孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想⑦：猫の死 2020-07-27 07:305

我が家に突然猫が来た。アメリカにいる娘が持ってきたのである。
　娘は大学の時留学したいと言った。私はそんなに前向きでない。「奨学金を得られたら許可」と言っていた。娘は内村鑑三スカラーシップを得た。アマースト大学に入り、その後バージニア大学博士課程に入った。ある雪の降る日、彼女の家の入口に放浪中の猫が座っている。なかなか動かない。外は雪だ。餌も見つかりにくい。何よりも寒い。娘は猫を家に入れ、猫はそのまま居ついた。
　バージニア大学の博士課程は容易ではない。彼女は英文学専攻であったが、先ず大きい分野二つを決め、それぞれの分野で読むべき本百冊のリストを作成する。そのリストが妥当かの審査を受ける。２００冊の読了後、口頭試問を受ける。それにパスして初めてドクター論文を書くのが許される。審査を終えた後、彼女は米国の大学で教えることを希望した。これがまた難問である。通常学会時に面接審査、その後学校訪問し審査がある。ポスト獲得に三年かかった。この苦しい時を娘は猫と一緒に過ごした。
彼女はロスアンジェルスの大学で教えるポストを得た。最初治安が不安だったので、セキュリティのしっかりしたマンションを借りた。ちょうどこの頃、私はロスアンジェルス在住の日本人留学生に呼ばれ、講演に出かけた。家内と一緒に娘のマンションを訪れた。この時、猫はマンションにいたらしいが、隠れて出てこない。聞くと、見知らぬ人が来ると、押し入れに隠れてしまう習性を持っていたという。
マンションの経費がかさみ、部屋を借りることにした。猫と一緒に移ったが、問題が出た。大家が猫を飼っていたが、娘の猫が大家の猫を攻撃をする。元々野良猫だったので強い。そして大家の猫をいじめる。困った娘はこの猫を我が家に持ってきた。
　娘はこの猫に「プリンセス・・・・・・」と名前を付けていたが、後ろが凝った命名でよくわからない。我々はこの猫を「プリンセス・ウィン・ウィンに改名した。
　ウィン・ウィンは元来が野良猫だったから、そう簡単になつかない。それでも、家内は食事をあげる、下の世話をする。だから、ある程度は家内になつく。
　ウィン・ウィンにとって私という存在はどうなのか。食事をくれる訳ではない。下の世話をする訳でない。同居人ではなる。敵対しなければいい。ということで、猫は気が向いた時には私の側に来る。私がそっと背中をなでる。これを許した後、猫はまた自分の好きな場所に移る。「好意をもっているらしいが、さして甘えてあげる必要もない」、そんな関係だったのであろう。
　でも猫は次第に弱ってきた。老齢で病院通いが始まった。みるみる痩せていった。そし食べなくなった。妻はストローで流動食を入れようとするが受け付けない。猫はもう死を決意したようだった。何も食べなくなって三日目、私は夜１２時頃ソファーに寝ころんでいた。猫がよろよろと私の所に来た。私は抱き上げ二時間ばかり、腹の上においていた。猫は静かにその上にいた。翌日の行動がある。私は猫をそっと下に置いて寝た。翌日起きると、妻は「ウィン・ウィンが亡くなりました」と言う。猫は死んでいた。いつも寝ている所に戻って死んだ。死ぬ前に私に別れの挨拶をしに来たのだろう。何故もっと起きていてあげなかったのだろう。自責の念がこみ上げた。