もちろんIS以外のイスラム過激派グループがひきおこしたテロの数も無視できない。The Religion of Peaceによれば世界のどこかで10月中、イスラム過激派テロのなかった日はないのだ。数字が意味を失うといったばかりではあるけれど、イラク戦争の被害者データを表示しているIraq Body Countでは今年に入って今年だけで13,100人にのぼる市民の死者がカウントされている。
先月のThe Paris ReviewにStephen Dunnという詩人の”In Other Words”という題の作品が掲載されていた。このようなものだった。
When it comes to the underworld
and the fragility of guesswork
What makes us think the dead
want evidence of our caring?
At the Gravesite, a litany of roses,
Good wishes, and prayers.
And those who are pretending –
Let’s remember at such moments
everyone is an amateur of feelings.
Some of us will be the kind
who say nothing, pivot, and walk away
Those who choose to speak
will discover it takes other words
to say the words they mean.
意訳するとこんな感じかと思う。
あの世のこととなると
それは脆い憶測の世界の話であり
そもそも他界した者たちが
我々が彼らのことを考えているかどうかという証拠を求めているなどと、
なぜ思うんだろう?
墓地では延々と薔薇と
善意と祈りに満ちた文句が並べ立てられる。
気にかけているふりをしているだけの人々にいたってはーー
忘れないでいよう、こういう時には
どんなひとだって感情の素人でしかない
いあわせた我々の中には
何もいわず、踵を返し、歩き去る性格の者もいる
何かを言おうとする者たちは
違う言葉を探さないといけないことに気づく
口にした言葉に意図した意味を持たせるためには。
あの世と訳したけれど”underworld”という重々しい言葉がチョイスされている。”world”という言葉つながりであることを思った。タイトルの”in other words”と響きは似ていながら意味の異なる”in other worlds”というフレーズがある。感情を表現する正確な言葉を探そうとする試み(”in other words”)と、他界してしまった人々(”in other worlds”)とは、永遠にすれ違い続ける、ほぼ同じ響きだけれども違う意味を持って行くのだという冷ややかな現実が浮かび上がる。追悼と自己満足が紙一重だという事実を、同時に突きつけるこの詩にはっとしたのは、パリの事件がおきる数日前だった。
不完全な試みだ。パリの被害者が中東各地の被害者より大切に扱われる理由は、帝国主義国家同士である「西側」諸国の共通の歴史に随して、いくつもあるだろう。そのひとつに知識人の中でフランス語を理解する人の方が、アラビア語を理解する人より多いという事実がある。言語の通じない者たち同士もまた、”in other worlds”に属する者同士だ。本当はアラビア語の何かを翻訳できればいいのだけれど、私にはその能力がない。だからこれが今の私の精一杯の”in other words”として罪なき、見知らぬ、テロの被害者である世界の喪失的存在への追悼の言葉にさせてもらいたい。報復という形の負の追悼と違うなにかを求めて。(2015年11月25日)