日記コワイアルコミュの雨姥

大学時代の友達から聞いた話。



子どもの頃、夏になると東北出身の母親の実家に里帰りしてた。母親の実家は結構な田舎で周りは山しかなかった。

ある年のこと、おばあちゃんが草餅をこしらえてて、俺はてっきり俺のために作ってるんだと思った。
「おばあちゃん、草餅もらうね！」
そう言って手を伸ばしたらさ、バシッとはたかれて「これは御供えもんだ！ 絶対に食べるんじゃないよ！」って普段のニコニコしたおばあちゃんからは想像できない凄い形相で怒られたんだ。
すげえビビった。慌てて謝って逃げだした。

しばらく外で遊んで戻ってきたら縁側に草餅が二つ皿に載ってた。それで「あ、おばあちゃんやっぱり俺の分も作ってくれたんだ」って思って食べた。
それで風呂浴びてゴロゴロしてたら、おばあちゃんが怖い顔してやってきて「○○、草餅食ったか！」って言った。
それであれは食べちゃ駄目だったんだって理解したから、必死で嘘ついた。
「え、草餅あるの？ どこどこ？」
内心冷や汗垂らしながらそう惚けたら、
「食ってないならいい」ってそのまま歩いていった。
で、その後は特になにもなく晩飯食って寝た。

なんだか夜中に目が覚めちまって布団の中でぼうっとしてた。ピチャピチャって音がしたから雨が降ってんなーとか考えてた。でもなんか変だった。
ピチャピチャ音がしてるんだけど。まるで雨が歩いてるみたいに聞こえた。家の周りをぐるぐる回るみたいにピチャピチャピチャピチャって音がしてた。
なんか怖くなって布団かぶって目閉じてた。でもずっと雨音は聞こえてた。
もうそのころにはなんか異常なことが起こってることぐらいはわかってた。ガタガタ震えながらじっとしてた。でも怖すぎて思わず泣いちゃったんだ。声を殺してぼろぼろ泣いてたんだけど思わず鼻啜っちゃった。ヤバいって思ったときには手遅れだった。

ピチャ……ピチャ…、ピチャ……ピチャ…。ピチャ、ピチャ。ピチャ、ピチャ。

雨音がだんだん近づいてきて俺の寝ている部屋の前まで来た。俺が寝てたのは和室だったんだけど、強い風が吹いたみたいに障子がガタガタ揺れだした。その間も部屋の外でずっとピチャピチャ水が滴る音がしてた。
頭さえ出さなければやり過ごせる。そう思ってじっと耐えてたんだけどふと気付いた。雨音が部屋の中から聞こえてきてることに。俺はいつの間にか気絶してた。

朝起きるとぐしゃぐしゃに濡れた布団の中だった。泣きながらばあちゃんに白状したらめちゃくちゃ怒られた。じいちゃんには思いっきりぶん殴られたあと、近くの神社の神主さんとこに連れてかれた。

神主さんが俺を一目見て「あまうば様の御供え食べたんか」って言った。あまうば様がなんだかわかんなかったけど、多分あの草餅のことを言ってるんだと思って泣きながら頷いた。
神主さんは「準備してくるからちょっと待っとれ」って言って建物に入っていった。

二十分くらいして神主さんが戻ってきて「あまうば様を祓うことはできん。注意をそらすのが精一杯だ。一生関わることを覚悟しとけ」って言われた。
儀式は御祓いとかのとかに持ってるあの紙切れが付いた棒で頭を撫でられたあと、酒と塩を舐めろって言われた。そんで口に含んだそれを用意してあった石に吹きかけた。なんでも体を清めるのと同時に石を俺の身代わりにするんだそうだ。



十年くらいは年に一回神主さんとこに行って同じことをさせられた。
あの一年後にじいちゃんは晴れの日に道端で溺れ死んだ。原因不明のまま事故として処理されたけど多分俺の身代わりになったんだろう。
その一月後にあとを追うようにしてばあちゃんも亡くなった。心臓発作だったらしい。

去年神主さんが亡くなって、今年からは儀式ができないって息子さんに言われた。息子さんにはまだそれだけの力がないんだそうだ。
先月、身代わりの石がまるで長い間雨に打たれたみたいにびしょ濡れでぼろぼろになってたって聞かされた。俺にはもう時間がないかもしれない。

俺がこんな話をしたのにはわけがある。こうやってあまうば様のことを知ってる人が増えたら、俺から注意が逸れるんじゃないかって思ったからだ。 最近晴れの日でも雨の音が聞こえてくるんだ。実は今も聞こえてる。
……こんな話をしといてなんだけどお前には無事でいてほしい。ごめんな。



この話の一月後に電話をしたけど繋がらなかった。もう生きていないかもしれないけど少しでもあいつが助かるように友人としてこの話を広めてやろうと思う。
俺も最近つかれているのだろうか。今日も雨が聞こえる。