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日記コワイアルコミュの   男友達

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 国道沿いの寂れた無人駅の待合室のベンチに腰掛けて、その日俺は無性に苛立っていた。
…学割が、とれなかったのだ。
 交付手続きだけはしていたもののつい面倒でぎりぎりまで受取を先延ばしにし、今朝になって慌てて大学に行ったら学生課の扉は施錠されていた。
 なんでだよ、今日ただの土曜日じゃねえかふざけんな働けよ糞が、顔も思い出せない学生課の職員に胸の内で毒づいてみながら、いつもこうだ、と自嘲じみた溜息がもれる。―俺は、いつも、こうだ。
 むかつくのは、学割がないせいで理不尽に高い金を支払ってJRに乗るはめになったこと。手に入らない学割のためにわざわざ大学まで出向いた無意味な労力。もちろんそれもあるが、そういうことじゃなくてもっとこう、問題の根本は別にあるように思えた。
 なにをやっても、どこにいても上手くいかない。受け入れられない。学生課のあの固い扉は世間そのものだった。俺を拒絶し、排斥する。立ち入りを認められない俺は入口の向こう側でただ立ち尽くすしかないのだ。

 ―大体、あいつが急に会おうなんて言い出すのが悪いんだ。 ―
 そんな強引な責任転嫁をしてみる。俺はその日、久しぶりに幼馴染と会う約束をしていた。むこうの提案で、互いが住む町のちょうど真ん中くらいで待ち合わせることになっていたのだ。
 幼馴染とは小・中・高・オン・ソワカとずっと一緒で、しかし去年の春あいつだけが第一志望だった東京の大学に受かり、俺は滑り止め(というより本番のための予行演習くらいに甘く考えていた)の地方の大学になんとかひっかかった。以来、会うのは年に数回互いが帰省したときだけになってしまったが、しかし今でもSNSやポケベルなんかで毎日のように連絡を取り合う仲だった。
 今回も、あいつが「1101」と送ってきたので俺は「もうすぐ夏休みだからそん時会おうぜ」と言った。すると「8110 10 508」 だという。うるせーよ、知らねーよ。
 サークルやそこでできた新しい友人の話をする幼馴染はいつも楽しそうだった。
 昔からそうだ。あいつはいつだって人の輪の中心にいた。あいつには人に好かれる天性の才能がある。選ぶ言葉、喋るスピード、表情、立ち居振る舞い、そのいちいちが皆を惹きつけるのだ。
 あいつは自身の大学生活を、誇張とユーモアとを織り交ぜて俺に聞かせた。そこに登場するのは知らない名前のやつらばかりなのに、俺はまるで古くからの近しい仲間のことのように親しみを持ち、ばか笑いした。あいつの話は俺を楽しませる。だが同時に傷つけもする。こどもの頃からずっとそうだった。あいつの人生ばかりが順調なように思えた。

 不意に、どさりと音がし、横を振り返る。
 五十代半ばくらいだろうか、灰色の作業着を着た、後頭部の禿げあがったおっさんが俺のすぐ隣に腰掛けていた。おっさんは両手で飲みかけの缶コーヒーを弄りながら、口笛を吹き始めた。…聞いたことある曲だ。なんだったろう、小学校の音楽の授業で習ったのか、もしくは美空ひばりとか裕次郎とか、そういう昭和系のやつだろうか?いずれにせよ、口笛の音色はなぜか物悲しい。
 ぼんやりと思いを巡らしていると、やがて口笛が止んだ。そしておっさんがぽつりと漏らす。
「娘がねえ、いるんだよ。ひとりね。」
 なんだどうした急に。…俺に話しかけているのか?
「はぁ…」
 俺のぎこちない返事を聞くとおっさんは満足そうにふっと笑い、「もう長いこと会ってないけどな」とつけ加えた。
「兄ちゃん、あんた、何歳だ」
「…ハタチです」
「ハタチかあ」
 おっさんは立ち上がってひょこひょこと数歩歩き、自販機と券売機に挟まれたゴミ箱に空き缶を放ると、「あんた、そんなら選挙には行きんさいよ」とだけ言った。おっさんの歩き方が不自然なのに気づき何気なく足下に視線をやる。寸足らずの右のズボンの裾から覗く足が、義足だった。なぜだか咄嗟にまずい、と思い目を逸らしてしまった。
 やがてゆるやかなカーブを描いて列車がホームに滑り込み、俺もおっさんもそれに乗り込んだ。空席だらけのその単行列車で俺たちは端と端に離れて座ったので、そこからは一言も言葉を交わしてはいない。けれどおっさんが四つ目の駅で下車してからも俺はずっとあのおっさんが娘と片足の他に失ったものについて考えていた。…ばかばかしい、俺はいつだってこんなふうに答えの出ない自問を繰り返している。どんだけ考えたってわかるわけがないのだ。何ひとつ手に入れていない俺は、まだ何も失ってなどいないのだから。

 そしてその日、俺は幼馴染には会えなかった。
 約束の場所にいつまでたってもあいつは現れなかった。
 「0106」「889」「01」「10105」「14106」俺のメッセージはことごとくあいつに届くことはなかった。



 あいつは待ち合わせ場所に向かう途中で事故に遭っていた。 即死だったそうだ。
 現場に居合わせた人の証言によれば、歩きながらポケベルを見ていたらしい。おそらく、俺が送った数字の羅列を解読することに夢中になっていたのだろう。なにやってんだよ、ばかじゃねえの、だからポケベルなんてもうやめようって俺は何度も言ったんだ。ふざけんな、命を粗末にしやがって、ばかやろう。
 命を粗末にしやがって、と文字にして思った瞬間、そんな自分に驚いた。ああそうか、人は悲しいとき本当にこういう風に思うのか、と。言いようのない絶望はこんなありふれたワードに変換されるものなのか、と。

 幼馴染の自宅に駆けつけた俺に、あいつの母親は泣き腫らした赤い目で「ありがとうね」と言った。…いたたまれなかった。もう遅いから家の人も心配するだろうしとりあえず一旦は帰りなさい、というようなことを言われたが、俺は「もうすこしあいつの傍にいさせてください」と言った。迷惑だったのかもしれない、母親は一瞬沈黙し、けれど「あの子のことを思ってくれてありがとう」と赤い目で微笑み、俺が居座ることを許してくれた。
 部屋には親戚の人間が数人集まっていて、葬儀屋らしい中年の男と何か打ち合わせをしていた。坊さんに支払うお布施の金額はどれくらいが相場だとか、弁当の数だとか、そんなやりとりが聞こえてきた。中にはあいつ名義の銀行口座の心配をし、早めに解約しといた方があとあとめんどくさくないんじゃないの、なんてアドバイスをあいつの母親にしている婆さんもいて、俺を複雑な気分にさせた。
 なぜ俺はいまここにいるのだろう。
 なにもできやしないのに。
 そんなの決まっているじゃないか、こいつの死を悼んでいるからだ。離れたくなかったからだ。一緒にいてやりたかったんだ。…いや、果たしてそうか?ただのパフォーマンスじゃないのか?
 もちろん事故に遭ったのは俺のせいじゃない、そんなことはあいつの家族だってちゃんとわかってる。けれど、心の奥底で、どれだけ拭っても拭っても取り除けない染みみたいな感情があるだろう。俺がそうであるように。そうだ。もしも、もしもあいつが【俺に会いにさえ行かなければ。】そしたらあいつは今頃死なずにすんでいたんじゃないのか―?
 あいつを想う人たちに、俺は見せつけたかっただけなのかもしれない。俺だって遺された一人なんだよ、俺も悲しんでいるんだよ、俺はこんなことを望んでなどいなかった、だから俺のことは許してくれ、責めないでくれよと。俺はどこまでも、卑怯だ。

「…くん。」
 俺の名前が呼ばれ、はっとして顔をあげる。
 白髪混じりの初老の男が、「今日は大変だったろう、すまなかったね」と目を細めた。目元と、あと唇の形が少しだけ、あいつに似ている気がする。
 あいつの父親の兄だと名乗るその男性から聞かされた話は、意外なものだった。

 いじめとか、そこまでのことではない。けれどあいつは大学生活になじめず、ずっとひとりぼっちだったこと。
 サークルどころか、最近は授業さえも休みがちになっていたこと。
 だから久しぶりに俺に会うのをすごく楽しみにしていて、家族にも嬉しそうに喋っていたらしいこと。
 あと、あいつが事故直前にいじっていたのはやっぱスマホ(ぼんやり)だったらしいこと。

 あの子にも君みたいな友人が一人でもいてよかった、男性はそういうと、誰かに呼ばれてどこかへ行った。

 なんなんだよ

 おい、なんだよそれ、どうなってんだよ。
 おまえはいつだって笑っていたじゃないか。おまえはいつも皆の中心で、自信に溢れていて、光で、だって、おまえは――。
 涙があふれてきて仕方なかった。
 俺たちはもっと話すべきことがあったんじゃないのか、おまえも俺と同じだったのか?たかだか学割がとれなかったくらいで自身を不遇だ非力だと嘆き、目の前の扉は開かないと決めつけて泣きべそをかくようなただのガキだったのか?

「なんで死んだんだよ、なんでポケベル(あるいはスマホ)なんて見ながら歩いてたんだよ、なんでだよ、なんでなんだよ」
 気が付くと俺は泣きながら棺に話しかけていた。

「なんで死んだんだよ。答えろよ、答えろよおまえ…」
 答えなんて返ってくるはずがなく、もう二度と話すことは出来ないという現実を叩きつけられる。それを受け入れられない俺はただただ繰り返す。

――ポケベル。

 ふと脳裏にポケベルという言葉がよぎる。(よぎるも何もさっきから声に出ている)
 声は届かなくても、ポケベルなら届くかもしれない。馬鹿だと思われるかもしれないが本当にそう思った。 すぐに携帯を取り出して「01 096」「889 0964」とメッセージを飛ばす。
 そして続けざまに携帯メールとLINEと伝書鳩を飛ばした。あらゆる手段で繋がろうと悪あがきをした。何度も何度もメールを送る。しかし返信はなかった。

 何通(何羽)飛ばしたのか分かんなくなってその場で泣き崩れていると、ふと携帯の着信ランプが青く光っているのに気が付いた。青はメールの着信だ。

 携帯を開くと、送信者には幼馴染の名前が

 何かの間違いじゃないかと何度も確認をするが、間違いなくあいつのアドレスから送られてきていた。起こっていることが理解できずに、メールが開けない。
 今の今まで繋がろうと必死だったのに、そこにあいつの名前があることに嬉しさよりもむしろ胸騒ぎのようなものを覚える。絶対に起こりえない事が起こると、本当に世界がぐるぐる回るんだと、その時初めて知った。

 幼馴染の携帯は棺の中に入っている。しばし呆然としながらも、震える手でメールを開く。

「 ウラギ リ モノ 」

 そこにはこう書かれていた。 意味がわからなくて更に世界がぐるぐる回る。ウラギリモノ?誰が?俺が?

 棺の中には、最後に持っていたものが遺品として一緒に納められていた。
 二本のロープ、二人分の精酸カリ、二通の便箋、二枚の三角巾、二本の紅テングタケ、二枚の崖への地図、二本の三節混、壊れた携帯、そして壊れたポケベル。
 棺の中の幼馴染は心なしかニヤリと笑っている様だった。俺は急に恐ろしくなった。何よりメールを返さないと呪われそうな気がして、頭の整理がつかないまま返信をした。

「 の 名をうけて 」

 すると、すぐさま返信があった。

「 ス ベテ ヲ  ス テテ 」

 怖い。しかし返さないと呪われる(気がする)。俺もすぐさま返信をした。

「 戦う男 」

 部屋には棺の中の幼馴染と俺しかいない。このままではヤバい、いよいよヤバい。そう思った時、遅れていたお坊さんが到着して葬儀が始まった。
 お坊さんの読経のリズムに合わせて「あ〜くまの力、みに〜つけた。せいぎのひぃ〜ろ〜」 を頭の中で繰り返した。それがあいつにしてやれる最後のことだと思ったからだ。



 葬儀の帰り。項垂れて帰る俺の肩に一羽の鳩がとまった。足には手紙がついていた。取って広げると、そこにはこう書かれていた。


「 ダ レ モ シ ラ ナ イ 」


 エンディングの方が始まっていたのです。

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