孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想㉝　ゾルゲはスパイとして功績があったのか

2021-01-25 07:472

世界で「著名なスパイは誰か」を問うと必ずゾルゲの名前が出てきます。そして彼のスパイとしての功績は「“日本はソ連を攻撃しない”というゾルゲ情報でソ連は極東軍を西部戦線に送ることが出来、これでモスクワは救われた」と多くの人に信じられてきました。連合国軍最高司令官総司令部参謀第2部 (G2) 部長であったウイロビーが１９５２年『赤色スパイ団の全貌－ゾルゲ事件－』を出版し、ここで「ソ連は西部にドイツの侵入を受け、東部に日本軍の脅威を感じ、全くの窮地に陥ち入っていたので、日本のソ連攻撃の意志の有無を確聞したかったのである。ここにおいて、ゾルゲの『日本軍はソ連攻撃の意志なし』との情報に基き、ソ連はシベリア師団を西部戦線に送付することが出来、モスクワの防備を全うすることが出来たのである」と記載し、これが定説となりました。
　著者は連合軍参謀部の元部長です。多くの人は額面通りに受け止めました。
　でもこれは事実ではないのです。
　７月２日の「情勢の推移に伴ふ帝国国策要綱」より「密かに対「ソ」武力的準備を整え自主的に対処す此の間固より周密なる用意を以て外交交渉を行う独「ソ」戦争の推移帝国の為有利に進展せは武力を行使して北方問題を解決し北辺の安定を確保す」とし、７月１１日付で「関東軍特別演習」が決定され、人約５０万人、軍馬約１５万の動員が行われます。
　ゾルゲは１９４２年３月１７日吉河光貞検事の訊問で①　私及尾崎やモスコウ中央部では、斯様な大動員から対ソ戦が決行されるのでないかと一時は非常な不安に捉われたのであります、②尾崎は私に対して８月２０日から同月２３日迄の間に亘って行われた会議で本年中はソ連に対して戦争はせぬと云うことが決定されたのであります、⓷その後９月尾崎は満州に旅行し、帰還し、今年中は対ソ戦はないと云うことが判明しました。
　ゾルゲが日本の北進はないと判断したのは９月になってからです。
　ではソ連の中での動きはどうなっているでしょうか。
　ジューコフ（1941年1月赤軍の参謀総長、1941年6月、ナチス・ドイツが独ソ不可侵条約を破ってソ連への侵攻を開始するとレニングラード軍管区司令官）は著書の中で次のように記述しています。
「８月１８日に私はスターリンに次のような電報を打った。“「敵の意図を失敗させるためには、出来るだけすみやかにグルホフ等の地域に大部隊を配置し、攻撃している敵に側面から打撃を与える必要があると思う。このために必要な兵力は歩兵師団１１－１２等、これらの兵力は極東方面軍等から集めることが出来よう」。そして８月１９日私は、最高司令部から次の返電を受け取った。”チェルニゴフ等敵が進出するおそれがあるとの貴下の想定は正しい“」。
　つまりソ連が極東軍を西部に移動させたことに、ゾルゲの報告は全く関与してはいません。ではどうしてこういう「嘘」がまかり通ったのでしょう。
　米国では共産主義の脅威を説き「レッド・パージ」が進行しています。共産主義の脅威を煽るために、ゾルゲの架空の功績を作ったのです。