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反改憲!【条約より憲法が上】コミュの枝野は国家権力がファシズムの状態でいかなる9条改憲も許さないという主張だ

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■枝野氏、9条改憲阻止訴え=志位氏「発議許さず」
(時事通信社 - 11月03日 17:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4843577

●【枝野は国家権力がファシズムの状態でいかなる9条改憲も許さないという主張だ】

メディアは枝野氏が改憲論者であり、日本共産党は護憲であるとか言って、楔を打ち込もうとしている。だから、日本共産党とは違うのだという印象を与えるために、志位さんの演説の途中で帰ったなどと書いている。こういう楔を打ち込まれてはならない。


【1】枝野幸男は立場上、ズバリと言えないこともあるだろうから、
外野席から私がズバリと代弁しよう。

枝野は「国家権力がファシズムの状態でいかなる9条改憲も許さない」という主張だ。

「国家権力がファシズムであること。これが、最大の問題だ。」

といっているわけで、

その点で、「日本共産党はじめファシズムに反対するすべての国民と一つだ」ということだ。

希望や維新や自公というのは、国家権力がナチスであろうと条文だけ切り取って改憲するというのだから、ようするに、ファシズムの一味だ。


日本の国家権力から、ファシズムを一掃し、国家権力が主権者人民の国家権力になれば
本物のdemocracy国家権力になれば、主権者人民の基本的人権を守るという国家の目的を忠実に守る国家権力になる。

そうなれば、暴力装置というものが、人民の暴力装置として人民に銃口を向けることはないという主張だ。

以上が枝野幸男の代弁だ。


そして、これは、日本共産党も同じなのだ。今は語らないだけだ。



【2】こういう主張の一方で、

たとえ、国家権力がファシズムでなくなっても、軍事力というものでは、主権者人民の基本的人権を守れないという主張が厳然とある。


これが日本国憲法の「あらゆる軍事力を放棄する」「軍事に対する政治(外交)の絶対的な優越を保障する」というものだ。日本国憲法の真髄だ。



【3】ファシズム打倒後の日本の進路は、その時議論すべきことだ。今は目先のファシズムを倒すために国民が一つになる時だ。

枝野幸男も、日本共産党も、ファシズム打倒後の暴力装置の保持については、日本国憲法と軌を一にしていない。だが、これには両者は言及しない。
言及しようにも今の国民にそれを判断するだけの、democracyの成熟度という認識の基礎力がない。だから、議論してもまっとな議論にならない。
逆にファシズムに付け入られる。この新聞記事のように。


【4】ファシズムを倒して、国民が、democracyに精通した国民になり、
暴力装置が人民の暴力装置として人民には銃を向けない絶対的な縛りをもった暴力装置になるか、

それとも、

そんなことは不可能で、本当に完全にdemocracyの成熟を果たした後の議論であって、
たとえファシズムに選挙で勝ったにしても、それはまだdemocracy成熟への道程であって
そういう不完全な状態においては、
憲法9条の通り、完全な、軍事に対する政治(外交)の絶対的優位を確立する国民になるべきなのか、

これは、最終的にはファシズムを倒して国民のdemocracy度が完璧になり、そこでの議論を待って出る結論だろう。

それまでは、憲法9条の通り、完全な、軍事に対する政治(外交)の絶対的優位を確立する国民でいなければならない。

この宮澤喜一の言葉通り。これが歴史の叡智というものだ。
https://twitter.com/whatsdemocracy/status/927098797053771776

<photo src="v2:2270231224:l">
*−−−引用開始−−−−−*
デモクラシーな言葉‏ @whatsdemocracy

どういう事情があっても、武力行使をしてはいけない。自衛であろうと、国連の旗の下であれ、です。日本は自衛だといって満州事変から、中国のなかで戦争したんです。そんな自衛がありますか。(宮澤喜一)
18:02 - 2017年11月5日
*−−−引用終了−−−−−*

https://twitter.com/whatsdemocracy/status/927235266477096960
<photo src="v2:2270231878:l">
*−−−引用開始−−−−−*
デモクラシーな言葉‏ @whatsdemocracy

自衛というものは、実は、とめどないもの。第二次世界大戦は、日本は自衛のために戦ったという説明があるけれども、中国まであんなにたくさん出かけていって、いろんなことをして、それを自衛だと言うのは客観的にむずかしい。(宮澤喜一)
3:04 - 2017年11月6日

*−−−引用終了−−−−−*

まさに自衛の本質だ。

「自衛」とは情緒的価値判断のことば。
どうにでもなる。
「必要最小限」もどうにでもなる。
「急迫」もどうにでもなる。
「不正」もどうにでもなる。
こういうあいまいな用語、情緒的価値判断の用語で、憲法を書いてはならない。


まさに憲法9条の精神だ。





【5】私見では、

1.武力による解決は放棄すると思う。現日本国憲法通り。

2.もし、立憲民主党が、日本がファシズムの温床を温存したままの状態であるにもかかわらず、憲法9条改憲を言い出したら、その時は主権者人民によって、叩きのめされるだろう。
そうなるまで、主権者人民のdemocracy度を成熟させねばならない。

3.そして、完全にdemocracy化した主権者人民になれば、そういう日本国民になれば、そのときは、
憲法9条がより、堅固な非武装実現の憲法9条になるのか、
それとも、人民の軍隊なら持つという日本になるのか、
それは、枝野にも日本共産党にも、本当はだれもわからないのだ。

4.すくなくとも、ファシズムを倒して、主権者人民のdemocracy成熟度が上がれば、
横田基地と平壌が自由往来のバックドアである事実を棚に上げにして日米軍事条約を結んでいたり、そのような状態で鬼畜北朝鮮を叫ぶような馬鹿はいなくなる。

逃げる時間も逃げ場も助かる見込みもない核ミサイルの雨あられのような被弾の現実を前に、
戦力を背負い続け競争し続ける馬鹿さ加減を笑うことが、日常会話における常識になっている可能性が大というものだ。

緊密な国民同士の交流と平和への祈願、共存共栄の思想、なにより、主権者人民の自然権(基本的人権)を守るために人民が国家を作ったという近代社会契約の国家の約束定義に覚醒し、
国家に対する自治権の堅固な確立や自治の強大な予算の確立をもって、国家が強大な中央集権でチャンバラごっこをする、いや、人類絶滅の瀬戸際外交とか瀬戸際軍事力誇示をするなど、過去の遺物となる可能性を否定できない。

戦争を商品化する独占資本は事実上、解体する。主権者人民のdemocracy成熟度が上がれば、独占資本による国家権力支配はない。独占資本への強烈な縛りの仕組みを社会科学的に、事実の連関として、構築するだろうから。戦争を商品とする独占資本は解体する。



【6】以上の意味で、現状では、枝野幸男も、志位和夫も、まだ、原始人の脳みその中で、ファシズムと闘っているわけだ。


いま議論すべきは、

ファシズム か 反ファシズムか  ということだ。

ファシズムに対して、国民は一つでなければならないということだ。

(了)

*−−−−掲題mixi記事 引用開始−−−−−−−−*

枝野氏、9条改憲阻止訴え=志位氏「発議許さず」
2017年11月03日 17:00 時事通信社


<photo src="v2:2270106902:l">
写真 国会前で開かれた護憲派の市民集会であいさつする立憲民主党の枝野幸男代表=3日午後、東京・永田町


 立憲民主党の枝野幸男代表と共産党の志位和夫委員長は3日、国会前で開かれた護憲派の市民集会でそれぞれあいさつし、安倍晋三首相が目指す憲法9条改正阻止を訴えた。

 枝野氏は、先の衆院選で改憲勢力が国会発議に必要な3分の2超の議席を占めたことに関し「国会でわれわれは少数派かもしれないが、『9条を改悪していい』と白紙委任したのではないと首相に訴えていかなければいけない」と述べた。

 志位氏も「国民の中で9条改憲は絶対に駄目だという多数派をつくれば、首相だって国会発議を怖くてできなくなる」と強調した。

 ただ、枝野氏は志位氏が壇上に上がる前に会場を後にした。立憲は改憲を全面否定しているわけではなく、護憲を打ち出す共産党とひとくくりにされるのを避ける狙いがあるとみられる。 

<photo src="v2:2270106905:l">
国会前で開かれた護憲派の市民集会であいさつする共産党の志位和夫委員長=3日午後、東京・永田町

*−−−−掲題mixi記事 引用終了−−−−−−−−*


<追記>
共産党の言う護憲というのは、「今は護憲」という意味での護憲だ。
将来的にファシズムが打倒され、安定的なdemocracy政権になれば、
ファシズムへの逆行がないとなれば、
そのとき、国民の総意で改憲する可能性は無論否定していないのだ。
むしろ、その時は積極的に主権者国民の総意として改憲を支える立場だ。
だから、護憲といっても、千年先も、1万年先も、10万年先も、この憲法でと言ってるわけではない。
(そんなに人類が生息するかは疑問だが。)

枝野の改憲論は、ファシズム政権を打倒し、ファシズム政権への回帰がありえないまでに主権者人民のdemocracy意識が成熟したらという意味で、本当は日本共産党と変わりない。

「成熟したdemocracyのレベル」とはどういうレベルか、という認識は、価値の問題であり、
情緒的価値判断であり、
私見では、それは、日本共産党よりはある意味「緩い」だろう。

というか別の言い方をするなら、
日本共産党のdemocracy認識は、近代社会契約の国家の約束定義に端を発するdemocracyなのか、
それとも、それとは別の、「俺はマルクス・エンゲルスの国家の起源を史実と信じているからそんな近代社会契約の国家の約束定義など受け入れられない」というのが本音で、
しかし、近代憲法たる日本国憲法は、人民主権、国家権力、憲法、立憲主義、あらゆる用語が近代社会契約の国家の約束定義を原点として、体系化されていて、この日本国憲法を受け入れている限り、近代社会契約の国家の約束定義を【約束定義】として、認め、受け入れなければ、整合性がとれないから、
今は、近代社会契約の国家の約束定義を批判しないが、
本音は、そんな約束定義など評価しない、
というのかは、不明だ。

しかし、ファシズム打倒後の日本共産党の理念とする世界は、日本共産党が作るものではなく、主権者人民が形を決めていくだろう。
それがdemocracy、人民主権だ。democracyの成熟だ。
だから、日本共産党の幹部が何を考えていようが、別にどうでもいい話だ。

そして、枝野幸男のファシズム撃破の状態が、主権者人民には受け入れられない緩いレベルのファシズム撃破かどうかも、今は別にどうでもいい話だ。

それらは、今は別にどうでもいい話は、ファシズムを打倒したという現実により、主権者人民のdemocracyの成熟度の飛躍的なアップの中で、新たにアウフヘーベン(止揚)されていく問題だ。

今は、ファシズムか 反ファシズムかで 国民が一つになり、邁進する時だ。



友人と同士とは違うのだ。
友人はその人格の核のようなものに共鳴して成立する。
しかし、同士は同じ目的のもとに結集し、目的が達成したら、明日はわかれゆく。

枝野立憲民主も志位日本共産党も、ファシズムを倒す同士に過ぎない。

明日はわかれゆくかもしれないが、同士として、今は、ファシズムを倒さねばならないのだ。
ファシズムか 反ファシズムかだ。
ファシズムの前に、国民は一つだ。
一つでなければファシズムを倒せないのだ。

主権者人民の行くべき理念は、
近代社会契約の国家の約束定義=「国家は人民が作った。人民の自然権を守るために人民が国家を作った」。

ここを源泉としての社会科学の構築以外に、歴史に耐えた「人民の自然権を守る」論理は現状ではない。

(了)


<追記>
9条改憲の枝野私案を掲げた枝野幸男氏へのツイッター
<photo src="v2:2270234452:l">
https://twitter.com/reef100/status/927065803270139904

*−−−−編集後 引用開始−−−−−−*
枝野幸男‏認証済みアカウント @edanoyukio0531
8:56 - 2017年11月5日

日本を守るために日本が発動するのは個別的自衛権です。日本を守るために米軍が行動するのは、米国にとっては集団的自衛権の発動ですが、その米軍と共同行動をとっても、日本にとって集団的自衛権の行使になるわけではありません。この点の誤解をされている方は多いようです。

・・・



アステローペ・リーフ‏ @reef100
15:21 - 2017年11月5日

枝野氏の考え方では、
米国が特需や兵器在庫一掃狙戦争したくて、たとえば北朝鮮カードを使って日朝戦争を仕掛け、その戦争に米国は集団的自衛権に基づいて参戦するが、日本は個別的自衛権の発動だから問題ないという話になり、参戦したくて参戦したくてたまらない米国に集団的自衛権行使の口実を与えてしまう。

「集団的自衛権」と「個別的自衛権」の定義を切り取ってきて日本は「個別的自衛権」の範疇だから問題なしとはならない。
集団で戦争するということ自体が日常会話言語的には集団的な自衛権の行使であり、枝野氏の「集団的自衛権の定義」と違っているという問題にすり代わると国民の声が聞こえなくなる。

安倍政権がいくらファシズムであって、立憲民主党が世紀のdemocracy政権を作っても、皆、闇から闇に暗殺されてまたファシズムに逆戻りということもありうる。その時、個別的自衛権の暴力装置の明記されたような憲法が残っていては現憲法9条はなく戦争を防げない。

憲法の条文だけを切り取ってきて政治をするのではなく、国民のdemocracyの認識度の低さ、米国をはじめとする強大な軍事権力を持ったギャング国家、狡猾な戦争への仕掛け、こうしたものを念頭に置いて舵をきらないと主権者人民の自然権は守れない。条文だけ切り取ってきて議論するのは危険。

枝野氏は集団的に戦うといっても、山賊のボスが「ものども、いてまえ!」と号令掛けて始める集団的自衛権の行使ではなく、警察的な各国の構成による集団安全保障体制を念頭に置いているのかもしれない。そのための憲法作りというのかもしれない。しかし、たとえそうだとしても憲法9条を変える必要はない。

いずれにせよこの議論はファシズムを完全に倒してからだ。そうでないとファシズムに対して国民が一つになって闘えない。ファシズムを倒す国民のdemocracyの認識をハイレベルまで高める。政教一致の政治投票なんか完全に日本から消えてからだ。でないと小選挙区は自民で負ける。すぐ逆転する。


<追記>

*−−−−−途中挿入開始−−−−−−*
https://twitter.com/reef100/status/927114707797868544

デモクラシーな言葉‏ @whatsdemocracy

どういう事情があっても、武力行使をしてはいけない。自衛であろうと、国連の旗の下であれ、です。日本は自衛だといって満州事変から、中国のなかで戦争したんです。そんな自衛がありますか。(宮澤喜一)
18:02 - 2017年11月5日

*−−−−−途中挿入終了−−−−−−*

まさに自衛の本質だ。

「自衛」とは情緒的価値判断のことば。
どうにでもなる。
「必要最小限」もどうにでもなる。
「急迫」もどうにでもなる。
「不正」もどうにでもなる。
こういうあいまいな用語、情緒的価値判断の用語で、憲法を書いてはならない。


まさに憲法9条の精神だ。



枝野さんはこんな日本で、憲法の条文だけ切り取ってそこを変えたらそれで思いがとげられるとでもいうのですか?

https://twitter.com/reef100/status/927122076640600064
*−−−−−途中挿入開始−−−−−−*
但馬問屋‏ @wanpakutenshi

#サンモニ
岸井氏
日本の政治も経済も文化もスポーツ含めてずっと戦後アメリカが基軸だった。駆け出しの頃、びっくりすることを政府自民党のトップから言われた。日本は絶対アメリカには逆らえない、これは宿命。もし逆らったら一日で政権が潰れちゃうよと。それに近いことを何回も取材で感じた。

(リーフ注:直接リンクhttps://twitter.com/reef100/status/927122076640600064を展開して
岸井成格氏の話をお聞きください)
*−−−−−途中挿入終了−−−−−−*

驚くに値しない。
竹下登は横田基地からアラスカに連れ去られて殺されたとベンジャミン・フルフォード氏は言っている。
氏の話によると日航123便は、プラザ合意実現の為の見せしめに撃墜された。
横田基地から平壌に日本の許可なく米軍機は施設機材を運んでいると自衛隊元陸将補の池田整治氏は言う。

しかしだからと言って隷属するのは、日本人民にdemocracyの矜持がないからだ。ドイツ国民ならそうはいかない。戦後丸腰で米軍に対峙し、独立を勝ち取った。

マッカーサーの言葉
2017年06月03日22:0
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1960776394&owner_id=38378433
*−−−マッカーサーの言葉 展開開始−−−*

ドイツ国民は、戦後丸腰で、米国に対峙し、独立国ドイツを作った。
マッカーサーはこういった。
(まぁ、ドイツの問題は日本の問題と完全に、そして、全然異なるものでした。ドイツ人は成熟した人種でした。

アングロサクソンが科学、芸術、神学、文化において45才の年齢に達しているとすれば、ドイツ人は同じくらい成熟していました。

しかし日本人は歴史は古いにもかかわらず、教えを受けるべき状況にありました。現代文明を基準とするならば、我ら(アングロサクソン)が45歳の年齢に達しているのと比較して日本人は12歳の少年のようなものです。

他のどのような教えを受けている間と同様に、彼等は新しいモデルに影響されやすく、基本的な概念を植え付ける事ができます。日本人は新しい概念を受け入れる事ができるほど白紙に近く、柔軟性もありました。

ドイツ人は我々と全く同じくらい成熟していました。ドイツ人が現代の国際的な規範や道徳を放棄したときは、それは故意によるものでした。

ドイツ人は国際的な知識が不足していたからそのような事をしたわけではありません。

日本人がいくらかはそうであったように、つい過ってやったわけでもありません。

ドイツ自身の軍事力を用いることが、彼等が希望した権力と経済支配への近道であると思っており、熟考の上に軍事力を行使したのです。

現在、あなた方はドイツ人の性格を変えようとはしないはずです。

ドイツ人は世界哲学の圧力と世論の圧力と彼自身の利益と多くの他の理由によって、彼等が正しいと思っている道に戻っていくはずです。

そして、我々のものとは多くは変わらない彼等自身が考える路線に沿って、彼等自身の信念でゲルマン民族を作り上げるでしょう。

しかし、日本人はまったく異なりました。全く類似性がありません。大きな間違いの一つはドイツでも日本で成功していた同じ方針を適用しようとしたことでした。控え目に言っても、ドイツでは同じ政策でも成功していませんでした。ドイツ人は異なるレベルで活動していたからです。)
出典:ダグラス・マッカーサーhttps://goo.gl/zBPc4j
*−−−マッカーサーの言葉 展開終了−−−*
*−−−−編集後 引用終了−−−−−−*

(了)

【関連ツイッター】

私は枝野私案に反対します
https://twitter.com/reef100/status/927321961839017984

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