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メトロン星人の本棚コミュのゲゲゲの娘たち

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ゲゲゲの女房 より 「ゲゲゲの娘たち」             
                                    
  1
  
 昭和四十七年四月。
 開け放した窓からは桜の花びらと共に、ラジオから小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」が流れてくる。
 昨年10月から放送されたゲゲゲの鬼太郎の二度目のアニメも好調で、水木プロは相変わらず忙しい。
毎日何人もの編集者が原稿を取りにやってくる。
 週間月刊合わせて10本の連載を抱えて茂は寝る暇もない忙しさだった。
 昨年から境港の両親も上京して同居を始めた。
そのせいもあって茂の改築熱は増すばかり、いたるところに階段や扉があり、床にも段差が出来て、家の中はまるで迷路のようになってしまった。
 長女の藍子は小学校4年生、次女の喜子は幼稚園の年長さん。
 新学期が始まったばかりだというのに藍子は気が重かった。
 生徒に配られた学級名簿の親の職業欄に「マンガ家 村井茂」と書いてあったのだ。
 クラスは大騒ぎになった。しかもクラスの男の子達が、学校の帰り道に藍子の跡をつけて、水木プロダクションまでやってきたために、村井茂が、水木しげるだという事までばれてしまったのだ。
 藍子はクラスメイトの好奇の目にさらされることになった。
「私なら自慢しちゃうけどなぁ。うちのお父さんゲゲゲの鬼太郎描いてるんだよって」
なかよしの智美ちゃんはそう言ってくれる。
「そんなぁ、いいことないよ。小さいときゲゲゲの娘ってからかわれて、すごく嫌だった」
「そうか、藍子ちゃん。絶対、家に友達呼ばないもんね」
「ゲッゲッ!ゲゲゲのゲー〜♪」
 ふたりのそばを男の子達が連れ立って歌いながら歩いてゆく。
「やめなよ!」
 智美が怒ると、男の子達は喜んで逃げてゆく。
「やーい!ゲゲゲのゲ〜〜取り憑かれるぞ〜!」
 藍子と智美はがっくりと肩をおとした。
「ね、絶対こうなるんだもの」
「藍子ちゃん、気にしない気にしない・・・」
 智美は励ましてくれるが、いじめに似たからかいは収まるどころが次第にエスカレートしていった。
「うちの母ちゃん言ってたぞ。水木しげるのマンガはウソばっかりだって。妖怪やお化けなんか、本当はいないんだからな」
 こんな事をいう子もいた。
「や〜い、嘘つき、嘘つき、ゲゲゲのゲ〜〜!」
 智美は先生に、この事を話して怒ってもらおうよと言ったが、藍子は必死になって止めた。
「だめだよ智美ちゃん。言いつけたりしたら、もっとからかわれる。家までついて来たらお母ちゃんにわかっちゃうもの」
 藍子は前に布美枝からこう聞かされていた。
「なんでお父ちゃんがマンガ家だといやなの?お母ちゃん悲しいよ。藍子がそげなこと言うなんて。お父ちゃんは一生懸命にマンガ描いとるんだよ。あのね、今はお仕事がいっぱいあるけど、昔はなかなか認めてもらえなかったの。それでもくじけずに自分のマンガを書き続けとったんだよ。お母ちゃんはそんなお父ちゃんを立派だなぁっと思っとるの。だからマンガ家だって胸はって言えるよ。ちっとも恥ずかしい事なんてないのよ・・・」
 こんなふうに思っているお母ちゃんには、私の気持ちはわからない。
 ましてお父ちゃんには絶対に知られたくない。藍子はそう思っていた。
 
 一方、次女の喜子はいたってマイペース。
 人の事は気にしない、幼稚園でも先生の言う事を聞かず、お絵描きの時間にブランコに乗りに行ったり、よく言えばのびのびと育っていたが、そのため布美枝はしょっちゅう幼稚園から呼び出しを受けていた。
 それを茂に相談したら「なるほどなぁ、みんなが部屋におる間なら好きなだけブランコに乗れる。そりゃえー考えだ」
「そんな。感心しないでください。喜子がしょっちゅう部屋を抜け出すもんで、集団行動が出来んというて先生が困っとるのですよ」
 茂では話にならないとわかると布美枝は、おじいちゃんの修平に相談してみた。
「喜子は茂の子供の頃に似とるなあ。自分の興味優先で世間の決まり事はあとまわし、しかも役に立たん事にばかり夢中になるけん、学校の成績は最悪、少し足りんようにも見えたわ」
 茂は子供の頃、家の裏の稲荷神社で石のキツネが動き出すかどうか見張っていた事があったと言う。また学校の講堂で校長先生が訓示をすると必ずおならを一発かますことにも凝っていたという」
「プーなんていう平凡な屁じゃあないぞ。ナップーンと鳴らすそうだ。子供達は校長のつまらん話の途中、いつ茂のナップーンが出るかと心待ちにしとったそうだ。おかしな子供だったが、そげな人と違う事をしとったことが、マンガを描く仕事につながったのかもしれんなぁ。あいつのマンガはよーかけちょる。布美枝さん、心配せんでもええ。子供はまぁ、そのうちなんとかなーわ。ぶわはっはっは・・・・」
 と、笑い飛ばされてしまった。
 喜子もそんな修平おじいちゃんが大好きでよくなついていた。
 ふたりでおやつの大福を取り合って、わいわい騒いでいるのを布美枝は見た事がある。
 喜子の事は修平にまかせておけば、大丈夫かもしれない。
 変わり者の茂を育て上げたベテランが二人も家の中にいる事が心強く思えた。

 
 2

 そんなある日。
 藍子と智美が休み時間にリリアン編みをしていると、男の子たちが鬼太郎の歌を歌いながらやってきて、藍子のリリアンをひょいと取り上げた。
「なにするのよ!」智美が藍子の代わりに取り戻そうと手を伸ばす。
「妖怪の娘がなにか編んでるぞぉ。妖怪もリリアンをするのかよ」
 男の子達は二人を取り囲んで、リリアンを取り戻そうとする智美と藍子をからかうようにリリアンをキャッチボールのように投げた。
 そのとき、横からすっと別の手が伸びてリリアンを取り戻した。
「いいかげんにしなよ!あんたたち!」
 留美子という女の子だった。勉強もできるし運動も出来る赤木留美子は、クラスの別のグループのリーダー格だ。いつも取り巻きの女の子を数人引き連れちょっとした女王様といったタイプなのだった。
 いつのまにか留美子の取り巻きの子達も回りに集まっていて、からかった男の子達をにらみつけている。
 形勢不利とみたか、男の子のグループはそそくさと逃げて行った。
「はい、これ」留美子が藍子にリリアンを返してにっこりと笑った。
「キレイだね、そのリリアン。私も同じの買おうかな。村井さんお店教えてくれる?」
 藍子と智美には留美子が、まるで正義の味方のように見えた。
 その日の放課後、留美子は藍子と智美に案内されて、すずらん商店街の雑貨屋さんでリリアンを買った。
「買い物つきあってくれてありがとう。そうだ、今度の木曜日、私の誕生日なんだ。家で誕生会するから二人とも来てくれる?」
 留美子から誕生会に誘われるなんて思いもしなかった。
 前に聞いた事がある。留美子の家はとてもお金持ちで、家には大きなピアノもあって誕生会にはケーキやごちそうがたくさん出るのだという。そんな誕生会には仲よししか呼ばれない。
 まるで藍子は舞踏会に招待されたシンデレラのような気分になった。
 それに留美子が味方になってくれれば、もう男の子達にいじめられる心配もなくなる。
 降ってわいた幸運に藍子は、ぱあっと目の前が明るくなったようだった。
 
 喜子はそのころ家の裏で遊んでいた。
 裏は光岳寺という大きなお寺の墓場なのだが、普段は人もなく静かで喜子のひとり遊びにはぴったりだった。
 喜子はここでバッタやダンゴムシを捕まえたり、お墓に供えられた花を集めてお花屋さんごっこをして遊んでいた。
 もっともこんな墓場で遊ぶのは喜子ぐらいで、近所の子供達でも気味悪がって近づかない。
 布美枝もいい顔はしなかったが、光岳寺の和尚さんが時々見回ってくれるのでさほど心配はしていなかった。
 なにしろ窓を開けさえすれば、墓場が見えるのだ。声をかければ返事もするし、長年すぐそばで暮らしているせいで、気味が悪いという感覚すら薄れていた。
 遊んでいた喜子がふと目を上げると目の前に見なれない女の子がいた。
 おねぇちゃんと同じくらいの歳で、赤い水玉のワンピースに赤いリボンをしている。
 にこにこと笑いながら喜子が遊んでいるのを見ている。
「おねぇちゃんだれ?」
「ふふっ・・・ひみつ。でも私はあんたのお母ちゃんと友達にゃのよ」
「へぇ〜〜〜」
 喜子が見ていると、女の子はポケットから煮干しを取り出すとぽりぽりとかじり始めた。
「おねぇちゃん、それ美味しい?」
「これ、あんたのお母ちゃんにもらったの。いつもありがとうって言っておいてにゃ」
「でも、それお母ちゃんが猫にあげてる煮干しだよ?」
「いいの、いいの、気にしにゃい、気にしにゃい」
 にこにこと笑うその女の子は、喜子と気が合うのかいっしょに遊び始めた。

 夕食の支度を手伝いながら藍子は布美枝に今日学校であった事を話した。
「あのね、今度の木曜日、友達の誕生会に呼ばれたんだけど行ってもいいよね。プレゼントどうしようか?」
「あら、めずらしい。そうか自分からお手伝いすると思ったら、お駄賃狙いね、いいわよ。いっしょに考えてあげる」
 布美枝はしばらく元気のなかった藍子が、自分から学校の友達の事を話してくれたのがうれしかった。
 喜子も近寄って来て布美枝のエプロンを引っ張る。
「お母ちゃん、私もお墓で知らないおねえちゃんと遊んだの、煮干し食べてたよ」
「へぇ〜良かったわね。どこのおねぇちゃん?」
「知らない、でもお母ちゃんのことよく知ってるって言ってたよ。煮干しありがとうって・・・」
 あれ?・・・・布美枝は、何か思い出しそうな気がした。
 でもそのとき、おばあちゃんの絹代がやって来て、茂に食べさせなさいと、またうなぎの包みを置いて行った。
 しっかり七百円の領収書を出してお金をうけとった絹代が部屋に帰ると布美枝がつぶやいた。
「また七百円かぁ、こう続くと痛いなぁ・・・」
 心配そうに藍子がたずねた。
「うちってお金ないの?」
「う〜ん、入ってくるお金も多いけど、出て行くお金も多いけんね。アシスタントさん増えたし、増築もするし、でもお父ちゃんが一生懸命描いてがんばってるから、心配しなくても大丈夫よ」
 藍子は留美子ちゃんのプレゼントに高価なものはもって行けないなぁと思った。

 翌日、学校で藍子はお昼休みに留美子に呼び出された。
「あのね、私ゲゲゲの鬼太郎に出たいの。留美子っていう女の子を出してもらえないかな。もちろんモデルは私。鬼太郎と一緒に妖怪退治をする女の子の役とか。お願い、お父さんに頼んで描いてもらってくれないかなぁ」
「えーーーっ!!」
 そんなことお父ちゃんに頼めるわけがない。うちでは仕事の事にはだれも口を出せないのだ。
「ねっ、お願い。村井さんが頼めば大丈夫よ。うちのお父さんだって何でも言う事を聞いてくれるもの。ねぇお願い!」
 クラスの女王様に両手を合わせて頼まれては、そう簡単に断るわけにはいかない。
「う〜ん、聞いてはみるけど・・・」と言葉をにごす藍子。
 留美子は飛び上がって喜んだ。もう自分の望みがかなったような喜び方だった。
「テレビに映ったら、あれ私がモデルだよって、みんなに自慢しちゃおうっと」
「待って待って・・・・聞いてみるだけだよ。仕事の事ってよく分かんないし」
「大丈夫よ、村井さんが頼んでくれるなら」
 そういうと、留美子は取り巻きの子達の中にさっそく自慢しに戻って行った。
 急に親切になったわけはこういう事だったんだ。藍子はショックだった。せっかく新しい友達が出来たと喜んでいたのに。
 家に戻った藍子は、布美枝にたずねた。
「テレビの人にお父ちゃんから頼んでもらえないかな?・・・・」
「あんた何言っとるの。お母ちゃんとてもそんな事聞けんよ。船山さんにはこっちのほうがお世話になっとるくらいだし、お父ちゃんの仕事には口だせんけん」
 ああ、やっぱり。藍子が思っていたとおりの結末だった。
 

 3
 
 木曜日
 学校帰りの藍子は、すずらん商店街をうつむいてとぼとぼと歩いていた。
「ウソつき、ウソつき、ウソつき・・・・」頭の中はその言葉でいっぱいだった。
 今朝思い切って留美子にテレビに出るのは無理だって伝えたのだ。それも悩んで悩んで、やっとの思いで伝えたのだが。
 留美子は「村井さんのウソつき!出してくれるって言ったのに!」とクラス中に響くような大声でのしったのだ。
 まわりの取り巻きの女の子達も「ウソつき!」と声を揃えて藍子を追いつめた。
 藍子は小さな声で「ごめん・・・」と言ったまま、その場を逃げ出してしまった。
 もちろん誕生会なんて行けるわけがない。なかよしの智美ちゃんも取り巻きの子達がひっぱって行ったので、藍子はひとりぼっち。お母ちゃんからもらったプレゼント用の手づくりの巾着袋も渡せない。
 誕生会に行くっていってあったから、すぐに帰る事も出来なくて、藍子はずっと回り道をして歩き回っていた。
 ふと道端のゴミ箱に目が止まった。
 このプレゼント持って帰れない・・・どうしよう、いっそ捨ててしまおうか・・・・
 まわりを伺って、ゴミ箱のふたに手をかけた時「藍子」と呼ばれた!
 心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
 目の前にはおばあちゃんの絹代が買い物かごを持って立っていた。
「どげしたの、こんなところで」
 なにかあるなと思った絹代は藍子をさそって喫茶店「再会」に入った。
 目の前には銀色のカップに入ったアイスクリーム、絹代はコーヒーを頼んでいた。
「さあ、溶けてしまうよ、食べなさい」やさしく絹代に言われてバニラアイスを食べる。
 添えてあるウェハースも甘くて、さくさくしていた。
心の中にある辛い固まりも溶けてゆくような美味しさだった。
 藍子は絹代に促されて、ぽつりぽつりと留美子のTVの事を話した。
「それで誕生会にも行けなくなってウロウロしとったかね。藍子はマンガに出してやるって約束したわけじゃないんだね。ウソついたわけじゃないんだね。ほんならもう放っときなさい」
 おばあちゃんはキッパリと言い放った。
「だけど、ほかの子達も智美ちゃんも赤木さんについちゃって・・・」藍子は泣きそうになった。
「千万人といえども我往かん!だわ。人がなんと言おうと、自分が間違っとらんなら、それでええということだわ」
「だけど・・・・」
「言いたいものには言わせておけばえー!戦争中もずいぶんとバカな事が多かったの、自分が食べるだけで精一杯なのに、竹やり訓練だぁ、バケツリレーだって、やたらと集められて、ばからしいと思って知らんぷりしとったら、隣組の組長が怒鳴り込んできたけん。アメリカの戦闘機に竹やりじゃ勝てません!と追い返してやったわね」
 藍子にはその場面が目に見えるようだった。
「悪口いう人もおったけど、そげな者は相手にしてもしょうがない。放っときなさい。だけどこれを捨てようとしたのはいけん。誕生会に行ったふりしたり、捨てたりしたら本当のウソつきになるよ。お母さんにちゃんと話して返しなさい。えーね」
 藍子は、そのとおりだと思った。
 絹代はこう言った「なにか言われたら、こう言い返したらええ、名字帯刀御免の家柄ですけん!」
 藍子は元気が出た。
 さすがは、おばあちゃんだ。あのお父ちゃんがイカルと呼んで、怖がるだけのことはあると。
 でも「ミョージタイトーゴメンのイエガラ」ってなんだろう?

 その夜、藍子はおばあちゃんに言われたとおり、プレゼントの事やTVのことなどを打ち明けた。
 布美枝は笑って抱きしめてくれた。
「藍子はおかあちゃんといっしょだね。私も気が弱くってなかなか言い返せんだったよ。でも弱い心はだれにでもある。お父ちゃんが言うとったよ、前に進む気持ちが大切だって。戦争で片腕を無くしてもその気持ちがあれば誰にも負けないって・・・」
「そうか、お父ちゃんはスゴいね。さすがは、あのおばあちゃんの子供だね」
「ふふふっ・・・」ふたりは顔を見合わせて笑った。
 と、その時だった。
 ジリリリーンと電話のベルが鳴り、布美枝が出る。
 と、その顔が見る間に緊張していくのが分かった。
「藍子、赤木さんのお母さんから。留美子ちゃんがまだ帰ってこないんだって、思い当たる行き先はないかって」
 えっ・・・・藍子は目の前がぐらりと揺れたような気がした。

 金曜日のお昼過ぎ、留美子ちゃんのお母さんと刑事さんの二人が水木プロにやって来た。
 徹夜明けの茂と布美枝が、事情を聞く事になった。
 寝てないと分かる憔悴した留美子ちゃんのお母さん。刑事はメモを取り出しながら聞き始めた。
「経過は昨晩電話で話したとおりです。赤木留美子ちゃんは、昨日の夕方、誕生パーティのあと友達と出かけてくると言ったまま帰宅していません。友達にたずねたところ、すずらん商店街の雑貨屋の前で分かれたいうことです。なにぶん人目の多い商店街ですから目撃者がいると思い聞き込みをしました」
 刑事はメモを見るふりをしながら、ちらちらと茂の方を観察している。
「商店街で買い物をしていた主婦が何人か留美子ちゃんを目撃しています。黒い背広姿の男に声をかけられ、黒い車に乗って行ったというのですが・・・・断片的な証言ばかりでなんとも。ただ、こんな会話を耳にしたという主婦がおりました。男がテレビに出してあげるからと言ってたというのですな。留美子ちゃんは、それを聞いて喜んで車に乗ったという事です」
「それが何か?」茂が首をかしげた。
 刑事がじっと茂を見つめていた。
「あなたはゲゲゲの鬼太郎の作者ですね。留美子ちゃんにTVに出してあげると約束しませんでしたか?」
「はあ?」茂がなんのことか分からずあっけにとられた。
 布美枝は、どきりとした。
「あの子は、留美子はゲゲゲの鬼太郎に出られるって喜んでいたんです。でもダメになったからってガッカリもしてました。先生がTV局に頼んでくれたんじゃないんですか?」
 留美子ちゃんのお母さんが半泣きになりながら身を乗り出して来た。
「ちょっと、何の事かさっぱり見当がつかんです。留美子ちゃんと鬼太郎がどういう関係があると・・・・」
「犯人は留美子ちゃんが鬼太郎のアニメに出たいということを知って、それを利用して留美子ちゃんを誘拐したと思われます」
「誘拐!!!」
 茂と布美枝は大声を出した。
 留美子ちゃんが、誘拐されたというのだ。

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  4

 金曜日の夜おそく。
 調布警察署の中に設置された特別本部では会議が行われていた。
 会議室には机を囲んで本部長と数人の刑事、本部長は部下の報告を聞いていた。 
「身代金の要求ですが、犯人からの金銭要求電話はありません。ただ木曜日の10時30分に赤木宅に無言電話がありました。これが犯人からのものかどうかは不明です。現在自宅には私服の警官が待機、テーブレコーダーと逆探知の装置を電話にセットしてあります。父親には犯人からの電話には、出来るだけ会話を引き延ばすようにお願いしてあります」
 続いて別の若い刑事がメモを見ながら立ち上がった。
「誘拐時の犯人の足取りですが、現場の商店街で目撃者の聞き込みを行いました。当時は夕食の買い物時で、目撃者は多いものの皆、断片的で現場をはっきりと見た目撃者は、まだ見つかっていません。有力な目撃者は60才の老婆で留美子ちゃんの顔を見知っていたそうです。『TV局に行くの?』という本人の言葉を聞いています。犯人は背広を着た男でネクタイもしていたそうです。運転手のように見えたらしいですな。車種とナンバーについては黒いセダンという他はわかりません。現在30人体制で周辺の聞き込みを行っています」
「おい、水木プロの方はどうだった?」
「はい」
 水木プロに来たベテランの刑事が立ち上がった。
「水木しげると奥さんに話を聞きましたが、事件との関連はうすいですね。水木本人は〆切があってここ数日家から一歩も出ていませんし、留美子ちゃんのことも全く知りませんでした。鬼太郎のアニメの方も、制作しているのはTV局ではなくて映画会社です。すくなくとも犯人が関係者ならTV局ではなくて、アニメの制作会社から来たというはずだと言われました。
 ただ、奥さんの話では留美子ちゃんがアニメに出るという話は、水木の長女藍子ちゃんと留美子ちゃんとの約束がもとになっているようです。もっとも藍子ちゃんは、はっきり約束などしなかったと言ってますし、母親もそんなことは出来ないと藍子ちゃんに言ったそうです。その後、木曜日に藍子ちゃんは学校で留美子ちゃんにアニメには出来ないと断ったそうです」
「ということは、犯人がいつどこでその二人の約束を知ったかだな」本部長が言った。
「はい、それですが、藍子ちゃんの方は、怒られると思って母親と祖母にしか話していませんが、留美子ちゃんは、友達に自慢しまくっていたそうです。木曜日の誕生会に出ていた友人は、ほとんど知っていたようですし、クラスの中でも広まっていて、そこから家族、知人へとなると、かなり広がると思われます」
「そうか。その線からの犯人の絞り込みは時間がかかりそうだな・・・・」
「本部長。この事件ですが」ベテランの刑事が手を挙げた。
「犯人からの身代金の要求がないこと、誘拐の手口などから、これは3年前の江東区の小5女児誘拐殺人事件と似ているとは思われませんか?」
 途端に会議室の空気がざわついた。皆が最悪の結末を想像してしまったのだ。

『江東区の小5女児誘拐殺人事件』とは、昭和44年、3年前に発生した東京都の江東区に住む小学校5年生の女の子が若い男に車で連れ去られる事件だった。3日後の6月3日に同区の埋め立て地で他殺体となって発見された。
 被害者の女の子は乱暴された形跡があり、死因は首を絞められた事による窒息死であった。
 事件から遺体発見まで報道管制が引かれていたが、目撃された車がライトバンだったり、セダンだったり日産サニーやマツダファミリアだったりと捜査は混乱、4300人もの捜査員を投入したが、まだ犯人は捕まっていなかった。
「この手の事件は、同じ犯人が何度も犯行を繰り返す事が多い」本部長が立ち上がった。
「江東区の犯人と同じとは断定できんが、手口から見て、そうとう大胆なやつだ。身代金の要求がまだないことから暴行目的の変質者の可能性も高い。とにかく時間が惜しい。留美子ちゃんの発見が最優先だ。本庁にも応援を頼んで、甲州街道、世田谷通りなどにも車の目撃者がいないか捜査を広げる。多摩川の河川敷も捜査範囲に加えよう。皆、大変だろうが、ここ数日が山だと思って、とにかくがんばってくれ。いいな!」
「はい!」
 全員が立ち上がって部屋を出て行った。

 土曜日
 藍子が学校へ行くと留美子はお休みだった。クラスは重い空気がよどんでいるようで、休み時間でもみょうに静かだった。
 いつも藍子をからかう男子たちも声をかけてこない。
 ひとりぽつんと座っていた藍子を見つけて智美が近寄って来た。
「藍子ちゃん、ごめんね。私だけ誕生会に行って、でも私ひとりじゃ楽しくなかったよ」
「いいって、それより留美子ちゃんまだお休みなの」
「うん、病気じゃないみたい。ね・・・・留美子ちゃんが誘拐されたって本当なの」
「・・・・・・」藍子は黙り込んだ。この事は布美枝から黙っているようにと言われていたのだ。
 そんな藍子の様子を智美は察してくれた。
「そうか、うちにも警察の人が来たの。話を聞かせてくれって、私も話したよ、藍子ちゃんのせいじゃないよ」
「でも、でも警察の人、TVに出るっていう話まで知ってたもの。留美子ちゃんそれで誘拐されたかもしれないって」
 言った途端に涙が出てきた。
 智美が差し出したハンカチを目に当てて、藍子は声を出さずに泣いた。
 私があんな事を言わなければ、留美子ちゃんは誘拐されなかったかもしれない。
 そう思うだけであとからあとから、涙があふれて止まらない。
 そうなのだ。皆がこの事には触れないようにしていた。先生までピリピリしている。
 授業は午前中で終わり。
 終わりの会で先生から下校時には、まとまって集団で帰るようにと言われた。そして校長先生や用務員さんまで出てきて、下校する生徒の付き添いをしていた。さらに日曜日にもひとりでは決して外出しないようにと言われた。
 
 重い気持ちで家に帰ると、藍子は布美枝にごはんだから喜子を呼んで来てといわれた。
 今日、幼稚園がお休みになったという。
 部屋にいない喜子を探して、家のうらに回るとお墓から喜子の声がした。
 のぞいてみると喜子が、藍子の知らない女の子と遊んでいる。
「よっちゃん、誰なのその子?」
 藍子の声に振り向いたその女の子を、藍子はなぜか前から知っているような感じがした。
「あっ藍子ちゃんにゃ。大きくなったなぁ。前はこんなに小さかったのに」
「私の小さい頃を知ってるの?でも同じ小学生でしょ、あなた・・・」
 その子は、へへへと笑った。
「そんなことは、気にしにゃい。それより何か困ってないかにゃ?」
 藍子はどきっとした。なんで・・・・心を見透かされているような気がした。
「このおねぇちゃん、スゴいんだよ。猫とお話が出来るの」喜子が嬉しそうに言う。
「ほんとに?」
 藍子はじっとその女の子を見つめた。
 どこか古びた赤い服に赤いリボン。顔まで猫っぽい感じがする。
「ねぇねぇ、またやってみてよ」喜子がスカートを引っ張っておねだりする。
「じゃあ、ちょっとだけにゃ」
 その子は、口に手を当てて「にゃ〜〜〜!」と声をかけた。すると墓石のかげや、屋根の上から何匹もの猫が集まってきた。
「わあ、すごいすごい・・・」喜子が声をあげる。
 いつの間にかまわりには10匹以上の猫が集まっていた。
「にゃにゃにゃ・・・・」猫に囲まれてその子は本当に話をしているみたいだった。
「みんなが言ってるにゃ。警察が留美子ちゃんを探してるって、その子、藍子ちゃんのお友達でしょ」
「すごい!どうして分かるの?」
「簡単にゃことよ。猫たちは、この町の事ならなんでも知ってるにゃ。人間の事をずっと見ているにゃ」
「おねぇちゃん。なんこと?」わけのわからない喜子が聞いてくる。
「じゃあ。今、留美子ちゃんがどこにいるか、猫たちに聞いたらわかる?」
 にこりとその女の子は笑った。
「うん、聞いてみるにゃ」
 猫たちが集まって鳴きはじめた。女の子と猫たちが互いに鳴きながら知ってることを話している。
 まるで会議のようだった。その声を聞きつけてまた新しい猫がやってくる。
 気がつけばいつのまにか、藍子と喜子はたくさんの猫に囲まれていた。
「留美子ちゃんのいる場所がわかったにゃ!」一匹の白猫と話し込んでいた女の子が顔を上げた。
「ほんと!」
「うまく説明出来ないから、後でこの子が案内するにゃ」
 足もとの白い猫がにゃあと鳴いた。
「藍子!喜子!ごはんよ」布美枝が呼んでいる。
 集まっていた猫たちは、布美枝の声を聞くとぱっと逃げ出した。
「お母ちゃんが呼んでるにゃ、あとでまたここにおいで。そうだお守りをあげるにゃ、持っているといいにゃ」
 女の子が白と黒のふたつの小石を藍子と喜子に手渡した。
「これには不思議な力があるにゃ。大切にするにゃ」
 そういうと女の子も走り出し、あっという間に姿が見えなくなった。
 あとには藍子と喜子、そして手の中の小石だけ。
「どうしたの呼んでもこないから、心配したじゃないの」エプロン姿の布美枝がやってきた。
「おかあちゃん、猫がいっぱいいてお話ししてたんだよ」喜子が興奮して布美枝にまとわりつく。
「猫?・・・いないじゃない。さあご飯よ」
「いっぱい、いたのに」がっかりした喜子に藍子は黒い小石を一個手渡した。
「よっちゃん、大事にもっててね。猫ちゃんにもらったお守りだよ」
「うん」喜子は大事そうにポケットに入れた。
 藍子は、白い小石をじっと見つめた。
 留美子ちゃんをなんとしても見つけよう。そう思ってぐっと小石を握りしめた。


 5

 お昼過ぎ、藍子はそっと抜け出して裏の墓地に行こうとしたが、すぐに喜子に見つかってしまった。
「おねえちゃん、私も行く」
「よっちゃんはお留守番して。ね、危ないかもしれないから」
「いや、猫ちゃんと行くの・・・・」喜子は聞かなかった。
 喜子は言い出したら絶対後に引かないし、置いてゆくと泣き出してお母ちゃんにばれてしまう。
「よわったなぁ、どうしよう」
 勝手口でうろうろしていると、おばあちゃんの絹代までやってきた。
「どけしたかね。喜子」
「あのね、おねぇちゃんがひとりで行くっていうの、猫ちゃんが案内してくれるの」
 あ〜もう、しょうがない。藍子はおばあちゃんに事の次第を話した。
「ふーん・・・そげな不思議な事もあるかね。で、ほんとうにおるんかね。その猫」
「うん、行ってみないと分からないけど」
「じぁあ、行ってみるかね」
 墓場に3人が行ってみるとあの白い猫が墓石の上に座って待っていた。
 にゃあと一声鳴いて、とことこと歩き出す。
 3人は後をついて行った。本当にこの猫が留美子ちゃんのいる所を知っているのだろうか?
 藍子にはまだ信じられなかったが、目の前の白い猫は時々振り返りながら、道の端を歩いてゆく。
 喜子もおばあちゃんと手をつないでついてくる。
 入り組んだ路地を何度も曲がり、田んぼの中を横切り、猫は町外れの一軒家の裏口までやって来て、にゃあと鳴いた。
「ここなの?」藍子がたずねると、猫はまたにゃあと鳴いて、走って逃げて行った。
「あの猫、本当に私らを案内してきたがね。こりゃあ本物かもしれん」
 絹代が目をむいて一軒家を見つめた。
「おばあちゃん、どうしよう。ここに留美子ちゃんが捕まっているのかなぁ」
 絹代はどんと胸を叩いた。
「私にまかせておきなさい。正々堂々と聞けばええ」
「でも犯人がいたら」藍子が心配すると絹代は言った。
「なに、こっちは、なにも悪い事はないけん、心配はいらん」
 絹代は玄関に回ってどんどんと戸を叩いて「開けてごせ、だれかおらんかね」と始めてしまった。
 藍子はそっと裏口を開けてみた、開いた。カギはかかっていない。
 中をのぞくと台所で、その奥に廊下と部屋が見える。
 がちゃがちゃと玄関のカギを開ける音がして、おばあちゃんが誰かと話しているのが聞こえた。男の声だ。
 藍子はそっと靴を脱ぐと台所に入ってみた。胸がドキドキする。
 そっと足をしのばせて廊下に出て奥の部屋に入った。ふと振り返ると喜子がついて来ている。
「よっちゃん、だめ!戻って!」声をひそめて手で押し戻そうとしたが喜子はきかない。
 もう・・・・藍子は覚悟を決めた。
 部屋の中はしんとしていたが、奥の押し入れの中からごそごそと音がする。
 はっと気がつき藍子は押し入れにかけよると襖を開けた。
 いた!本当に留美子ちゃんがいた。
 手と足をしばられて口に猿ぐつわを噛まされて、押し入れの中に座っていた。
「うーうーうー!!」急に明るくなったので留美子ちゃんは驚いたが、目の前にいるのが藍子だと分かった途端、必死にもがきはじめた。
「留美子ちゃん、待ってほどいてあげるから」藍子は留美子を押し入れから引っ張り出すと、口の猿ぐつわを外した。
「藍子ちゃん」留美子が泣きながら抱きついて来た。
 絹代の前でガラガラと玄関の引き戸が開いた。
「なんですかいったい!」怒ったような顔をした40代の男が現れた。ぼさぼさの髪に無精髭、白いワイシャツと黒いズボン。
 ぷんと酒の匂いがする。
「ここに留美子ちゃんという女の子がおらんかと思って聞きに来たんだわ」
 そういった途端に男の顔色が変わった。腰が引けて玄関の引き戸をつかみガタガタといわせた。
「なんだ、あんたは警察か?」
 絹代はピンと来た。こいつが犯人だと思った。
「あんた!いい年して女の子を誘拐してどけするかね!親御さんがどれだけ心配しとるか。さっさと返しなさい!」
 男は混乱した。どうしてここが分かった?なんで警察じゃなくてこんなばあさんがひとり?
「帰ってくれ!ここには女の子なんておらん!」
 男は、あわてて玄関に踏み込んだ絹代を押し戻し扉を閉めようとしたが、絹代は意外な力で男ともみ合う。
 ばたばたとしながら、やっと押し出しカギをかけた。
 絹代はまだ玄関をどんどんと叩いて「開けなさい、ここを開けなさい!」と騒いでいる。
 あのばあさんが警察じゃないのは確かだ。でもこの分だとすぐに警察が来る。その前にあの子をどうにかしないと。
 男は留美子を閉じ込めてある奥の部屋に向かった。
 と、部屋の襖が開いてる。踏み込むと小さな女の子が目の前に立っていた。
「あっ、おねえちゃん!犯人来たよ!」喜子が叫んだ。
 藍子は留美子をしばっていた縄をほどこうとしていたところだった。結び目が堅くてほどけなかったのだ。
 男はあわてた。変なばあさんに続いて、知らない子供が二人も部屋にいる。
 しかも押し入れに閉じ込めていた子も助け出されている。どういうことだこれは?
「おまえら、何してる!」
 混乱した男は逆上した。ひもをほどこうとしている藍子につかみかかり、引きはがすと殴り掛かった。
「きゃあ!」藍子は思わず手を伸ばし顔をかばおうとした。
 その時だ。なにか急に熱いものが体に満ちて、振り上げた手の先から白いものがざあっと吹き出した。
 それは見事に男の顔面を直撃した。砂だ。白い細かい砂が男の顔や目に吹きつけられた。
「うわあ!」男は砂が目に入り顔を押さえてうずくまった。
 藍子は自分の手を見た。指先から、さらさらと白い砂がこぼれ落ちる。なんで?こんな・・・
「おねぇちゃ〜ん!」喜子が叫んだ。
 目をつぶされた男が手探りで喜子を捕まえたのだ。
「おい!この子がどうなってもいいのか!おまえら動くなよ。こいつを殺すぞ!」
 逆上した男は、喜子を抱き上げ、首に手をかけて大声で怒鳴った。
「よっちゃん!」藍子が叫ぶ。
「おねえちゃ〜〜ん!」喜子が泣きはじめた。
「わーん!わーん!」大泣きである。
「うるさい!」男が喜子の首を締め上げようと手に力をこめたが固い、首が固くて締める事が出来ない。
 おかしいと思った時には遅かった。
 抱き上げた女の子の体が見る間に重くなってゆく、それはまるで石か鉄の固まりを抱いているようだった。
 本当にこれは女の子だろうか?目が見えないために別のものを抱き上げたのかと思うほど、それは異常な重さになっていた。
 でも耳元で聞こえる泣声は、まぎれもなく女の子のものだ。
 腰がくだけて、立っていられない。
 座り込み、離そうとしたが逆に抱きつかれ押さえ込まれてしまった。
 それはどんどん重くなる。身動きひとつ出来ないほど重くなり、ついには息をすることさえ苦しくなって来た。
「うう、つぶれる・・助けて、助けてくれ」
 男は泣声をあげた。もうなにもかも終わりだと思った。

 絹代に案内されて警官が乗り込んだ時には、犯人は気絶していた。
 奥の四畳半には、気を失っている犯人と三人の女の子。
 誘拐された留美子ちゃんと友達の藍子ちゃん。
 そして藍子ちゃんの5才になる妹、喜子ちゃんがいた。
 不思議な事に喜子ちゃんは、ぐったりと倒れている犯人の上に馬乗りになっていた。
 まるで犯人をつかまえて押さえ込んでいるかのように。

 6

 調布警察署の誘拐事件特別本部では、本部長が煙草をふかしながら書類を見つめていた。
 それは犯人逮捕時の状況を報告した書類だったが、どうにも納得できなかった。
 提出した刑事に問いただす。
「なんで容疑者は気絶していたんだ!」
「さあ、それがよくわからんのです」刑事も首をひねった。
「調書では逆上した容疑者は、藍子ちゃんと喜子ちゃんに殴り掛かったというのですが、逆に気絶させられたというのですな」
「バカかおまえは。相手は小学生と幼児だぞ。そんなことあるわけないだろう」
「はあ・・・」刑事はうなだれている。
「それになんだこれは。我々が400人体制で捜索していたというのに、なんでこの子達はいきなり容疑者の家を突き止めたんだ。容疑者と村井家は、なにかつきあいでもあったのか?」
「いえ、それはありません。容疑者は調布市内にある大手の電気メーカーのもと運転手で、3ヶ月前に解雇されています。独り者で家族はなし、親戚づきあいもほとんどありません。金に困っての誘拐だったようですが、誘拐してから恐くなり、電話をかけたが身代金の要求も出来ずに切ったそうです。車はもとの会社の駐車場から合鍵を使って運転し、留美子ちゃんを誘拐してからまた戻したという事です」
 メモを見ながら刑事が答える。
「留美子ちゃんのTV出演の件に関しては、喫茶店で聞いたと言ってます。どうも藍子ちゃんと祖母の会話を盗み聞きしたようです。その後、犯行を思いつき実行にうつしたようですが、留美子ちゃんはその容疑者が勤めていた会社の重役の娘なんです。わがままで有名だったようで、この子なら誘拐して金を要求してもいいと思ったらしいですな」
「いやそうじゃない。なぜ村井絹代と子供達が、いきなり容疑者の家に行ったかと聞いてるんだ」
 ますます刑事は困った顔になった。
「はあ、その絹代さん本人に聞いてみたのですが・・・・その、猫に案内されたとか」声が小さくなる。
「ばかもん!もう一度書き直してこい!」
 怒鳴りつけられた刑事は、あわてて部屋から出て行った。
「まったく、こんなバカな報告を本庁にだせるか」本部長は頭を抱えた。
 事件は無事解決したものの、こんな報告書を提出したら警察のメンツは丸つぶれである。
 報道管制をかけてあるマスコミにどう発表するか。それを考えると頭が痛くなった。

 藍子と喜子は、布美枝にしっかり怒られた。そして泣きながらしっかりと抱きしめられた。
 茂もいちおうは怒ったけれど、藍子や喜子から犯人逮捕の武勇談を聞くと、夢中になって聞きとても喜んだ。
「お願いだから、こんな話絶対マンガには使わんとってくださいね」
 だが布美枝にそう釘をさされると、残念そうに仕事場に戻って行った。
 一方、絹代はけろっとしたものだった。あれから何度も刑事が話を聞きにきたが、いつも話は同じ。
 白い猫に案内されて孫達と一緒に犯人を説得しに行ったら、留美子ちゃんがおった。
 私があわてて警官を呼びに行って戻ったら、犯人はのびておったと。
 その度に刑事が、困ったような顔で帰ってゆく。布美枝は毎回すみませんと頭を下げて見送った。
 
 藍子の学校での立場が変わっていた。
 留美子ちゃんとは仲直りしたが、どこか一定の距離を置いた友人という感じになった。
 あの犯人逮捕を見ていたのは留美子ちゃんだけだったが、警察にはなにも言わなかったらしい。
 そのうちに留美子ちゃんは転校して行った。今度はもっとお金持ちの子供が通う私立の学校だという。
 いちばん変わったのは、からかっていた男の子達。
 どこから聞いたのか誘拐犯を捕まえたのが、藍子と喜子のふたりだという噂が広まっていたのだ。
 すげぇなぁ。やっぱり妖怪の力かなぁ。ゲゲゲの娘だしなぁと。
 ある意味、尊敬のまなざしで見られるようになった。
「ねぇ、藍子ちゃん。本当に犯人を捕まえたの?」
「う〜ん・・・」
 智美ちゃんにそう聞かれても、藍子にもよくわからなかった。
 あのとき感じた不思議な力、それは喜子にもあったという。
 あの猫みたいな女の子も、あれっきり姿を見かける事はなかった。
 妖怪なんて、本当はいない。そう思い込んでいた藍子だったが、今はちょっと違う。
 お父ちゃんの言う事もお母ちゃんの言う事にも、素直にうなずける。
「見えんけどおる」
 不思議な事は本当にあるんだと。

 もらった石のお守りはいまも机の中に大事にしまってある。

 おわり


あとがき

 「ゲゲゲの女房」面白かったなぁ。
 KHKの朝ドラなんて、真面目に見た事もなかったのにハマるハマる(笑)
 こんなに夢中になるなんて、我ながら不思議でした。
 私は水木マンガの愛読者でもあったのですが、実際の水木さんの経歴や家族の事はほとんど知りませんでした。
 このドラマを通して、昭和という歴史を追体験し、マンガの歴史まで見通したような気がします。
 さてこの作品ですが、前に書いた「ゲゲゲの女房 in ワンダーランド」の続編です。
 話はNHKの朝ドラの「ゲゲゲの女房」をベースにしています。
 布美枝さんと茂さんのドラマではなく、主人公はふたりの娘達です。
 前作を読んでいただいた方にはより楽しく読んでもらえると思います。
 楽しんでいただければ幸いです。
連続して拝読させて戴きました。

実際にありそうなストーリー展開ですね。
昭和40年代は、誘拐事件が多かったですから。

かなりのリアリティーを感じました。

妖怪は、人の傍に存在する、と言うか、人の心の中に潜んでいると感じました。
>>[7]

当時、「よしのぶちゃん誘拐事件」ってありましたからねぇ。
その辺はリサーチしつつ、リアルになるように心がけました。

ただ、ここには名探偵も、すぐれた推理も出てきません。
やはりそこは、水木しげるの世界ですからね。

ゲゲゲの女房の雰囲気重視ということで。

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