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孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【色平哲郎氏のご紹介】布施辰治弁護士 「生きべくんば民衆とともに、死すべくんば民衆のために」

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・・・
きょうび布施辰治を知るひとは少なかろうから、若干のせつめいをする。
布施は弁護士となった青年期からの熱心なトルストイアンで、
その徹底した理想主義から、自分の弁護活動を
「官憲の人権蹂躙に泣く冤罪者」「財閥の横暴に悩む弱者」
「筆禍舌禍の言論犯」「無産階級の社会運動の迫害」事件にかぎると宣言する。

宣言どおり布施は、植民地朝鮮・台湾の人びと、遊郭にしばられている娼婦ら、
貧しい借地借家人、労働者、小作人たちの弁護に粉骨砕身。
日本共産党への大弾圧「3・15事件」などの弁護もしたために、
弁護士資格をはく奪され、39年には治安維持法違反で懲役2年の刑をうける。
また韓国併合(1910年)に反対し、翌年には「朝鮮独立運動に敬意を表す」
という一文で検察の取り調べを受ける。
19年2月8日に起きた「独立宣言事件」では、11人の弁護を引き受けてもいる。

そのほか、二重橋爆弾事件、朴烈事件、朝鮮共産党事件などの弁護活動に
奔走したかれだが、これらがどれほど身の危険をともなうものだったか、
想像にかたくないどころではない。
げんざいのふやけきった状況からは想像不可能といってもいい。
事実上、布施は死を賭していたのだった。
1923年、布施は「日韓の併合は、ドンナに表面の美名を飾って居ても、
裏面の実際は、資本主義的帝国主義の侵略であったと思う」
と共産党の雑誌で堂々と意見表明してもいる。

ため息がでる。
朴烈事件で逮捕され、獄中死した朴烈の妻、金子文子の遺骨は、
刑務所の敷地に埋められたのだが、布施は夜中に掘りだして遺骨を持ち帰り、
後日、韓国にわたり、慶尚北道にねんごろに埋葬してもいる。
大逆事件の犯人とされれば、日本では正式な墓地に葬ることができないことに
義憤を感じての行動であった。
だが、白状しなければならない。
石巻に生まれそだったわたしは、布施辰治の名前ぐらいは知っていたが、
そのすさまじい勇気についてはまったく勉強不足であった。
布施の偉業を教えてくれたのは、東京で記者生活をしていたころ、
在日コリアンの友人たちだった。
・・・

【連載58 新・反時代のパンセ=不服従の理由 辺見庸】
「生活と自治」18年11月号 から抜粋




    



コメント(2)

布施辰冶・・・知りませんでした。こんな立派な人、いたのですね。
念のために、ググって、人となりを知りました。
>>[1]

けっこう日本にも地道な傑物がいますよね。

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