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メトロン星人の本棚コミュのあずみ 対 猿飛佐助

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映画版あずみ外伝 

『あずみ 対 猿飛佐助』
                   
1

時は慶長16年(1611年)5月20日。

大阪より領国熊本へと帰国する船上において、名将加藤清正は暗殺された。

刺客は恐るべき剣術の腕を持つ美少女あずみである。

あずみはたった一人で船の外側に取りつき、船が港を出て警護の者が油断した一瞬を狙った。

大胆にも白昼、多くの家臣の見守る中、甲板に飛び乗るやアッという間に清正の首を切り、反転海中に飛び込んで逃げた。

まさに、あざやかの一言。

警護の責任者家臣井上勘兵衛、さらに甲賀忍者飛猿までもが、まったくなにも出来なかった。

その後、肥後熊本藩は加藤清正の死を病死(病没5月27日)と届け出、徳川家康より嫡男の家督相続が許された。


この年は天下分け目の関ヶ原の合戦が終わってのち11年経つ。

徳川家康は関東において盤石とも言える長期安定政権を築こうとしていた。
時に家康70才。
心身共にまだ健康ではあるが、日に日に老いてゆく。
それに引き替え豊臣秀吉の遺児秀頼は大阪城にて成人しつつあった。

もしも家康がこのまま死ねば、豊臣恩顧の大名達はこぞって背をひるがえし秀頼率いる大阪方に臣従し、再びこのこの国を東西に分けた大決戦が始まる。

世間では、こんな風評がどうどうとまかり通っていた。

そして関東でも大阪でも水面下では着々とその準備が進められていたのである。

徳川家康の政策顧問、天海僧正はこの日のため10年の歳月をかけ、小幡月斎に刺客を目的とする子供達の集団を育て上げさせた。

小幡月斎は各地から素質のある子供達を集め深山に立てこもり、密かに高等な剣術を教え込んだ。
子供なればこそ、名のある武将も油断をし、敵陣深く入り込み刺客をつとめることが出来る。

しかし、そのためには外界との接触を断ち、子供らの価値観を変え、目的のためには手段を選ばぬ常人離れした思想を刷り込まねばならない。

ここに、あずみとその仲間達の不幸が始まるのである。

修行が終わり山を下りるというその日、月斎は、まず10人いた仲間を互いに殺し合わせ、刺客としての非情な心を植え付けさせたのだ。

小幡月斎率いる生き残った刺客5人は、天海僧正の命を受けた伊賀者のてびきにより、まず豊臣方の重臣浅野長政を京都伏見の河原で討ち果たした。

つづけて狙うは加藤清正。

しかし浅野長政の死を暗殺と見た清正の家臣井上勘兵衛は、飛猿と子飼いの甲賀忍者に刺客をおびき出すべく策を講じる。

まずは清正の影武者を使い、甲賀総掛かりによる襲撃。

しかしそれは無惨な失敗に終わった。
子供達の剣術が彼らの想像を遙かに越えるものであったのだ。

次に井上勘兵衛は無頼の桟敷三兄弟を送り込む、そしてさらに狂気の剣士最上美女丸までもを差し向けた。

次々と死んでゆく仲間達。あずみはやりきれぬ思いを月斎にぶつける。

「なぜ、殺し合わなければならない!」あずみは月斎と別れた。

清正を討ち取るため蒲生の里に乗り込んだ月斎と生き残った少年達を待ちかまえていたのは、200人を超える無頼浪人、そして鉄砲や弓矢まで揃えた清正の兵たちであった。

月斎は満身創痍となりながらも、清正に肉薄しあと一歩のところで、井上勘兵衛に敗れ捕らわれの身となる。

月斎の危機を知ったあずみは心を決めた。

「いくら逃げようとしても・・・逃げられぬ。斬りたくなくても斬らされる!俺にはこれしかないのだ!」と・・・

単身、蒲生の里に乗り込むあずみ。
壮絶な死闘のあと、ついに美女丸を倒したあずみに、おのれの死を悟った月斎は告げる。

「おまえは・・・・もう自由だ」と・・・

あずみの心の中に何かが生まれた。戦いのない世の中を作るため斬らねばならぬ奴がいる。

自分の力を使ってそれが出来るのなら、やり遂げねばならないと。

その時、瓦礫の中から起きあがってくる仲間がいた。
死んだと思っていた『ながら』が生きていたのだ。

そしてあずみは、ついに加藤清正を討った。

2

ここは紀州の国境、奥深い山中である。
頭上にそびえる檜や楢の高い木々の梢が青空を隠し、そのすき間からちらちらと陽光がもれる。

森は濃い下生えに覆われ、かすかにそれとわかる獣道が延々と続いている。

時折小鳥の声が響くだけで、あたりは妙に静かだった。

岩や木の根のこぶを乗り越えながら三人の男女が歩いていた。

先頭に立つ男は白い袈裟を着た山伏姿、あとに続く女は黒い洋風のマントを羽織っている。
そして三人目は髪をたばねた獣の皮を着た若者である。

山伏は天海僧正から差し向けられた伊賀者。
そして続くのはあずみとながらであった。
彼らが向かっているのは紀州『九度山』そこには次の標的、真田昌幸の住む真田屋敷があった。

「あずみ・・・」

険しい山道を息も切らさずに軽々と歩きながら、ながらがつぶやく。目の前には揺れるあずみのマントがある。
「つけられたな・・・」

道が下り坂になる。陽射しはまだ明るいものの陽は西に傾いていた。

「もうすぐ陽が暮れます」山伏姿の男が言った。

「暗くなれば奴らが襲ってくる。このまま渓へ降りて、火を焚き迎え撃つ準備をせねばなりませぬ」

「そうだな・・・」あずみが頭上を仰ぎながら、そうつぶやいた。

「奴ら俺達が恐ろしいのさ、なにしろ蒲生の里の連中を全滅させたんだからな、うっかりとは手を出せねえ」

「ながらどの、油断はなりませぬ。奴らは甲賀の者、いつ襲ってくるか」

「なに心配はいらねぇ、こっちにはあずみがいるからな」
ながらはそう言いながらも、懐から手裏剣を取りだした。

その時突然、樹上から黒い固まりがいくつも降ってきた。

「きたぞ!」あずみが叫ぶ。
その声を聞くか聞かぬか、一瞬の間に三人は飛び散った。

甲賀者の襲撃と見えた黒い影は、実はおとりの人形で、本物の忍者は深い落ち葉の下に隠れていたのである。

それを瞬時に見破ったあずみ達は、逆に頭上へと飛び上がったのだ。

落ち葉を舞いあげ立ち上がった忍者の首に、ながらの放った手裏剣が食い込む。

「ぐぶっ!」

首を押さえ倒れ込む者、剣で手裏剣をはじき返す者、ながらを追って飛び上がる者。
しかし手裏剣をはじき返した忍者の真正面に、あずみが降り立った。

身を潜めていた忍者が背後からあずみに手裏剣を撃ってくる。
あずみは後ろも見ずに身を沈め、手裏剣をかわしながら剣を抜いた。

抜いたと同時に斬った。
両足を膝から斬り割られた忍者が倒れる。
返す刀であずみは首に止めの一撃をくわえた。
後ろからは手裏剣と共に目つぶしの球も投げられてくる、あずみは驚くべき動体視力でそれらを見事に判別し、手裏剣は弾き、目つぶしはよけた。
と、同時にそちらに駆け寄り、手裏剣をあきらめ刀を抜きかけた忍者の首を断ち切った。

ながらも戦っていた、大木を背負い四方から飛んでくる手裏剣を、最小限の動きでかわしながら、相手の位置を見極めるや一瞬で間合いを詰め心臓を突き刺す。
甲賀忍者は、わずかの間に4人もの手練れを失った。

「こいつはまずい・・・」
あずみ達の戦いの遙か頭上、高い樹の上でおとりを操っていた飛猿は愕然とした。

勘兵衛配下の選りすぐりの甲賀忍者6名で襲ったはずだ。それがすでにあと2名。

「逃げるしかないか・・・」飛猿が身を起こそうとした瞬間、目の前に黒い影が現れた。

(こんなばかな・・・)
その瞬間、全身にシビレが走り、飛猿の意識は闇に消えた。

「ヒューーッ!ヒュッ!」
鋭い口笛が森の静寂を切り裂く。
いつの間にか攻撃は止んでいた。
あずみとながら、そして山伏の三人が集まる。

「あきらめたかな・・・・」ながらが周囲を見回しながらつぶやく。

「いや、別の敵があらわれた」あずみが上を見ろと視線を送る。

「これは・・・・」山伏が頭上を仰いで驚いた。

頭上にある枝から、甲賀忍者飛猿が宙づりになっていたのだ。

「み、見事なものだな・・・」どこからかくぐもった低い声がした。

影のようにゆらりと一人の忍者が現れた。

そいつは異様な姿をしていた。
全身黒ずくめの忍者姿だが異様に手が長い。手の指や、わらじからはみ出た足指もふしくれだって大きく、さらに極端な前傾姿勢、突き出した顎、どうみても大きな猿が忍者の姿をしているようにしか見えない。

覆面に隠された顔は見えないが、わずかに覗くその目は異様に赤く見えた。

「お、おまえがあずみか。い、いい女じゃねぇか、ひひひ・・・」

「誰だ!」ながらが怒鳴った。

「バ、バァカめ、誰だと言われて答える忍者がいるか」

よっぽどおのれの技に自信があるのだろう。そいつはあずみ達を前に構えもしなかった。

「ひひひ、だがな、お俺様は別だ、冥土のみやげに教えてやろう『真田草の者』猿飛佐助様とは俺のことだ」

山伏の顔が変わった。めったに表情を表さないはずの忍者が怯えている。

「おっ、お、おまえ俺のこと知ってるな。残念だったな。このあたりはすでに真田の結界の内よ。お、おまえら、うちの御大将を討ちに来たんだろう。こ、ここには徳川の忍者がよく忍んでくるからな。入り込んだ忍者どもは生かしては返さねぇ。」

「すまぬ。すでにこちらの動きは真田に知れもうした。ここはひとまず・・・・」
そう言うなり、山伏は懐から煙玉を取り出した。

「ぐぐぅ!」
煙玉が山伏の手からほろりとこぼれた。
手の甲には手裏剣が突き刺さっていた。

佐助がいつ投げたか。あずみにはその動きが見えなかった。

「うぐっ・・・」
剣を抜こうとした山伏の胸にとどめの手裏剣が突き刺さる。
口から大量の血を吐き山伏は前のめりに倒れた。

「ひひひ、お、俺様からは逃げられはせぬ、戦って死ね」

「おのれ!」ながらが剣を構えて叫ぶ。

「よせ、ながら!」あずみが叫ぶ。

あずみは感じていた。こいつ、ただ者じゃない・・・

そうだ、どんなに素早い敵でも、今まであずみに見えない動きはなかった。
殺気も感じさせずに攻撃を仕掛けた奴はなかった。

しかし、佐助が投げた手裏剣の一撃は、あずみにも見えぬ素早いものだったのだ。

気がつくとあたりは異常なほどの静寂につつまれ、梢越しに差し込む最後の陽射しが佐助のまわりに濃い陰影を落とす。

じっと見ているとだんだんと佐助の異様な体が風景にとけ込み透明になっていくように感じる。
あずみは佐助から目が離せなかった。向かい合った佐助の体はぼんやりと消えてゆき、逆にすさまじい殺気があたりをひたひたと埋め尽くしてゆく。
しかも佐助は白刃を構えているわけではない突っ立ったままである。

「ど、どうした。口だけか?来いよ」佐助が目だけで笑った。

「うぉ〜〜ぉ!!」耐えきれず、ながらが先に仕掛けた。
抜く手も見せず手裏剣を放ち、佐助が避けるか弾くところを横に払うつもりだ。

しかしその一撃より速く、佐助が上に飛んだ。
それも信じられぬほど高く。
あっという間に頭上の梢に取り付くや、猛烈な速さで枝から枝へ移動する。
まさに黒い疾風のようである。
しかも、一瞬たりとも止まることなく、続け様に四方八方より手裏剣を放ってきた。
まるで数人の忍者を相手に戦っているかのようだ。

あずみとながらは背中合わせになり、八方から飛んでくる手裏剣を避けるのが精一杯だった。

たったひとりの相手にここまで苦戦するとは、これまでにはなかったことだ。

「真田忍法、猿飛びの術、見知ったか!」佐助の声が森にこだまする。

「ながら、飛ぶぞ!」
あずみが声をかけるとながらが腰を沈め、両手を前に合わせあずみの跳躍を補助する。
ながらの両手に足をかけ、伸び上がる腰のばねを使いあずみは跳んだ。

黒い影を追い必殺の一撃を放つ。
しかし手応えがない。
切り裂いたと見えたのは黒い布をまとった木の枝であった。
(しまった!変わり身か)
悟った瞬間、ながらの絶叫が聞こえた!

佐助がながらの右腕を切り落としたのだ。

「ながら!」
佐助は地上にいたのだ。
ながらは必死に腕を押さえつつ転げ逃げまわった。
止めをさそうと追いつめる佐助。

あずみは、二人の間に飛び降りた。
ながらを背後にかばい、両頭刃の剣を構える。
佐助が懐に手を入れ腰を沈め飛び上がった。
好機と見たあずみが下から剣を突き上げる、しかし佐助の手から蜘蛛の巣のように細い網が広がった。

瞬時に刀で払いのけようとしたが、金属で編んだものらしく断ち切れぬ。
しかも剣先が網目に突き刺さり見事に絡み取られてしまった。

「くくっ!!」あずみはもがき、払いのけようとしたが、ますます絡まりどうにも出来ぬ。

「ざ、残念だったなあずみ。お、おまえは殺さねぇ」
佐助はそう言い放つと、無造作にながらに近づき胸に剣を突き立てた。

「つ、連れていくのはひとりで十分だ。おまえは用事がすんだら、お、俺がかわいがってやるぜ」

「あずみ・・・・逃・げ・ろ・・・」それがながらの最後の言葉になった。

ながらの口から血が流れる。
剣を引き抜くと傷口から大量の血が噴水のようにあふれ、ながらは動かなくなった。

「な・が・ら〜〜〜!!」あずみは泣き叫んだ。

蒲生の里で爺を失い、共に育った仲間も残ったのはながら一人。
この上ながらまで失えば、あずみは天涯孤独の身。

いや、それ以上に死んでいった仲間達に申し訳がない。
なち、ひゅうが、あまぎ、うきは、死んでいった仲間の顔が次々に頭の中に渦巻く。皆泣いていた。

「俺も、俺も殺せ!!」あずみは絶叫した。

その時、あたりの光景がぼんやりと暗くなってきた。
頭の芯がずきずきと痛み、景色がぐるぐると回転をはじめた。

そのまま、あずみは混沌とした暗闇の中へと落ちていった。


3

あずみは目覚めた。
湿った土と埃の匂い、灯りのない真っ暗な土壁、正面には太い格子が見える。

(どこだここは?牢の中か・・・)

手足は縛られていない、傷をうけた様子もない。
あずみは息を潜めじっと動かずに状況を観察した。
あたりは静かで、見張りの気配はなかった。

着ているものはそのままだ。武器はない。

あれからどれくらい経ったのか、今は夜なのか、朝なのか?

ふと、ながらの最後が思い出され、あずみの胸を強くしめつけた。同時に強い憤りと怒りがわき上がる。

(ゆるさぬ、ゆるさぬぞ猿飛佐助。ながらの仇は俺がとってやる・・・)

しかし同時に大きな不安が心に広がる。

(どうして俺にはあいつの動きが見えなかったのだ。身代わりの術は爺のところでもさんざん鍛錬したはず、俺に見破れぬはずはない・・・それほどまでに奴の猿飛の術が上回っていたというのか)

「くそっ!」

「コツン・・・・!」となりから小さな音がした。

あずみは耳をすませた。かすかな声がした。

(壁の向こうか?ほかにもだれかいるというのか・・・)

あずみはそっと格子の前まで移動した。座敷牢の広さはざっと畳三畳分、すぐ隣にも牢があり分厚い板で仕切られていた。

「あずみか・・・・俺は飛猿」

「あの時の甲賀忍者か?」

「まぁ、聞け。俺も捕らわれの身だ。ここは九度山の真田屋敷。おまえをここに連れてきたのは真田幸村公の手の者だ。
俺は勘兵衛どのに命をうけ、真田忍者にお前等がやられる前に清正公の仇を討てと言われた。
だがしくじった。そのうえ、あの佐助の奴に仲間まで殺された。このままでは俺の忍者としての命は終わりだ。恥をさらす前に俺は死ぬ」

あずみは息を呑んだ。
飛猿の言葉には真実がある。

「だが、どうしても心残りがある。猿飛佐助だ。あいつだけは生かしてはおけぬ。あの野郎・・・人間じゃねぇ、心の中まで獣だ!」

「・・・・それは俺も同じこと。ながらの仇はきっと討つ。だが、もし再び戦うことがあったとしても俺には勝てぬ。俺は技の未熟さを思い知った」

「違う、違うぞ、あずみ・・・俺にはわかったのだ。奴の猿飛の術の秘密が。あれは体術ではない『春霞(しゅんか)の術』だ。たぶん芥子(けし)の実からとった細かい粉を使ったはず、奴は姿を現し名乗りをあげ時間を稼いでいる間に風上から薬を撒いたのだ」

あずみにもその意味がわかった。
頭の痛みはそのためだったのだ。

「昔、古老から聞いたことがある。芥子の薬は心を狂わせ、人の心の働きを鈍感にする。それを吸ったものは、それとは知らずに体の動きが鈍くなり、反対に相手の動きは何倍にも速く感じられるのだとな。思い出せ。あの戦いの中奴はずっと覆面をつけていた」

「芥子を吸わぬためか・・・・」

「そうだ。俺は鼻が利く、それで気付いた。薬さえ吸い込まなければ、お前なら勝てる。俺が死んだら奴を討ってくれ・・・」

飛猿の声が途絶えた。必死に感情を抑える気配がした。

(もしやあの甲賀者の中に親しい友がいたのかもしれぬ)

あずみにも飛猿の気持ちが伝わった。

その時、きしんだ音と同時に天井にある扉がはね上げられ、ロウソクの明かりが降りてきた。
ここは地下牢だったのだ。

二人の家来を従え、灯りに浮かび上がったその姿は、まさしく真田幸村であった。

この年幸村45才。九度山に蟄居することすでに10年になろうとしている。

幸村は家来に用意させた椅子に腰掛けると、おもむろに語りかけた。

「佐助から聞き及んでおる。わしは真田左右衛門佐幸村である。おぬし達に直に聞きたいことがある」

その声は低く重みがあり、ゆっくりとあずみの心にしみてきた。

「まずは、あずみ。加藤清正どのを討った手並み、まことに鮮やかであったと聞いた。お前のような娘がそこまでの剣術と体術を身につけるには、並大抵の修行ではなかろう。敵ながらあっぱれじゃ。
またそこに控えておる忍者も、徳川の者ではあるまい。清正どのの配下の者と察する。
いま、つなぎの者を大阪の井上勘兵衛がもとに走らせた。追って返事がくるであろう。それまでは自害など考えずにゆっくりと沙汰をまつがよい」

「幸村様・・・・」飛猿が平服したまま言った。

「おおせの通りでございます。私は清正公が家臣、井上勘兵衛配下の甲賀者にござる。ここにいるあずみを討つため追ってまいったしだい。
うわさに高い真田十勇士がひとり猿飛佐助どのに敗れたのは、技の未熟がため、恨みを持つものではございませぬ」

「うむ・・・」幸村はうなずいた。
「しかし、私とここにいるあずみ、佐助どのの猿飛の術の秘密に気づきもうした。忍者にとって『技』は命。我らを味方になさるか、今殺すか。
でなければ佐助どのの忍者としての命も、なくなったも同然でござる。この上は、いま一度佐助どのと勝負をさせていただきたい!」

幸村は、じっと口をつぐんだ。
つなぎの者を走らせた今、勘兵衛配下の忍者をそれと知って殺すのはまずい。
また、味方にしたとしても技の秘密を知ったからには、いずれ佐助との対決は避けられまい。
ならばどうするか・・・・幸村はあずみを見た。

「あずみ、おぬしに聞きたい。ここに来た目的はなんだ?わが父、真田安房守昌幸の命か?それともこの幸村の命か・・・・」

「お父上、昌幸どののお命です」あずみはハッキリと言った。

「おう、よくぞ申した。だがなあずみ、すでにわが父は死病に冒されておる。もってあと数日というところ・・・」

幸村の言葉は嘘ではなかった。
この時、真田昌幸65才。関ヶ原の戦いで秀忠率いる東軍2万を上田城にくぎ付けにした名将も一昨年より病魔に冒され何度も危篤に陥っていた。
ここしばらくは持ち直し、小康状態となっているが、この年の6月4日早朝、容態が急変する。
清正に遅れること約2週間。まさに死は目前に迫っていたのである。

「あずみ、この天下はどうなると思うか。大阪におわす秀頼様と徳川殿、両立はなるまい。ならば家康の身になって見よ。

徳川殿の命は十年と持つまい、しかし、かといってただちに大阪に攻め寄せることもできぬ。
家康殿は大阪城から秀頼君を追い出したいのだ。
豊臣家を雪深い奥州か北国あたりに国替えすれば、家康が死んでも後はどのようにでもなる。
しかし豊臣家はうごくまい。つい十年前までは徳川の主でもあったのだからな。
理由もなしに国替えなどできぬ。なればその『理由』を作ってくるとわしは見ておる。その無理難題に、豊臣家がどうでるか・・・・」

「幸村どの、俺にはそんなことはわからぬ、俺を育ててくれた爺は戦をなくすために大きな使命を果たすのだと言っていた」

「・・・そうか戦は戦。戦いで苦しむのは民・百姓。そう申すのだな。だがな、戦には大儀というものがある。いまの家康は天下をわがものとするためだけに無理に戦を起こそうとしておる。これは許せぬ」

幸村は、そう言いながらおのれの言葉に嘘があるのを自覚していた。

家康が死ねば、後を継ぐのは二代将軍秀忠である。
秀忠は関ヶ原の合戦に上田攻めで遅れ、家康に痛烈に叱責されたことを忘れてはいない。
秀忠が真田父子を恨みに思っていることは間違いない。
秀忠の世になれば自らの命運もまた尽きるのである。

そうなるまえに・・・・秀忠を暗殺する。そのため真田忍軍は暗躍していた。
そして家康が死に、戦が起これば・・・今一度関東勢を相手に思うまま戦い、関ヶ原の汚名をそそぎ、天下に真田幸村の名をしめす事が出来る。

そのことが、幸村の本心であった。

(この少女にわが気持ちは理解できまい。世の主人が徳川であろうと豊臣であろうとかまわぬののだ。戦乱がなくなり平和な世になれば、しょせん武士など、ただの役立たず。世の本筋は百姓、町民の手に移ってゆく、むしろその方が世のためかもしれぬ・・・)

あずみの清らかな瞳に、邪心はなかった。
幸村は、その瞳の前に言葉を失った。それもまた人の心を読むことに優れた名将真田幸村だからであろう。
「あずみよ・・・父昌幸が死んだら、次はこの幸村を討つか?」

「いえ!討ちませぬ。爺は浅野長政殿、加藤清正殿、真田昌幸殿を討てと言われたが、すでに爺は死にました。死ぬ前に俺に「自由に生きろ」と言ってくれました。俺はこのことを爺の遺言と決めております」

「そうか・・・・この幸村が生きておっても天下の大勢に変わりはないと、その爺とやらは思ったのであろう」
幸村は笑った。
その笑いには悲しさが含まれていた。

「自由になったら、あずみはどうする」幸村はたずねた。

『自由』それこそが九度山に蟄居すること10年の幸村が、最も望んでいたことである。

「まだ、わかりませぬ・・・」あずみは目を伏せた。

「この世にはまだまだ、俺の知らぬ事が山ほどある。諸国をめぐり共に生きる仲間を捜したい・・・」

幸村は、じっとあずみを見ていた。
この少女に自由を与えてやりたい、不意にそんな激しい想いにかられた。

しかし、この少女の体得した恐るべき剣術はそれを許してくれるだろうか?まだまだ果てしない修羅の道が続く、そんな運命が待ちかまえている気がしてならなかった。

「あずみよ、望むとおり自由にしてやろう。ただし今一度佐助と戦うがよい。おまえも仲間の仇討ちが望みであろうし、佐助もまた術の秘密を知られてはだまって返すわけにはいかぬ。承知か!」

「はい」あずみは答えた。

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4

九度山真田屋敷の裏庭。

まわりを見事な竹藪にかこまれた広く静かな一画である。
裏庭に面した大きな座敷に数人の男達が座っている。

真田幸村、その家臣、縁側には護衛の家来衆。
一段下がった庭先には飛猿の顔も見える。

あれから数日がすぎた。あずみと飛猿はしばらく地下の座敷牢に閉じこめられたが、食事や水はきちんと与えられた。

そして真田昌幸が死した翌日6月5日早朝。
ついに猿飛佐助とあずみの対決の時が来たのである。

庭の一隅にあずみが現れた。
いつもと変わらぬ紺色の単衣に両刀の剣、腰には手裏剣を下げている。

対する猿飛佐助は庭の反対側に現れた。
今日は黒装束をまとってはおらぬ、真田幸村の家臣として大小を差しきちんと侍の姿をしていた。

しかしその異様な体型までは隠せぬ。
細長い手足は袖からはみ出ており、その顔は人間と言うよりは猿に近い。
亡き太閤秀吉公もこのような姿であったのか?あずみは、ふと思った。


朝陽が竹林を通り抜け、庭に光の濃淡を描き出す。
冷たい空気が鮮やかな緑色に染まる、さわやかな朝の様子とは裏腹に、二人の間には鋭い殺気がみなぎっていた。

真田幸村が立ち上がる。

「佐助、あずみの立ち合いを行う。佐助は忍びの術、あずみは剣術、それぞれの得意技を持って戦うがよい。良いか!」

あずみはうなずくと、剣を抜き正眼に構えた。
佐助もまた剣を抜き同じように構える。


この時、猿飛佐助26才。幸村の召し抱える真田十勇士の中で最も忍術の技に優れた男である。

しかし、その醜い容姿のためか世に名を知られるようになってからは、性格が変わった。色を好むようになり残虐、冷酷な本性を現し始めた。
そのせいで他の家来と行動を共にすることが少なくなり、他の勇士が江戸や京において情報活動をしている中、佐助だけは幸村の警護に回されていた。

(あ、あずみ、お前は俺の物だ。幸村様はいわれた。あずみを戦えぬようにせよとな。手か足を一本もらう。それだけであずみは俺の物になる、幸村様が俺にくださる・・・この俺に・・・)

あずみは考えていた。

(覆面はなしか・・・ならば得意の春霞の術は使うまい。しかしここは奴のふところ同然、地の利は奴にある。それに奴の体術はあなどれん。跳んでくるか?突いてくるか?待っていては不利だ!)

あずみが先に動いた。
佐助に向かって一直線に走り体を沈め、真横に払う。

瞬間、佐助は跳んだ!
あずみの鋭い切っ先をかわし高く空中に舞う。

あずみは振り向きざま手裏剣を投げた。空中ではかわせぬ。
そう読んで跳んだ軌跡の先を狙った。

しかし驚くべき事に佐助は何もない空中に止まって浮いていた。
手裏剣はむなしく空を切る。

そう、事前に佐助は母屋の屋根と竹藪の間に細い丈夫な糸を何本もめぐらしてあったのだ。

跳躍力では、あずみより佐助の方が勝っている。
このままではあずみがいかに斬りつけても、佐助はやすやすと飛び上がり、空中へと逃げ、糸を伝って有利な高みから攻撃を仕掛けてくるだろう。

もちろん卑怯ではない。忍術というのはそういったものだ。
それはあずみにもわかっていた。

まるで蜘蛛のように佐助が糸の上を走り手裏剣を放つ、続け様にまるで雨のように。
しかしあずみには身を隠すところもなかった。

佐助を追って飛び上がれば隙が出来る。
それに手裏剣には毒が塗ってあるだろう。かすっただけで動けなくなることはわかっていた。

どうするか?あずみは必死に考えながら、地面を転げ逃げ回った。

(そうか!)
あずみは竹林に向かって走った。

逃げ込まれてはならずと佐助が追う。
背後から襲いかかる手裏剣を振り向かずに気配だけで叩き落としたとき。
あずみは竹林の端にたどり着き、竹を切った。

太い真竹が雑草でも刈るように、次々となぎ払われる。
竹は庭に向かって倒れた。
空中に張られた糸が竹に絡み、次々と絶ち切れてゆく。

(しまった!)
佐助はバランスをくずし飛び降りた。

目の前にあずみがいた。

この一瞬が勝敗の分かれ目であった。

佐助は間合いをせばめ再び得意の跳躍に移ろうとしたが、あずみは剣を正眼に構えたまま、すっと後退する。

斬りかかってくると読んだ佐助が虚をつかれた。

素早く後退するあずみにつられ佐助が前に出て追いつめる形になった。

そこに今度はあずみが信じられない速さで突っ込んできた。
間合いが詰まる。剣先を外そうと飛び上がった佐助の右足をあずみの太刀が切断した。

「ぐあっ!!」

宙に浮いた佐助は体のバランスを立て直しながら、なおも剣を振るった。

しかし、それはあずみには通じぬ。

地上に落ちる寸前に、あずみの間合いに入り、首筋に決定的な一撃を受けた。

「ぎぁぁぁぁっ!!」
獣じみた絶叫があたりの空気を震わせた。


竹が倒れ尽くし、あたりに静寂が戻ったとき、佐助は自らの血の海に沈みぴくりとも動かなかった。

あずみの勝利であった。

5


これより3年後の慶長19年(1615年)十月。
大阪冬の陣が始まる。

九度山を出た真田幸村は大阪城に入城。
出城『真田丸』を築き、東軍相手に奮戦するも、和議が成立。

翌、元和元年(1616年)5月。大阪夏の陣において幸村はわずかの手勢を率いて家康本陣に突入。
壮烈な討ち死にを遂げる。幸村49才であった。
続く5月8日、豊臣秀頼、淀君共に自刃。
ついに豊臣家は亡びた。

飛猿はその後、井上勘兵衛の命により九度山にとどまり、大阪方と幸村の連絡を果たす事になる。
いつしか飛猿は佐助に代って猿飛と呼ばれるようになっていた。

もしかすると幸村は佐助を最初から切り捨てるつもりだったのかも知れぬ・・・真相は謎のままである。


九度山を去ってからのあずみの消息を知る者はいない。

                            了


  



あとがき


「あずみ対猿飛佐助」いかがでしたか?

映画版の「あずみ」面白かったですねぇ!
小山ゆうさんのコミック版「あずみ」も好きだけど、映画版「あずみ」も大好きな作品です。
上戸 彩もよかったけど、特筆すべきはオダギリジョーの「最上美女丸」
こいつ、なんでバラの花もってるんだ!ってツッコミはご愛敬(笑)
たっぷり楽しませていただきました。

久々に面白い「チャンバラ映画」を見たっ!という満足感でいっぱいです。
北村龍平監督、ぜひ続編をお願いいたします。
ところで、あずみってコミック版では加藤清正暗殺(1611年)から大阪夏の陣(1615年)まで、何してたんでしょうね?

三年以上の長い間、やえちゃん連れて、爺と大阪城に潜入したり、美女丸と戦ったりしてるんですけど・・・かなりはしょってませんか?(コミック3巻〜6巻)

関ヶ原の合戦後、小幡月斎があずみを拾ったとして当時のあずみが2〜3才とすると、清正暗殺時で14才、大阪冬の陣ではすでに17才のはず。
この間のあずみ達の行動には謎が多い。
まだまだ別のエピソードを作る余地があると見ましたが、どうでしょう。
いやあ、時代劇も書いていらっしゃったのですね。

読み応えがありました。

私、小山ゆう先生の「あずみ」は、断片的にしか読んでいませんでした。
関ヶ原の戦いの時代にリンクするのですね。
勉強になりました。
実は時代劇、大好きです。
戦国時代、幕末、源平、奈良平安、書きたいことも山ほどありますが、いかんせん。
力量が足りません。

天狗伝説も、実は平安時代にまでさかのぼる、一大絵巻なんですが・・・

このあずみは、赤影や伊賀の影丸、などの忍者マンガのような話を書きたかったのです。
関ヶ原から大阪冬の陣までの、間は徳川と豊臣の情報戦の真っただ中。
設定的には、なんでも書けそうな気がします。

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