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孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【色平哲郎氏のご紹介】改憲の足音…今こそ小林多津衛 「9条人類照らす光」軍拡批判

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【色平哲郎氏のご紹介】改憲の足音…今こそ小林多津衛 「9条人類照らす光」軍拡批判
信州プラス 朝日新聞長野県版 2018年5月2日

 「憲法は大丈夫かや」。17年前に104歳で亡くなった民芸研究家、平和運動家の
小林多津衛(1896〜2001)=佐久市=が晩年によく口にした言葉が、杞憂(き
ゆう)とは言えない状況にある。9条は「人類の現在未来を照らす光」といい、日本は
軍拡をやめ、医師や医薬品など「善意」を世界に届ける「赤十字国家」になるべきだと
唱えた小林。9条改憲の足音が聞こえる今こそ、この先達を知ってほしい。3日は71
回目の憲法記念日。


 1年前の5月に、佐久市にある多津衛民芸館長の吉川徹(80)が、市長と教育長に
あてた書簡がある。

 「政府や自治体は、自らの政策に対する批判の自由を保障し、国民の前に政策と批判
が同時に並べ置かれ、自由に判断できる状況をつくる努力が求められる」「政策があり
批判があり、その中で判断できる状況をつくることが中立性」

 佐久市教育委員会が「政治的」という理由で、市民有志が企画した原発に関する講演
会の後援を取り消したことに対し、A4判2枚に学習の自由や教育の中立性についての
「私の考え」を書き記したものだ。

 吉川は旧望月町長。在籍していた東京の大学の研究室に声がかかったことが縁で、社
会教育主事として町に赴き、地元の公民館の責任者をしていた小林多津衛と出会った。

 婦人会や青年団と一緒に減反政策、ゴミ処理問題を考える勉強会を開くなど1960
年代の公民館活動は活発だった。社会教育主事とは無縁の職場に配転されたこともあっ
たが、「学習の自由への攻撃」と仲間たちと闘った。場外馬券場や小学校統合に反対す
る住民運動にも参加。町長を1期務め、次の選挙は佐久市との合併反対を訴えたが、推
進派の候補に敗れた。

 吉川に影響を与え、共に行動してきた小林の原点は戦前の教員時代にある。

 武者小路実篤らが主宰する雑誌「白樺(しらかば)」の精神に基づく教育を目指す「
白樺教師」の一人だった。個性や自由を重んじた教員たちは修身の教科書より、武者小
路ら白樺派の作家や西欧の文学、絵画などを好んで教材に選んだ。小林も仏作家ロマン
・ロランの「ジャン・クリストフ」のガリ版刷りを授業で使った。

 しかし、そうした教育を快く思わない権力側によって「信州白樺教師」らは排除され
ていく。中心的存在で1919年に退職を強いられた赤羽王郎は、小林に一葉のはがき
を送る。「なぜ黙っているんだ 何とかものを言え」。ただ、そう書かれていた。

 この件以降も、多くの教員が治安維持法違反容疑で検挙された2・4事件(33年)
などの弾圧を受け、県教育界は戦争遂行に協力していった。

 あの時、小林が教員の組合運動に積極的に加わらなかったのは、いつも子どもたちの
そばにいたいという思いが強かったからではないかと、吉川は考える。一方で、「トゲ
のように残った戦前・戦中の経験を『自分の弱さ』として抱え、『平和』と言い続ける
戦後の生き方が決まったと思う」。

 後押ししたのが、日本国憲法だ。前文や9条の透徹した平和主義に「歓喜した」とい
う小林は、53年の浅間山麓(さんろく)米軍演習地設置反対運動に参加したり、82
年の日本民芸協会全国大会で異例の「核廃絶・軍縮」の声明を提案したりした。

 85年に著した小冊子「赤十字国家の提唱」で、「軍備によらず、世界への善意の貢
献によって国を守る道」を説いた。9条を持つ日本にとって大事なことは、「どこかが
攻めてきたらどうするのかという議論を超えて、戦わない状況をどうつくるかだと言っ
ていた」と吉川は振り返る。

 85歳で、平和問題などを取り上げた個人誌「協和通信」を創刊した。「君が正義に
反することを行い、私が黙って君にそれをやらせておくとすれば、不正なのは私自身で
ある」。94歳で再刊した際、ロマン・ロランやシュバイツァーとともに私淑していた
ガンジーの思想を受け、憲法9条があるのに軍備増強が図られている現状を見過ごせな
いとの意思を鮮明にした。

 「軍備がなくても平和は達成できるんだという、先生が示した道に確信を持たせるこ
とが我々の大きな役目ではないか」。吉川は、そう感じている。


平和・民主社会が「夢」

 2014年に出版された「石より堅い9条がある」(川辺書林)で、小林の赤十字国
家論を紹介し、そこから想起する板画を添えたのが板画家、森貘郎(75)=千曲市=
だ。タイトルは、小林が好きだった言葉「人生には石より堅い夢がある」にちなんだ。

 「あんずの里」として有名な地元で森は、小林を囲む花見会を催した。亡くなる2年
前まで約15年間、小林はその輪で語り合うことを楽しんだ。声高に、押しつけるよう
な物言いはしない。「ものづくりや一品一品を大事にし、日常の美しさを守っていくと
いう民芸は、平和な社会があってこそという考えに共鳴した」と、森は話す。

 子どもたちにいいものに触れてほしいと、吉川らと民芸館立ち上げに奔走し、開館し
た1995年に99歳で館長となった小林。沖縄や北海道のアイヌ民族などの地域の文
芸に着目し「隣国の文化への尊敬が、『平和への願い』の基礎である」は、小林の口癖
だった。

 「現在のヘイトスピーチやネットにあふれる他国への蔑視や攻撃を、先生がいたらど
う思うだろうか」と吉川。個を尊重し、違いを認め合いながら築く平和で民主的な社会
——。戦前から小林が描いた「夢」を、夢のままで終わらせてはいけない。
=敬称略(北沢祐生)

https://www.asahi.com/articles/ASL4V40W1L4VUOOB00D.html

コメント(2)

「赤十字の日本」「どこかが攻めてきたらどうするか、でなく、戦わない状況をどう作るか」私もガンジーを尊敬してますが、これらの言葉に感銘を受けます。
>>[1]
「イイネ」に深く感謝申し上げます。

素晴らしい言葉ですね。

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