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孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】 随想62

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:名句と二句一章(二つのものの取り合わせ)が持つドラマ性:閑(しづ)かさや/岩にしみ入る蝉の声―
2021-09-13 07:082


私は絵画をよく鑑賞します。西洋画の場合、印象派が出てくる前はギリシア神話や宗教を主題としたものが多く、少なくとも画家が訴えたいと思うものの吸収が十分行われないことを痛感していました。
 芸術作品の鑑賞には、物の前に立つだけではなくて、作者の意図や、表現の様式や、時代背景などの理解が不可欠と思います。
 そのことは俳句の鑑賞にも該当すると思います。ドナルド・キーンは一九二二年生まれの日本文学者でしたが、芭蕉について「幾何学的に言えば、瞬間のものと恒久的なものの交る点となって表現されているのがみられる。その一例が、芭蕉の俳句の中では或は最も有名かもしれない。古池や蛙飛びこむ水の音。その第一節で、芭蕉はこの詩で不易な要素をなしている時間を超越して動かない池の水を出している。次の蛙が瞬間的なもので、この二つが水の音という一点で交わっている」と記しています。
 ドナルド・キーンは「変化」と「不易」の二要素が交じり合った点に言及し散ますが、17字の中に異なる要素をぶつけることにより緊張感をもたらし、感動をもたらすのだと思います。「二つの異なるものを取り合わせ、互いに触発し合って、新しい世界をつくる」という説明もあります。角川春樹氏は「魂の一行詩」の中で「私の父、源義は乙字の二句一章論が俳句のドラマ性を生むことに着目し、この論の実践者として俳誌『河』を創刊した。二句一章とは、相互になんの関連がないものを一句に仕立てることで、新しい世界を現出させる方法論である。これを二物衝撃ともいう。しかしながら、材料と季題との関連が全くないというわけではなく、イメージの奥に通底するものがあるほうが良い、と私は考えている」と記述しています。ネットで「とり合(二句一章・配合・二物衝撃)」があり、その中で芭蕉の「二句一章」に該当するとして次の句が紹介されています。
 俳句の世界の方々は「二句一章の構造」と言われています。
   閑(しづ)かさや/岩にしみ入る蝉の声   (おくのほそ道)
   むざんやな 甲(かぶと)の下の きりぎりす (おくのほそ道)
   荒海や/佐渡に横たふ天の川        (おくのほそ道)
   夏草や/兵どもが夢の跡          (おくのほそ道)
   一家に遊女も寝たり/萩と月        (おくのほそ道)
   あらたふと/青葉若葉の日の光       (おくのほそ道)
   石山の石より白し/秋の風         (おくのほそ道)
   草臥れて宿借るころや/藤の花       (笈の小文)
   旅人と我が名呼ばれん/初時雨       (笈の小文)
   秋近き心の寄るや/四畳半         (鳥の道)
   山路来て何やらゆかし/菫草        (野ざらし紀行)
   名月や/北国日和定めなき         (おくのほそ道)
   蛸壺や/はかなき夢を夏の月        (笈の小文)

コメント(4)

俳句を少々かじってますので、参考になりました。ありがとうございます。
>>[1]

孫崎さんは才能豊かなかたですね。すーちゃんさんも理系も文系も豊かなかたとお見受けしました。
>>[2]

いやいや、お恥ずかしい。凡人です。あえて言えば、へそ曲がり、天邪鬼、な人間です。
>>[3]

私もへそ曲がりで天邪鬼ですよ(^^;)

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