孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想７４　絶筆②　青木繁、「朝日」

【孫崎享のつぶやき】
随想７４　絶筆②　青木繁、「朝日」。２８歳で死去。「小生は彼の山のさみしき頂より思い出深き筑紫平野を眺めて此世の怨恨と呪祖を捨て静かに永遠の平安なる眠りに就く可く候。」
2021-12-13 07:364

青木繁の「絶筆」は朝日とされています。
　画像を見ていただければいいのですが、手前に海、地平線から太陽が昇り、空を黄金色に輝かせています。

　河北倫明氏が著書『青木繁生涯と芸術』（１９４８年）の中で「黄と緑の壮麗な雲間をついて、さしのぼる海の輝きを写したもの。華やかな色彩ではあるがへんに細かい海の描写と相まって何か無言の静寂の気を秘める作である」と記しています。

　今日、青木繁の絵は比較的容易に鑑賞できます。、アーティゾン美術館には重要文化財の『海の幸』、『わだつみのいろこの宮』、『大穴牟知命』、『天平時代』があります。明治期の日本絵画のロマン主義的傾向を代表する画家と位置付けられています。

　夏目漱石も青木繁を評価し、『それから』に「いつかの展覧会に青木という人が海の底に立っている背の高い女を画いた。代助は多くの作品のうちで、あれ丈が好い気持ちに出来ていると思った。つまり自分もああ云う沈んだ落ち付いた情調に居りたかったのである」。漱石の言及した絵は『わだつみのいろこの宮』の様です。

　多くの対策を残した青木繁は、２８歳で、貧困のドン底の中でなくなります。その彼の絶筆とされるのが『朝日』です。（正確にはこの絵は亡くなる明治44年3月の少し前、明治43年10月初旬には描き上げられ、知人の働きかけで小城中学校長国井清音に56円30銭で売られています）。画家棚倉樽は「何の邪念も感じられない穏やかさ。心の豊かささえ伝わってくるようだ。福田たね（注、父が死去したため、整理に九州に戻り、その後妻福田たねと子・福田蘭童とは会っていない）眺めた房総布良の海を懐かしんでいるのか、それとも豊玉姫を想う山幸彦の心境なのか」。

　ちなみに、代表作『海の幸』で唯一鑑賞者の報に向いているのが、福田つねでないかとみられています。青木繁の息子が福田蘭童（「笛吹童子」や、尺八の「夕暮幻想曲」等の作曲者）、福田蘭童の息子が石橋エータロー（クレイジーキャッツのメンバー）です。

　困窮の中、青木繁が姉妹に宛てた手紙です。絵が描かれたほぼ一か月後に書かれていますから、絵を描いていた時の心情とほぼ一致すると思います。
「小生の苦しみ抜きたる十数年の生涯も、技能も光輝なく水の泡と消え候も、是不幸なる小生が宿世の為劫にてや候べき、されば是等の事に就いて最早言うべき事も候わず唯残るは死骸にて、是は御身達にて引き取りくれずば致方なく、小生は死に逝く身故、跡の事は知らず候故よろしく頼み上げ候.火葬料位は必ず枕の下に入れて置候につき夫にて焼き、残りたる骨灰は序の節、高良山の山の奥のゲシゲシ山の松樹の根に埋めて被下度、小生は彼の山のさみしき頂より思い出深き筑紫平野を眺めて此世の怨恨と呪祖を捨て静かに永遠の平安なる眠りに就く可く候。１１月２２日」

　青木繁がが1911年（明治44年）、満28歳で死去すると、坂本繁二郎が青木の遺作展の開催や画集の刊行のために奔走した。坂本繁二郎と青木繁は九州・久留米市の同郷で、松本清張は『私論青木繁と坂本繁二郎』（新潮社）を書いています。