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メトロン星人の本棚コミュの天狗伝説 第一話天狗 1

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天狗伝説

1 初夜
 桜が散っている。
 夜桜である。
 闇の中を無数の白い花びらが舞っている。
 時折吹く微かな風に、はらりはらりと桜の枝から音もなく花びらが散る。
 満開の桜がその散りぎわを知り、無数の花びらに別れを告げているかのようだ。
 闇の中、月の光を浴びて大きな桜の古木が白く浮かび上がる。
 広い庭であった。
 築山があり、つつじや椿の植え込みがある。
 そのまわりには、クスノキやサカキ、タブの木の茂る林もある。さながら神社にある鎮守の森のようだ。  その庭の片隅に、小さな離れが建っていた。
 桜の木はその離れの座敷の縁側近くに立っているのだ。
 風に舞う花びらは、障子にもはらはらと降りかかる。花びらが障子にふれ、あるかなきかの微かな音を立てる。
 八畳ほどの広さの座敷の中に、障子越しに青白い月の光が差し込んでいる。
 部屋の中に明かりはない。
 茶室風の座敷の中央には、婚礼用のふとんが一組敷かれ、旧式の行灯が置いてある。
 小夜子は、そのふとんの中で微かな花びらの音を聞いていた。
 青白い月光が、その美しい端正な横顔を白く浮かび上がらせる。
 婚礼の晩なのである。
 二時間ほど前に、母屋のほうで親戚縁者を集めた、にぎやかな祝宴が終わり、夫とふたり挨拶をして控えの間に引き上げた。
 小夜子はそのまま湯に入り体を清める。
 女中が一人ずっとそばにつき、体を洗うのを手伝ってくれた。
 こんな扱いは初めてのことだった。
 白い絹の肌着に着替え、赤い帯を締める。
 鏡に向かって薄い寝化粧を済ますと、本家のお祖母様がやってきた。
 八十はとうに過ぎているだろう、真っ白な髪を後ろで束ね、黒の留め袖に紋付の羽織を着ている。
 背を丸め、よっこいしょと小夜子のそばに座った姿はいかにも小さく、置き物のように見えた。
 神妙に三つ指をつき、挨拶をする小夜子に「おう、おう、美しい花嫁じゃ。これなら『ぐひん様』もお喜びになるかもしれんのう」と声をかけた。
「ぐひん様?」小夜子が顔を上げ小声で訊ねる。
 すると老婆は、急に険しい表情になり、一言一言さとすように語りかけた。
「よいか、小夜子さん。いよいよこれから初夜の儀式。わが格式ある岩田家の大事な大事な古くからの儀式の夜じゃ。岩田家の跡取りに嫁ぐ嫁は、皆この儀式に耐えてきたのじゃ。何があっても今宵一夜、離れから出てはなりませぬぞ。
 もし、不始末があったときには・・即刻、離縁してもらうからのう・・・」
 老婆のきつい口調に、尋常ではない気配を感じた小夜子は、背筋がひやりと冷たくなった。それからすぐに小夜子は、この離れへと案内されたのだ。
 夫の英男の姿は、離れにはなかった。四月の終わりとはいえ、夜はまだ冷える。
 小夜子は豪華な金糸の刺繍のある絹の婚礼ふとんに入り、ひとり夫が来るのを待っていた。
  英男と会ったのは、見合いの席だった。
 北陸の城下町、古都金沢の旧家岩田家。
 旧市街の一角に広大な屋敷をかまえ、加賀百万石の前田家にも仕えたという、老舗の薬問屋である。  
 その名声は今も衰えることなく、漢方薬の分野では現在もかなりの力を持っていると言う噂だった。小夜子の家も、やはり旧家と言えるだろう。しかし、岩田家とは歴史も財力も比べものにはならない。
 地元のお嬢さん高校を卒業したばかりの小夜子に、見合いの話が来たときも、相手が岩田家と言うことで両親は取り乱し、ふってわいたような幸運に夢中になった。
 でもそんな中、当人の小夜子は以外と冷静だった。
 見合い写真に生真面目に納まった英男の姿に、多少は心も魅かれたし、なによりもお見合いそのものに興味があった。
「まぁ。一度くらいなら、お見合いもいいかな?」
 そんな気持ちだったのだ。  しかし、すぐに甘かったと思い知らされた。向こうが気に入ったと申し入れてきた時、すでに小夜子には選択の余地はなかったのだ。
 知らぬ間に話はどんどん進み、英男と形ばかりのデートを繰り返すうちに、あっと言う間に婚礼の当日になってしまった。
 英男のことは、嫌いではない。むしろほかの男性よりは好ましく思えた。
 礼儀正しく、生真面目で、なにより小夜子を大切に扱ってくれた。
 口づけも一度だけ。結納を済ませた後、二人で海を見に行ったとき、そっと唇が触れた程度だった。   小夜子は18歳。処女であった。
  華やかな宴席の疲れもあったのだろう、うとうとと眠り込んでしまったようだ。
  ふと気がつくと、かなりの時間がたっている。月が傾き、障子ごしに差し込む青白い光も明るさを増している。 傍らに、夫の姿はなかった。
 (なぜ、・・・来てくれないのか?)
  (なぜ、・・・自分を愛してくれないのか?)
 小夜子の頬を、一筋の涙が伝わっていった。 そこまで真剣に英男を愛しているわけではない。真実の愛を知っているわけではない。 でも、こんな仕打ちは我慢できなかった。きりきりと心がしめつけられるようだった。
  ふとんの上に起き上がり、部屋を出ていこうとした。
  その時だ。 月明りに白く光る障子の隅の、黒い影に気がついた。
  小夜子は凍りついた。 確かに一瞬前までは、なかったはずの影なのだ。
  動けない。心臓が止まりそうになる。
 小夜子はその影から目をそらすことが出来なかった。
  黒い影は動いている。 ゆっくりと大きくなる。 黒いシルエットになったその姿は、人の形をしていた。   夫ではない。あれが英男さんであるはずはない。 恐怖が体を支配する。叫びたいが声が出ない。
 黒い影はゆっくりと障子に手をかけると、次の瞬間ざっと大きく明け放った。
  一陣の風と共に無数の桜の花びらが舞い込んできた。
  小夜子は見た。 月明りの中、逆光になったその黒い影の姿を・・・ 濃い獣の匂い、深い森の湿った匂い、それらと一緒に闇の中の金色に光る瞳を見た。
  人間ではない。 そう思った瞬間、小夜子は気を失った。
  その体を、華やかな婚礼ふとんが受けとめる。 意識を失いぐったりした小夜子の体が、純白の絹のふとんの上に横たわっていた。

 そいつは、じっと小夜子を見つめている。 小夜子は美しかった。 鼻筋の通った横顔、肩までかかるしなやかな黒髪。 薄く紅を引いた、ふっくらとした唇が少女の面影を残している。 真っ白な絹の肌着に包まれたその姿は、なめらかな曲線を描いて、清潔な色香を放っていた。
 乱れた裾から覗くすらりとした太股、そしてふくらはぎにかけての肌の白さは輝くように美しかった。
  その影は、ゆっくりと小夜子の腰紐に手をかけた。
  帯をほどく衣ずれの音。
 黒い人影は赤い帯を抜き取ると、かたわらに放り投げ、ゆっくりと小夜子のそばにひざまずいた。
 肌着の襟元に両手をかける。その手には、異様な長さの黒い爪があった。
  たとえるならば鷹か鷲、猛禽類の爪に似ている。 鋭い鎌のような、異様な爪であった。
  襟元にかけた手をゆっくりと開く。 白い肌着の下から、つややかな張りのある二つの乳房があらわになる。 けっして大きくはないが、健康的で張りのある乳房だ。その上に桃色のこじんまりとした乳首が見える。
 なおも、その影は白い肌着の前を開いてゆく。 スラリとした白い腹が、ふっくらとした腰が、そしてつつましやかな淡い蔭りまでがあらわになってゆく。
 黒い影の口から、押し殺したようなうなり声が絞り出される。
  「ぐぅうるるるる・・・・」 犬のうなり声ではない、もっと大きなもの。豹や虎、いや狼のうなり声のようだった。
  小夜子の白い裸身に、異様な爪を持った太い腕が伸びる。 つややかな白い乳房をその手がつかんだ。 ぐっと力が入る。爪が肌に食い込む。
  「−−−はっ!」
 肌に感じた冷たい感触に、小夜子は目覚めた。
 それは悪夢ではない。紛れもない現実であった。
 叫びながら、やみくもに手を振り回し、胸にかかった腕をふりほどく。
 体をよじり、足を蹴り、尻をついたまま、真後ろにいざりながら逃れようとした。
 思わぬ抵抗に驚いたのか、獣のような黒い影は手を引っこめた。
 白い絹の肌着をひるがえし、必死で小夜子は座敷の反対側の襖に取り付こうとした。
 しかし獣の鋭い爪は、しっかりと乱れた肌着の裾をつかんでいた。
 ものすごい力で引き戻される。一瞬の間に、ふとんの上に引き倒された。
 すさまじい咆哮が座敷に響く。
 小夜子は、もう一歩も動くことが出来なかった。
 うつろに開いた口からは悲鳴もでない。
 全身が激しく震え、その美しい瞳は大きく見開かれ、野獣から目をそらすことが出来なかった。
  「殺される−−殺される−−殺される−−−」
 頭の中をそんな言葉がぐるぐると回り続ける。
 引き戻されたとき、野獣と小夜子の位置が逆転していた。大きく開かれた障子から、青白い月光が座敷にさしこみ野獣を照らし出していた。
 黒い獣と思ったものは、人のように見えた。岩のような筋肉の盛り上がった裸の上半身。
 下半身には白い袴のような物を履き、腰の部分を紐で無造作に結び止めている。足は素足だった。   ただ、人と見えたのはそこまで。
 肩まで伸び放題となっている蓬髪に覆われた頭には赤く朱に染まった異様な顔があった。
 前に突き出すように延びた異様な鼻、太い眉、口のまわりから顎にかけて、これも延び放題の髭。  なによりも、闇の中ぎらぎらと光るように、大きく見開かれた金色の瞳。
 そして両手の先には、黒光りする巨大な爪があった。
 月の光の中、白い裸身をさらしている小夜子を見下ろし、異形の獣は腰の帯を解き始めた。
 袴の下には、白い六尺褌を締めていた。さらにゆっくりと、それも解いてゆく。
 小夜子は自分がどうなるのか悟った。
 犯されるのだ。
 この異形の獣に。
 (だれか・・・だれか・・・助けて・・・) (英男さん・・おかあさん・・おかあさん・・・)
 一瞬脳裏に英男の姿が浮かんだが、すぐ実家の母親の姿になった。
 獣に抱きしめられた小夜子は、抗う力を失っていた。力の差がありすぎ、抵抗することさえできないのだ。  
 野獣は、小夜子の白い乳房に顔を埋める。ざらざらとした舌が乳房を這い回る。
 鋭い爪の付いた手で白い裸身をまさぐる。
 そのたびに鋭い痛みを感じ、肌には血がにじむような細い傷ができてゆく。
 小夜子は、じっと耐えていた。
 全身は恐怖で強ばり、びっしょりと冷たい汗をかいている。細かな身震いは収まることを知らない。    殺されるかもしれないと言う恐怖が、なくなったわけではなかった。
 ただ、その時が先に延びただけかも知れないのだ。
 獣の手が小夜子の股間に延びる。  ピッタリと合わせられた太股の間に、黒い爪がぎりぎりと割って入る。
 白い太股が徐々に開かれてゆく。
 さらに獣の両腕で足首を掴まれ大きく拡げられた。
 誰の眼にも触れたことのない小夜子の処女が野獣の金色の目の前にあらわになってゆく。
 小夜子は思わず両手で顔をおおった。
 淡い蔭りに包まれた処女が異形の獣の前に晒されている。信じられないほど、屈辱的で浅ましい姿だった。
 目が眩み、頭の中が真白になった。
 突然、ぬるぬるとした熱い塊を股間に感じた。知識としては知ってはいたが、経験などない。新たな恐怖が襲ってきた。女の持つ根源的な恐怖といってもいい。
 野獣がのしかかる、手が肩が強い力で押さえつけられ、体の奥に激痛が走った。
 小夜子は絶叫する。
 叫ばずにはいられなかった。
 首を激しく振りながら、少しでも男の進む方向から逃れようとした。
 引き裂かれるような痛み、まるで体の芯を真赤に焼けた鉄の棒で貫かれるようだった。
 叫びながら、自由になる手を使い、野獣を叩く、引っかく、押し返す。
 思わぬ激しい抵抗に遭い、獣はさらに逆上した。
 小夜子に覆い被さり両手を押さえ、鋭い牙で右の肩に噛みついた。
 小夜子の叫び声が闇を切り裂く。鮮血が肩からしたたり、純白の絹のふとんを赤く染める。
  (私は死ぬんだわ・・・)  ぼんやりと小夜子は考えていた。もはや抵抗する気力も失せていた。
 出血とショックのせいで、意識がもうろうとしている。
 すでに体の上の獣の重さも、破瓜の痛みも気にならなくなってきた。
 異様な呻き声が聞こえる。 すすり泣くような、悲しげな声だ。
 それは小夜子の上で動き続ける黒い獣の声だった。
 ぽつり。冷たいものが小夜子の乳房の上に落ちる。
 さらに続けてぽつり、ぽつりと落ちる。
 (涙なの・・・)  
 獣は哭いていた。
 おぉう、おぉうと呻きながら哭く。
 首を振り、髪を振り乱し、金色の眼から涙を流している。快楽に酔いしれて哭いているのか?
 いや、なぜか小夜子には野獣が、悲しくて哭いているように思えた。
  (人の心を・・持っているの・・・)
 そう思えた。  そう思った瞬間、小夜子は獣にしがみついていた。
 なぜかは分からない。 だが、小夜子の心も、獣の悲しみでいっぱいになった。
 獣の体に手を回し、足を腰にからめ、抱きしめていた。
 小夜子も泣いていた。 後から後から、熱いものが込み上げてくる。
 なぜ、なぜ・・・  もっと、もっと・・・  頭の中が真っ白になっていた。
 快感が、突然襲ってきた。  頭が痺れるような、うずくような快感が、背筋を這い上がってくる。
 激しく突き上げられ、こね回されていた。
 獣も飽くことなく哭き、そして突き上げる。
 すでに小夜子もまた、一匹の野獣と化していた。
 共に吠え、哭き、激しく求めあう欲望の獣となっていた。
 血と汗が入り混じり、ぐしゃぐしゃになった白いふとんをまだらに染める。
 頭の中に火花が散る。  真っ白な花火が、続け様にはじける。
 獣が吠えながら精を放つ。
 小夜子も共に、白い火花となって砕け散った。

  2  金沢

 北陸の古都、金沢市。
 石川県の県庁所在地であり、名勝『兼六園』『加賀友禅』『近江町市場』などでも知られる観光地である。
 その歴史は古く「金沢御坊」から約四百数十年。豊臣秀吉の盟友、前田利家公が入城してからでも四百二十年は経っている。
 太平洋戦争時にも空襲に遭わず、日本の大都市で焼け残ったのは京都と奈良と金沢だけと言われているほどだ。
 当然、市中には古い町並が多く、特に旧市街地。つまり金沢城を中心とした市の中心部には旧家や名所、名跡、そして伝説などが多く残されている。

コメント(10)

「ねぇ、藤井君のおじいちゃんって『孫佐ェ門』って言うんだって?」
「ぐっ!・・・」
 思わずハンバーガーを喉に詰めそうになった。
 藤井一浩は、あわててコーラの入った紙コップのストローに吸い付く。
 金沢市の中心部タテマチ、通りに面したマクドナルドの2階席、学校帰りの途中である。
 テーブルの向かい側では、同級生の美幸が大きな瞳を好奇心でキラキラさせて、あわてている一浩の反応を楽しんでいた。
 美幸は14歳、中学二年生だ。
 紺色のセーラー服がよく似合う健康的な女の子だ。あんまり美人とは言えないが、肌は白いし、頭だって悪くない。話していて気が合うし、とにかくかわいいのだ。ちょっと見た目がぬいぐるみのうさぎか、ねこを連想させる。いや、別に太ってるというわけじゃない。ああ、でもこれ言うと怒るからなぁ。
 とにかく藤井一浩は、美幸のことが好きだった。

  「めぐみちゃんが言ってたのよ。『孫佐ェ門』って藤井君の家に代々伝わる名前なんだって。てことは、いずれ藤井君も何代目かの孫佐ェ門になるのかしらね。ふふふ・・カッコいいじゃない」
 美幸は、ポテトをつまみながら一人で盛り上がっている。
(え〜い、人をバカにしやがって)
「そんなことはないよ!確かにじいちゃんは『孫佐ェ門』だけど、父さんは正雄だし、僕だってずっとこの名前のままさ!孫佐ェ門なんて名前にするもんか!」
 一浩は必死で弁解する。
 「な〜んだ。つまんないの。孫佐ェ門の方がカッコいいのに・・・」
 なんだか美幸は本当にガッカリしているみたいだ。
「うちのじいちゃんはね、3代目孫佐ェ門なんだ。じいちゃんのじいちゃんが、2代目孫佐ェ門。そのころ家は、代々男の子が生まれなくって、養子をもらってたんだって、そして今のじいちゃんが生まれたときに、無事に育つようにっておじいさんの名前をもらったんだ・・・そう聞いたけど」
 「ふ〜ん。藤井君の家ってずいぶん歴史があるのね」
「ああ、家ん中には古いものがいっぱいあるよ。 もっとも、それが高じてじいちゃんは、本物の民俗学者になっちゃったけどね」
  「知ってる知ってる。私、図書館で見たもの。藤井君のおじいちゃんの書いた本、結構あるよね。金沢の民話とか、伝説の本とか、昔はうちの中学校の校長先生だったんでしょ」
 「うん。学校を退職してから、いろいろ本を書いたみたいだけど。そんなに売れたわけじゃないしね」
 「でも、いいなぁ。そんなおじいちゃんがいて・・私なんか、お母さんとずっと二人暮らしだし、おじいちゃんの思い出なんてないもんね」
 「あれ、美幸のお母さん、実家とか帰らないの?金沢市内だろ?」
 「うん。お母さん実家には、あまり帰らないの。お父さんと別れてから、本家にも行かないし」
 なんだか、美幸はさみしそうだった。
「でも、いいの。お母さんがいるし。私が、がんばらなくっちゃね」
 明るく振舞う美幸を見つめながら、藤井一浩は、バックの中から一枚のCDを取り出した。
「これ、約束してたサントラのCD。前から聞きたいって言ってたろ」
「わぁ!ありがとう」あどけなく笑う美幸。
 美幸の笑顔が見たくって、わざわざ探した古い映画のサントラCDなのだ。 (よかった・・・)そう一浩は思った。
 「あっ、いけない。もうこんな時間!藤井君ゴメン! 私、もう帰るね。これ、私の分も食べていいよ」
 美幸は、あわてて立ち上がると、食べかけのポテトをそのままに、バックを抱えて階段を駆け降りていった。
 藤井一浩は2階の窓越しに、通りを駆けていく美幸を見送っていた。
 美幸の残していったポテトは、まだほんのりと暖かかった。

 
 美幸と母が住んでいるアパートは、繁華街から歩いて15分ほど、本多町という住宅地である。
 その昔は、加賀藩の老臣本多安房守の下屋敷があったという。
 朝夕は車で混雑する大通りを一歩入れば、街には閑静な昔のたたずまいが感じられる。
 比較的大きなお屋敷や、庭の広い住宅が多く、道を歩いていても家の塀越しに木々の梢が顔を出し、季節の緑を感じさせてくれた。
 通りと交差する道をまっすぐ歩いて行くと、ほとんどの道は坂に突き当たる。
 金沢の旧市街地を中央から二分する小立野台地である。犀川、浅野川の二つの川に挟まれ浸食された、河岸段丘の真中の部分にあたる。
 その小立野台地の突き当たりが旧金沢城本丸、そして兼六園ということになるのだ。
 緑豊かな広大な兼六園は、そのまま小立野台地に続き、ちょっとした森を形成している。
 これが本多の森である。
 本多町の突き当たりが本多の森になっているのだ。
 そのすぐ近くに、美幸の住むアパートはあった。  夕暮れになり、電柱に取り付けられた街灯が青白く点り始める。
 本多の森へ帰るカラスの群れが青紫色の空を横切る。アパートの向かいの電柱にも、何匹かのカラスが羽根を休めていた。
(おかあさん、怒ってるかな?今日はパート休みだから、いっしょに夕飯食べようって約束したけど)
 美幸は自然と早足になった。
 2階建てのアパートの階段を駆け上がりチャイムを鳴らす。
 2回鳴らしても返事がない。 (おかしいな?おかあさん買い物かな?・・・)美幸は自分の持っている予備のカギでドアを開けた。
  「えぇっ!!」居間が足の踏み場もないくらいに荒らされている。
 押入やタンスの引き出しはすべて引き出され、ソファーやクッションまで引き裂かれていた。  母の姿を探してキッチンに駆け込むと、そこも同じようなありさまだった。
 いや、それどころかキッチンには、ゴソゴソと冷蔵庫の中身を物色する男の姿があった。
 男は缶ビールとチーズを手に、下卑た笑みを浮かべながら、のっそりと立ち上がった。
「兄貴!娘が帰ってきましたぜ」
はっと美幸が振り向くと、そこにはもう二人、見知らぬ男たちがいた。
「やっと帰ってきやがったか。いつまでも遊んでんじゃねぇよ。とんだ不良娘だぜ」
 男達は皆、きちんとスーツを着てはいたが、その表情や言葉づかいには、ぎらぎらとした恐いものがあった。道で会えば思わず目をそらしてしまうような、そんな奴らだ。
 その中でも、兄貴と呼ばれた男は特に目つきが鋭かった。180?はある長身だ。
 他の二人とは、頭一つほど大きい。
 見方によっては知的とも言える顔つきをしている。
 だが、その目には知性ではなく野獣の光が宿っていた。仕立ての良いスーツの下で、鍛え上げられた肉体がピンと張りつめている。他の二人のチンピラとは、明らかに格が二つほど違っていた。
「だれか!おかあさん!」美幸は叫ぶ。
「おおっと・・・」
 キッチンにいた男が、後ろから素早く美幸を抱きしめ、叫び出そうとした美幸の口を押さえた。
 あっという間に、美幸は体の自由を奪われた。ほとんど抵抗らしい抵抗は出来なかった。
 口にはガムテープを張られ、手は後ろに回されでやはりガムテープでぐるぐる巻かれた。
「よし、こっちにつれてこい」
 兄貴と呼ばれた男が、寝室のドアを開ける。
 そこは母の寝室で、中には同じように縛りあげられた母がいた。

 3 誘拐  
 
 美幸と母は人目を避けて車に乗せられた。
 目隠しをされ、口や手足はガムテープでふさがれている。
 外車のような大きな車に乗せられた。
 街中を走り、いくつものカーブを曲がる。金沢市内から山のほうに向かっているようだった。路面の振動で山路を走っているらしいことがわかる。
 ずいぶんと長い間走った。  ここまで男達は、ほとんど口をきかなかった。
 簡単な指示を聞くだけで、的確に行動している。
(この人たち手慣れている。人さらいのプロだわ!)車に揺られながら、美幸は思った。
 となりに座っている母は、震える手で美幸の手をしっかりと握りしめている。
 母の温もりと感じている恐怖とが一緒に伝わってくる。
 車が止まり、山中の工事用の飯場に連れ込まれた時、あたりはすっかり暗くなっていた。
 周りには人家の灯など、どこにもない。  山の冷気と静寂が、無言の圧力となって小屋を押し包む。
 男達が冷え切った小屋を温めるため、薪ストーブに火を入れた。
 美幸達は、板敷きの小屋の中に敷かれた畳の上に座らされ、目隠しとガムテープを外された。
「さあ、もう叫んでもいいぜ。もっとも誰にも聞こえやしねぇがな。へへへっ」
「目隠しと、ガムテープを取った意味がわかるか?ここじゃそんな必要がないからよ。このあたりにゃ、俺達の他に人はいねぇ。いいか、逃げようったってムダだぜ」
 二人を取り囲こみ、男達はうすら笑いを浮かべている。
「あなた達はいったい誰なの?私たちを家に帰してください」
 気丈な母が、それでも男達に喰ってかかる。
「いい度胸してるじゃないか。白神小夜子さん。いや旧姓、岩田小夜子といったほうがいいかな・・・」
 椅子に腰かけ、煙草をふかしていた兄貴と呼ばれる男が声をかけた。
 母は、びくりと肩を震わせた。
「俺は知ってるんだぜ。あんたが岩田英男と7年前に離婚したってこともね。だがなぜかあんたは時々岩田家に戻っている。そして、その後必ずあんたの銀行口座に多額の金が振り込まれてることもな・・・」
 男は立ち上がり、ゆっくりと母のそばに近寄ってきた。
 毒のある甘い声でささやく。 「教えてほしいことがあるんだよ。あんた、あの岩田家と取り引きをしてるんだろ。
 離縁された家に戻って、なにやってんだよ?えっ!もらってる金は、離婚後の生活費にしちゃ大き過ぎる。
 あのケチな岩田家が、あれだけの金を出す、いや出さなきゃならない理由があるだろう。
 それを教えてもらおうか?えぇ、シラ切ってると、痛い目にあうよ。
 五体満足どころか、バラバラになって土ん中埋まってもらうよ・・・」
「わ、私には、何のことかわかりません!お金だって、生活費程度しかいただいてないし。 私の口座があるなんて、うそです!」
 いつも冷静な母が取り乱している。美幸は、母が嘘をついていると思った。
 男にいきなり確信を付かれたせいだ。母には自分の知らない秘密がある。
 母をじっと見つめていた美幸は、男達の目が自分に注がれているのに気がついた。
「奥さん。あんた嘘が下手だね。しかも素直じゃない。 どうしてあんたの娘を、一緒に連れてきたか、まだわかってないようだね。おい正平!」
 正平と呼ばれた角刈りの男が、懐から鋭いナイフを取り出した。美幸に近づき、セーラー服の襟をつかむ。そのまま、襟と肌の間にナイフを差し込むと一気に 紺色のセーラー服を引き裂いた。
  「いゃゃーーっ!!」
 美幸と母が同時に悲鳴を上げる。ナイフの刃先が肌に触れたか、美幸の白い肌に、赤い血の玉が吹き出る。
 セーラー服が大きく裂け、白い肌着が赤く染まる。 「へへへっ・・・」正平は笑っていた。
 血を見て興奮したようだ、目が常人の輝きではない。
 ナイフに付いた鮮血をうまそうに舐めた。それは血に飢えた獣の目つきだった。
「やめて・・・美幸には手を出さないで・・・」
 畳の上に突っ伏して、必死に哀願する母。
 自分たちのおかれた絶望的な状況、そこにいる男達の常軌を逸した行動。美幸は震えていた。
「なんでぇ、もう終わりかよ。兄貴、せっかくの獲物なんだ、もう少し楽しみましょうぜ」
 さもがっかりしたように、そばで見ていたもう一人の黒服の男が言った。
「成一。あわてるな仕事が先だ。後でゆっくりと、おまえにもやらしてやるよ」
「本当ですか!兄貴!」
 黒服の成一という男が、欲望に凝り固まった目つきで美幸と小夜子を見る。
「やめて!やめて!・・・お願いだから・・  言うわ、なんでも言うわ。だから、美幸には触らないで・・・お願いぃぃ!」
 母の取り乱し方は異常だった。
 服を引き裂かれた美幸も、傷を押さえながら呆然としている。
  「じゃあ、話してもらおうか。何をしていた?」
 「・・・・薬よ。薬をもらっていたの」
「何の薬だ!」
「詳しいことは私にも分からない。小さな壺に入った薬よ。時々、本家から呼ばれて離れで『ぐひん様』と会うの。その時にぐひん様から壺をもらう。私はそれを本家に渡してお金をもらう。それだけよ!」
「なぜ、それが薬だとわかる?」
「それは、うちの薬の原料になるって、主人が話をしているのを偶然聞いてしまったのよ・・・」
「そうか・・・」兄貴は冷たい笑みを浮かべると、納得したようにうなずいた。
「兄貴、薬って何ですか?」
 横で聞いていた成一が訊ねる。
「おまえらは知らんだろうが、岩田家には代々伝わる秘薬がある。『赤神丸』っていってな、なんとこれがガンの特効薬よ」
「ええっ!そんなものがあるんですか?」
 成一と正平が身を乗り出す。
「ああ、ほんの一握りの人間だけにしか知られていない薬だ。幻の秘薬とも言われている。 『赤神丸』を使った実験では、余命3カ月と診断された末期ガンの患者が、一カ月で直っちまったっていう話だ」
  「マジで本当ですか?」
 「ああ、漢方薬の老舗岩田屋の秘蔵の薬だ」
 「そりゃ、ずいぶんと高い薬なんでしょうね?」
 「ふふっ、おまえらが一生働いたって、赤神丸のかけらすら買えやしねよ」
「すげえ。そんなのがありゃ一生遊んで暮らせるぜ」
 男達の目の色が変わってきた。
「その薬の秘密を握っているのが、この女だ」
 兄貴が顎をしゃくりながら、母を見る。
 「おい、その『ぐひん様』ってのは、何者だ?」
 成一が母の襟を掴み問いつめる。母はじっと黙っている。
「『ぐひん様』はね、『天狗様』のことよ!」
 突然、美幸が口を開いた。
 傷にもひるむことなく、目はしっかりと男達を見据えていた。
 先程までのおびえた様子が一変していた。
「天狗様はね、弱いものの味方なのよ! あんた達なんか、天狗様のバチが当たるといいんだわ!」
「なにぉ、このガキ!」
 黒服の成一が美幸の襟をつかんで引き起こす。
「えいっ!」
 美幸が右膝で思い切り成一の股間の急所を蹴った。
「ううっっ・・・」
 まともに食らった成一が、思わず股間を押さえうずくまる。
 しかし、反撃はそこまでだった。
 ゴツッ!!
 角刈りの正平が美幸の頬をこぶしで殴った。美幸が壁まで吹っ飛ぶ。
 「このガキ!いい気になりやがって。俺達に二度とそんな口がきけないようにしてやる」
 先程のナイフを取り出し、舌なめずりをする。
 美幸は倒れながらも男達をにらみつけていた。
 「お願い、やめてぇェーー!」母が叫ぶ。
 その時だ。
 一陣の突風と共に、激しい勢いでドアが開いた。風と共に山の冷気と枯れ葉が舞い込む。
 風は部屋の中で渦巻き、電灯を揺さぶり、埃を巻き上げ荒れ狂った。
 男達は視界を奪われ、立すくむ。あわてた男達が気づいたときには美幸と母がいない。
 男達がドアのほうを振り向く。
 そこに異様な男が立っていた。
 汚いジーンズを穿き、上は僧が着る作務衣と呼ばれる紺色の作業着のようなものを羽織っている。
 肩まである髪を後ろで束ね、足もとは素足だ。
 どちらかといえば少年のような小柄な体、しかしその体からは張りつめた鋼の板のような緊張感が溢れていた。
 そしてその両眼は、燃える炎のような輝きを放っていた。
 何度も実戦の修羅場をくぐりぬけてきたであろう男達が、その燃える瞳に射すくめられ動けない。
 いつのまに移動したのか、その少年の後ろには美幸と母の姿があった。
 異様な少年は、母子をかばっているようだった。
「おい・・・てめえ!・・・おまえは何者だ!」
「聞こえねえのか!この野郎!」
 異様な少年は黙ったままだ。
 両腕をだらりと脇にたらし、全くの無防備に見える。
 しかし、その燃える金色の瞳は男達を威圧していた。
 うずくまっていた成一が角材を手に立ち上がる。
 角刈りの正平は、使い慣れたナイフを構える。
 坂間がじりじりと間合いを詰めてゆく。
「おい。なんとか言え。この野郎」
 坂間が少年の襟をつかみ、いきなり殴りかかった。
 スピードの乗った鋭いフックが、少年の頬に炸裂するはずだった。
 しかし、坂間は信じられないものを見た。
 目の前の少年が、立ったまま消えた。
 拳は空を切る。
 途端に激しい衝撃を左手に感じる。
 襟をつかんでいた左手が少年の手でひねりあげられている。
 ごきり、と左腕の骨が砕ける音がした。
 左腕は、肘から先が完全に一回転していた。
「うがぁあ」激痛に、坂間はその場にうずくまった。
 少年はその場でぐるりと側転したのだ。
 その動きは見えなかった。とても普通の人間が出来る動きではない。
坂間の叫びを合図のように、両側にいた正平と成一が襲いかかる。
 ナイフと角材が、同時に両側から繰り出される。
 少年が跳んだ。天井ギリギリまで高く上がった蹴りが、正平のナイフを弾き跳ばす。その足を振り下ろすと同時に逆の足が成一の角材をへし折る。
 弾き跳ばされたナイフが、電球に直撃、一瞬にして部屋は暗闇に包まれた。
 薪ストーブの炎のかすかな赤い輝きの中、少年のくぐもった笑い声が響く。
「くそっ。どこだ!」 「出てこい、この野郎!」
 暗闇の中、男達がやみくもに腕を振り回す。
 赤い光の中、影が跳ぶ。
 悲鳴が起こる。体に物が当たり、骨の砕ける音がする。床が壁が鈍い音を立てる。
 闇に包まれたまま、戦いは一方的に行なわれた。窓ガラスが派手な音を立てて割れ、男が一人外に投げ出される。
 成一だ。苦痛の呻き声をあげ、ひくひくと四肢を痙攣させる。
「助けてくれ!」正平の声だ。恐怖の叫びが、悲鳴に変わる。
 持ち上げられ、何かを振り回すような音が続く。
 衝撃、振動、何かが潰れる音。
 暗闇の中、美幸と母、小夜子は小屋から脱出した。乗ってきた車に乗り込み逃げる。
 赤いテールランプが、揺れながら山路を下ってゆく。  そして、再び暗闇と静寂が訪れた。

 4  黒竜会

 金沢市内の郊外にある黒竜会の事務所。
 鉄筋3階建てのビルである。住宅地の外れにあり、まわりは果樹園になっている。
 正面には黒いベンツが一台。事務所3階の部屋で、黒い巨大な皮製のソファに体を沈めているのは、組長の高橋である。
 組長の高橋が携帯電話に出ている。
 窓からは朝の光が差し込んでいる。向かいのソファには坂間が腰掛けている。左腕にギブスをはめ、白い三角巾で首から吊るしている。
 どこか焦燥した表情だが、目だけは生気を失わず空間の一点をじっと見つめていた。
「・・・・そうです。うちの若い者が二人もやられました。
 一人は、全身の骨を砕かれ、今朝がた病院で死にました。
 もう一人も、見つけたときは首が後ろ向いてましてね。こっちは即死ですよ・・・。
 いや、相手がわからんのです。 そう、坂間の奴が見てます。乞食みたいな奴というだけでハッキリとはわからんそうです。 たぶん、あの母子と関係があると思いますがね。
・・・ええ、居所はまだ。今、若いもんが張ってます。
 うちも、メンツってもんがありますからね。キッチリお返しはさせてもらいますよ。
・・・では、そのうち、ええ・・では」  高橋が受話器を置く。
 ゆっくりと椅子に座り直し、煙草を取り出す。
 坂間が、さっと片手でライターを取り出し高橋の煙草に火を付けた。
 苦痛で坂間の表情が、わずかに強ばる。
「痛むか?」高橋が声をかけた。
 高橋は仕立てのいいグレーの英国製のスーツを身に付けている。銀髪はきれいになでつけられ、細面のその柔らかい表情からは気品さえも感じられた。
「松川さんからですかい?」坂間が聞く。
「ああ、聞いたろう。もう一度、なんとしても白神小夜子を探し出すんだ。
 それと、その化物みたいな男な、どうも『赤神丸』と関係があるらしい」
「本当ですか?」坂間の顔色が変わる。
 「ああ、松川さんの話じゃどうやらそいつは『天狗』らしいと・・・」
 「天狗・・・ですか? どうして、そんなことがわかるんです?天狗なんているわけがない。 なにかおかしな体術を使いやがるが、あいつは人間だ!俺の腕をへし折りやがった、クソ野郎だ!」
 「まあいい。そいつのことは後だ。今は、白神小夜子を探すのが先だ。
 もし、そいつが『赤神丸』に関係があるとすれば、必ずまた現れるだろう。
 その時に片づけてしまえ。わかったな。さっさと行け」
 坂間は無言で立ち上がり、会釈をして出ていった。

 5 赤神丸

 その頃、美幸は、同級生の藤井一浩の家で傷の手当を受けていた。
 朝日の差し込む広いダイニングキッチン。
 テーブルの上には、入れたばかりのコーヒーが白い湯気を立てていた。
 テーブルの回りには美幸と母、ゆっくりと美幸の包帯を取り変えている一浩の祖父孫佐ェ門がいる。

  「ああ、これなら大丈夫。傷は塞がっている。よく切れる刃物で、浅く切っただけだから、この分なら傷跡も残らんだろう。よかったな」
 祖父の孫佐ェ門が、美幸に微笑みかけながら、新しい包帯を巻いてゆく。
 「小夜子君。よく眠れたかね。昨夜は大変だったな」
 「はい、先生にはすっかりお世話になりました。本当に何とお礼を言ったらいいか・・・」
 小夜子が、お茶を入れながら頭を下げる。
 いやあ、お礼などはいいよ。でも昨晩、電話があったときには、さすがに驚いたよ。
 息子夫婦は、親戚の法事で留守にしとるし、家にはわしと孫の二人だけだったからな」
 車で脱出した母子は、美幸の傷の手当のために夜間診療の出来る病院をさがしたが見つからなかった。  かといって自宅へはとうてい戻る気にならず、財布もろくに持っていない状態ではホテルに泊まることもできない。
 結局、近くにある小夜子の中学時代の恩師、藤井孫佐ェ門の家に電話をしたのだった。
 美幸は、ぼろぼろになったセーラー服を脱ぎ、一浩の水色のパジャマを借りている。
 上半身の白い包帯が痛々しい。
 制服姿の一浩が、キッチンに入ってきた。治療中の美幸を見つけ、その場に立ち止まる。
 一浩は美幸のつややかな白い肌を見て、ぼうっと立ちつくしていた。
「こら!一浩。あっちをむいとらんか!」
 突然、祖父に怒られ、一浩は真赤になってうつむいた。
 「わかってるよ・・・」
 その様子がおかしかったのか、美幸と小夜子はやっと笑顔になった。
「さて、一浩も学校へ行ったし、美幸ちゃんは一浩の部屋で休んでおる。
 そろそろわけを話してもらおうか」
 書斎のソファーに腰掛け、ゆっくりと茶をすすりながら孫佐ェ門は話を切り出した。
「君たちが連れ去られたことはわかった。うまく逃げ出せたことも聞いた。
 ただ、どうして警察には届けないのかね。もちろん、奴らが見張っているかもしれんが。
 アパートには戻れない、実家にも頼れない。しかも警察にも届けられんとはどういうことかな。私には聞く権利があると思うがね」
 小夜子はじっとうつむいたまま聞いていた。
  「先生!私、先生だけにはお話します。もしかしたら、ご迷惑をかけることになるかも知れません。でも、こんなことになって私。もう、どうしていいのか分からないんです」
 小夜子が顔を上げた。目がうるんでいる。
  「わしの事は心配しなくてもいい」 藤井孫佐ェ門は、小夜子にも湯気の立つ熱い茶をすすめた。
 お茶をひとくち飲むと小夜子は話し始めた。

「私達を狙っているのは、たぶん松川辰雄です。先生もご存じでしょう。松川製薬の会長です」
 「ああ、知っとるよ。いろいろとキナ臭い噂のある会社じゃな。
強引な手口で小さな会社を合併して、急激に大きくなった会社だとか」
 「はい。恥をお話しますが、嫁ぎ先の岩田家は、すでに松川製薬に吸収されてしまったのです」
  「それは、本当かね!」
  「はい、バブルの時に手を出した土地投機に失敗し、松川から資金援助を受けたのが間違いでした。松川は、最初から岩田家の『赤神丸』が目的だったのです」
 
 「『赤神丸』?聞いたことのない薬だな」
 「ええ、岩田家の秘薬。先祖代々伝わる・・『癌』の特効薬です」
「本当かね!本当にそんなものがあるのか?」
 孫佐ェ門は自分の耳を疑った。朝の穏やかな日差しの中、いつもと同じありふれた日常が少しづつゆがんでいく、そんな奇妙な感覚に捕われていた。
「岩田家が漢方薬の老舗として代々栄えてきたのも『赤神丸』のおかげなのです。時の権力者が癌の病になったときに、唯一治療できる薬を持つ、これがどれほど強い力を持つことか。先生ならお分かりでしょう。  このおかげで、岩田家は加賀百万石の世も一向一揆の世もそして金沢という町がこの地に存在する、はるか以前からずっと権力と結びつきながら続いてきたのです」
  「なるほど小夜子君。君はそれを『赤神丸』を見たことがあるのかね?」
  「はい。でもあの薬の原料は何か、それは岩田家の人間にも分からないのです」
  「それは、いったいどういうことだね?」
 「『赤神丸』は人間が作る薬ではないのです」
 「ええっ!」
 孫佐ェ門は言葉を失った。
 あまりにも衝撃的な言葉の意味を、当の小夜子は分かっているのだろうか?
 孫佐ェ門は手もとの湯飲みを取り上げると、ぬるくなった茶を一気に飲み干した。
  「人間でなければ、誰が作っているというんだ」
 小夜子は、しばらく口をつぐんでいた。
 小夜子の美しい顔に、悲しみと苦しみとが入り混じった複雑な表情が一瞬現れ、そして消えていく。
 「それは『狗賓(グヒン)さま』です」小夜子はためらいながら、そっと口にした。
 「狗賓様、それは『天狗』のことだね。本当に『天狗』なのかね?とても信じられんよ」
 孫佐ェ門は、小夜子を見つめた。
  「岩田家では代々『狗賓様』から『赤神丸』をいただいているのです」
 孫佐ェ門は、腕を組み深い溜め息をついた。

  「う〜ん。わしも長い間、金沢で民俗や風俗を研究してきたが、こんな話は初めてだ。  確かにこの金沢には天狗に関する言い伝えや旧跡が多い、確か加賀能登全域で合わせて60話ほどあったかな。
金沢にもいくつかあったはずだ。  有名なものでは金沢市の『天狗の肉屋』それに寺町の妙慶寺の『天狗の額』松任(マットウ)市の『アンコロ餅の天狗由来』など知られておるが、まさか『天狗の秘薬』とはな。
君は、その『天狗』を見たことがあるのかね?」
 ためらいがちに、小夜子はうなずく。
二人はしばらく黙っていた。
 窓辺の薄い黄色のカーテンが風に揺れる。
 明るい陽射しとはうらはらに、小夜子は遠い目をして窓の外の梢を眺めていた。
 「私は15年前、岩田家に嫁ぎました。そう私は、狗賓様の花嫁だったのです。
 あの頃は何も知らなかった。
 ただ、目の前には幸せが待っていると、ただそう信じていたんです。
 でも、違いました。  待っていたのは、おぞましい風習でした。
 誰も助けてはくれなかった。  あの頃の私には、逆らうことは出来なかった。
 私は、生けにえだったんです」
 小夜子の瞳が、心なしか潤んでみえる。
  「初夜の日から、私は狗賓様の女として扱われました。そして知りました。
 いつの頃からか、岩田家に嫁ぐ娘は初夜の晩、まず狗賓様に差し出されるのです。
 そしてもし狗賓様が床に来なければ、それは岩田家に嫁ぐ嫁となります。
 でも、狗賓様のお手がついた娘は狗賓様の女、天狗様の巫女となる。
 それからは月に一度。満月の夜。離れで狗賓様を待つのです」
  「美幸ちゃんは、君の子なのか?」 孫佐ェ門がためらいがちに聞く。
  「−−ええ、私と狗賓様の−−−」
 小夜子の声が震える。膝に置いた手は固く握りしめられ、細かく震えている。
  「小夜子君。君の言う『狗賓様』が、仮に『天狗』だとしても、それは妖怪ではない。人間だ!人は人でないものとの間には、子供は出来んよ。美幸ちゃんは、ちゃんとした人間じゃないか!」
 小夜子はうつむき、じっと思いつめた様子で、考え込んでいる。
  「その『天狗』とは、どんな男なんだね」
  「−−−狗賓様、いえあの人は、普通の人間ではありません。うまく言えませんが、まるで獣のような恐ろしい人です。私は抱かれるたびに、最初は身の毛もよだつような恐ろしい思いをしました。でも時には、人のような優しさを見せる時もあります。
 けれど、子供が生まれてからは、あの人は滅多に来なくなりました」
「その『狗賓様』は、どこから来るんだね」
 孫佐ェ門がたずねる。
  「私は知りません。でも本家の亡くなったお祖母様は、なにか知っていたようですが、いつもお山から降りて来なさるのじゃ−−と言っておりました」
 「う〜ん。不思議なこともあるものだ。本当に信じられんよ」
 「岩田家では『狗賓様』に嫁を差し出す代償に『赤神丸』をもらっていたのです。
 私が子を宿すまでは毎回『赤神丸』をいただけました。でも、狗賓様が来なくなってからは、それもなく。・・・・私は勤めをはたせぬ巫女として家からうとまれ始めました。
 家の中では形ばかりの妻として何不自由なく暮らすことが出来たのですが、夫に愛情があるはずもなく、私はとうとう耐え切れずに7年前に美幸を連れて家を出たのです」
  「でも、私の一人の力では美幸を育てることは出来ませんでした。私はたびたび岩田家に呼ばれ、離れでお勤めをすることによって、岩田の家から生活費をもらうことになりました。もしかすると狗賓様がやってくるかもしれないと思われたからです。
 正式な離婚は最近でした。
 もちろん白神の実家には『狗賓様』の事は知らされてはいません。
 でも、もし知ったとしても不甲斐ない嫁として離縁された身では、あの岩田家には逆らえないでしょう。
 私たちをさらっていった男達は『赤神丸』のことを知っていました。この事を知るのは、岩田の人間でなければ松川だけです。松川は『赤神丸』を欲しがっているのです」
  「岩田家にはもう『赤神丸』はないのかね?」
 孫佐ェ門がたずねた。
 小夜子は首を振る。 「たとえあったとしても、松川に渡すくらいなら、岩田家の人間ならきっと処分してしまうでしょう。あれは、岩田の人間にとっては命にも等しい先祖の宝なのです。『狗賓様』と岩田の契約は途切れてしまいました。もう、岩田の家も終わりです・・・」
   膝の上に置かれた小夜子の白い手の上に、ぽつりと涙の雫が落ちる。
 「小夜子君」
 孫佐ェ門には、慰めの言葉が思い浮かばなかった。たった一人、何者とも知れぬ異形の男に抱かれ、家のために犠牲にさせられた彼女にとって、それでもやはり岩田の家に尽くした15年の歳月は、忘れる事の出来きない時間だったのかも知れない。
  「天狗か・・・本当にそんなものがこの世にいるのだろうか・・・」
 窓の外の木々の梢の鮮やかな緑に目をやり、孫佐ェ門はゆっくりとつぶやいた。

 美幸は2階の藤井一浩の部屋で眠っていた。
 昨晩の事件は14才の少女の心には、耐え切れぬほどの緊張だったに違いない。
だが、その緊張が頂点に達したとき、彼女の心の中で何かが壊れるような気がした。
 熱い真赤な塊が体の中を突き抜けるような感じがした。
 今、彼女は全ての緊張から解き放たれ、静かな眠りについていた。
 遠くからかすかに呼ぶ声が聞こえる。
 闇の中、ゆったりと手足を伸ばし、大きな湯船に浸かっているような感覚。
 耳をすませば、どこか懐かしい感じがする。
 窓の外には、大きな楓の木がある。  その鮮やかな緑の梢の中に黒い影が見える。
 その影は美幸のやすらかな寝顔をじっと見つめていた。
  6 少年  

 藤井一浩と美幸の通う城南中学は、市内を流れる犀川の上流にあった。
 小学校は別々だったが、中学になりクラスがいっしょということもあって、いつしか話すようになった。
 美幸は明るい性格でみんなにも好かれ、成績も優秀でスポーツも得意という、マンガの主人公のような活発な少女だが、一浩のほうは、どっちかと言うと一人でぼ〜っとしているのが好きなおっとりとした性格だ。  ある時、クラスで担任が授業中に映画の話を始めた。でも話題となったのが、ずいぶんと古い映画だったため、クラスのみんなはほとんど見ていなかった。
 だがその時、偶然にも美幸と一浩だけがその映画をビデオで見たことがあったのだ。
 その時から美幸と一浩は、映画を共通の話題としてよく話をするようになった。
 美幸は母が勤めで遅いこともあり、よくレンタルビデオを借りて観ているようだった。
 一浩のほうは父が無類の映画好きで、ビデオやDVDをたくさん持っており、自然とソフトの貸し借りが始まった。
 いつしか二人は、こっそりと二人だけで映画を見に行くこともある親しい友人となっていたのだ。一浩が美幸に淡い恋心を抱いたのもムリはない。
 だけど美幸のほうは、一浩の心を知ってか知らずか相変わらずサバサバとしたつきあいを続けていた。
「どうした!白神は休みか?」
 朝のホームルームの時、担任の遠野がみんなに聞いた。
「は〜い。休みみたいでーす!」
 間延びした頼りない返事が、誰からともなく返ってくる。
「おかしいわね?今日休むなんて言ってなかったのに風邪でも引いたのかしら?」
 一浩のとなりで、美幸と仲の良い藤本めぐみが、ぽつりとひとりごとを言う。
ねぇ、藤井君!美幸どうして休んだんだと思う?」
(きた!−−なんとかごまかさなくちゃ。まさかうちで寝てるなんて、言えないもんな)
 「えっ、ああ美幸?−−−さあ、風邪じゃないの」つとめて平静にごまかしたつもりだった。
  「何いってんのよ!あの美幸が風邪なんて引くわけないじゃないの。今日の夕方一緒に勉強するって、昨日約束してたのに。藤井君、なんか知ってんじゃないの?」
 妙にカンのいいめぐみの前に、藤井の嘘はいきなり見抜かれ、追いつめられた。
  「なにか、何かって何だよ!僕はなんにも知らないよ。ほら、先生が見てるだろ。前向けよ前」
 しどろもどろになって、逃げる一浩。
 めぐみは怪しそうに一浩を一瞥すると「いいわよ、後で電話かけてみるから」と言った。
校門の近くにある桜の木の側に、一台の濃紺のBMWが駐車している。
 中には背広姿の男が二人。一人は、双眼鏡を手に校舎のほうを熱心に見つめている。もう一人は携帯電話を手にしていた。
  「はい。やはり白神美幸は登校してません。どこか、ホテルかモーテルにでも隠れているんじゃないですか。そうですか、実家にも戻ってはいない。じゃあ、こちらは美幸の友人の方もあたってみます。なぁに、学校の保健医はうちの息のかかった奴ですからね。簡単ですよ、では」
 男は一度電話を切ると、またあちこちと電話をかけ始めた。その間も、隣の男はじっと校舎を見つめ続けている。
 松川の傘下の暴力団『黒竜会』が、白神小夜子と美幸の行方を必死で追っているのだ。
 すでに市内のホテル、モーテル、めぼしい病院はすべて調べ尽くされていた。
 白神の実家や、岩田の本家は言うに及ばず、警察のほうにも松川製薬が手を回し、保護したらすぐ連絡する用にと言い含めてあった。
 確実に母子二人の包囲網は縮まっていた。
 いつのまにか2階の窓が開いている。
 藤井家の2階、藤井一浩の部屋だ。広さは6畳、男子中学生の部屋としては大変恵まれているほうだろう、壁には映画のポスター、書棚には進学祝いにもらった百科事典と並んで、マンガや小説、参考書などが並んでいる。
 窓際には勉強机、そして窓際に足を向ける形でベッドが置かれている。
 昨夜はあまりにも異常な夜だった。母と共に黒竜会に誘拐され監禁、暴行、そして何者 かによる救出。傷だらけになりながら、やっと母の恩師藤井孫佐ェ門の家へとたどり着い たのだ。傷の手当を受けた後、美幸はその疲れから泥のように眠り込んでしまった。
 すでに昼を過ぎ、日は西に傾こうとしている。
 ほんの少し前に、美幸は目覚めた。
 あどけない顔に、大きめのパジャマ姿が愛らしい。
 寝起きのはっきりしない頭で、ぼぅ〜っと寝室の天井をながめていた。
 見知らぬ天井だった。自分がどこにいるのか、すぐには分からない。
 昨夜のことも、全部夢の中のことのようで実感がわいてこない。でも、頬に手を当てると、殴られた場所が熱を持ってぷっくりと腫れているのがわかった。
(本当の出来事だったんだ・・・)
 もう後戻りは出来ない。そう心に決めベッドの脇を見ると小さなテーブルの上に、朱塗りの盆に乗せた簡単な朝食が置いてあるのが目に付いた。
 ミルクにサンドイッチ。それにガラスの鉢に美幸の好物の真赤ないちごが盛られている。
 母の心づかいだろうか? その時、美幸は気がついた。コップのミルクが半分になっている。
 よく見るとサンドイッチも皿に半分ほどしかない。
 美幸は窓の方を見た。窓が開いている。
 視線の先に大きな楓の木が見える。そしてその木の枝にうずくまる黒い影に気がついた。
 誰かいる・・・ぞくりと悪寒が美幸の体を貫く、ベッドに半身を起こしたままじっと目を凝らすと、それは少年のように見えた。
 どうやら向こうも、こちらをじっと見つめているようだ。
 木の上と部屋の中、二人の間に奇妙な緊張感が生まれた。少年は紺色の作業着を着て素足で木の枝の上にしゃがみこんで美幸を見つめていた。
 よく見ると手に何かを持ち、それを口に運んでいる。 (サンドイッチだ!) たぶん母が作ってくれたサンドイッチを、彼は食べているのだ。
 (いつのまに部屋に入ったのだろう)
 美幸から怯えが消えた、盗みをするならば半分残していくはずはない。
 眠っている美幸に危害を加えるでもなく、枕元にあったサンドイッチだけ木の上で食べているというのも、何だかおかしな話だった。
 あっ!美幸は気がついた。そっと立ち上がり、パジャマ姿のまま窓辺に近づく。
  「ねぇ君・・・昨日私を助けてくれた人じゃない?」
 少年は動かない。
 「ねぇ、そうでしょう。本当にありがとう。サンドイッチ、まだあるわよ。よかったら全部食べてもいいのよ」   美幸には、自分を助けてくれたのがこの少年であるという、不思議な確信があった。
 心配でついてきたのだろう。なぜだかそんな気がしていた。
 窓を大きく開け、美幸は後ろに下がる。サンドイッチの皿を持ち、そっと窓際に置いた。
 次の瞬間、黒い影が飛び上がった。 一瞬で窓際に着地する。
 美幸は気がつかなかったが木の枝から窓際までは、軽く3メートル以上はある。
  (猿みたい・・・!) 美幸は目をみはった。文字通り、少年は猿のようにサンドイッチに手を伸ばし、むしゃむしゃとむさぼり食う。
 間近で見るその少年は、見るからに異様な感じがした。年は中学生ぐらい、普通ならば学校に行ってるはずの時間に、木の上でサンドイッチを食べているだけで十分異様なのだが、ぼろぼろの紺色の作業着にボロジーンズ、頭の毛は伸び放題で無造作に後ろで束ね 縛ってある。 顔つきは、やせて精悍な顔つきはしているが、少年の面影を色濃く残していた。
  「おいしい・・・?」美幸は声をかけた。
  「ああ・・・」少年が顔を上げ答えた。
  「良かった。話できるのね。木に登ってるんだもの、お猿かと思っちゃったわ」
 「俺は猿じゃない」 ぷいと少年は顔をそむけると、コップに残っていた ミルクを一気に飲み干し、イチゴの入ったガラス鉢を見つめている。

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