孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想７６　　絶筆４　香月康男　月の出・日の出

【孫崎享のつぶやき】
随想７６　　絶筆４　香月康男　月の出・日の出
2021-12-27 08:192

多くの画家が「月の出」「月の入り」「日の出」「日の入り」を書いています。最も有名、絵画史上重要なものは、モネ作『印象・日の出』でしょう。

この作品は２０１５年に日本に来て、東京都美術館等で展示されましたが、その時の説明で明す。

『早朝のル。アーヴルの港に昇る太陽と、朝もやの中でその光で染められている空と海。前掲には小舟が浮かび、後継には高いマストを持つ大型の船が表されています。船や人物は素早い筆触で曖昧に描かれています。モネが描きたかったのは、港の湿気を含んだ空気や昇り始めた太陽の光といった留めておくことが難しい印象そのものだったのでしょう』

　この絵は１８７４年の展覧会に出品されますが、この絵を契機に「印象派」というグループの呼称が出来ます。

日本でも、近代洋画の牽引者藤島武ニは「天平の面影」「婦人と朝顔」「芳蕙」等の美人画が素晴らしいのですが、彼には朝日を描いた傑作も多く、「大王岬の日の出」「鳥羽・朝熊山の日の出」等があります。2017年練馬区立美術館で「生誕150年記念　藤島武二展」があった時には。私には「蒙古の日の出」が最も印象的でした。「日の出」「日の入り」を描いた作家は、ゴッホ、コロー、ターナー、ピサロ、プッサン、ロラン、シスレー、アイバゾフスキー等、更に広重、青木繁等極めて多くいます。こうした画家の「日の出」や「日の入り」は海や山や人の動きと一体になって描かれています。

ところが、香月康男が１９７４年に絶筆として描いた「月の出」や「日の出」は、月や太陽だけを描いています。「日の出」は黒に塗りつぶされた画面中央に赤に太陽があるのです。

「月の出」や「日の出」には自筆解説があります。

「月と太陽のありがたさを私は満州に征き、シベリアに連れていかれて知った。この太陽や月は今しがた下関の家族等が仰ぎ眺めたであろうものかとたまらなくなつかしく拝された。日月とはそんなものでもある。兵にとって戦争とは郷愁との戦いでもあるのだ」

「地平線のかなたにいる家族たちが今しがた仰ぎ見たであろう太陽（月）かと思うと、この太陽と月、又星だけが共通の場である。戦争とは何も向かい合っている相手との戦いではない。兵隊にとっては郷愁との戦いの方（画）苦戦であったと思う。」

この自筆解説を知って「月の出」や「日の出」を観るのと、知らないで観るのとでは鑑賞の仕方が全く異ります。香月康男には月と日だけで十分なのです。満州や、シベリアの風景は不要なのです。香月は１９６８年「私の地球」を描いています。次が自筆解説です。

「私はいま、シベリアで幾夜夢に見続けた、自分の育った山口県の三隅町に住んでいる。

　周囲の山の彼方に五つの方位がある。ホロンバイル、シベリア、インパール、ガダルカナル、そしてサンフランシスコ。いまわしい戦争にまつわる地名に囲まれた山陰の小さな町、個々が私の空であり、大地だ。ここで死にたい、ここの土になりたいと思う。思い通りの家の、思い通りの仕事場で絵を描くことができる。それが私の地球である」。

彼に今一つの絶筆―シベリアの土となった人達の顔―を描いた『ナホトカ』があります。