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古寺巡礼コミュの楽土の道 京都 33番 平安神宮

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創建は比較的新しい明治に入ってから建てられた神宮であります。観光バスが多く止まり岡崎公園なども規格にあるためだろうか
京都府、楽土の道
(113)旧官幣大社
平安神宮(へいあんじんぐう)
住 所 〠 606―8341 京都市左京区岡崎西天王町97
電話番号 電話 075-761-0221
御 祭 神 桓武天皇、孝明天皇
開 祀 創建は明治28年(1895)
アクセス JR京都駅、阪急四条河原町 市バス平安神宮前下車すぐ
     地下鉄東西線東山駅下車徒歩10分
<神歴・縁起> H/P http://www.heianjingu.or.jp/
旧官幣大社
御祭神
桓武天皇 孝明天皇

第50代 桓武天皇

  桓武天皇は光仁天皇の皇子として天平9年(737)にご誕生され天応元年(781)に第50代の天皇として即位されました。英明な天皇は平城京の規模が小さく、日本の国都として適していないことを察せられ、まず山背国(山城)乙訓郡長岡に都をおうつしになり、さらに最も都に適した処として、延暦12年(793)同国葛野・愛宕両郡を選び都の造営を始められました。翌13年10月22日、新京にうつられた天皇は、ここを平安京と称せられ、延暦15年(795)はじめて大極殿において百官の拝賀を受けられたのです。
 桓武天皇は在位25年の間に律令を正し難民を救済し、文教を興しよく内政を整えられるとともに広く海外とも交易して大いに我が国の発展に努められました。以来京都は明治に至る1000余年の間、日本の国都として栄えてきたのです。
天皇は延暦25年(806)に崩御せられ御陵は柏原陵(伏見桃山)です。
第121代 孝明天皇

 孝明天皇は仁孝天皇の皇子として天保2年(1831)にご誕生され、弘化4年(1847)に第121代の天皇として即位されました。天皇の治世は近代日本の胎動期で、幕末の内外騒然とした誠に難しい時期でありましたが、天皇はよく世の推移を察せられ、明治維新の基を開かれました。「さまざまに泣きみ笑ひみ語りあふも国を思ひつ民おもふ為」と憂国済民の熱い志を抱かれつつ、慶応2年(1866)12月25日、36才の若さをもって崩御せられました。御陵は後月輪東山陵(京都市東山区泉涌寺)です。
創建は明治28年。平安京を開いた桓武天皇を祀る、官幣大社。
皇紀2600年にあたる昭和15年、京都最後の天皇・孝明天皇を配祀。
つまり、平安京の最初と最後の天皇を祀る、平安京を象徴する神社。
明治28年は、平安遷都1100年紀年にあたり、その記念行事として、京都で第4回内国勧業博覧会が開催され、その目玉として、当社が建設されたという。
明治になって、東京へ首都機能が移転した後の京都の町おこし事業の象徴が、当社であった。境内社殿は、桓武天皇が開かれた当時の平安京の正庁である朝堂院を8分の5の規模で再現されている。京都総鎮守の社とされる。
平安神宮略誌
御祭神
第50代 桓武天皇 第121代 孝明天皇
平安神宮 創建
明治28年3月15日 皇紀2555年 西暦1895年
 御由緒
桓武天皇は光仁天皇の皇子として天平9年(737)にご誕生され天応元年(781)に第50代の天皇として即位されました。英明な天皇は平城京が規模が小さく、日本の国都として適していないことを察せられ、まず山背国(山城)乙訓郡長岡に都をおうつしになり、さらに最も都に適した処として、延暦12年(793)同国葛野・愛宕両郡を選び都の造営を始められ、翌13年10月22日に新京に移られ、ここを平安京と称せられました。そして延暦15年正月にはじめて大極殿において百官の拝賀を受けられたのです。
これが京都の始まりなのです。桓武天皇は在位25年の間に律令を正し難民を救済し、文教を興しよく内政を整へるとともに広く海外とも交易して大いに我国の発展に努められました。以来京都は明治に至る1000余年の間、日本の国都として栄えて来たのです。桓武天皇は延暦25年(806)に崩御せられ、御陵は柏原陵(京都市伏見区桃山)です。
明治28年(1895)はあたかも平安京が定められてから、1100年にあたる為、京都市民はこの記念すべき年に桓武天皇の御違徳をたたえ、京都の祖神としておまつりしようと平安京の正庁、朝堂院の様式を復元し、同年3月15日、平安神宮の御鎮座をみたものです。
孝明天皇は仁孝天皇の皇子として天保2年(1831)にご誕生され、弘化4年(1874)第121代の天皇として即位されました。天皇の在位21年間は近代日本の胎動期で、幕末の内外騒然とした誠に難しい時期でありましたが、英明な天皇はよく世の推移を察せられ、明治維新の基を開かれました。「さまざまに泣きみ笑ひみ語りあふも国を思ひつ民おもふため」と憂国済民の熱い志をいだかれつゝ、慶応2年(1866)12月25日、36才の若さをもって崩御せられました。御陵は後月輪東山陵(京都市東山区泉涌寺)です。
近代日本の基礎をつくられた孝明天皇をおまつりしようとの声が国民の内より起こり、昭和13年平安神宮に孝明天皇奉祀奉賛会が設立され、建物の増改築が行われ、皇紀2600年に当る昭和15年10月19日、孝明天皇の御神霊の御鎮座を見たのです。ここにおいて、平安神宮は平安京創始の桓武天皇と平安京最後の孝明天皇の2柱をおまつりする、京都の祖神様として、市民はもとより広く国民に崇敬されるようになったのです。とあります。

由緒書き       白虎楼        蒼龍楼

大極殿(外拝殿)


額殿   白虎楼   大極殿   蒼龍楼   神楽殿

神仏霊場 ご朱印

神門

                        昭和天皇在位60年記念碑

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