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メトロン星人の本棚コミュの「再会」 ウルトラの母

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「 再会 」
 
                           桜井和幸 


 この夏に横浜で起きた大災害。
 怪獣や宇宙人が現れて都市を破壊し、それをウルトラマン達が倒して街を救った大事件。
 TVや映画の世界だけだと思っていた巨大怪獣が、まさか本当に現れるなんて・・・
 世界中の人間が横浜に注目した。
 事件後のマスコミの大騒動。それに続く被災者の救援、破壊された街の復旧。
 世界中から救いの手が差し伸べられ、政府も対応に必死だった。
 何万人ものボランティアが救援活動に参加し、人の善意がまだこの国には残っていると人々は気づいた。
 でも、あの事件以来、世界がなにか別の物に変わってしまったような気がする。
 それは鏡に映った虚像のように、存在するのに触れられない世界。
 身近に存在するのに、常識が通用しない世界。
 暗い悪意が、じっと影に潜んでいる世界。
 そんな世界に、もしすり替わったのだとしたら・・・
 それに事件の後、消えていったウルトラマン達は、どこへ行ったのだろう。
 まだこの世界にいるのだろうか?
 それとも自分たちの世界へと帰って行ったのだろうか?

 1
 
 紅葉が色づき、冷たい雨と共に秋が深まる頃。
 あたたかなベッドの中で、じっと耳を澄まし、キッチンの気配を探るのがツトムは好きだ。
 カチャカチャと食器を揃える音、しゅっしゅっとお湯の沸く音、ぱたぱたとスリッパの音。
 やがてお母さんが僕を起こしにやってくる。
 湯気のたつ豆腐のみそ汁、真っ白な炊きたてのご飯、目玉焼きに自慢の浅漬け。
 どれもツトムの大好物だ。もう父さんは出かけただろう。いつも7時前には家を出る。
 朝食はお母さんと一緒に取るのが習慣になってる。
 そしてツトムは学校へ、お母さんも仕事に出かけるのだ。
 風間ツトムは13才、地方都市の中学校に通う一年生、成績は中の中、趣味はゲームと読書。
 運動は苦手だが嫌いじゃない。どこにでもいる普通の中学生だ。
 ツトムの一家はとても仲がいい。
 一人っ子で自由な雰囲気の家庭だったせいか、幼稚園や小学校のころは学校を休んでまで、家族揃って美術館や遊園地に出かけた。
 父さんは出版社の編集、お母さんは専門学校の事務、それぞれ仕事はあるが、映画や温泉に出かけるのが大好きなのだ。ちいさなツトムはいつも二人の間にはさまって、二人の笑い声を聞きながら育った。
 今でも週末は3人で過ごすのが習慣になってる。
 今度は何の映画を見に行こうか?
いや紅葉がきれいだし、すこし遠出をしよう。
 友人にはマザコンなんてバカにされる事もあるけど、ツトムは笑顔のかわいい、ふっくらとしたお母さんが大好きなのだ。

 その日は日曜日で、ツトムはお母さんと一緒にコンビニに買い物に出かけた。
 お母さんはお惣菜とスナックを、ツトムはゲームソフトの新作を見に行くつもりだった。
 幹線道路沿いのローソンは家から歩いて20分ほど。色づいたケヤキ並木の歩道の内側に6台ほどの駐車スペースがある。 
 天気もよかったので、ふたりは歩いていった。
 ローソンの前まで来た時、突然白い小型トラックがこちらに向かって突っ込んで来た。
 対向車線を横切り、激しく歩道に乗り上げ、気がついた時には目の前にトラックの前輪が見えた。
 音はしなかった。スローモーションの様にゆっくりと車が覆いかぶさってくる。
フロントガラスの中に男の顔が見えた。
 若い男で白いシャツを着ている、眼はツトムを見つめ、顔は笑っているように見えた。
「ツトム!!」お母さんの声だ。
 どん!と突き飛ばされ、歩道の上を横向きに転がった。
 音が戻った。
ドカーン!という爆発音、ガラスの割れる音、人の叫び声、車の急ブレーキの音。
 ツトムは頭を打ち、しばらく起き上がれずにいた。お母さんが起こしてくれる、そう思っていたのかもしれない。
 だが、気がつくとお母さんはどこにもいない。
 振り向くとトラックはローソンのウインドウに突っ込み、店内に大きくめり込んでいた。
 歩道にはガラスの破片や、散らばった雑誌や菓子の袋が散乱している。遠くからサイレンが聞こえてきた。
「お母さん!」ツトムはトラックの先を見た。
 赤い血だまりがゆっくりと広がり、お母さんの体と白い足がトラックの下に見えた。
 ツトムは這って近づいて行く。誰かが駆け寄りツトムを後ろから抱きかかえた。
 トラックを運転していた男が、店員や野次馬に囲まれ座席から引きずり出されるのを見た。
 声にならない声をあげ、ツトムは叫んだ。
なにを叫んだのかまったく覚えていない。気が遠くなり、そこで記憶は途切れた。

コメント(10)

 ショック症状と診断されたツトムはその夜、市民病院に入院した。
 かすり傷しかなかったが、鎮静剤を打たれ、冷たいベッドで震えながら眠った。
 目が覚めると夜中だった。目の前には眼をまっ赤にしたお父さんが座っていた。
 ツトムが最初に聞いたのはお母さんの事だった。
「ねぇ、お母さんはだいじょうぶなの?」
 細い声でたずねると、父さんはツトムの手を握りしめ、ぼろぼろと涙をこぼした。
 それだけでツトムは何が起こったのかを知ったのだった。
 翌日の朝、父さんに付き添われツトムは家に帰って来た。お母さんの遺体は病院に残されたままだ。
 家の前には驚くほどの人が集まっていた。近所の見慣れた顔、野次馬、警官、そしてなによりカメラやマイクをもった報道陣。
 人ごみをかき分け父さんといっしょに逃げるように家の中に入る。
 まるで自分の家じゃないように感じた。空虚な部屋、冷たい空気、どこにもあの笑顔はない。
 父さんは事故の事を、なにひとつ話そうとはしなかった。
 ただ事務的に電話に出て、ぽそぽそと答えるだけ。
 外からはアナウンサーの声が聞こえる。ドアにカギをかけ、カーテンを閉めひっそりと息を殺し、二人は冷たいおにぎりとインスタントのみそ汁を泣きながら食べた。
 午後からは黒い服を来た親戚のおばさんやおじさんが詰めかけた。
 挨拶に追われる父さんとは別に、ツトムは自分の部屋に閉じこもりゲーム用のTVをつけた。
「コンビニに突っ込んだトラックの運転手は事故当時、殺意があったと認めました。だれでもいい、人をはねたかったと証言しています・・・」
 沈痛を装った女性レポーターがローソン前で中継をしていた。
 ローソンの店頭は青いビニールシートで目隠しされている。
 しかし現場の歩道には生々しい血の跡がまだ残り、その前には花束がいくつも置いてあった。
 たまらず、ツトムはTVを消す。
 ドアがノックされて父さんと黒い服の男の人が二人入って来た。
「ツトムくんだね・・私は城南署の刑事だよ、お母さんの事故の事で少し聞きたい事があるんだ、いいかね?」
 ツトムはベッドに腰掛け、刑事は一人が聞き、もう一人はメモを取っていた。父さんはじっと立ったままだ。
 事故当時のようすをツトムは覚えている限り話した。自然と涙があふれてくる。
 突っ込んでくるトラックを運転する男の顔をはっきりと見た事を話すと、刑事が一枚の写真を取り出して見せた。
「運転していた男はこの人だったかね?」
 そこには白いシャツを着た男が写っていた・・・でもどこか違う!それは別の人に見えた。
 ツトムは首を振る。刑事二人が怪訝な顔を見合わせた。
「違います、この人じゃありません。似てますがこんな感じじゃなかった」
「でも、この男は現行犯で逮捕され、自分がやったと証言しているんだよ」
 刑事があわててツトムの声を遮る。父さんが言った。
「すみません。ツトムはまだ混乱しているんです。もうやめてください・・・」
「いや、失礼しました。まさかこんな事を言われるとは思っていなかったもので」
 ふたりの刑事は、怪訝な顔をして逃げるように帰って行った。
 ドアを閉めると父さんはツトムを強く抱きしめた。
「・・・・・でも本当なんだ、本当に違うんだ・・・・」
 どこが違うのかツトムにもハッキリとはわからないが、あの瞬間目に焼き付いた男の顔は絶対忘れられない。
 どこか異質な眼の光り・・・まるで・・・

2

 あれから数日が過ぎた。
 ツトムは通学途中の児童公園のベンチに座っていた。
 お母さんの密葬が終わり、学校に戻る事になったのだが、なぜか校門をくぐれない。
 きっと先生もクラスメイトも暖かく迎えてくれるだろうと思う。
 思うのだが、同時に好奇の眼にさらされる事も間違いない、お気の毒に、かわいそうにと、声をかけられるたびにお母さんの事を思いだす。
フラッシュのように目の前にうかぶ、トラックの下の白い足、広がる赤い染み・・・・
 そこで目の前の世界から音が消え、色がなくなり、記憶が止まってしまう。
 ツトムは、いつのまにか公園のベンチに座り、じっと空や葉を落とした並木を見つめているのだった。
 学校から連絡のあった父さんが探しに来て、最初の日は家に戻った。
 しかし次の日も、その次の日も、気がつくとやはり公園のベンチで座っている自分を見つけてしまう。
 放っておくと、ちゃんとお昼を食べ、学校の終わる時間に家に戻ってくるのだ。
 父さんは学校に説明して、ツトムにGPS付きの携帯を持たせ、自由にさせて欲しいと頼んだ。
 教頭先生が監視役を引き受け、何度か公園まで足を運びツトムがいるのを確認して戻ってゆく。
 ツトムには居場所がなかった。家に引きこもるとお母さんを思い出してしまう。
 学校には行けない。かといって繁華街をうろつく事も出来ない。
 友達が授業を受けている間、寒い公園でじっと過ごす事が自分への罰だと思っていたのかもしれない。
 お母さんは自分をかばって死んだ。もし自分がうまくよけていたら、お母さんは死ななくてもよかった。
 そう思うと、どうしようもない想いにかられ、その瞬間、思考が停止する。
 体が細かく震えだし、ぐっと手を握りしめ、必死で頭の中をからっぽにする。
 そして時間が過ぎてゆくのだ。
 
「ツトムくんだね・・」
 声をかけられ振り向くと丸い笑顔があった。無精髭に毛糸の帽子、分厚いコート。マスコミにも刑事にも見えなかった。
「失礼、私は宮野というフリーライターでね。まぁいろんな記事を書いて雑誌に売っている物書きと思ってくれていい」
 いいかな、と返事も聞かずに隣に座る。
「私にはいろんな友人がいてね、警察から君のことを聞いたんだよ。いちばん近くで犯人を見たはずの君が、犯人を別人だと言ったってね。それがどうも気になって」
「僕は、新聞もTVも見ていません」
 ツトムは下を向いたまま、ぼそりとつぶやいた。
「別の事件が起こったんだよ。それもまた衝動殺人。若い女性が自宅で突然、祖父と祖母を刺し殺すと言う事件だ。犯人は事件後、自分で交番に出頭、自首している。同じ街で続けさまに2件も・・・」
「関係ないでしょ!」
 大声を出してツトムは立ち上がった。後も見ず歩き出したツトムの手をつかむと宮野はこう言った。
「犯人の母親が言ってる、あれは娘じゃありません、あの子はあんな事をする娘じゃありませんってね」
 ツトムは立ち止まった。心に引っかかる。なにか・・・・

「あんた、いいかげんにしなさいよ!嫌がってるじゃないか!」
 突然の大声に、ふたりは飛び上がった。
 目の前には黒いスエット姿のおばさんがいた。コンビニのエプロンに白いレジ袋。
 いつもツトムがお昼を買っている公園そばのコンビニにいるパートのおばさんだった。
 腰に手を当てて、こちらをにらんでいる。
「いや、私はなにも、ただ質問をしてただけで・・・」
 宮野は慌てて手を離した。おばさんには、なにか妙な威圧感がある。
「ツトム君でしょ、いつもお弁当買ってくれてありがとうね。今日はおばさんがおにぎり作って来たから」
 にっこり笑ってそう言うと、今度はじろりと宮野をにらみ、あっちへ行けとばかりに手を振った。
「無理言ってすまなかったね。また今度話を聞かせておくれ」
そういうと宮野は逃げるように去ってゆく。
 大きなため息をついてツトムは、またベンチに座り直した。
「よいしょっと」
 おばさんはあたりまえの様にツトムの横に座った。
 持っていたレジ袋から、ごそごそと銀色の大きな固まりを2つ取り出した。
「私もお昼にしようと思ってね、作って来たのよ。いっしょに食べない?」
 暖かいパックのお茶を出し、ホイルに包まれたおにぎりを、はいとツトムの手に乗せてくれる。
 いつもカップラーメンやお弁当を買っていたコンビニのおばさん。
 意識する事などなかった店員、棚に並んだ商品と同じコンビニの備品のような人。
 そう思っていたのに、こんな人だったんだ。
 手にのせられたおにぎりは、大きくって、ほっこりと暖かかった。
「あの人・・・変な人だけど悪い人じゃないの、ただ仕事熱心なだけでね、まぁ勘弁してあげなさい」
「えっ?」
 なんでそう思うの?
 ツトムは目の前のおばさんの顔をまじまじと見た。40才くらい、お母さんより年上、でも雰囲気はちょっと似ている。
「ほら、冷めちゃうよ、中にいろいろ具を入れといたから一個でお腹いっぱいになるよ」
 にこにこと笑顔で笑っているおばさん。
 一枚の大きな海苔で包まれたげんこつ大のおにぎりの中には、シャケや梅干、海苔など何種類もの具が入っていた。
「どうおいしいでしょ、お茶もあるよ」
 二人で大きなおにぎりを食べお茶を飲み終わる頃には、冷えきった体がすっかり暖かくなった。
「私ね、美津子って言うの。みんな『みっちゃん』って呼んでる。君はツトム君でしょ」
「ごちそうさま・・・・とても、おいしかったです」
 自然にお礼の言葉が口から出た。
 公園で昼を過ごすようになってから初めての人との会話、それに手づくりの食物をもらったのも初めてだった。
「私もね、うちじゃ一人なのよ。夫は単身赴任で海外だし、一人息子も仕事で全然帰ってこない。ヒマなんで頼まれてあちこちのパートを掛け持ちしてるの。この公園は私の縄張り。ほら、あそこを歩いてるおじいさん。ウォーキング仲間なのよ。他にも婦人会の友達やフラダンスのサークルの友達や、まぁやる事がいっぱいあってね。けっこう忙しいわけよ」
「はあ・・・」ツトムはまた黙り込む。
「君のことは気になってたの、いつも公園でぽつんと座ってるし、時々先生みたいな人がのぞきに来てるし、まわりの人はみんな君の事心配してる」
「でも、僕は・・・・・」
「心配ないよ、君もだんだん元気になってる、学校にもちゃんと行けるようになる」
 なんで、そんなことがわかるんだよ。ただのおばさんじゃないか。ツトムは思った。
「私の事、変なおばさんだと思ったでしょう。私は、この辺じゃ世話焼きババァなんて呼ばれることもあるの。ねぇ失礼よね。こんなに若くてきれいなのに」
 やっぱり変な人だ。ツトムの顔に笑顔が戻った。
「じゃ、私また仕事にもどるから。あ、これあげる」
 おばさんは、エプロンのポケットから何かをつかみ出すとツトムに握らせた。
それは紙で包まれた不二家の「ミルキー」
 ばたばたと走ってゆくおばさんの後ろ姿を見ながら、ひとつ口の中に入れると甘いミルクの味がした。
3

 美津子おばさんとツトムのお昼は、その後も毎日続いた。
 雨の日はコンビニの休憩室に上がり込み、そこで半日を過ごす事もある。
 あのライターの宮野も毎日顔を出す。いつの間にか三人は仲間というか友人というか、不思議な関係になっていた。
 同じ想いを持つようになったのだ。
 それはこの街で起こった一連の衝動殺人事件の真相を知りたいという想いである。
 宮野の取材によると事故の男性も、包丁で切りつけた女性も、普段はまったく真面目な人だったという。
 精神的に不安定な事もなかったし、アルコールや薬物反応も出なかった。
 ただ共通するのは、事件の前に仕事の上司に業務の事で叱責されたという。
 女性の方も、帰宅時間の事で祖母に怒られたとか、そんな些細なトラブルがあったということだけ。
 あれだけの事件を起こす動機としては常識ではまったく考えられない。
 しかも不思議な事に、事件の後は共にすぐ警察に捕まり、自ら出頭し深く反省しているというのだ。
 衝動的だが、事件後は倫理的、こんな相反する事件はない。
 出頭後の精神鑑定では、二人はまったく正常だったという。
 まるでその事件の瞬間だけ、魔に魅入られたかのようだという。

「僕が見た男の人は、顔が別人のようでした・・・」
 ファミレスの奥のボックス席で、仕事帰りの美津子おばさんと宮野は、ツトムの話をじっと聞いていた。
「事故の翌日、刑事さんに写真を見せられた時、その顔と僕の見た顔とがあまりにも違っていたので驚きました」
 宮野がメモを取り出しチェックする。
「私の聞き込みでも、似たような証言がある。殺人事件の女性の母親が、現場を目撃しているんだが、娘の顔が別人のようだったとね。事件のショックで正常な判断が出来なかったと警察では考えているが、母が娘の顔を見間違えるはずがない。ツトム君の話と合わせてみると、気になってねぇ」
 美津子おばさんは、ドリングバーのジュースを飲みながら聞いていた。
「どうして犯行の瞬間の印象がそんなに変わるんだろう?・・・よく人の顔は眼で変わるっていうじゃない。女は化粧の時も、いちばん眼に時間をかけるっていうもの。目つきが違っていたとか?」
「そう・・・・・・」
 ツトムはじっと眼を閉じて事件の瞬間の男の顔を思い出した。
「眼が、眼がなにか光っていたような気がします。ぼんやりと光っていたような・・・そして笑っていた」
 眼をつぶったままツトムの体は細かく震えていた。いちばん辛い思い出を今再現したのだ。
「眼が光る・・・う〜ん、ちょっと信じられないなぁ」
 宮野が首をかしげる。
 美津子がツトムの肩に手を置いた。
「辛い事を思い出させてごめんね。でも私の聞いた話だけど。あの犯人の女の人、事故の目撃者のひとりらしいよ。コンビニでバイトしていた子から聞いたんだから間違いない。犯人が捕まる時も野次馬の中にいたって」
「そういえば、女性の家は事故のあったローソンの近くでしたね」
 宮野がまたメモを見る。
「事故起こした男性ね、つき合っていた彼女がいるんですよ。その子にも聞き込みをしましてね。あの事故のすこし前に彼女と海岸に行ってるんですよ。まぁ夜中のデートですから、当然人気のない所へ行く訳ですが、その彼女が海に落ちる光る物体を見たって言ってるんです。流れ星じゃないの?って聞いたら、そんなことない。とても大きかったって、海に落ちる水しぶきも見えたって言ってました。不思議な話ですけどね」
「ふ〜ん、それも事故と関係あるのかね」
 おばさんが何か思いついたようだ。
 そのとき、遠くからサイレンの音が近づいて来た。
 ファミレスの横を激しくサイレンを鳴り響かせて消防車が通り過ぎてゆく。
 三人は同時に席を立った。
 外に出ると夕焼けを背景に道路の先に黒い煙が上がっているのが見えた。
 それはまるで3人の心の中に生まれた不安の象徴、真っ黒な煙が赤い夕焼けを浸食してゆく。
「近いね」美津子おばさんが走り出した。
 つられてツトムと宮野も走り出す。
 後から後から何台もの消防車が3人の横を追い越してゆく。サイレンの音は四方から聞こえて来た。
 バス停を2つ走り抜けた。ツトムと宮野は先頭を走る美津子おばさんに追いつけない。
 二人とも必死に走っているのだが、それを上回るスピードでおばさんが走り続ける。
 なんだよ、あのおばさん!なんてスピードだ。陸上の選手かよ?
 いいかげん腹の出た宮野は、汗だくになりながら走る。中学生のツトムにも抜かれて、ぜえぜえと息をつきながら大通りを曲がると、そこはまさに火焔地獄と言ってもいい修羅場だった。
 目の前の3階建ての飲食店ビルが燃えている。
 火災報知器が鳴り響き、真っ黒な煙がもうもうと立ち上り、窓からは激しく炎が吹き出している。
 あたりには木材やプラスチックの焼ける匂いが充満し、ちりちりと眼にしみる。
 バキッと木材がはぜる音、続け様の爆発音、そして窓が割れるとそこからまた煙と炎が吹き出す。
 何台もの消防車がすでに窓に向かって放水を始めているが、野次馬の整理はまだ出来ていない。
 遠巻きに見つめる人々の目の前で、警官隊が交通整理を始めた。
 美津子とツトムは、燃え盛るビルの中から出てくる男を見つけた。
 逃げるというよりは、楽しんでいるかのようにゆっくりと歩いている。
 着ているコック服は真っ黒に焦げ、コック帽からは煙が出ていた。
 右手には肉切り用の大きな包丁、もう左手には調理用のライターを持っている。
滝のように降り注ぐ放水のなか、気がついた消防員が救助に駆け寄ると、男はいきなり切りつけた。
「うわっ!」消防員が倒れるのが見えた。
 男は奇妙な笑い声を上げながら、狂ったように包丁をふりまわし、まわりの野次馬に襲いかかる。
 あたりは大パニックになった。
 交通整理の警官隊が男を取り囲み取り押さえようとするが、なにしろ目の前でビルが燃えているのである。
 風向きが変わるたびに真っ白な煙の固まりが充満し、男の姿を覆い隠す。
「離れてください!危険です!離れてください!」
 消防員と警官が必死に叫んで協力して野次馬を現場から追い出そうとした。
「あれを見な!」おばさんがツトムに耳打ちする。
 ツトムには見えた。白い煙の中、男の眼だけが異様に光って見えるのだ。
 遠巻きにした警官隊が、拳銃を抜いて男を威嚇する。
 しかし正気を失っている男には意味がなかった。しかも撃とうにも回りには逃げ惑う野次馬がいる。
「うおぅ〜〜!!」
男が叫びながら警官隊を突破して、こちらに向かって走って来た。
 まわりの人間に向かって包丁を突き出している。
 悲鳴が起こり、野次馬の人ごみが割れて男の姿が3人の真正面に来た。 
 とっさに宮野はおばさんとツトムをかばいつつ、男をやりすごそうとした。
 ところが、おばさんの前まで来ると男が突然止まった。男の眼とおばさんの眼が合った。
 男が無造作に包丁を突き出し宮野の腹を刺した。
恐怖の表情を顔に張り付かせたまま宮野が膝から崩れ落ちる。
 ツトムは見た。
 次の瞬間、おばさんがすばやく動き、男の包丁をはじき飛ばすと首に手をあてる。
 狂気に燃えた男の眼がぐるりと白目になり、棒のように突っ立ったまま、後方にばたりと倒れた。
 そのとき、小さな虫のようなものが男の耳からぞろりと出てきた。
 おばさんは素早くその虫をつかむと自分のポケットの中に押し込んだ。
 警官隊が走って来て、すごい勢いで倒れた男に覆いかぶさる。
「捕まえたぞ!」誰かが叫ぶと、歓声がわき起こった。
 消防隊員が走ってくる。宮野のシャツの腹の部分が真っ赤に濡れていた。
 傷口を押さえてうずくまっている宮野を見ると、急いで救急車を呼びに行った。
「宮野さん、大丈夫ですか!しっかりしてください!」
ツトムがしゃがみ込んで宮野に声をかける。
「ちょっとどいて!」
 美津子おばさんが、ツトムを押しのけるとうめきながら横になってる宮野に言った。
「かばってくれてありがとう。ちょっとその手をどけて!」
 おばさんが宮野の手をどかし、服の上から傷口に自分の手を押し当てる。
 すぐそばで見ていたツトムは、その手がオレンジ色に光っているように見えた。
 宮野の痛みにゆがんだ表情がみるみるおだやかになってゆく。
 救急隊員がタンカを持って走って来た。血だらけの宮野を診察すると、すぐに乗せて運んでゆく。
「身内の方ですか?」おばさんは隊員にそう聞かれたが、違うと答え、ツトムをうながしてその場から離れた。
 この人は、いったい何者だろう?
 ツトムは急ぎ足で歩いてゆく美津子おばさんの後ろ姿を見つめていた。
 
 4

 美津子おばさんとツトムはいつもの公園に来ていた。
 日の落ちた公園に人影はない。青白い照明がぽつんとあたりを照らしている。
 おばさんはあたりを見回し人がいないのを確認するとツトムに話しかけた。
「ツトム君。君には全部見られちゃったから、ちゃんと話をしておこうと思って。私、自分が誰だったか思い出したの・・」
 ツトムは胸の鼓動が激しくなるのを感じていた。
「横浜のウルトラマンの事は知ってるよね・・・実は私もウルトラマンなの。この星には何人ものウルトラマンが姿を変えて暮らしている。それは侵略者からこの星を守るためという役目もあるのだけど、なによりこの星の人間が大好きなのよ。私たちが失った生身の肉体と原始の熱い心、それはこの宇宙ではとても貴重なものなのよ。私も人間が大好きで、わざと記憶をなくして人間にとけ込んで暮らす事を望んでいたの。でも、あの男に取り憑いていた宇宙人に助けを求められて記憶が戻ったのよ」
「宇宙人って・・・・あの虫みたいな・・・・」
「そう、虫じゃなくて、バルタン星人っていうのよ」
 美津子おばさんは、ポケットから何かを取り出すとそっと地面に置いた。
 たちまちその小さななにかは、むくむくと巨大化し、まるで蝉のような姿をした宇宙人になった。
 黄色に光る眼、銀色の体、そして腕の先にある巨大なはさみ、ツトムは思わず後ずさった。
「心配しないで、このバルタン星人はこの星に住みたくてやって来ただけなの、学者であり人間に興味を持って共存する方法を探していたのよ。一人でひっそりと人間に同化して暮らすつもりだった・・・でも人間に取り憑いた途端、人が持っていた理性の心が飛んでしまったの、暴力と破壊の衝動が溢れてどうにも出来なかった。人はまだ激しい原始の心を持っている、普段は理性や愛情で暴力への衝動を抑えているけど、一旦それが外れると止まらなくなる。世の中から戦争や争いがなくならないのはそのためなのよ。彼は反省しているわ、人が暴れ始めたとき、なんとか止めようとしたけど、どうしようもなかったって・・・あなたやこの街の人たちに本当にすまないことをしたと・・・」
 ツトムは顔をあげて美津子を見つめた。
「じゃあ、僕のお母さんが轢かれたのはバルタン星人が犯人に取り憑いていたから?人間がもつ悪い心がお母さんを殺したっていうの!そんな・・・お母さんは、お母さんは・・・」
 次の言葉が出てこなかった。目からは涙があふれてくる。
 
 そのとき、暗闇の中から一人の青年が現れた。
 まるで最初からそこにいたかのように、すらりとした目元の涼しげな青年だった。
「おかあさん、お久しぶりです」
「来てくれたのねタロウ」美津子が振り向いた。
「このバルタン星人を連れて行ってちょうだい、人間を殺めた罪を償うために・・・」
 青年が手を差し伸べると、バルタン星人はまた小さくなって手のひらに収まった。
「では、海中の宇宙船も回収しておきます。あとはまかせてください」
 そういうと青年は、ぼぅっと光り出し赤い大きな光の球に変わって空中へと舞い上がった。
 ツトムは袖で涙を拭いながら、その様子を見ていた。
「おばさん!おばさんはウルトラマンなんでしょ、お母さんを生き返らす事は出来ないの?」
 ツトムは美津子にしがみついた。
「お願い!お願いだから!お母さんを返してよ、お母さんを返して・・・・・!」
 美津子はやさしくツトムを抱きしめた。
「ごめんなさい、ウルトラマンでも出来ない事はたくさんあるの、人の命はそんな簡単なものじゃない。宇宙の中でいちばん大切な光なの、人も動物も植物や微生物にも、その光は宿っている。一旦失えば戻っては来ない。でも新しい命はまた生まれてくるわ。お母さんの命もきっと、どこかで新しい命として甦るのよ」
 美津子はそう言いながらツトムを抱きしめたまま光り始めた。
 ふたりを包むオレンジ色の光り、それは暖かく、やわらかな輝きに満ちていた。
 
 ツトムは気がつくと歩道に立っていた。
 母と歩いていたあのコンビニの前、生前と変わらぬやさしい母の姿が目の前にあった。
「お母さん!」駆け寄って抱きしめる。
「生き返ったの!?」
 お母さんはすこし悲しそうな笑顔で微笑んだ。
「ううん、違うのよ、少しだけもどってきたの。ツトムに伝えたい事があったから」
 お母さんはやさしく頭をなでた。
「ツトムは私たちの大切な宝物だったわ。お父さんと結婚してもなかなか子供が出来なかった、何年も経ってからあなたが生まれた時の喜びは大変だったわ。お父さんなんて泣いて喜んでいた。いろんな苦しみも困難もツトムの笑顔で消えていった。あなたは私とお父さんの夢だった。だからもう泣かないで、あなたの命の代わりになれるなら、お母さん命だって惜しくない。それにあなたの体の中には、もうお母さんがいるもの。あなたが見たもの、聞いたもの、みんなお母さんの中に入ってくるの。たくさんのものを見て、いろんなことを経験して、大人になってほしい。ツトムがお母さんの事を忘れない限り、私はいつもいっしょにいられる。私はツトムといっしょにいつまでもこの世界に生きていられるのよ」
 ツトムは思い切り泣いた。
 抱きしめた母の体はあたたかく、ふっくらとやわらかかった。
 そして泣きながらいつのまにか眠ってしまった。
 
 目が覚めたのは自宅のベッドの中だった。
 いつ戻ったのか、全く覚えていない。お母さんと出会った事、そしてあのおばさんがウルトラマンだった事は覚えていた。
 あれは本当にあったことなのだろうか?
 窓の外は快晴で青空がどこまでも広がっている。
 気分はいままでにないほどスッキリしていた。
なんだか生きてゆく元気が戻って来たようだ。
 学校に行こう。
 友達に会いに、そして勉強していい大人になろう。
 お母さんが見ているんだから。
 もう、あの公園のベンチに座り続ける事はないんだ。
 キッチンからトーストの焼けるいいにおいが漂って来た。
 お父さんが朝食の用意をしている。
 ツトムは起き上がってキッチンへと向かった。

 おわり 
  


 あとがき

 「大決戦!超ウルトラ8兄弟」
 歴代のウルトラマンに加え、平成のティガ・ダイナ・ガイアまで登場する豪華な作品でした。
 脚本の長谷川さんの描く、ウルトラマンのいないウルトラマンの世界。
 そこにはかつてのウルトラの戦士達が人間として生活している豊かな日常がありました。
 そうか、ウルトラマンは人間として、この星で暮らしたかったんだ。
 そう思ったとき、ウルトラの母がこの星で暮らしていたらどうしているだろうと思ったのです。
 その辺にいる、ごく普通のおばさんが、もしウルトラマンだったら。
 この話には巨大化したウルトラマンや街を壊す大怪獣は出てきませんが、ウルトラマンの使命はそれだけじゃないはず。
 人の心を癒してくれる、生きる力を与えてくれるのがウルトラマンなのだと思います。
 実際、私なんかも映画見て元気出るし(笑)
 こんな話があってもいいかなって。
 これからもウルトラの世界は、果てしなく続いて行って欲しいと願っています。

いやはや何とも、コメントが遅れて申し訳ない。

じっくりと繰り返し読まさせて戴きました。

バルタン星人が学者であるとは知りませんでした。
またもや私の浅学さが露呈しました。

母親を題材とした作品に共通する事は、
母親の慈愛に満ち溢れた描写ですね。
しかも、母親の愛は無限大であり、無償の愛である。
「おおかみこどもの雨と雪」で描かれているテーマの一つでもありますね。

どんな人にも必ず両親は居る。
私は、母親が注いでくれた愛情に応える事が出来ているのだろうか?

ふと、自問自答してしまう、深いテーマの作品でした。
>>[8]

いつもありがとうございます。あなたのコメントは大変楽しみにしております。
バルタン星人ですが、もともとは母星R惑星で暮らしていた種族だったのですが、ある狂った科学者の暴走のために母星を失い流浪の民になってしまったのです。
地球侵略に来たグループの他にも、いくつものグループが存在すると考えます。
今回のバルタン星人は、その中のひとりなのです。

先日の短編「レナ」
この短編のテーマ、ウルトラマンは本当に人を救えるのかという疑問への一つの答えが今回の話です。
大災害を未然に防ぐ話もいいのですが、ウルトラの母のように一人の子供を立ち直らせる話もあってもいいと思いました。

さて次回の予告ですが、いよいよ私のダークサイドにご案内します。
「ウルトラQ」の世界です。
常識がゆがんだ世界、現実とリンクしながら心の暗闇につながるお話です。

一歩踏み込んだあなたは、もう引き返すことが出来なくなるかも・・・・・(笑)
おお!
次回は、あの「ウルトラQ」ですか!!

これは楽しみですね!!

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