孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想すすき②すすきと俳句。

夏目漱石「取り留むる　命も細き　薄かな」
2021-10-18 07:521

森繁久弥の「船頭小唄」は名曲と思います。「俺は河原の枯れすすき　おなじお前も枯れすすき、どうせ二人はこの世では花の咲かない枯れすすき、死ぬも生きるもねえお前水の流れに何かわろ、俺もお前も利根川の　船の船頭で暮らそうよ」
　ただ１９５７年の年間シングルヒット曲を見ますと、２５位です。１位有楽町で逢いましょう（フランク永井）、２位港町十三番地（美空ひばり）、３位東京だョおっ母さん（島倉千代子）、４位チャンチキおけさ（三波春夫）、俺は待ってるぜ（石原裕次郎）です。
　根拠がどこにあるのかわかりませんが、2012年1月1日付『商工会議所報むつ』は「（天皇家は）、カラオケを楽しんでいらっしゃるようだ。天皇陛下は『船頭小唄』、美智子皇后さまは『ここに幸あり』、皇太子さまは『津軽海峡・冬景色』、『昔の名前で出ています』、『北国の春』、『氷雨』、秋篠宮さまは『テネシーワルツ』、『かもめ』、紀子さまは『四季の歌』を歌われるようである」と書いています。
　上皇陛下が「俺は河原の枯れすすき」の「船頭小唄」を歌われる事とは無関係でしょうが、東御苑の二の丸庭園には見事なススキの一角がありますし、白鳥濠を見渡す最高の位置二か所にススキの一群があります。
　前回は万葉集に出るススキを見ましたが、日本文学の上にススキはしばしば登場します。『枕草子』は「秋の野のおしなべたるをかしさは、薄(すすき)こそあれ。穂先の蘇枋(すおう)にいと濃きが、朝霧に濡れてうちなびきたるは、さばかりの物やはある｣と書いています。
　自然の壮大さを歌う点では蕪村が抜きんでていて、『菜の花や　月は東に　日は西に』『春の海　終日のたり　のたりかな』のある蕪村は、『山は暮れて　野は黄昏の　すすきかな』と詠んでいます。国木田独歩はこの句に『武蔵野』で次のように書いています。
「日が落ちる、野は風が強く吹く、林は鳴る、武蔵野は暮れんとする、寒さが身に沁しむ、その時は路をいそぎたまえ、顧みて思わず新月が枯林の梢の横に寒い光を放っているのを見る。風が今にも梢から月を吹き落としそうである。突然また野に出る。君はその時、　
　山は暮れ　野は黄昏たそがれの　薄すすきかな
の名句を思いだすだろう。」
　ただ、ススキには物悲しい風情があります。「何ごとも　招き果てたる　薄かな　松尾芭蕉」（「毒海長老、我が草の戸にして身まかり侍るを葬りて」と前詞）

夏目漱石に「取り留むる　命も細き　薄かな　漱石日記（明治四十三年九月十九日）」があります。漱石の年譜を見ますと、1910年（明治43年）6月 - 胃潰瘍のため内幸町の長与胃腸病院に入院、8月 - 療養のため修善寺温泉に転地。同月24日夜、大吐血があり、一時危篤状態に陥るとあります。
　漱石を俳句の道に入れた子規には、同じく病を歌った次の短歌があります。
「古庭の　萩も芒も　芽をふきぬ　病癒ゆべき　時は来にけり」。
風情があると言えば、北原白秋の『白南風』の次の句はどうでしょうか。
　芒の穂に　小寥ひるがほをみなへし　遊び歩ありかな　月夜よろしみ