孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】戦略⑤「ウェストファリア条約体制」という概念

：最後の宗教戦争（プロテスタント対カトリック）で正義を貫く事より犠牲の大きさを考慮し戦わない枠組み作り、これが第二次大戦後国連憲章に引き継ぐ。だが米国はブッシュ（子）政権後、自己の正義のために軍事力使用。
2021-01-03 10:37

第二次大戦以降、戦争の悲惨さを基礎に、新しい秩序を作った。一つは国家主権を尊重する、今一つは軍事行動を、相手の軍事行動があった時に限定したのである。この考え方は国連憲章の次に明記される。
　第2条「この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている。」
　国連加盟国の国内体制がすべて素晴らしいとは限らない。だが、それぞれの国のあり様はそれぞれに任せようとするものである。
　そして同じく第二条にて、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」とし。第５１条で「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」としている。
　こうした考え方は、「ウェストファリア条約体制」的考え方と言われる。
　安全保障の文献を見ていると、しばしば、「ウェストファリア条約体制」という言葉が出てくる。「ウェストファリア条約体制」とか「ポスト・ウエストファリア体制」は学者仲間の符号だ。これで部外者は議論に参画できない。しかし、この問題の根本は、「軍事力使用に抑制をつけるかべきか否か」という問題である。
　30年戦争は新教派（プロテスタント）と旧教派（カトリック）との間で展開された最後の宗教戦争と言われる。
「誰が正しいか」で宗教戦争を行った。結果、戦争の主たる舞台となったドイツでは人口は１５％から３０％減少した。ドイツ人男性は半分になった。チェコにおいても人口は3分のⅠ、減少した。戦争の悲惨さを前に、戦争、平和の考え方が変わった。発端と宗教戦争なった宗教戦争は、カトリック、プロテスタント双方が自らは正しいと思い、正義の戦争をした。これを避けるため、国家の主権を認め、干渉しないことを原則とするウェストファリア条約が結ばれた。国の有り様は各国に委ねた。なにも国家の主権を認めることが一番いい国内政治をできると判断したからではない。正義が一番実現出来るしくみでない。しかし「自分の方が正しい。正義を実現すべきだ」と主張し戦うことの犠牲の大きさに気付いたのである。その結果として約300年間、平和が続いた。このウェストファリア条約的理念が後退し、クラウゼヴィッツの『戦争論』が全盛を迎えた時、欧州は再び第一次大戦、第二次大戦を経験した。
　そして、第二次大戦後、国家の主権を尊重するウェストファリア条約の理念が再度国際社会に認識され国連憲章として復活した。戦後、一時期、これが国際政治を形成する主要な理念となった。日米安保条約にすら反映されている。第一条において、「締約国は国連憲章に定めることに従い」「国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも約束する」とした。国家の主権を認め、干渉しないことで平和の維持を求めた。
　しかし、2001年ブッシュ政権が登場し、国家の主権を認め、干渉しないことで平和の維持を求める流れは明確に変更された。
　フランシス・フクヤマは一時ネオコン・グループに属した人物であり、『アメリカの終わり』で次のように記述している。
「ブッシュ政権で最も議論を呼んだのは、先制攻撃だろう。二〇〇二年九月合衆国安全保障戦略では『敵は核を持とうとしている。脅威が実現する前に行動をとる』と述べている。歴史的に先制攻撃はある。しかしこれは実質的に予防戦争だ。先制攻撃は通常切迫した軍事攻撃を打ち破るための行動だ。予防戦争は何ヵ月あるいは何年も先に実現しそうな脅威を除去するための行動だ。つまりアメリカは国家の主権を尊重し既存の政府と協力するというウェストファリア条約以来の概念を捨てた」（フランシス・フクヤマ講談社、二〇〇六年）。
　日本では今日、しばしば「先制攻撃」という言葉が安易に使われる。
　その対極にあるのが国連憲章の、「すべての加盟国の主権平等の原則」と「武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」である。
　すでに前回見たように核兵器、ミサイルの発達した大国間同士では「相互確証破壊戦略」の下、相手に対する武力攻撃はほぼできない状況にある（「核戦争に行かない」という確実な約束が確立していれば別であるが）
　ブッシュ政権移行の米国が使用して政策は、自分への反撃があり得ないとみられる国（信頼にたる長距離弾道ミサイルと核兵器を持たない国）に対しては、「米国の指示に従わない国には軍事攻撃の可能性を残す」ということである。