ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【色平哲郎氏のご紹介】 " 虚偽答弁118回は間違いなく世界記録、と言うか普通の国は1回でクビである。中部分

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
外国人技能実習制度の闇 〜彼は駅に捨てられた〜

神戸大学大学院 斉藤善久准教授
「実習生が帰国するまで監理団体がサポートするのが当然ですが、いまはコロナ禍で経営が厳しく雇い続けられない企業も多い一方で、すぐに帰国させることもできない特殊な状況です。制度が始まった当初はこうした非常事態が想定されておらず、監理団体だけで対応するのが難しい部分も出てきています。もともとは国が始めた制度なので、国は民間に丸投げするのではなく、帰国できるまでの間、実習生をシェルターで保護するなど、積極的に支援をしていくことが必要です」

https://bit.ly/2M8Zdid

==

人手が不足しがちな農業の貴重な担い手として連れてこられた実習生が、コロナの影響で日本人労働者を採用できるようになると、今度は邪魔者扱いされる現実。外国人技能実習生は、結局「雇用の調整弁」に過ぎなかったのである。そして、今年7月には、冒頭で紹介したとおり、社長の息子が技能実習生3人の住むアパート(会社の寮)に押しかけて、「スリランカに帰れ!」「いらねえよ、てめえなんか!」などと10分以上にわたって実習生を怒鳴りつける事件が発生した。キッカケは実習生たちが、自分たち3人の休みの日を合わせてほしいとお願いしたことのようだが、こんなささやかなお願いに激昂するのは異様である。また、女性3人の住むアパートに使用者の男性が勝手に上がり込むこ
とも、許される行為ではない。別の日には、社長の息子が突然アパートに押しかけ、Aさんらにご飯を作らせたり酒をつがせたりした挙句に、そのまま酔いつぶれてアパートで寝るなどの行為に及んだこともあるという。これらは重大な人権侵害行為である。さらに、今年9月には、社長の息子が勤務中に怒り出し、Aさんに「クビ」と言って帰らせ、監理団体を通じて、翌日以降の出勤を禁じる旨を伝えて、事実上Aさんを解雇してしまった。

https://bit.ly/3hfD9O5

==

ケビン・ベールズ博士が現代の奴隷制度について感動的かつ現実的な説明をします。奴隷関連ビジネスは、今でも数百億ドルの経済規模を持つ地球上で最悪な産業です。博士は統計や現地での体験を交えながら、地球上の全ての奴隷を解放して社会復帰させるコストと価値を語ります。

https://bit.ly/34EwesK

==

保険業の発展は奴隷貿易と密接なかかわりを持っていた。1771年英国籍のゾング号事件が起きた。440人の奴隷をすし詰めにしたゾング号は伝染病で60人の奴隷が犠牲となった。感染の拡大を恐れた船長は「自然死の奴隷は船主の損失となる。生きたまま海に投げ込めば保険会社の損失となる」と114人の奴隷の手を縛り海に投げ捨てた。英国に帰港したゾング号の船主は奴隷一人当たり30ポンドの保険支払いを裁判に訴えたが敗訴。これが奴隷貿易禁止の世論となった。奴隷解放運動の担い手は、クウェイカー教徒と英国国教会福音主義派であった。奴隷貿易は1866年キューバでの禁止により400年の幕を閉じた。が、現在も奴隷がいる。動産奴隷制、債務奴隷制、契約奴隷制で全世界で4580万人と報告されている。

https://bit.ly/3mJr5Wx

==

「イギリスの奴隷船は180年にわたって550万人の黒人奴隷をアフリカからカリブ海に運んできた。奴隷制が廃止された時、残っていたのはわずか80万人だった」「奴隷制と虐殺の邪悪なシステムが確立されたのはこの英下院だ。この下院は法律を可決し、財政政策を取りまとめ現在、修正を必要とする有害な遺産と永続的な苦しみを生み出すという罪を犯した」「下院はまた奴隷制からの解放と植民地主義からの独立を実現した。私たちが今期待しているのは、補償のための法律が制定されることだ。過去のひどい過ちが是正され、これらの歴史的犯罪の恥と罪悪感から人類が最終的にそして真に解放されると信じている」
ベックルズ教授によると、奴隷約80万人分の価値は約4700万ポンドで支払われた補償金約2000万ポンドとの差額である約2700万ポンドは解放された元奴隷による「実習」、要はタダ働きで支払われたそうです。ベックルズ教授は例えば次のような形の補償を求めています。
(1)大英帝国最大の奴隷植民地だったジャマイカは1962年の独立時には80%が非識字者。イギリスはジャマイカの教育と人材育成に投資を。
(2)大英帝国最初の奴隷社会であるバルバドスでは砂糖と塩の摂取率が高く、糖尿病と高血圧が蔓延している。イギリスはバルバドスの教育と健康に責任を負っている。

https://bit.ly/2M6YE8v
どうやって払うの? 歴史の清算は高くつく 英奴隷貿易35兆円、米奴隷制は1285兆円也

==

グレーバーの最新著『啓蒙の海賊あるいはリバタリアの真実の歴史』(フランスの出版社リベルタリアから英語原文に先立ち2019年11月刊行、日本語訳は以文社から刊行予定)では、海賊たちの冒険こそが「啓蒙」のひとつの起源なのだという仮説が提示されている。リバタリアとは、17世紀のマダガスカルに建設されたとされる海賊たちの共和国だ。
その実在は否定されている。けれども、海賊たちの自由が広く知られていたからこそこのような神話が生み出されたのであり、この神話的共和国への憧れが当時のヨーロッパに別の社会の可能性を信じさせたのであってみれば、リバタリアはたしかな現実として歴史を動かしたと言うべきではないか。グレーバーはこのように説く。こうして彼は、民主主義のみならず啓蒙をも、西洋的伝統の純粋な産物としてではなく、他なるものとの出会いから生まれたものとして捉え返す。グレーバーはこのような啓蒙理解の刷新を、「啓蒙の脱植民地化」のプロジェクトとして定式化している。誤解してはならないのは、これが啓蒙の理念をあえて擁護するための企てであることだ。しばしば啓蒙は、非西洋を支配するための口実を提供したものとして、ラディカルな西洋批判者たちによって告発されてきた。しかし彼によれば、文芸サロンの女性たちや既存の制度外の男性たちにより促進され、しかもヨーロッパ外との対話により触発されて生まれたこの運動を一概に退けることはできない。「民主主義」も「啓蒙」も西洋独自の文化遺産ではなく、同様の理念は世界のあちこちに見出すことができるのだから、ラディカルな西洋批判者による告発は的外れであるというこのような発想は、言うまでもなく論争的なものだ。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73871

==

多くの人が「西洋」からイメージするのはヨーロッパとアメリカでしょう。そして、「西洋」の一部であるギリシャのアテネから「民主主義」は生まれ、ヨーロッパで育ち、アメリカで具体的な形になった。その「常識」にデヴィッド・グレーバーは意を唱えます。ユーラシア大陸は三つのシステムからなり、一つが中国を中心とした東方システム、インドを中心とした南アジアシステム、そして、中東を起源とする西方システムです。
文化が知識の連鎖(主に文字情報による)だとすれば、ヨーロッパに最終的に根付いた文化の多くの出発点はメソポタミア、つまり現在の中東であり西方システム(北太平洋システム)となります。次に、民主主義がアテネで発明され、西洋で育ったのも違うとデヴィッド・グレイバーいいます。民主主義は世界のどこでも発生しうる。実際にアメリカのイロコイ族や北欧の海賊も民主的な制度を持っていました。デヴィッド・グレイバーによれば「民主主義」が発生する要因として二つあります。
・決定に関して平等に発言権があるべきというコンセンサス
・決定事項を実行に移す強制力
この二つはなかなか両立せず、特に二番目の強制力は多くの場合は「暴力」を伴います。それゆえに直接民主主義は軍事的な起源を持つことが多いのだそうです。実際に民主主義がヨーロッパを含む北太平洋システムでポジティブな言葉として捉えられるようになったのは比較的最近だといいます。18世紀末にヨーロッパの人たちが「民主主義」を知ったのはトマス・ホッブズが翻訳したトゥキディデス『戦記』だそうです。アメリカの制度が意識したのはローマの共和制であり、民主主義ではありませんでした。民主主義を全面的に押し出したのは第7代アメリカ大統領となったアンドリュー・ジャクソンからで、それすら「共和制」を「民主主義」に置き換えただけだとデヴィッド・グレーバーは指摘します。

https://bit.ly/37JriVm

==

世界中のイスラム教指導者に迫られる選択
 
2015年1月にイスラム過激派テロリストが新聞社「シャルリー・エブド」の本社を襲撃した事件や、同年11月にパリ市街や郊外で相次いで銃撃や爆発が起きたパリ同時多発テロなど、フランスは相次ぐイスラム過激派によるテロに見舞われている。いま、仏の世俗主義、共和制は既に瀕死の状態にあるという危機感を多くの仏国民が共有しているのだ。
世界中のイスラム教指導者は、あくまでもイスラム的価値を普遍的なものとして押し通し、フランスだろうとどこであろうと預言者ムハンマドを冒涜した人間が殺害されるのは自業自得だと主張し続けるのか、それともイスラム過激派テロとの戦いを優先させ非イスラム諸国とも連携し協力していくのか。いま、その選択を迫られている。

https://bit.ly/2Ko8l1V
《パリ教師殺害》日本では報じられない事件の”真相”とフランス国民の本音

==

[劣化する政治] どん底の前に終止符を 藤原辰史
毎日新聞2020年12月24日 東京朝刊

「覚悟はいいだろうか。侮辱者が法に則(のっと)り裁かれるまで、あなたの尊厳と生命がじゅうりんされる覚悟はもうできているか。」藤原辰史氏は多数の庶民が犠牲になったナチス・ドイツと大日本帝国の歴史を踏まえ、現状の劣化する政治に強い危機感を提示した。

「行く所まで行かないと日本人はわからないよ、自分たちがどれほど愚かだったかを」。最近、2人の方からこんな言葉を聞いた。どちらも悲壮感が漂っていた。国会は、小学校の学級会よりレベルが低い。誇張ではない。これがみんなの尊厳と学びと生命を守る人たちですと小学生に紹介できない。首相は野党の批判を原稿棒読みで逃げ、前首相の118回の「虚偽答弁」は国権の最高機関、国会を冒とくした。政府の批判者たちが特高に逮捕されても、非国民だと隣人が言われても、海の向こうから伝わる戦果報道をオ
リンピックのように消費した国民は、度重なる大空襲に遭って、飢餓に陥り、家族を失い、原爆を2回も落とされてやっと大本営が嘘(うそ)を自分たちにつき続けていたことを知った。批判者が次々に収容所に送り込まれても、体制に合わない文学や研究書が焚書(ふんしょ)に処されても、ビラを配布しただけで学生たちがギロチン刑に処されても、ドイツ国民は、直接的な生命の危機に晒(さら)されるまで、自分たちの生命をゴミのように捨てる人間を首相に選んだことを認識できなかった。再び、行く所まで行くのか。そうならないために私たちは歴史を学んできたのではなかったか。愚行を繰り返さぬために批判を怠ってはならぬと、大量の血を流して知ったはずだったのではなかったか。覚悟はいいだろうか。侮辱者が法に則(のっと)り裁かれるまで、あなたの尊厳と生命がじゅうりんされる覚悟はもうできているか。私はそんな覚悟を持てない。だから、底無しに劣化する政治に終止符を打たねばと焦るのだ。

◆今月のお薦め3本 藤原辰史
■特集 軍艦をめぐる「歴史戦」(能川元一・外村大、週刊金曜日12月18日号)
■勝ち馬追わず、敗者を背負え(大島新、Journalism12月号)
■公文書隠蔽(いんぺい)、トップダウンで終止符を(大場弘行、同号)

==

[理想の記者] 政治家の資質見抜く目 山本章子
毎日新聞2020年12月24日 東京朝刊

山本章子氏は自らの恩師で一周忌を迎えた新聞記者の業績を振り返りつつ、あるべき政治記者像を示した。
 12月11日は、中日新聞社相談役で元専務・東京本社代表の宇治敏彦氏の一周忌だった。心から尊敬する人物で政治史の師である。宇治氏は華々しい役職を歴任したが、肩書を自慢したことがない。田中角栄首相や鈴木善幸首相のブレーンだったが、それを初めて明かしたのは2013年だ。記者のかたわら大学で教べんを取るが、教授職への誘いは断った。死ぬまで一記者だった。
 だが、宇治氏ほど政治にさめた記者はいない。学生時代から版画を彫り、棟方志功が認めた才能を持ちながら文化部志望で東京新聞に入った彼は、政治部配属が不本意だった。世阿弥の「離見の見」を座右の銘とし、政治家との緊張関係を忘れた派閥記者は新聞記者ではない、が持論だった。
 宇治氏の本の出版記念会に中曽根康弘氏と大平正芳氏が訪れた折、中曽根氏のファンだった受付の女性が渡した記念品を、中曽根氏は無言で合図して秘書に受け取らせた。大平氏は「ありがとう」と言って自ら受け取った。その日から女性は大平氏のファンになる。政治家の資質は政策や理念だけではないのだと、宇治氏は語った。
 私は以前、遺族が図書館に寄贈した橋本龍太郎文庫の目録を作った。すると宇治氏が「山登りの本と『美味(おい)しんぼ』はあった?」どちらもないと答えた私に、国会議員初当選時から橋本氏を知る彼は「橋本さんの愛読書はその二つだけだよ」。政治家が残した資料には懐疑的であるべしと学んだ。
 馴(な)れ合うのも印象に弱いのも見栄(みえ)を張るのも人の性(さが)だが、それを律するのもまた人の理性であると、宇治氏から教わった。

◆今月のお薦め3本 山本章子
 ■文春編集局長が語る「信頼とは」 スクープがもたらす正のスパイラル 親しくなっても書く覚悟(新谷学、Journalism11月号)
 ■反論したり煩悶(はんもん)したりしていい 私は記者の言い分を読みたい(プチ鹿島、同号)
 ■勝ち馬追わず、敗者を背負え 問われる政治家の覚悟と矜持(きょうじ)(大島新、Journalism12月号)

山本章子(やまもと・あきこ)氏
 琉球大准教授(国際政治)。1979年生まれ。

宇治敏彦さん(うじ・としひこ=中日新聞社元専務)2019年12月11日、胆のうがんで死去、82歳。葬儀は近親者で営んだ。喪主は長女美穂さん。東京本社論説主幹、同本社代表を歴任。12〜16年に国際新聞編集者協会理事を務めた。1937年大阪府生まれ。早稲田大学卒業後、東京新聞を経て中日新聞入社。政治部次長、経済部長、論説主幹などを経て中日新聞社専務取締役、東京新聞代表を務める。ほかに日本政治総合研究所常任理事、フォーリンプレスセンター評議員、日本生産性本部評議員など。『首相列伝』『実写1955年体制』『論説委員の日本分析』など著書多数。版画製作が趣味で『木版画 萬葉秀歌』の著書もある。

==

コメント(5)

すーちゃんさん
「イイネ」を有り難うございます。
なるほど・・・それで(宇治さんのような啓蒙者がいたので)中日・東京新聞は、立派な記者や、論説ができるのか?やはり、新聞も人、記者だね。
>>[2]

東京新聞は、正式には中日新聞東京本社(支社?)のようですが、抜群の新聞記事が多いですね。なぜかはよくわかりませんが・・
>>[3]

私は、長らく名古屋に住み、中日新聞を愛読してました。
当時、(今も)地方紙で、政府批判的伝統があります。
その昔は、革新市政で、高速道路が遅れて、革新批判がおこり、いまは、へんなおっさんの河村市長ですが・・・
>>[4]

ご教示ありがとうございます。
本山市長でしたっけ。
中日新聞本体がそうだったのですね。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見 更新情報

孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。