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南海亭平太の保存箱コミュの○僕と彼女と彼女の幸せ

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「給料ドロボーめ!死んで詫びろ!」

今日もまた会社で容赦ないパワハラ発言を浴びせられた。

なぜ民間企業、中でも営業セクションというのはタフな精神の育成を盾にして暴力的で低俗なな発言を容認するのか、僕にはどうしても理解できない。理系の大学で研究に明け暮れた末に卒業して入社したのは念願の一部上場企業。なのに就いた職種は営業職。
ここには僕が生理的に嫌いな体育会系のノリが蔓延している。
その象徴が毎日僕を叱咤する課長の梶原。奴は朝の挨拶から大声でガサツだ。他人を威圧するに十分な体躯で社内のどこにいても目を引く存在感。
一方では低姿勢で礼儀正しい振る舞いで『やっぱり学生時代に体育会で鍛えられた賜物だ』なんて上司からの受けが良い。

そんな梶原が憂さ晴らしの標的にしているのが僕なんだろう。他の部下に比べて格段にあたりが厳しい。



退職覚悟で復讐してやろうか?
コンプライアンス事案で訴えてやろうか?


どちらも考えないわけではない。
けれど僕を踏みとどまらせているのは同じ社内の高田由紀子。同い年だが短大卒のため社歴は二年先輩の事務の女性。

彼女は僕が梶原に叱責される時、必ずこちらを見ている、同情的な憐れみの目で。そして可能な限り僕に声を掛けてくれる、満面の笑顔で。

その笑顔を見られるなら梶原のパワハラにも耐えられる。いや、むしろ彼女から声を掛けられるのなら梶原の叱責も甘んじて受けようではないか、喜んで。
そんな風に考えていたのが恋心である事に気付くのに時間はかからなかった。


そして勇気を出して食事に誘い
「会社じゃダメ人間だけど君が必要なんだ」
と告白した。

断られたら梶原に復讐して会社を辞める覚悟で。


「その言葉を待ってたの」
と言う彼女の返事で二人は恋人になった。




幸せの頂点に上り詰めた僕のアパートに次の日から新聞が届くようになった。



『政教新聞』
国政政党『創明党』の支持母体である宗教法人『公価学会』の機関紙だ。




しかし、それが理由で由紀子と距離を置こうとは微塵も思わなかった。それぐらい僕は由紀子にぞっこんだったのだ、この時すでに。


由紀子が学会員であることさえ気にならなければ二人の交際は順調だった。

心なしか梶原課長の僕に対する態度も柔らかくなった気がする。替わりにパワハラのターゲットは同僚の松本に移っていった。
松本は僕と違いどちらかというと梶原課長タイプのポジティブなイメージだった。


しかし由紀子は松本にも優しかった。僕の不満はそこに凝縮された。
「なんで松本に優しくするの?」
と子供のような焼きもちを妬き、幼稚な言葉を発してしまった。

「あなたもそう、松本くんもそう。可哀想な人を見ると元気出してほしくなるんだよね、あたし」

由紀子の優しさだと思った。
母性本能みたいな。

改めて彼女の優しさに触れた僕は満足した。けど僕の嫉妬心は完全には拭えなかった。




由紀子との交際が半年ほど過ぎた頃
「学会の総会があるから一緒に行かない?」
由紀子から初めて僕をデートに誘ってきた。

松本への嫉妬心も手伝って由紀子の独占欲が最高潮に達しかけてた僕にはむしろ渡りに舟だ。

僕は生まれて初めて公価学会の集まりに参加した。

県内最大のホテルで催された会合は人で溢れかえっていて驚嘆した。一人で不安になった僕はすぐに由紀子を見つけだせ安堵した。
「総会っていつもこんなにたくさんの人が来るの?」
と尋ねると
「そりゃ全国400万人の信者がいるからね」
と少し誇らしげな顔をしたように見えた。
しかしそれ以上に僕を驚かせたのは人数の多さよりも、たった一人の存在、梶原課長がいたことだった。




総会は支部長の挨拶から始まる。その挨拶をしたのが梶原だった。
会社の朝礼さながらに元気いっぱいの挨拶をする。
「みなさん、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。今日はいつもよりたくさんの人にご来場いただいており会場が狭くて申し訳ない。なぜなら未だ同士となっていただいていない方々が約半数来られてますから」


立食パーティー形式のテーブルに僕が食べたことのない高級食材が運ばれてきた。
キャビア、フォアグラ、鯨の刺身、北京ダック。

テーブルの上の北京ダックが僕に語った気がした。
(お前ら今日は入信の勧誘のための会合やぞ。それ解って儂らのこと食えよ)


僕は北京ダックに最後まで手を伸ばさなかったが、横から箸を伸ばしたのは由紀子だった。
「いや、僕は」
と断ろうとすると由紀子は僕に目もくれず北京ダックを乗せた皿を持って何処かへ行った。

会合だから色んな人と絡まないといけないのだろう。けど帰りは二人っきりだから我慢できる。
なんて考えていたのに由紀子の相手が気になって仕方ない僕は由紀子の相手に目をやった。


!!!

松本まで来てたのか!!!




もはや多くの説明は不要だ。

この会合は学会の新規会員の勧誘が目的であり、支部長である梶原は由紀子や他の信者に一般人の勧誘を指示し、由紀子は僕を入信させようと誘った、松本も同じように。


そもそも梶原課長の苛めとも言える会社での態度は演技であり、そこで優しくしてくれる由紀子になびかせ入信するように仕組まれた脚本どおりだった。
僕はまんまと梶原と由紀子の描いたシナリオどおりに踊らされていたのだ。



全てを察し、落胆した僕は由紀子に黙って会場を後にした。


死んでしまおうか。
どうせ生きていられまい。


頭をよぎった瞬間に由紀子からメールがきた

(どこに行ったの?)

騙されてたとわかった後でもやはり由紀子が愛しい。すぐに返信した。

(ごめん、先に会場でた)

(具合でも悪くなった?)


返信に窮した僕は、どうせなら言いたいことを全て言ってしまってから諦めよう。と思い
(二人で話せる?)
と返信した。


僕は会場だったホテルのラウンジまで戻り、由紀子はそこまで降りてきた。
コーヒーを飲みながら僕は切り出した。

「全部理解した。梶原課長が支部長で、由紀子が僕や松本を勧誘しようとしていたこと」
由紀子は黙っていたが僕は続けて核心に触れた
「つまり、由紀子が僕に優しくしてくれたのも、付き合ってくれたのも全部勧誘のためだったって事だよね?僕と松本は同列だったんだよね?」
否定を期待する質問をした。



かなりの間を置いて由紀子は話し始めた。


「あたし実は親の代からの信者なの。
教えとかにはあんまり興味ないんだけど会社に入ったのが梶原課長のコネなんだ。
だから梶原課長の言うがままにあなたや松本くんに接して勧誘しようとして……
ごめんなさい。。。」


で、僕に対する気持ちは?
と聞く度胸がでなかったが由紀子が答えてくれた。


「でもね、信じてほしいの。あなたのことが好きなのは本当。宗教とか勧誘とか関係なくこの気持ちは本物だよ!」



そう言った由紀子の笑顔が僕にとっては全ての答えだった。








僕は梶原課長を社内コンプライアンスで訴えた。課長は左遷され、僕らの前から姿を消した。
由紀子は正式に学会を退会することができた。




さて、これでようやく由紀子も幸せになることができる。
なぜなら僕と一緒の『ワウム心理教』に入信できるようになるからだ。

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