孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想③「其言簡其理直其道峻其行弧」 2020-06-17 07:372

私は石川県小松市の出身だ。ここは九谷焼の産地である。子供の頃、宴会は各家庭で行った。当然酒が出る。主人は徳利や盃を「これは誰々の作で」と自慢する。そんな雰囲気の中で育ったのが影響したのか、私が最初に買った日本の美術品は陶芸で、九谷ではないが、河本五郎氏の花入れだった。
外務省時代イラン・イラクに勤務した。イランでは４千年、５千年前、土器を作っている。中央アジアにも勤務した。この地の陶芸は中国とペルシアの双方の影響を受けている。だから中国とペルシアの陶芸に高い関心がある。
　私が勤務したテヘランには「ガラス・陶芸博物館」がある。ここでは正倉院の代表的宝物の一つ、白瑠璃碗と類似したものを展示している。ラスター彩の陶器もある。こんなこともあって、元駐日イラン大使と芸術について話していた時、彼は面白いことを述べた。
　「日本人とイラン人は類似している。日常品を最高の美術品にする。ペルシアに絨毯がある。敷物ならどんなものでもいいはずだ。でもイランでは、莫大な労力を必要とする絨毯で作り、繊細な模様をちりばめる。日本だって同じだ。お茶を飲むのにお椀やガラスでいい。でも最高の芸術作品で茶を飲む。」
　日本橋には「壺中居」という日本有数の骨董店がある。ペルシアや中国古代の陶磁器を陳列している。だが、店の入り口に近づくと、「高いですよ。貴方が出入りする店ではありませんよ」と語りかけてるようだ。この「貴方が出入りする店ではありませんよ」と語りかけてる「壺中居」に年、一、二回出かける。ここで年数回、細川護熙氏（元首相）が陶器、書の個展を行う。どういう訳か案内状が来る。それで出かける。井戸、信楽、志野、唐津等のスタイルの陶芸の作品がある。私も美術展に時々出かけるが、細川氏の作品は実に素晴らしいのである。「ひょっとして先祖が収集した作品を、自分の作品として展示しているのでないか」と疑う位である。歴代の祖先が収集した最高級の作品に身近で接してきたからなのだろう。料理人でも技巧的に優れた人がいる。でも味はとなるといまいちの場合がある。どの分野でも一流になるには、その道の一流に接していることが不可欠に思える。
　展示の書の中に、次の文字があった。「其言簡其理直其道峻其行弧」。
　これを見て驚いた。彼は、熊本県知事だった。「日本新党」を樹立した。首相になった。東京知事選挙にも出馬している。多くの人と比較すれば、細川氏の人生は順風満帆の人生といえるだろう。とても「其道峻」だったとは思えない。首相にまでなって多くの支持者に囲まれていたであろう。とても「其行弧」とは思えない。その彼が「其言簡其理直其道峻其行弧」と書き、それを掛け軸にしている。自分の生き方の指針としているのだろう。出典は、「黄檗山断際禅師　伝心法要序文」である。時の宰相裴休が参禅し，断際禅師の説法を筆録したと言われるのが《伝心法要》である。
私は今一人で動いている。「其行弧」、これだけは今の私にある。