孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想⑨　青森りんごと松坂牛　―ジョルダンの王子が皇太子の座を得た一因？―

2020-08-10 06:222
１９９８年10月、アブドッラー皇太子（現国王）が27年ぶりのサウジからの元首級の訪日を行った。小渕総理との間に「21世紀に向けた日・サウジ協力共同声明」に署名した。この時、政界や財界が最大級のもてなしをしている。
　当時私は外務省の国際情報局長である。駐日ジョルダン大使から電話があった。至急会いたいという。「困っている。助けて欲しい」。彼は「実は明日、（ジョルダンの）アブドッラー王子が日本に来る。ところが日本の中東関係者は皆、サウジのアブドッラー皇太子の応接で忙しいと言って、誰もあってくれない。局長、夕食をしていただけないか。貴方の“国際情報局長”という肩書はもっともらしく聞こえる」
　今はもうないが、当時、文京区西方に、民家を改造した洒落たフランス料理店があった。個室もある。大使と三人で夕食を共にした。個室の入り口には、王子が連れてきた警護官が立った。聞くと、王子は個人ジェット機でアメリカから来たという。「何故」と聞くと「青森りんごと松坂牛を買いに来た」という。驚いて「何故」と聞くと、「国王フセインが、米国ミネソタ州の病院で治療を受けている。多分近いうちに亡くなる。“死ぬ前に食べたいものがあるか”と聞くと、“青森りんごと松坂牛”という。それで私は、ジェット機を自分で操縦して日本に来た」。
　彼はジョルダンの情報分野を統括していた。様々な話が出た。当時、イスラエルとパレスチナが緊迫していた。「この地のCIA情報の三分のニは自分の情報だろう」「シリア、イラクからくる武器はサウジにも流れている」
　アブドッラーはこの当時、王子で、次の王になる皇太子ではない。皇太子は、国王の弟ハッサンである。ハッサンは汎アラブ的思想を持ち、西側諸国とは距離を保っていた。他方
、アブドッラーの母は英国人で、英国士官学校を卒業している。1999年1月、フセイン国王は皇太子をハッサンに代え、アブドッラーを皇太子に指名、アブドッラーは1999年2月7日即位した。青森りんごと松坂牛は皇太子交代にいくばくかの貢献をしたのでないか。そして青森りんごと松坂牛を手配していた駐日大使は新国王の下、外務大臣に栄転した。
　この当時米国内部ではイラク空爆の構想があった。私はジョルダンに行き、情報関係のトップと会った。この時期、米国のイラク攻撃が起こるのか、現地の雰囲気を知ろうと出かけた。彼は笑いながら「局長。貴方の座っている場所には、昨日英国外務省の次官が座っていた」という。更に、「次官は実に面白い人物だった。次官は笑いながら自分達は今、米国に“サダム・フセインを懲らしめなければいけない。だから我々はイラクに空爆しなければならない。でもこれは重大な工作だから我々二か国で行うのはよくない。世界全体でやろう。国連安保理で決議を採択しよう。この支持獲得に向け英国は全力を尽くす”と言っている。そして次官は続けて言った。“この意味する所解りますか。我々は表向きイラク空爆をするために動くのです。ここには何の嘘もない。だがソ連が反対する。国連安保理決議を得れない。だからイラク攻撃も起こらない」。この時ジョルダンはイラク攻撃は地域を不安定にすると反対していた。この英国次官とは、私は１９６６年ともにロシア語を学んだ間柄である。