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孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【色平哲郎氏のご案内】「志願兵」若月俊一作 全五幕第一幕

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長野県厚生連佐久総合病院劇団部 「志願兵」 いのち・人権をうばう戦争は繰り返さない 記念 演劇
基調 フォーラム
6月 16土1 日目
6月 17 日2 日目
作:若月 俊一
「志願兵」若月俊一作 全五幕

時=昭和12年春(日中戦争の直前)。
所=北満第一戦守備の東京部隊(関東軍所属)。



第一幕

玄界灘沖の上。輸送船の甲板。
汽笛の音。はげしい揺れ。
風の音。波の音。
暗い海。つめたいしぶき。


あれなんだろう。
(よろめいて、甲板のさくにつかまって、海の中をのぞき込みながら)
サメかね。
ほら、あんなに船にとびかかってくる。
イルカかな。

あぶないですよ。
あんまり前へ出ると。
・・・すごい波だなあ。

すごいなあ。
夜の海ってやつは。
なにしろ玄界灘だからなあ。

こうやって海を見てると、人間なんて小さいもんだなあ。

そりゃそうだよ。
人間なんて小さなもんだ。
ぼくは、人間てもっと立派なもんだと思っていたけど・・・。
軍隊に入ってみりゃ、豚や犬以下だ。

もう日本も見えなくなっちまった。

ああ。
もう、おさらばだよ。
いつまた日本に逢えるか。・・・

わたしゃぜひもう一度内地へ、東京へ帰らなくちゃならない
と思ってるんですがね。
ぜひ。・・・

そりゃ、誰だって・・・。

そりゃ、そうだけど、わたしゃ特に・・・。

軍隊へ入りゃ、もう一巻の終わりみたいなものさ。
しゃばの理屈は通らないんだからな。
・・・見ろよ。
この船の底のすしづめさ。
驚いたね。
まるでカイコみたいじゃないか。
寝返りをすりゃ隣のやつの肩にぶつかる。
座ろうとすれば上の棚に頭がぶつかる。
夕べなんか、上のやつのゲロが、俺の頭の上にポタポタおっこって来やがって・・・。

私もだいぶ吐いちゃった。
やっときょうになって少し食えるようになったんですがね。
・・・きのうの使役は辛かった。
船に弱いんですね。

知ってるよ。
きのう荒木上等兵になぐられたんだろう。
君、要領が悪いからさ。
しかし、あの荒木ってほんとうに悪いやつだね。

どういうわけかな。
荒木上等兵は何かっていうと私を目の敵にするんですよ。

どういうんだろうね。
君みたいな善人を目の敵にする必要はないんだがなあ。

いや、実はね、アザブ三連隊時代にゃ、いやな思い出があるんです。
私の家内が面会に来たとき、おすしを持ってきたんですよ。
せっかく一生懸命つくって来たと思ったもんで、つい一つ二つ食べたんですよ。
それを荒木上等兵に見つけられてね、なぐられたんですよ。
・・・家内の前でね。
あんまり見っともいい図じゃなかった。

ほう、ひでえことをしやがんなあ。
同じ人間だというのになあ。

家内のやつ、泣きだしちゃってね。
困りましたよ。
ほんとうにあんときは恥をかきましたよ。
・・・家内のやつ、気の弱いやつでしてね。
可愛そうなやつなんですよ。
ふた親に子どものときから死に別れましてね。

ぼくは君の奥さん知ってるぜ。
面会所で会ったことがあるよ。
・・・なかなかべっぴんじゃないか。

(苦笑して)そんなことはないですがね。
いい人間なんですよ。
・・・ね、野沢さん。
私たちほんとうに生きて帰れるでしょうねえ。

さあ、どうかね。
・・・事によると今度の事変は全面的に発展するんじゃないかな。
日本も支那も、どうしてもこのままじゃおさまらないんじゃないかな。
歴史ってやつは、個人の希望とは関係なしに、進むからね。

私は一介の旋盤工だから、あんたみたいな大学出と違って、
世の中のことは何がなんだかちっともわかんないけど、
これでこのまま大きな戦争に巻き込まれるんじゃかなわないな。
・・・どうしてももう一度東京に帰って片をつけなきゃならないことがありましてね。
・・・うちの中が複雑なんですよ。
家内だって、もう今月で6カ月になるはずなんですがね。
まだ正式に籍が入ってないんです。

ふーん、そいつはまずいねえ。

このまま、もし万一私が戦死でもしてしまったらえらいことになっちまいますからね。
どうしてももう一度帰りたいんですよ。

なるほどねえ。
・・・まったく戦争なんて罪も恨みもない人間同士を殺すんだから、
こんな悪いこと、世の中にないよ。
・・・ま、くよくよしたって仕方がない。
・・・ああ、暗い海だなあ。
暗いなあ。・・・

野沢さん。
私とあんたが隣町同士だなんて、ほんとに運命ですね。
隣町同士で住んでいながら、てんで顔も知らないでいたのに、
軍隊で、こうして同年兵で知り合うなんて、これもやっぱり人間のめぐり合わせ
ってやつじゃないですか。
馬鹿だけどよろしくたのみますよ。

冗談じゃない。
こっちこそたのみますよ。
ぼくこそ大学出だと言ったって、なんにも世間のことはわかんないお坊ちゃんなんだ。
ぼくはねいま、この軍隊の中でいろいろなことを勉強しようと思っているんだ。
命がけで。
・・・しかし、辛いなあ。

ほんとに辛いですねえ。・・・

おい、こんな寒いところで何話してたんだ。
馬鹿だな。
そんなとこで煙草なんか吸ってんの見つかってみろ。
目の玉が飛び出るほどぶんなぐられるぞ。
馬鹿、早く海の中に捨てろ。
うわ、寒い。
早く船底の豚箱に入って寝ていろ。
上等兵に見つかると、うるさいぞ。

あの人、いい人ですねえ。

ほんとうに人間らしいのは、二年兵じゃあの人ぐらいなもんだよ。

だけど、このあいだ聞いたんだけどあの人アカだったそうですよ。
だから、あの人、大学出なんだけど、万年一等兵で上等兵になれないんだそうですよ。

ほう、そうかい。
飯島一等兵、アカだったのか。
そう言えば思いあたるとこがあるな。
・・・一方には荒木のようなやつがいるかと思えば、
飯島さんのような人間もいる。
軍隊ってわかんないなあ。

敬礼!

こんなとこで何をしとる。

はい。
甲板の便所からただいま帰るところであります。
終り。



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