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反改憲!【条約より憲法が上】コミュのデモクラシーな言葉へのTwitter_ デモクラシーを国家権力が道徳やそういう情緒的価値判断を本質とすると教えるのはDemocracyではない。それでは民衆による「支配、権力」とは反対のものだ。

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https://twitter.com/reef100/status/1073062857040977925


デモクラシーな言葉
‏ @whatsdemocracy

民主主義の反対は独裁主義である。専制主義、全体主義、ファシズム、ナチズム、そのほかいろいろな形をとって現れるが根本の共通点がある。権威を持っている人間が普通一般の人々を軽蔑し、見おろし、一般人の運命に対してすこしも真剣な関心をいだかないという点である。(文部省教科書「民主主義」)


12:36 - 2018年12月13日


アステローペ・リーフ
‏ @reef100
返信先: @whatsdemocracyさん
12:51 - 2018年12月13日

間違いである。軽蔑しないとか見下ろさないとか真剣な関心をいだかないとかそういうことは本質的意味定義であり情緒的価値判断の世界の視点。

デモクラシーは道徳ではなく、情緒的価値判断(心)ではなく
「国家 対 人民」という構図における社会科学の論理(事実の連関)。
人民が支配する主義。

デモクラシーの反対は、デーモス(民衆)でないものによる「支配、権力」。

多党制の間接民主制をとっていても、賛成多数で、人民の自然権を棄損することを法益とする法律の立法をするのは、democracyではない。

三権分立の体制を形でとっていても、行政や司法が人民の自然権を棄損する法律の運用や判決を下すことはdemocracyではない。

三権は癒着し、その癒着した勢力が、自分でバンバン立法し、バンバン執行し、司法が追い付かない、追いついても国策判決を下すのはdemocracyではない。


たとえ完全なる三権分立を持っていても、お金を発行する権利が、民衆ではなく、国際金融資本家に掌握され、あるいは、AIに掌握され、民衆がお金の持つ「権力の支配手段」により支配されるのは、democracyではない。


デモクラシーを、国家権力が、道徳や、そういう情緒的価値判断を本質とすると教えるのは、Democracyではない。それでは民衆による「支配、権力」とは反対のものだ。

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