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二択読物[末]コミュの100万本のサヨナラ草[1]

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(「まだ、死にたくない」)

僕の意識は浮かび上がっていく。
どんどん高く、空よりも、宇宙よりも遠い場所に運ばれていく内に、世界が真っ白に変わっていることに気づく。

目の前に広がる一面の草原。
僕はそこに降り立つ。

白い布を頭から被った老婆が軽く手を挙げる。

「人生を、ご苦労様でございました」

しゃがれた声で頭を下げる老婆は「冥界水先案内人のトロゾです」と付け加えた。

「あなたにはここでやっていただくことがあります」
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕は死んだのですか?」

僕はトロゾの言葉を制して、一番の不安を口にする。

「まだですが、すぐに完全に死にます」
「い、いや、まだ死にたくないんですけど」
「無理です」

トロゾは言葉で僕を打ち砕く。

「あなたには、ここでやっていただくことがあります。それをすればあなたは完全に死にます」
「いや、だから死にたくないんです」

容赦ないトロゾに苛立ちを覚えながら、僕は少し熱くなって抵抗する。

「何をするか知りませんが、それで死んでしまうなら僕はやりませんよ」
「もちろん、それも可能です。その代わり、身近な人にここへ来てもらうことになります。長年寄り添い合った夫婦で、片方が死ぬと、後を追うようにもう片方も死んでしまうことがありますよね? あれは先に死んだ方がここでの作業を拒むからなのです。それでもいいですか? 作業をしないとしても、あなたはもう生き返ることは出来ません。作業をすれば死人は1人、しなければ2人になるだけです」

言い慣れた様子で、トロゾは事務的に残酷なことを述べる。
僕だけが死ぬか、僕の道連れを呼ぶか。

家族、恋人、仲間たちの顔をひとりひとり思い浮かべていく。
みんながみんな、最高の人たちだった。それぞれに大切な人がいて、毎日を大切な人達の中で生きている。もちろん生きている内は気づかないだろう。

死んでしまって初めて気づくこと。
僕たちはどれだけ幸せだったか。

僕のせいで、誰かの幸せを奪うわけにはいかない。
拳を握りしめて、問いかける。

「何をすればいい?」

トロゾは右手で草原一帯を示す。
小さな蒼い花をつけた草がどこまでも広がっている。

「サヨナラ草です。あなたには、今からここで100万本のサヨナラ草を摘んでもらいます。始めて下さい」

しゃがれた声にせき立てられて、僕は足元の草を1本引き抜く。
その瞬間、頭の中に小さな隙間が出来たような、奇妙な感覚を覚えた。

「なんだ、これ……」
「サヨナラ草は思い出の数。1本抜けば、1枚の景色、2本抜けば、2人の顔、3本抜けば、3つの思い出、そのそれぞれとさようなら。全部を抜いて、全部を忘れ、あなたは小さな空になる」

トロゾが歌いながら踊り始める。
しばらく手の中をサヨナラ草を見つめる。

(作業をすれば死人は1人、しなければ、2人になるだけ)

視界がにじむ。
暖かい風が吹く、腹が立つほど心地よい草原。
暖かい風が吹く、涙が出るほど心地よい思い出。

僕は草原にしゃがみ込んで黙々とサヨナラ草を摘んでいく。
大切な思い出を、次々と失いながら。

ーーーFIN

過去への『満足度』を調べてみましょう。
1を選んだあなたはご自分の人生、過去に対してやり残したことや後悔があるのかも知れません。
「まだ終われない」、「まだ続けたい」。そういう気持ちを少なからず抱えていらっしゃるのではありませんか?
「過去は変えられないが、過去の意味は変えられる」という言葉があります。
後悔ややり直しを拾い直すことは出来ませんが、「まだ頑張る」という気持ちがあれば、きっと前につながります。
頑張りましょう。

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