ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの加藤登紀子さんのメッセージ「いとしいもの、素晴らしいもの。多く持てば闘う力になる」

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
【孫崎享のつぶやき】
加藤登紀子さんのメッセージ「いとしいもの、素晴らしいもの。多く持てば闘う力になる」
2015-10-12 07:413



12日、朝6時半から55分、NHKTVでインタビュー ここから「歌手・加藤登紀子〜“時代”を歌い続ける〜」[という番組があった。

百万本のバラ」や「時には昔の話を」などで知られる歌手の加藤登紀子さん、71歳。小学生時代を京都で過ごしベトナム反戦や学生運動が盛んだった1960年代、大学在学中に歌手デビューしますが、時代に翻弄される中で「対立のもっと奥にある、人の心に届く歌」を歌いたいと、自らの言葉で歌を作り始めました。戦後70年、常に時代に向き合い歌を紡いできた加藤さんに、今を生きる人たちへのメッセージを伺います。京都局制作

私は通常6時半、まだ寝ている時間である。

10月28日夜8時から、・加藤登紀子さんに自宅で「ニコニコ動画」で話してもらうことになっているので、昨日、これに向けて、事務所より、参考までにと言う連絡があった。

30分番組なのに新聞の番組表では紹介がなかった。

素晴らしい番組だった。

加藤登紀子さんが2度繰り返したメッセージがある。

「いとしいもの、素晴らしいもの。多く持てば闘う力になる」。「守りたいものが何なのか、守りたいものを多く持つことで闘う力になる」

自分の生き方を語っていた。

1965年歌手になる。

当然、多くの人に聴かれる歌手を目指す。

しかし、1968年、東大紛争で、デモの中に入る。

「自分らしく生きる」

 その時の思いを込めたのが、歌「1968」

 彼女が今一つ強調していた点がある。

 「歌は、全ての人に届くものでなければならない。

 「 自分側だけに届いて、対峙する側に届かない、そういうものであってはならない」



 歌 1968 の一部

 世の中が産みの苦しみにふるえている

誰もが輝いて生きる世界を夢見て

 命がけで愛し命がけで祈った(省略)



 街中にあふれるスチューデントパワー

 自由を叫ぶスチューデントパワー

 戦争のいらない世界のために

 世界を変えよう今ここから



 野に咲く花がたとえかれても

 希望の種はいきつづける

 傷ついた心が泣きつづけても

 生きてる今日が明日を拓く

 生きてる今日が明日を拓く

 生きてる命が明日を変える

生きてる命が明日を変える



 1968 1968 1968 1968

コメント(2)

はじめて、知りました。1968年、学生運動のさなかでしたね。

たしか、加藤さんのご主人も、その闘争の真ん中におられたような記憶が・・・
そして、投獄?

彼女の歌には、「心」があります。
>>[1]

この歌は最近創作した歌と思います。
ご主人は「新」左翼系の反帝学評系全学連の委員長だったかと思います。
二人は結婚して、妊娠したときにご主人藤本敏夫さんは拘置所の中にいたと聴きます。
獄中のご主人に贈るために加藤登紀子さんは「ひとり寝の子守唄」をつくりました。大ヒットしたあのうたです。
すーちゃんさんがおっしゃるように彼女の歌には「心」があり伝わってきますね。いい歌が多いです。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見 更新情報

孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。