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日記コワイアルコミュの『まただめだった』

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高坂司郎は幼いころに誘拐されたことがある。
いや、正確には『されかけたことがあるかもしれない』だ。なぜなら高坂にはそのときの記憶がないからだ。
知らないおじさん――顔なんてもう覚えていないので本当に知らない人かも不明だが――が当時欲しかった新発売のおもちゃをくれて「ぼく、一人? なら、おじさんと遊ぼう」と言った。そこまでしか記憶にない。
だから本当は誘拐なんかされていなくて、近所の優しいおじさんが構ってくれただけなのかもしれない。高坂が子供のころは今と違ってそういうことが許容されていた時代だった。
もちろん、当時にも変質者はいた。おもちゃに釣られた馬鹿な子供が性的虐待を受けてトラウマから記憶を封印しただけかもしれない。かもしれない。かもしれない、だ。
高坂が成人して十年が経った。いい頃合かもしれないなと思った。仕事漬けの八年間だったため、貯金も有給もたっぷりある。
上司に休暇の申請をすると「お前がいないと困るんだけどな」と渋い顔をしつつも丸一週間の休みを認めてくれた。

休みの初日、電車で一時間ほどかけて実家に戻る。久しぶりに会った母は以前よりも小さくなったように感じられた。「帰ってくるなら連絡くらいしなさい」だの「仕事はどうしたの」だのとうるさいが、その顔はどこか嬉しそうだ。
「仕事は一週間休みとった。ちょっとリフレッシュしようと思って」
本当の理由は言えない。
「あらそうなの? しばらくこっちにいるならあんたの部屋綺麗にしなきゃね」
「いや、いいよ。旅行にも行くつもりだからそんなに長くいるつもりないし」
あからさまに落胆するその姿に胸がちくりと痛む。さっさとこの件を決着させて親孝行でもしないといけない気にさせられた。
高坂は荷物をかつての自室に放り込むと、庭にある物置の中を調べることにした。
あのおもちゃがなにか分かれば、事件の日付が分かる。当時流行っていたアニメのおもちゃで当日に発売されたばかりのものだった。その前後の新聞を調べれば、誘拐事件なら結末まで一気に分かる。
一時間ほど物置をひっくり返した結果、件のおもちゃは見つかった。
いろいろなところが擦り切れていて、かなり使い込んだあとが窺える。自分のことなのに他人事のように考えている自分に気づき、大人になるというのはこういうことかと思った。
物置をもとあったように戻し終えたところで埃まみれになった姿を母に見つかり怒られた。母に怒られるなんて一体何年ぶりだろう。
風呂に入り、出ると父が帰ってきていた。
久しぶりに会った父は母同様、すっかり小さくなっていた。
「もっと帰って来い。母さんが寂しがってる」
晩酌に付き合っていると、父はただ一言ポツリと呟いた。そしてそれっきり黙ってしまった。

翌日、高坂は地元の図書館にいた。スマートフォンで調べたおもちゃの情報から判明した日付の新聞を探すためだ。おもちゃの情報については2ちゃんねるに写真を上げたら日付から値段まであっという間に答えが返ってきた。
当時の新聞を一枚一枚慎重に見ていく。
そして見つけた。二日後の朝刊にそれなりに大きな記事で誘拐事件が伝えられていた。
やっぱり誘拐されていたのか。
その事実は予想していた以上に高坂の気道を締め上げた。
だが、そこで高坂は気づいた。
名前が違う……。
誘拐されたのは年齢は高坂と同じだが平田雄治という少年だった。それに同じ県内ではあるが、それなりに距離も離れている。
落胆と安堵が入り混じったようなもやもやを抱えて、高坂は新聞を読み進める。一月ほど進んだところで続報を見つけた。

山中で少年の遺体発見される。誘拐事件との関連を捜査中。

高坂は今度こそはっきりと落胆していた。
図書館からの帰り道、平田少年についてネットで調べると、彼はずいぶんと惨い殺され方をしたようだった。
致命傷となった頭蓋骨の陥没のほかに、歯はすべて抜かれ顔を念入りに潰され、挙句灯油をかけられ焼かれていたそうだ。身元を隠すためなのだろうが、酷いことだ。
そこまでしても結局は身元は判明してしまっている。焼けた衣類の繊維が平田少年が失踪当時きていたものと同定されたのだ。
見上げると、空はもう暗い。田舎というほどでもないが、高坂が普段住んでいるところに比べれば空気も綺麗で、夜も早かった。街灯が少ないため闇が深いが、その分星がよく見える。
暗闇にいるものだけが星を見つけることができるのだ。

実家に戻ると、食事の用意ができていた。
高坂が帰ってくるのを待っていたようで、父も既に食卓についていた。
「そういえば昨日は物置なんかひっくり返して、なにしてたの?」
「ああ、ちょっと。子供の頃お気に入りだったおもちゃがまだあるか気になって。プレミアついてるのあったらいいなとか思ってさ」
高坂はあらかじめ用意していた答えを返す。だが、
「そ、そう……。ならいいんだけど」
母は明らかに動揺していた。
「どうしたの?」
高坂は不審に思う。
「いいから黙って食べなさい」
父が強い口調で言った。

食事のあと、高坂は父の部屋を訪ねた。あのおもちゃを持って。
ノックのあとに入ると、そこには母もいた。
「父さん。このおもちゃ、見覚えある?」
それを見た瞬間母が泣き出した。
「お前、どこまで思い出したんだ」
声が震わせながら父が言った。
なにも。そう言うと父は少しほっとしたような顔を見せたあと、ぽつりぽつりと語りはじめた。

あの日、高坂は確かに誘拐されていた。
本当の高坂司郎はその前の日に既に事故で死んでいた。最愛の息子をなくした母は壊れる寸前まで追い詰められた。
代わりの子供がいれば。見かねた父が考えた唯一の方法がそれだった。きっと父自身も気づかないうちに狂気の淵に立っていたのだろう。
新発売のおもちゃを使って、子供をひとり拐かした。もちろんそのまま暮らせば近所にはバレる。
だから、子供が病気だと偽りその療養のためという口実で引越しをした。
そして本物の高坂司郎の体は特徴を潰した上で山中で焼いたのだそうだ。誘拐殺人として捜査が終わるように。

夫婦ともにずっと罪悪感を抱えていた。父はそう言ったきり、それ以上口を開かなかった。
高坂は混乱していた。自分が本当の子供ではない。両親は誘拐犯だった。自分は平田雄治で、本当の高坂司郎はもう死んでいる。事実の大きさが許容量を超えてしまっていた。
高坂はいたたまれなくなって、その場をあとにした。
自分の部屋へとふらふらと戻る。戻りながらいろいろなことを考える。
昔の自分。今の自分。高坂司郎。平田雄治。
そこまで考えて高坂は違和感を覚えた。そうだ、平田雄治だ。
父はさっき事故だと言ったが、平田雄治の死因は頭部の打撲だ。
誰かが殴った場合と事故とでは、傷のつき方が違う。警察が調べれば一発で分かることだし、新聞にもそのように書いてあった。
それに、いくら事実を隠すためとはいえ自分の息子の顔を判別がつかなくなるくらいまで潰せるものだろうか。
もしかして――
思考に没頭しているうちに、いつのまにか自室のドアの前にいた。
ドアを開けようとして、なんとなく後ろを振り向いた。






母が、いた。





『       』




 

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