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南海亭平太の保存箱コミュのブラックシープ

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たった一回のセックスにしては高すぎる代償だ。

「わたしの部屋で飲みなおしません?」なんて女のセリフは「抱いて」と同義だと思ってた。だからこそ会社の忘年会の後、庶務課の吉田華子を抱いた。華子が江川常務の愛人だと知らずに。

原田義弘は上司である国定部長に呼び出され唐突に告げられた。

「来週から福知山営業所に異動だ。」

入社以来10年、本社の事務方としてつつがなくやってきたのに、たった一回の過ちと呼ぶにも値しない情事の結果がこの仕打ち。

「福知山??何県ですか?」
「県じゃない。京都府だ。」

原田は生まれて初めて東京を離れ関西へ行くことになった。

※※※※※※
種馬商事株式会社福知山営業所ではその日東京から来る転勤社員を迎える準備が進められていた。
『ようこそ福知山営業所へ!』と書かれた紙が壁に貼られ四人のメンバーは整理と掃除を分担している。

「あー!所長!今わたしのお尻触ったやろ!金取るで!」
「触った、て手の甲が当たっただけやんけ。」
「所長、またルミのケツ触ったんすか!」
「あほ!手の甲側やったら痴漢にもならんのやて、畑中が言うてたわい。」
「畑中て誰やねん。」
「わしのツレの弁護士や。」
「知らんがなっ!」

「あ、タニケン歓迎会の店予約入れたか?」
「わ、忘れてました!」
「あほか!大事な大事な新しい仲間やぞ、すぐ『とりなご』に電話しろ!」
「わ分かりました。」

騒然と、しかし段取り良く原田を迎える準備は進んだ。

この四人の中では最年長、所長の佐野満が言った。
「ほならヨースケ、わしは原田くん迎えに駅まで行ってくるぞ!」

ヨースケこと若いイケメンの薬師寺洋輔が
「いやいや、所長。俺が行きます。原田って俺の同期入社やし、いきなり所長が行ったら恐縮しおるかもしれんでしょ?」

そこに口を挟んだのは紅一点の内田留美子
「恐縮するような所長違うやろ。どう考えても、」
「こら、ルミ!ボーナス減らすぞ!」
所長が笑いながら言うと
「もう先週に振り込まれてたから減らせるもんなら減らしてみろ。」
と反省の様子もない。

「所長!とりなご予約入れました!」
大声で叫んだのは最年少のタニケン、谷憲司である。

結局、原田を駅まで迎えに行ったのはヨースケ。外には雪がちらついていた。


※※※※※※
東京からの新幹線を京都で降りて特急で一時間余り北上すると福知山に着く。

東京からの車中、原田はずっと憂鬱な気持ちでいた。
生まれて初めての関西、入社以来初めての営業職。いずれも心躍るものでは決してなかった。しかし原田は華子との夜を思い起こすたびに勃起していた。
(勃ってるぐらいなら俺も大丈夫だろう。)
自らの精神状態を性的興奮で判断した。

福知山駅で降りると雪が降っていた。頭が白くなったサラリーマンがこちらに寄ってきて
「原田さん?」
と尋ねた。黙って頷くと
「種馬商事の薬師寺洋輔です。迎えに来たよ。」
そのイケメンの笑顔は降りしきる雪の持つ陰鬱なイメージを吹き飛ばすに十分なほど明るい。
「聞くところによると同期入社らしいんやけど何年入社なん?」
続いて投げ掛けられた関西弁を聞いてここが東京でないことを実感した。

二人は車に乗り込み事務所へ向かった。入社以来の経歴など原田が一方的に喋りながら事務所前に車を付け原田が降りる間際にヨースケは言った。
「ここが福知山営業所や。社内では『ブラックシープ』て呼ばれてるけど。」

『ブラックシープ』?
あとでググってみようと思いながら事務所に入った。
事務所に入るや否や佐野所長が
「すぐにとりなご行くぞ!挨拶はそこでしよう。」
と言ったため、すぐにタクシーに乗り込み焼き鳥屋『とりなご』の鴨鍋を囲んだ。
原田の横に座ったルミは何故か不機嫌に見えた。

五人に対して七杯の生ビールが運ばれると所長の佐野が切り出した。
「ほんなら原田くんの歓迎会や、ようこそ福知山営業所へ。ま、慣れん土地やろから肩の力抜いて、ようけ飲んで食って喋ってくれな!ほな一言挨拶頼むわ。」
原田は緊張解れぬまま話始めた
「本社から来た原田義弘です。全く知らない土地と職種への異動を拝命し戸惑っています。みなさん色々勉強させてください。よろしくお願いします。」

「おもんないっちゅうねん。」
と囁くルミの声を掻き消すようにヨースケが言った。
「ほなカンパーイ!」

皆がジョッキを合わせ一旦口を付け、口を離した時、所長とヨースケのビールは既に空になっていた。原田は七杯注文した理由がわかった。

『とりなご』の鴨鍋はだし汁があっさりとしていて、いくらでも食べられる。皆の箸は止まらなかった、喋りも然り。

「いつ食ってもここの鍋は史上最強やわ!な?原田!」
最初に話を振ったのは同期のヨースケ。
「うん、確かに美味しい。」

ヨースケの勢いある物言いが生来のものか営業で培われたものかは解らない。ただ自分はこういう話し方はできないだろうな、と原田は少し劣等感を感じた。
話が一段落したところで所長が言った。
「そろそろ一人ずつ自己紹介して行こか。ルミから順番に。」
「なんでウチからやねん!」
「レディファーストやんけ。」
「意味が違うやろ!」
「そうか?ほんならワシから。
ワシは所長の佐野満。50前のアラゴー世代や。ま、小娘に生意気な口叩かれる威厳のない所長やけど給料だけは一番貰ってる。今日はワシの奢りやからいっぱい飲んでくれ!
次はタニケン。いけ。」

「あ、はい。谷憲司です。26歳の入社四年目です。新しい先輩ができて嬉しいんで仲良くしてください。」

即座にヨースケが
「嘘つけ!タニケン。
原田、こいつは謙虚に見えて野心家の腹黒男やから気を付けなあかんで!」

所長もルミも笑っている。

「で、俺は薬師寺洋輔。原田の同期や。ここの営業所のエースやな。
おいルミ、お前や。」

「内田留美子です。所長のセクハラに頭痛めてる処女です。てへ。」

「嘘付け!アバズレ!」
またも笑いながら言ったのはヨースケ。

とりあえず全員の名前を聞いた原田は思った。

ここには本社にあってはならないセクハラ、パワハラ、暴言、放言が数多くある。
けれど何だか心地よく耳に入ってくるのは何故か、関西弁だから?…


「ま、こいつらはこんな穀潰し、ブラックシープ言われてるけど皆ワシの家族みたいなもんや!原田くんも今日から仲間やで!」
安物のシナリオライターが書きそうな所長の言葉に原田の答えは導かれた。

(そうだ、ここには愛が溢れている。)
安物のシナリオライターは自分も同じだ。


※※※※※※

とりなごを出たところで所長が原田に呟いた。
「皆は帰るけど二人でもう一軒行くで。」
所長に連れられて行った店は場末のスナック『酔いどれ』アラフォーの派手な化粧のママが一人で切り盛りしていた。

カウンターに座った原田は焼酎のお湯割りを片手な所長に切り出した。
「ここのメンバーは皆が自然体ですね。」
「みんな片田舎のやんちゃ坊主って感じやろ?」
「坊主、だけでなくあのルミちゃんて子もなんか飾ってないっていうか…」
「原田くん、本社ではワシらの事を『ブラックシープ』て言うてるんやろ?」

また聞いた『ブラックシープ』。
原田はついに所長に尋ねた。
「ブラックシープって何ですか?」

「ん?社内では有名なんやろ?うちら福知山営業所のメンツは会社の厄介者、ブラックシープってな。」

「群れの中の黒い羊って意味なんやって。」
とママが口を挟んだ。

所長は急にトーンを変え
「原田、お前は上司の女を寝とった男やろ。ヨースケはパワハラ。タニケンは精神の病気。ルミは恋愛依存。みんな問題がある、とされてる奴の集まりなんや、うちは。」
上司の女を寝とったとは心外だったが話の腰を折りたくなかった原田は続けた。
「てことは所長も何か?」
「この人は…」
と答えようとするママを遮って所長が
「まぁまぁ、ワシの話は長くなるからな!
ママ!カラオケ入れてくれや!原田、なんか歌え!」

原田は十八番のハイスタンダードを歌った。
その後の事は覚えていない。

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