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孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【色平哲郎氏のご紹介】「反・大日本帝国」が「反日」なのか

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「慰安婦」問題や南京虐殺事件など戦時加害について被害者側に立つ発言
をすると「反日」と言われるようになって久しい。
だが、そこで言う「反日」の「日」とは過去の「大日本帝国」
のことではないかと歴史家の山崎雅弘さんは指摘する。

== 歴史研究家・山崎雅弘さんに聞く ==

やまざき まさひろ・戦史・紛争史研究家。
著書に「日本会議 戦前回帰への情念」「1937年の日本人」「歴史戦と思想戦」
「沈黙の子どもたち 軍はなぜ市民を大量殺害したか」など多数。


ーーまず、現在のマスメディアの問題についてお聞きします。

今の日本は、民主化された「日本国」であり、戦前戦中の「大日本帝国」
とは違う国に生まれ変わったはずですが、この二つを混同するような言説を
政治家やその支持勢力が声高に叫び、大日本帝国時代の名誉を守ることが
「日本の名誉を守ること」になるかのような錯覚を社会に広めようとしています。
・・・
例えば、「慰安婦」問題の非人道性を認めることは
「大日本帝国の名誉に傷をつける」ことになりますが、
基本的人権の尊重を掲げる戦後の「日本国」においては、
当時の人権侵害を認めて反省することは、
むしろ日本という国の「名誉を高める」ことになります。
・・・
大日本帝国の名誉を守る行為が「日本の名誉を守ること」だと錯覚すると、
その事実が見えなくなり、自分も日本人だから非人道性を認めるべきではない
と勘違いする日本人が増えるようになります。
それは、社会の価値観を戦前戦中の大日本帝国時代と同じ方向に戻したい
人にとっては望ましい展開でしょう。


あいちトリエンナーレで「攻撃」されたのは誰か
・・・
人権を重視する戦後の日本人は、あの像を見ても「心を踏みにじられた」
とは感じないでしょう。
そう感じるのは、自分のアイデンティティを今も「大日本帝国」の一員だと
考える一部の日本人だけです。
・・・
実際には、この作品はかつて別の場所で展示された、昭和天皇の肖像を含む
同じ作者の作品が、右翼団体からの抗議で燃やされたと言う「事実」を再現したもの
にすぎません。
つまり天皇の肖像を「燃やせ」と要求したのは、抗議した右翼団体でした。
・・・


人権尊重を「反日」にすり替えるトリック

韓国の人々による「慰安婦」問題や「徴用工」問題に関する日本への批判は、
大日本帝国とその責任を継承する日本政府に向けられたもので、一般の日本人に
対する攻撃ではありません。
・・・
今でも自らを「大日本帝国」の一員だと考えているような一部の日本人は、
これを「韓国による日本への攻撃」にすり替えて、一般の日本人を
「大日本帝国を擁護する側」に引き込もうとしています。
そうすれば、大日本帝国の非を認めずに済むからです。

本来なら、「慰安婦」問題も「徴用工」問題も、それぞれ大日本帝国時代に
日本政府の責任として生じた人権侵害の事案です。
人権を重視する戦後の日本人が非を認めて反省することで、日韓関係を
良好な状態に保ったまま、日本国の名誉も高めることができます。

しかし、大日本帝国を擁護したい人間から見れば、こうした態度をとる人間は
「自国への裏切り者」と映ります。
それゆえ韓国側の言い分に耳を傾ける日本人を、彼らは「反日」と決めつけて
罵倒します。
実際には「人権を重視する観点から大日本帝国の行ないを反省しているだけ」
なのに、あたかも「日本を攻撃する敵に味方する」かのように構図をすり替えて、
日本側の非を一切認めない態度をとり続けています。


1937年の日本人が我々に伝えていること
・・・
当時の日本人の多くは、軍人を含め、最終的に1945年のような結果
を引き起こす戦争を自分ちが「主体的に始めた」こと、
一線を越えてしまったことに気づかなかった。

最初は「日本に対して不当なことをする中国に非を認めさせ、反省させるため」
に、限定的な武力行使をしているつもりで、気がついた時には国全体が
「後戻りできない戦争状態」にどっぷり浸かっていた。
当時の状況を調べるほど、戦争という怪物を甘く見てはいけない、
そして自分たちの感覚を過信してはいけないという教訓を、1937年の日本人は
我々に伝えているように強く感じました。
・・・


日本優越論の心地よさが判断を誤らせる
・・・
「朝日新聞」のコラム「天声人語」も、37年8月以降は中国人をあからさまに
見下す傲慢な言葉を何度も書いていました。
当時の日本人は、自分たちが他のアジア人よりも優れた民族だと見なす
精神文化(国体思想)に浸っていたこともあり、相手国を対等と見なした
交渉や相互譲歩で問題解決を図るのではなく、日本に歯向かう相手国を「力」で
ねじ伏せるという政府の方針に喝采を送りました。
・・・
国民が無自覚に、自尊心をくすぐられる心地よさに酔って、夜郎自大な日本優越論に
耽溺(たんでき)すれば、当時と同じ陥穽(かんせい)に落ちる可能性も高まります。


悲惨だと嘆くだけでは解決しない
・・・
戦争や紛争について調べ、学ぶと言う作業の中で常に思い知らされるのは、
人間の思考の限界や不完全さと言う事実です。
誰も愚かなことをしたいと思っているわけではないのに、
後世から見えれば「愚か」と評される行動をしてしまう。

特に戦争という極限状態の中では、人は簡単に特定の思考パターンの虜(とりこ)
になり、客観性を失って主観的な大義名分や目的意識に突き動かされて、
平時ではできないことをしてしまう。
そうした人間の限界や不完全さを、高みから断罪するのではなく、
誰もが心の中に持つ危険な「プログラムのバグ」として自覚をうながす
ような仕事をしようと心掛けています。


情報とプロパガンダの境界線を引き直すべき

ーーマスメディアの側に、「人間の不完全さ」への自覚があればよいのですが・・・。

旧ソ連や現在の中国、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)など、言論の自由が
保障されておらず、メディアが政府に従属する国では、すべてのニュースは
「時の権力者にとって利益となる広報と宣伝」です。

それに対し、独自の観点から問題を分析して、時には政府や権力者の言動と政策を
批判することは、新聞やテレビが政府や権力者の支配下にはない、
言論の自由が保障された民主主義国における「報道機関」の重要な役割です。

かつては日本のメディアも、多少の問題はあれど、そうした民主主義国の一員として
権力の監視と批判を行なってきました。
権力を私物化したり、判断を大きく誤るようなことがあれば、
野党とは別の観点から権力者を厳しく批判し、首相や大臣を辞任させたり
内閣総辞職に追い込んだりしていました。
ところが、今の日本ではそうなっていません。

その理由はなぜかと考えると、まず、大手メディアが野党と共に権力の監視と批判を
行なってブレーキの役割を担うことを止め、傍観者の態度をとり始めたことが
挙げられます。

以前の日本で、与党がやりたい放題できなかったのは、野党に加え、
大手メディアも独自の観点から与党を監視・批判していたからですが、
大手メディアが傍観者になれば、数で劣る野党だけで与党の暴走を止めることは
不可能になります。

そして、大手メディア各社の社内で政治報道を担当する「政治部」が、実質的に与党と
癒着して、与党の望む政治宣伝を「ニュース」という体裁で国民向けに流すようになり
ました。

新聞とテレビを信用する国民は、この大手メディアの変質に気づかず、日々流される
ニュースの内容を「中立な報道」と信じて、与党の思惑に沿う形で現実を
認識するよう誘導されています。
これは明らかに、大手メディアの国民への「裏切り」ではないでしょうか。

=まとめ・植松青児(編集部) 「週刊金曜日」2019・11・15=

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