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南海亭平太の保存箱コミュの○種馬商事の面接

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毎朝5紙の新聞に目を通すのにももう慣れた。就職活動を初めて1ヶ月。日経平均株価やら世界状勢やら退屈な記事に目を通した後のスポーツ紙はやっぱりホッとする。
特にエロ記事だけど。

俺の就職活動は今日が本番。
日本有数の商事会社、種馬商事株式会社の最終面接の日だ。

会場であるホテルには一時間前に着いた。側にあるタリーズでコーヒーを飲みながらスマホを取りだし、某SNSのコミュニティを確認した。

『就活掲示板』

ここには俺と同じく種馬商事に入社希望の奴が三人いる。先に面接を終えた者が質問された内容を書き込もう、と協定を結んでいたのだ。

『ざっきー』というハンドルネームの奴の書き込みがあった。

『オレ朝イチだった。まずは今日の為替、株価とか聞かれた。
あとは志望動機なんかかな。

その後は最近の株価の傾向と今後の見通し。
種馬商事の自己資本比率とか難しい質問だった。』

まぁ全て俺の想定の範囲内だ。
こりゃいけるな。

そう思い意気揚々とホテルに入り面接の受付で名乗った。
「2時から面接いただく予定の橋田徹です。」
「どうぞ、こちらでお待ちください。」

さすがは一流商社だけあって受付女性のレベルが高い。
入社できたら社内婚だなこりゃ。
こんな事考えられるほどにリラックスできてる俺、大丈夫だな。


すぐに名前を呼ばれた。
「橋田様、『4』の部屋にお入りください。」
バスケ部出身の俺にとってはキャプテンナンバー、縁起がいい。

指定された部屋に入る直前、俺の頭の中の忌まわしい記憶がフラッシュバックした。


////////
学校から帰ると母がうずくまって泣いている。

その向こうに見えるのは首を吊っていた父。
父の顔は青くなり、その苦痛に歪んだ表情は生まれて初めて見たものだった。
////////

何とか気を取り直して面接の部屋をノックする。
室内から「どうぞ」と聞こえたら一つ一つの動作にメリハリを着けて入室。
入り口で二人の面接官に向かって「早稲大学からきました!橋田徹です!よろしくお願いします!」と大きな声で言えた。
促されて着席。足を肩幅ほどに開き、手は軽く握りながら膝の上に。

ここまでは満点、頭の中も適度な緊張感だ。
さあ質問こいよ!

「橋田くん、当社の志望動機を言ってくれるかな?」

「はい!わたしは御社の伝統と信頼、そして企業メッセージである『世界に繁栄を!』に感銘を受け、、、」

「はい、いいよもう。」
とスキンヘッドの面接官に遮られた。『専務・辻岡勝昭』と書いてある。辻岡専務は続けて質問した。
「じゃあさ、今朝の新聞に載ってた記事で印象に残った事を教えて。」


「はい、アメリカで、、、」

「はい、いいよ。
顔見りゃ新聞読み込んだ顔してるからね。じゃあさ、橋田くんは親御さんを大事にしていると思う?」


なんだそりゃ?
世界的商社の就職面接の質問か?
と思っていたのが顔に出たんだろう。

「なんでこんな質問を、て顔してるね。じゃ質問を変えよう。私はなぜ君にこんな質問をしてると思う?」


は?とんち問答か?


こんなものに正答も模範回答もなかろう。おそらく機転が利くかどうかを試されているのだろう。

「本日の面接は私で何人目でしょうか、察するに10人目ではないかと考えます。私が前の9人から質問内容に関する情報を得ているという前提で正答のないご質問をされたと考えますが。」

「まぁ概ね正解だよ。ただしそんなに面倒な答えは必要ない。『通り一遍の質問に飽きた』が正解だ。
ちなみに君の下の名前はなんだね?」

「テツと書いて徹ですが。」

「そう、質問の答えは今みたいに簡潔な方がよい。」


////////
そういえば父も無口だった。
自営で鉄工所を経営してた父は首を吊って死んだ日の朝、珍しく俺に笑いかけて言った。
「なんだかんだ言いながら健やかに育ってくれてありがとうな。」
それが俺の聞いた最後の父の肉声だった。
////////


しかし一体なんなんだよ!この面接は!もうちょっとまともな就職面接っぽいやり取りはないのか?

もう一人の寡黙そうな面接官『常務・伊藤勝美』が口を開いた。

「君はわが社で何をしたいのだね、職種は。」

来た!こういうのが俺の得意な質問さ!

「はい!やはり日本有数の商社である以上は第一線の営業職で活躍したいと思っています!」

「自分にその適正はあると思う?」

「はい!学生時代に接客のアルバイトを多く経験したために人と接することが大好きになりました。その経験を活かしたいと思います。」


伊藤常務は少し黙った後ニヤリと笑いながら言った。

「君は幾つかの思い違いをしている。
まず営業って仕事は第一線ではない。
例えて言うなら球の表面だ。組織を球に例えた場合社長や経営陣は中心部分。営業ってのは表面、ゆえに地面を這いずりまわり、時には前に、或いは後ろに引っ込むこともある。組織の中で一番高い位置にいる時もある。そういう職種だよ。
二つ目はアルバイト経験。
たかだかアルバイトの経験で社会勉強をしたような顔をする学生をわたしは信用しない。
アルバイトってのはいつでも辞められる辞めさせられる。そういう雇用形態なんだよ。今、わが社が欲しい人材は終身雇用を前提としても全身全霊で会社と社会に貢献しようとする人材だ。
最後は適正についてだ。
人と接するのが好きだから営業向きなんてナンセンス極まりない。
いいか、君はこれからモノを売る仕事に就こうとしているんだよ。売るってのはお金を介した物々交換だ。その双方に100%の満足があることなんて稀だろ?物を買う方はいつも『もっと安く』と考えてるんだよ。
君が一流のセールスマンを目指すなら人間関係なんて捨ててしまうぐらいの覚悟は必要だよ。」


開いた口がふさがらなかった。寡黙そうな伊藤常務の長い話に納得もしたが就職面接としては異例の内容なのではないか。

種馬商事という会社はこういう考え方で経営をしているのか。
どおりで……




「ま、君みたいな男に先行投資するのもわが社の度量だ!
内定は出すから来年から我々と一緒に働こうじゃないか!」








ともあれ、まずは目的を達せられた。すなわち種馬商事に入社できる。


////////
父の自殺の原因は経営不振による借金苦。
鉄工の値上がりと国内のデフレとの狭間で借金を重ねたところに最大の取引先であった種馬商事からの取引停止の通告。
自分には先がない、せめて自分の生命保険ぐらいは、と死を選んだ。


葬式に来たスーツ姿の二人の男と母が話している。
「子供のいないところで」
と母に促され部屋に入っていった。中からは母の嗚咽が漏れ聞こえた。
その部屋から出てきた男のスーツの胸に馬のバッヂが光っていた。
借金のカタにと母は夜の街で働き始めた。俺に毎日弁当を持たせて普通の高校生と同じように生活させて大学にまで行かせるために。

大学で就職活動を始めたころ、あの父の葬儀で見た馬のバッヂが種馬商事の社章だと知った。

俺は決心した。

種馬商事に復讐しよう。
相手は巨大商社。
真っ向相手では敵うまい。
中から崩壊させてやろう、と。

そのための貴重な一歩を今日踏み出したのだ。






家に帰ると母がうずくまっていた。

意識がない。

「今からすぐに病院連れていってやるからな!」


救急病院の待合室で怒りが込み上げてきた。

母が身体を悪くしたのも元はと言えば種馬商事のせいだ。父を殺し、母まで、、、

俺は復讐の意をさらに強くした。


かろうじて意識を取り戻した母は口元に俺を引き寄せて朦朧と話し始めた。

「ぶつだんのした、、のひきだしに、、、」

母の最後の言葉になった。



仏壇の引出しには預金通帳が入っていた。

預金通帳の残高を見て目を疑った。
85000000

え?8500万?

よく見ると毎月80万円が振り込まれていた。
タネウマショウジ(カ
とある。


俺は全てを察した。

父の自殺に責任を感じた種馬商事は母の意思とは無関係に毎月お金を振り込んでいたのだろう。
母はそれに頼らずに昼夜問わず働き、俺を養ってくれた。


驚くべきは種馬商事の情の厚さ。
父亡き後10年足らずの間、一度も滞ることなくお金を振り込み続けていたこと。
おそらく今日の面接でも俺の事を知った上での対応だったのだろう。



種馬商事を許せるかどうかは解らない。
しかし復讐の意志が氷解していったのは確かだった。


止めどなく溢れる涙は母を失った悲しみのものだけではなかった。



////////

「わたしは学生時代にサークルを立ち上げました。それを足掛かりに他校との交流を深め人間関係を広げることができました!」


「一つ言っておくけど学生時代の利害のない人間関係なんてクソほどの役にも立たないよ。
でもだからこそ、それを大事にできる君みたいな男とは一緒に働いてみたい。
君に先行投資するのもわが社の度量だ!
一次は合格にしておくから二次面接も頑張ってな!」


俺は今、種馬商事の採用担当として学生たちの相手をする日々を送っている。

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