配信まってま〜す♪
同じ空間で音で繋がってると、心も繋がってくる気持ちになるんだよね。
なんか彼女さんの親が倒れたから結婚って普通に責任とったように綺麗だけど、ようは逃げる事しか出来なかったんだろうね

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