孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】戦略論②クラウゼヴィッツ

「戦争とは相手にわが意志を強要する為に行う力の行使「この目的を確保する為に敵を無力にしなければならない」。モルトケは「敵国政府のあらゆる戦力、国家の威信すらも奪取」。核時代自身も耐え切れない被害を受け、脱クラウゼヴィッツ
2020-12-31 08:031

従来の戦略論は戦争で「如何にして相手を完全に破るか」を考える学問だった。その流れの中に、代表的戦略家クラウゼヴィッツがいる。ドイツの戦略家クラウゼヴィッツは「戦争とは相手にわが意志を強要するために行う力の行使である」「この目的を確保するために我々は敵を無力にしなけれならない」と指摘した。この流れをくむモルトケ（プロイセン王国の参謀総長）は「敵国政府のあらゆる戦力の根源すなわち経済力、運輸通信手段、食料資源、さらには国家の威信すらも奪取しなければならない」と指摘している。クラウゼヴィッツやモルトケは「戦略とは相手国の完全破壊を目指すもの」であることに何の疑問も抱いていない。しかし、「その過程で味方がどれ位の被害を得るのか」「この被害が得るものと目指すもののバランスがとれているか」の判断が欠けている。第一次世界大戦時、ドイツ軍では、クラウゼヴィッツ、モルトケの戦略論が支配的だった。そしてドイツ軍は177万人の戦死者を出した。「敵国政府のあらゆる戦力の根源すなわち経済力、運輸通信手段、食料資源、さらには国家の威信すらも奪取しなければならない」ことを求めた結果である。しかし、第一次大戦の経験にもかかわらず、クラウゼヴィッツ、モルトケの戦略論は勢いを失わなかった。新たに日本が信奉した。その結果、第二次大戦、ドイツは兵士285万人、民間人230万人、日本は兵士230万人、民間人80万人の死者を出した。
　今日でも軍関係者はクラウゼヴィッツ、モルトケの戦略論を学ぶ。しかし、この論は根本的欠陥を持っている。囲碁にいう「捨小就大」の理念、「大」（国全体の利害）が見えず、「小」（戦争の戦い方）の世界だけを見て行動をし、「大」に莫大な被害を与える点である。第二次大戦前の日本の軍人も同様である。
　核時代、クラウゼヴィッツやモルトケの戦略論では核の管理が出来ない。米国、ソ連は万を越える核兵器を保有した。米国、ソ連のいずれかが相手国を攻撃したとしよう。しかし相手国には、依然として攻撃を逃れ、相手国を完全に抹殺出来る核能力を意図的に残すシステムを作る。相手国の抹殺を目指す行為は、逆に報復を受ける。それは自らの抹殺を意味する。ここから、軍事戦略は「相手の抹殺を求める術」から「如何にして戦争を避けるかの術」に一八〇度転換した。歴史的大転換である。敵国ソ連が「悪の帝国」（レーガン大統領の表現）であれ、共生せざるをえない。米国軍部の戦略部門はソ連に対してはクラウゼヴィッツ論を捨てた。