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メトロン星人の本棚コミュの「時をかける日本沈没」

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「時をかける日本沈没」           桜井和幸

 1

 日本全土に非常事態宣言が発令された。
 それまでも地震や噴火、津波に地滑りのニュースはTVでしょっちゅう流れていたし、日本が沈没するなんていう噂もネットでは広がっていた。
 でも政府のエラそうなおっさんが深刻な顔で発表するのをTVで見た時には、正直信じられなかった。
 官房長官の野崎っておっさんは、日本沈没は5年後です。
 なんて言ってたけど、あの顔は絶対ウソだ。もっと早いだろ。
 その証拠に、発表の直後から日本中が大混乱になった。
 物の値段はどんどん高くなるし、コンビニやスーパーには食料品を買いだめする主婦が押し寄せた。
 逃げなきゃ!日本から、どうにかして逃げなきゃ!ってみんな思ったんだろうな。
 港や空港には人が殺到し、金持ってる奴から先に、どんどん国外に逃げ始めた。

 オレは津田公介。
 東京の下町に住んでる高校二年生、親父は医者で病院に勤めてる。オレも漠然と将来は医者になろうなんて思ってた。
 夏までは野球部だったけど、もうやめた。今はボランティア部で、つい最近まで公園のゴミ拾いとか老人ホームの手伝いとかやっていた。
 友達は多いけど、親友って言えるのはふたり。
 間宮千昭って、ちょっとワルぶってる変な奴と、紺野真琴っていう、これも男みたいな女子だけだ。
 ああ、あいつらとキャッチボールやってた頃が懐かしい・・・
 って言っても、つい最近のことだけどね。
 ここ数ヶ月で日本は変わっちまった。
 もう、とてもキャッチボールなんかやってる場合じゃなくなってしまった。
 
「コースケ!なに、ぼーっとしてんのよ。ほら、配るの手伝ってよ」
 紺野真琴が非常食の乾パンの大袋を抱えてやってきた。千昭もいっしょだ。
「せっかく朝から並んだのに、たったのこれだけかよ。全然足りねぇじゃん」
「文句言わないの。いい、子供と老人からよ、配るのは」
 真琴はいつも一生懸命だ。学校行ってる時には、少しずぼらでかわいげがなかったけど、ボランティアするようになってからは子供や老人にもやさしいし、すごくがんばってる。
 オレは真琴が抱えてる大袋をそっくり持ってやった。
 今、オレたちがいるのは月島の区民センターだ。
 ここには区の災害対策本部と避難民センターが設置されている。
 もっとも対策本部の部屋以外は、通路も部屋も避難民であふれかえっている。
 ここと、となりの月島児童公園が、避難民の一時避難所だ。同じような施設は月島だけでも他に何カ所もあり、晴海埠頭から出る大型輸送船に乗る順番待ちに使われている。
 今や東京湾の沿岸埋め立て地は、船が接岸出来そうな所はすべて避難民の乗船場所になった。
 隅田川、晴美運河にはタンカーを改造した大型船やフェリー、貨物船がひっきりなしに来て、避難民を山積みにして出航してゆく。
 自衛隊も沢山来てるし、都の特別災害センターの職員も不眠不休で働いている。
 でも、でも、全然足りない、避難民はじゃんじゃん増えるばかりだ!
 オレたちの住んでる月島は東京都では「AAA 地区内残留地域」になってる。

コメント(11)

 どういうことかっていうと、地震なんかの時にはいちばん危険性が少ないから、避難しないでここに留まってください、っていう「地区」らしい。
 もっともそうはいっても、夏からのたび重なる地震で東京都のライフライン、電気や水道はズタボロで、この地区だってまともに電気がつくのは自家発電設備のある官庁か高級マンション、大手企業の工場ぐらいのもの。水や食料は自衛隊や民間の輸送会社が運んでくれるが、とても足りるところまではいってない。
 なにしろ都内に続く勝鬨橋、佃大橋、相生橋はいつでも長蛇の列だ。
 次から次へと荷物を抱えた避難民がこの埋め立て地めがけて集まって来る。
 月島の西仲通り(通称もんじゃストリート)なんかは、通り全体が完全に炊き出し用の食堂街になっちまった。
 親父に言わせると、戦後の「闇市」ってこんなんだったらしい。
 住吉神社のお祭りも、もう次はないかもしれない。もんじゃ食べて、屋台ひやかして、水を掛け合って遊んだ祭も去年が最後か。
 いったい東京は、日本はどうなっちまうんだろう。

 オレたちが3階にある元月島図書館(今は避難民の部屋)に入った途端、激しい地震がおこった。
 最初にたて揺れが来た。ドーンという衝撃で机や椅子、大きな受付カウンターまでもが宙に浮き上がる。
「デカイぞ!真琴伏せろ!」
 あわてて真琴が体を伏せると、かばうように千昭が覆いかぶさった。
 部屋にいた人々の叫びと悲鳴が交錯する。
 そして横揺れが来た。
 ごぉ〜〜〜っという地鳴りとともに、まるで暴走した車に乗ってカーブを曲がっているような揺れが続く。
 隅に寄せられた書棚からは、本が水平に飛び出して来る。
 巨大なカウンターがずりずりと動き、悲鳴とともに人間を挟んで壁に激突する。
 天井の蛍光灯が屋根板ごと外れて落ちる。椅子や机、そして人が団子のようになって床を転がってゆく。
 ずいぶん長く続いたように思ったが、短かったのかもしれない。
 とにかく気がつくと昼なのにあたりはうす暗く、壊れた蛍光灯がぶらさがり、人のうめき声と泣き声の中にぼーっと座り込んでいた。
「コースケ・・・千昭・・・大丈夫!」
 真琴の声で正気に戻った。
「真琴は大丈夫か?」
「心配ねぇ、俺の下にいるよ、なんともない」千昭が返事した。
「でかかったなぁ、今のは」
「そうね、震度6ぐらいはあったと思う」
「区民センター、よく潰れなかったな・・・」
 千昭の言葉にオレはぞっとした、たび重なる地震でこの建物もあちこちに大きな亀裂が入ってる。
「コースケ、外に出た方がよくない?」
「ああ、でもオレたちがあわてて逃げると皆がパニックになる。ゆっくり立ち上がって表に出よう」
「非常階段はあっち・・・」千昭が先導する。
 こういう時に頭が働くのが、こいつのいい所だ。
 ぼちぼち、同じ事に気がついた人達が動き出した。職員が立ち上がり話しかける。
「あわてないでください。ケガした人はいませんか。まわりを見て手助けをしてあげてください!」
「行こう・・・」オレは落ちていた乾パンの袋を拾い上げると、真琴と千昭と一緒に通路に出た。
 通路もひどかった。
 一面に人が倒れて、足の踏み場もない。
 揺れた時につかまる物がなくて、何度も壁や天井にぶつかったんだろう。頭から血を流している人、倒れて動かない人、泣き声とうめき声は通路にも満ちあふれていた。

「はやく行こう、きっと揺り返しが来る」
 唖然としているオレと真琴を押すように千昭がそっとささやいた。
 通路の先には明かりが見える、非常出口だ。
 スチール製のドアをこじ開けると非常階段。オレは一歩踏み出しぞっとした。
 階段が建物から浮き上がって外れかけている。もしこのままもう一度さっきのような地震が来たら、非常階段に沢山の人がいたら。
 きっと階段は建物から外れて崩れるだろう。いや、このままでも大勢の人が殺到すれば外れる危険がある。
「なにやってんだ。早くいけよ!」
 千昭の声にオレは思わず階段に出た。上でも声がする。4階5階のドアが開いてる、避難しようとしているんだ。
「危ない・・・」そう言おうとした時、揺り返しが来た。
 真琴の叫び声がする。
 非常階段が建物からはずれ、ゆっくりと崩れてゆく。
 伸ばしたオレの手の先には、叫ぶ真琴の顔。それがゆっくりと遠くなってゆく。
 震度5の激しい揺り返しの中、鉄骨の非常階段は建物から引きちぎられ、崩れ、オレはその下敷きになった。

 2
 
「たぁ〜〜っ!」という声と一緒に真琴が目の前を前転しながら、ごろごろと転がってゆく。
 なんだこいつは?
 乾パンの大袋を抱えたオレと千昭は、図書室の前で立ちつくした。
 いきなり現れた女子高生に通路の避難民もざわめく。この子は、いったいどこから?
「コースケ!」真琴が飛びついて来た。しかも半泣きだよ。
「いったいどこ行ってたんだよ、この忙しいのに!」千昭も怒ってる。
 ほんと、ワケわかんない行動するよな、こいつは。
「ごめん!ごめんね!」
 泣き顔と笑い顔が半分ずつの真琴が俺にしがみつく。
「お願い、黙って私の言う事聞いて、すぐ公園に戻らなきゃいけないの」
「え〜この乾パンどうすんだよ、図書館にいる子供達に配るんだろ」
「千昭、これは職員さんに配ってもらって、とにかくコースケと私たちは表に出るのよ」
 言い出したらきかない真琴に引きずられ、オレたちは区民センターの向かいにある、児童公園の配給所に戻った。
 朝から並んでて、やっと座れると思ったのに。

 その時、地震が来た!
 激しいたて揺れ、公園に並んだ配給用のテントが吹き飛び、人の列が見る間に崩れる。
 続く横揺れは、公園の樹木を激しく揺らし、道路に並ぶ電柱が倒れ、電線が引きちぎられながら宙を舞うのが見えた。
 公園に集まった避難民は騒然とし、悲鳴と警告の叫び声が響き渡る。
 「伏せてじっとしていろ」「ここは安全です。落ちついてください!」
 区の職員、ボランティア、自衛隊の隊員が避難民に呼びかけパニックを防ぐ。
 もっとも今までにも大きな地震は、たびたびあった。特に夏に入ってからは東京でも頻繁に起こっている。
 ラジオからは、被害状況のお知らせ、各地の震度、避難場所への誘導などが流れて来た。
 オレたちは芝生の上に固まって座り込み、ラジオを聞いていた。
 と、そこに大きな揺り返しが来た。
「あれを見ろ!」誰かが叫ぶ。
 道路を挟んで公園の向かいにある月島区民センターの非常階段が崩れていく。
 バチンという大きな音と共に建物から外れた鉄骨の非常階段が、ゆっくりと傾き崩れ落ちる。
 4階、5階部分には人の姿も見えた。
 目撃した女性が叫び声をあげる。激しい揺れの中、非常階段は土ぼこりを舞い上げながら崩れ落ちた。
 揺り返しが収まると自衛隊員が数人、建物の方に走って行く。
「どうしたんだよ真琴」
 真琴は立ち尽くしたまま泣いていた、声をあげて子供のように大声で泣いていた。
「だって、だって、私、私・・・あの人達を助けて・・・あげられなかった・・・」
「ばか!お前のせいじゃないだろ!地震なんだよ!事故なんだよ!」
 千昭が真琴の肩を抱いて言い聞かせるが、真琴は泣き止まなかった。
「コースケ!ごめんね、ごめんね!」
 オレと千昭は、泣きじゃくる真琴をなだめながら、なすすべもなく公園に座り込んだ。
「どうすんだよ、これから・・・もどんのか?」千昭が聞いた。
「区民センターは危ない。建物にも亀裂が入ってるし、きっと避難命令が出る。とりあえずは、ここが安全だと思うけど、親父たちの事が心配だ」
 オレは携帯を取り出して病院にいるはずの親父にかけてみた。思った通り繋がらない。
 かつて全国に網の目のように張り巡らされた携帯の基地局も、あいつぐ地震でボロボロになっている。
 政府は、電話会社といっしょになって必死に通信網を維持しようとしていたが、アクセス数の爆発的増加と天災による基地局の減少に追いつくはずもなく、国民ひとりに一台と言われていた携帯電話も、いまではほとんどお守りぐらいの役にしかたたない。
 真琴も涙をぬぐいながら携帯を取り出してメールを送っていた。たぶん家族のだれかに送っているのだろう。
 
 
 でも、そのメールが届くという保証はどこにもなかった。
「その携帯・・・変えたの?」真琴の携帯に千昭が注目している。薄型で赤のメタリックな携帯電話だ。
「え、うん・・・こないだ。前のが壊れちゃって、ちょうどかわいいのがあったし」
 たとえメールが届かなくても、想いを文章にのせて送る事は出来る、手元に残しておく事も出来る。気持ちを落ち着かせるために携帯は、今の真琴には必要なアイテムなのだろう。
 そんな真琴の姿を千昭はじっと見つめていた。
 
 なにか周りが騒がしい。
 見渡すと区民センターの先に黒い煙がいくつも見える。清澄通りを挟んだ先、もんじゃストリート、西仲通りだ。
 火災が起こっている、それもかなり大きな火災らしい。消防車のサイレンも聞こえて来たが、たぶん消火は難しいだろう。
 1995年の神戸の震災のときも神戸・芦屋・西宮だけで200件もの火災が発生している。今の地震で起こった火災は、ここだけじゃないだろう。神戸と同じ比率で計算すると、都内だけで2万件以上の火災が発生する計算になる。こうなると消火は不可能だ。
 東京の場合、都内で火災が起こると東京湾から空気が流れ込む。当然煙も北に流れる。
 このまま公園にいた方が安全かも?
 そう思った時、千昭が大声をあげた。
「おい!東仲通りだ!月島第一小学校のあたりから煙が出てるぞ」
 見るとドーンという大きな音と共に真っ赤な火柱と黒い煙が立ち上った。
「ガソリンスタンドが爆発した!」周りで叫び声があがる。
 煙は風にあおられ急速にこちらに向かって来た。さらに清澄通りを隔てた西仲通りの避難民が、公園になだれ込んで来る。
 公園は足の踏み場もない状態になってきた。
「コースケ、どうしよう・・・」
「ここにいたら煙にまかれる、火に囲まれて逃げ場が無くなるぞ」
「よし晴海に行こう。あそこならもっと大きな公園があるし、最悪でも晴海埠頭から海に逃げられる」
 千昭が立ち上がった。
 第一公園から晴海に抜けるには朝潮運河にかかる橋を渡らなければならない。
 最短ルートは晴海橋、もしくはひとつ下の晴月橋だ。
 同じ事を防災担当の職員も考えたらしい、ハンドマイクを使って避難民の誘導を始めた。
「あわてないでください!落ち着いてください!このまま朝潮橋を渡って首都大学と晴海中学のグラウンドに退避します!」
 避難民がざわざわし始め、そして動き始めた。
「オレたちも行こう」
 歩き始めて振り向くと区民センターの向こう側は真っ黒な煙におおわれていた。
空が見えない。月島4丁目の方からは、爆発音も聞こえて来る。ガソリンスタンドの火災が車に燃え移ったのか?橋の近くまで来たとき、先頭から叫び声があがった。
「橋が落ちているぞ!」
 コンクリートの橋桁に支えられた中央部分がそっくり崩落している。
「とまれ!とまれ!」
先頭の叫ぶ声が聞こえないのか、後ろから火に追われるようにやって来た避難民はそのまま橋に殺到した。
 オレたちは、直前に右折し運河沿いの細い道を進んだが、橋に残った先頭集団は押されて川に落ちてゆく。
「まるでレミングの群れだ・・・」千昭がぼそりと言う。
「レミングってなに?」
「真琴は知らなくていい・・・急ごう」オレは真琴の手を引っ張って先に進む。
 オレは思った。レミングのような集団自殺を踏みとどまるだけの理性を、果たして人間は持っているのだろうかと。

 下流にある晴月橋はどうやら無事だった。
 しかしそこも都内や月島から逃げて来る避難民でごったがえしている。鉄骨とコンクリートの橋だが、落ちないと言う保証はどこにもない。オレたちは人波にもまれ、ようやく対岸のトリトンスクエアにたどり着いた。晴海埠頭まではあとすこしだ。
 しかしそこもひどい有様だった。
 鉄とガラスの構造物、現代的でおしゃれなビル街は一変していた。
 39階の高層ビル、スパイラルタワーの表面はヒビだらけで所々が崩落している。赤煉瓦づくりのショッピングモールもシャッターが閉められている。コンビニはこじ開けられ、商品はあらかた略奪されて無くなっていた。
 足下はゴミと瓦礫の山、そして避難民がここにもあふれていた。
「ひどいもんだな・・・・」そういいながら千昭がなんとか座る場所を見つけてくれた。
「美雪や友梨とよく遊びに来たのに・・」
「食うか?」オレは持って来た乾パンの袋を取り出して真琴に渡した。
「うん、ありがと」
「そうだ、元気出せ、おまえらしくないぞ。食って元気出せ」
「あっ、俺にも、ひとりで食うなよな」
 笑いながらオレたちは一袋の乾パンを分け合って食べた。

「なに??音がする・・・」最初に真琴が気がついた。
 ゴゴゴ・・・・と低い響きが振動になり、次第に大きくなる。
「地震だ!また来るぞ!」
 ドォーン!という爆発音がした。さっきの地震よりさらに大きな揺れが来た。
 誰も立ってはいられない。地面をころがり、なにかにしがみつき。じっと過ぎ去るのを待つしかない。
 コンクリートの瓦礫の山が、まるでフライパンのポップコーンのように飛び跳ねている。
 バァーン!という派手な音と共に、高層ビルの窓ガラスが破裂した。
 オレたちのいる所からは、かなり距離があったにも関わらず、そのガラス片は雨のように降り注いできた。
 今度はオレが真琴をかばった。転がっていた丸テーブルを起こし、真琴をその下に押し込んだ。
 ぐっ!オレの足や背中に破片が食い込む。頭だけはかろうじてテーブルの下に突っ込んだが、全身は無理だ。
 あたり一面、血しぶきをあげて泣き叫ぶ避難民の修羅場になった。
「千昭!」真琴が叫ぶ。
オレは痛みをこらえ、振り返った。千昭の首に大きなガラス片が食い込んでいた。血が激しく噴き出している。
 真琴がテーブルの下から抜け出し突然走り出した。
「おい!」
 オレは見た。真琴がジャンプして・・・・消えた。

 3

 晴月橋を渡ったオレたちは、トリトンスクエアを過ぎて晴海埠頭に向かって進んだ。
 トリトンスクエアで休もうって千昭が言うのを、真琴がすごい勢いで反対し歩き続けたのだ。
 なんでかはよくわからないが、真琴は真剣だった。
 あんな真琴は初めて見た。
「なぁ、なんで黙ってんだよ!なんとか言ったらどうなんだよ、真琴」
 千昭は機嫌が悪い。
 ぶらぶらと歩きながら、しきりに真琴にちょっかいをかける。
 真琴はといえば、これまた黙ったまま、ぐっとこぶしを握りしめ何か言いたいのをじっとがまんしている。
「なぁ、真琴、千昭の言う事も一理あるぞ。あそこなら電話もあるし配給だってあった。どうして・・・」
「ばかっ!ばかっ!なんでわかんないのよ。私がどんなに心配したか・・・・」
 真琴がキレた!
 見事なキレっぷりだ。
 オレと千昭に殴りかかり、けとばし、止めようとする千昭の腕に噛みついた。
「いてっ〜〜〜!」
「やめろ真琴!」
 オレは真琴を千昭から引きはがし、足を振り回してあばれる彼女を押さえつけた。
 その時、大きな地震が起こった。
 オレたちが歩いていた倉庫街の道路がまるで蛇のようにうねる。
 いっしょに晴海埠頭に向かって歩いていた避難民が、立っていられずに倒れる。
 目の前にある大きな倉庫まで、ぐらぐらと揺れ始めた。そして地面の中に吸い込まれるようにして傾いてゆく。
 道路に腹這いになってるオレたちの目の前で、倉庫はまるで積み木のおもちゃのように一瞬で潰れた。
 もの凄いホコリが舞い上がり、目の前がまっ白になった。
「液状化現象だ・・・・」
 オレは思い出した。晴海のような埋め立て地では地盤がゆるく、大きな震動で砂が地面に吹き出し地盤が沈下するのだ。
 あちこちで、建物が崩れてゆく。このままだと道路が塞がれて孤立するかもしれない。
 ようやく地震が収まると、案の定オレたちは山のような瓦礫にかこまれてしまった。
「どうする・・・・」オレと千昭は顔を見合わせた。
 その時、また真琴が走りだした。瓦礫に向かって走り、そしてジャンプ!
 いや、飛ぶ直前で千昭が捕まえた。ふたりは、ごろごろと転がり道路に座り込む。
「なんで邪魔するのよ!」
「真琴、お前タイムリープしてるだろ!」
「えっ!!」
「なんだ!タイムリープって、何の事だ!」
 奇妙な緊張感があった。真琴は何かを隠している。
「なんのことか説明しろ千昭!」
「その前に、真琴、肩見せてみろ」千昭は驚く真琴の腕を取るとそでをまくり上げた。
「見ろ、こんなに使っちまいやがった」
 真琴の腕には2桁の数字が刻印されていた。
「え!これっていつから?タイムリープと関係してるの?」
 今度は真琴が驚いた。
「おかしいと思ったんだ。真琴だったとはな・・・あの機械使っただろう」
「機械・・・?」
「クルミみたいな奴」
「あ・・・・じゃあれがそうなの!」
「ほら、これだから。わけもわかんないで使うなよな」
「お〜い、二人だけでわかるな。オレにもわかるように説明しろ」
「実は俺、未来から来た未来人なんだよ」
「え〜〜〜っ!!」真琴とオレは同時に叫んだ。
「もっとも俺のいる未来じゃ日本はこんなひどい事にはなっていない。沈没もしないし大地震もなかった。この世界はどこかで狂ってる」
「なぜ千昭は、この世界に来たの?日本が沈没するって知ってて人助けに来たんじゃないの?」真琴が詰め寄る。
「俺は未来じゃ、とても有名な考古学者なんだぜ。俺が来たのはこのためだ」
 千昭はポケットから金属製のつやつやした固まりを取り出した。継ぎ目のない石けんの様なケースを開くと、中にはくすんでボロボロになった携帯が入っていた。
「何これ?・・・あれ、私の持ってるのと同じ機種じゃないの?」
「そう、これは俺がある場所から発掘した『ありえない遺物』そしてその正体を確かめるために、俺はこの時代にやって来た。携帯のメーカー、製造年月日、そして発売された場所を確認するためにね」
「なんで? そんなの日本で発売されたのに決まってるじゃないの」
「わかってないね」千昭は首をふった。
「この携帯が発見されたのは、弥生時代の古墳の中、未発掘の墓の中に入っていたんだよ」
「え〜〜っ!」またまた真琴とオレは同時に叫んだ。
「わかったろう。この携帯は発見された時点で1800年以上経過していた。しかも、状況から見て、かなり高貴な人を埋葬した副葬品らしい。この時代の誰かが過去に送り込んだか、または一緒に過去にタイムリープした、その証拠だと思う」
「じゃあ真琴のいうタイムリープって、時間をさかのぼる力なのか?」
「そう、コースケ。私がやったの。だってコースケや千昭が死ぬなんて、とても耐えられない。本当はもっともっと沢山の人をいっしょに助けてあげたいけど、それやると、死ななくてもいい別の人が死んでしまう・・・」
 千昭が口を出す。
「だけど、何度もこの力を使ったのはまずかった。時間の流れは無数に流れる平行線のようなものなんだ。こちらから、あちらの線にとびうつるだけ、だから真琴がコースケを助けると、その時点でまた新しい線ができてしまう。もしくはコースケの死なない線に真琴が飛び移っているだけなのかもしれない」
「じゃあ、私が助けたコースケや千昭は、別の線のコースケや千昭だったってこと?」
「そうとも言える。その時点で死んでいるコースケや千昭のいる線もあるはずだからね。ひとつの未来の先は、決してひとつではないんだよ」
「千昭、教えてくれ。日本はどうなるんだ。本当にこのまま沈んでしまうのか?お前が来た、沈まない未来だってあるんだろう!」
「そう、この未曾有の危機を日本人がどう乗り越えるか。その選択肢は無数にある。完全に沈んで、すべての日本人が滅びる未来も、国をなくしても世界中で日本人がたくましく生きる未来もあるだろうし、沈没が止まって荒廃した日本を建て直す未来もあるかもしれない。俺の来た日本だって沈まないって保証はどこにもないんだ」
 千昭は言った。
「でも、俺はこの時代に来てよかったと思うよ。真琴やこうすけコースケと出会えたしな」
「おまえは、ちゃんと未来に帰れるのか?」
「ああ、真琴に使われたのとは別に強力な機械を持って来ている。ただしこれはあくまで緊急用だ。しかもたった一度しか使えない。歴史をむやみに変える事は許されていないから。そして俺が戻る時には、君たちの記憶をすべて消してゆく。そうするのが規則なんだ」
「見て!この隙間。なんとか抜けられそうよ」真琴が嬉しそうに言った。
「ほら、これもまた別の未来だ」
 そう言って千昭は笑った。

 4

 やっと晴海埠頭についた。
 埠頭公園はパニックになっていた。だれもが先をあらそって岸壁に接岸した船に乗ろうとしている。制止するはずの警備員や職員までもが、人を押しのけ争っている。
「これは、いったいどういうことなんですか!」オレは、疲れ果てしゃがみこんだ子供連れの母親に聞いた。
 母親は言った。先ほど東京湾沿岸に緊急津波警報が発令されたというのだ。
 高さ50mを越す大津波がこちらに向かっているという。
 残された時間はわずかしかない。あと10分か、それとも20分か・・・
 オレたちは、茫然と立ちすくんだ。
 いままで必死に逃げて来たのは、なんだったんだ。
 狂ったように響く汽笛、人々の必死の叫び、少しでも高台に逃れようと高層ホテルや旅客ターミナルに殺到する群衆。
 生きるか死ぬかのギリギリの選択が目前に迫っていた。
「真琴、タイムリープするのか」千昭が言った。
「ええ、タイムリープして、人より先にホテルの屋上に逃げれば、私たちは助かるかもしれない。でも・・・」
 真琴の声が震えている。
「見て!千昭。この人達を、小さな子供がいるわ、老人もいる。この人達はどうするの。放っておくの」
「しかたないだろう、これが運命だ」
「なんとかならないの、この人達を助ける方法はないの?もし未来にいくつもの選択肢があるなら、私たちだけじゃなくってこの人達も助かる未来があってもいいんじゃないの?」
 オレは真琴の考えている事がわかった。
「千昭、お前の持っている機械で、ここにいる人達を連れてタイムリープすることはできないのか?」
「お願い千昭」
 未来から来た男、間宮千昭はじっと考え込んでいた。今、自分が出来る事、しなければならない事。
 そしてなぜ、自分がここにいるのか、それに気がついた。
「そうか、そういうことか・・・・」 
 千昭は例の機械を取り出した。真琴とオレに指示を出す。
「いいか、出来るだけ固まるんだ、質量には特に制限はないが時間が限られる。子供と老人、女性を集めろ。セットに10分はかかる、その間に集めるんだ!」
「ありがとう千昭、すぐやるね」
「よし、わかった。10分だな!」
 津波が来るのとタイムリープをセットするのと、どちらが早いか、かなりキワドかった。
 オレたちは子供と母親たちを連れて、騒然とする埠頭から離れ、晴海運動場に集まった。
「来るぞ!」
 津波が来た。圧倒的な質量と恐怖を引き連れて、真っ黒な壁が東京を踏みつぶしに来た。
 大津波は国際展示場ビッグサイトやレインボーブリッジ、ゆりかもめや、東京ディズニーランドをも一瞬のうちに飲み込み破壊していく。
 湾岸に集結していた輸送船は、ほとんどが大破、沈没。もしくは流され、岸壁に打ちあげられた。
 津波は勢いを弱める事なく垂直の壁のまま晴海埠頭へと迫る。
 轟音の中、千昭はタイムリープの機械を最大出力で作動させた。
 集めた子供たちや母親はひとかたまりになり、互いに固く手を握り合った。その先頭には真琴と千昭、そしてオレ。
 鮮やかな緑の光が広がると壁になり、オレたちを包み込んだ。
 その瞬間、津波がオレたちの上に崩れ落ちた。皆思わず目を閉じた。
 溺れなかった。
それどころかまるで水の中のだとは感じなかった。
 ごうごうと流れる水の圧力を感じない。オレたちは光に包まれて津波の中を進んでゆくことが出来る。
 先頭に立ち誇らしげな顔で進む真琴を見て、オレは旧約聖書に出て来るモーゼを思い浮かべた。
 奴隷を引き連れ、エジプトを脱出したモーゼが紅海を断ち割り、その中を進んだと言う、あの物語だ。
 やがて、水の壁は暗い虚無の闇に変わり、そして白く光る出口が見えて来た。
「やった!」真琴が真っ先に飛び出していく。
 そのあとに子供たちが続く、オレも千昭も走り出した。
「ここは、どこ?」
 真琴が聞く。
 着いた所は日差しの明るい小高い丘の上、緑が濃く、人家も電柱も見当たらない。
「日本じゃないのか?」
 オレもあたりを見渡したが、まったく人の気配が感じられなかった。
「ここは日本。いや日本と言う名前すら、まだない場所だ・・・」千昭が答えた。
「え?・・・・」
「どういうことだ」
「今はたぶん弥生時代、現代から1800年以上過去の日本だよ」
「もしかしてあの携帯が出土した時代?」真琴が自分の携帯を見つめている。
「そう、これが俺の役割だったんだろうな、きっと」
 千昭の手元には、あのぼろぼろの携帯はなかった。時空の狭間に落としたか、それとも消滅したか。
「ねぇ千昭教えて。あの携帯の見つかった古墳って誰のお墓なの」
「あれは・・・邪馬台国の卑弥呼の墓だと言われている」
 
 それを聞いた時の真琴の顔は忘れられない。
「私が卑弥呼かぁ〜〜〜!いいね、それ!」
 最高の笑顔だった。
 オレたちは、ひっくり返って笑った。
 沈没寸前の日本から、時空を超えて移住した数十人が、邪馬台国を作ったとしたら。
 そして、それが日本の始まりだとしたら。
 これは、ありなんだろうな。

 了

 
 あとがき
 作者の桜井です。
 最初にあやまってしまいます。すみません、こんなネタで(笑)
 でも敬愛する小松左京先生の原作を筒井康隆先生が「日本以外全部沈没」というタイトルでパロディにしてるでしょ。
 夏に見た「時をかける少女」も筒井先生の原作だし、じゃあこんなものいいかぁ!
 なんてノリで一気に書き上げてしまいました。
 樋口監督の「日本沈没」も面白かった。
 ラストの扱いには賛否両論あるでしょうが、私としては樋口版の「日本沈没」が見られた事、単なるリメイクではなかった事に感激しました。
 それは「時をかける少女」も同じ事。
 過去の作品をリメイクしても自分の魂はしっかり注ぎ込む、そんな決意がとても潔いと思います。

いやはや、一気に読みましたが、凄い迫力ですね。

私自身、阪神淡路大震災と、東日本大震災を体験しているもので、
これは空想小説ではなく、かなりのリアリティーに溢れた作品に思えました。

尤も、阪神淡路大震災の時は、パニックは起こりませんでした。
「時間が経過すれば、どうにかなる」
これが、関西人独特の気質です。

それに引き換え、東日本大震災の場合は、様子が違います。
被災地ではない東京都民が、買い占め騒動を起こして、街中がパニック状態に陥りました。
岩手県や宮城県を襲った津波も恐怖でした。
私、津波のライブ中継は、初めて見ました。
大自然の前では、人間は無力です。

小松左京先生の「日本沈没」が発表された時、私は小学生でした。
その当時のベストセラーでしたが、残念な事に、読んでいないのですね。

筒井康隆先生の「時をかける少女」も、未だに読んでいません。
この小説が発表されたのは、今から48年前、
私が2歳の時でした。

「時をかける少女」を初めて知ったのは、角川映画でした。
あの大林宣彦監督の映画です。
主演は、原田知世さんだったかな?
懐かしい映画です。

因に、ガソリンスタンドで働いていた友人に聞いた話ですが、
ガソリンスタンドは、地震では出火しない構造に設計されてるそうです。
本当にガソリンスタンドが火事になったら、半径2キロメートル四方が全部吹っ飛ぶそうです。

この作品は、パロディの領域を超えていますね。
珠玉の名作です。
怪しい薬屋さん
読んでいただき、ありがとうございます。
この作品は細田版「時をかける少女」のキャラクターを樋口版「日本沈没」の世界に持ってきた作品です。
キャラクターの特性を生かして、日本の初めに戻るなんてオチを用意しました。

この3人の脱出経路については、東京都の地図と実際の避難経路を詳しく調べた覚えがあります。
それなりにリアルになるように、苦労しました。

なんかコミケと違って、すぐに感想をいただけるのはいいですね。
また別の作品も、発表してもいいですかね(笑)
是非とも、他の作品も読みたいです。

久し振りに、読書家魂に火が付きました。

如何に普段から、文芸作品から遠のいているのかという証拠ですね。
珠玉の作品群ですね。
怪しい薬屋さん

私の書いてる同人誌「特撮が来た」は特撮系の評論とマンガ、小説の本です。
コミケでは、そこそこ名を知られたサークルで、よく売れているそうです。
だもんで、私の書くものは基本的に「特撮作品」をベースにしたものが多いです。
では次の作品は、古いですが「ウルトラマン ティガ」から。

「レナ」という短編です。
この作品は、ウルトラマンティガの放送が終わった後に書いたものです。
ティガは、主人公のダイゴ隊員と、ヒロインのレナ隊員がちゃんと結ばれる珍しい作品です。
ダイゴ隊員はティガに変身する力を失いますが、レナ隊員と結婚します。
作品は、結婚前のふたりが婚前旅行をしているという設定になってます。
めずらしくエロチックなシーンも入れてあります。
では・・・・

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