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石原莞爾平和思想研究会コミュのソ連の緩衝地帯

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第2次世界大戦後、ソ連は東ヨーロッパを緩衝地帯にしました。西側からアメリカやヨーロッパが攻めてきても、とりあえず東ヨーロッパが戦場になります。ソ連は無事だし、その間に戦争の準備ができると考えました。

ソ連の北側は北極海に面しているからとりあえず安心です。では、南側と東側はどうするのか。南側にはモンゴルという、これもまたソ連の言うことを聞く国をつくりました。モンゴルによってソ連の南側の国境線は守られます。

さらに、内戦状態だった中国で毛沢東の共産党(現在の中華人民共和国の支配政党)もソ連が支援しました。ソ連が武器などを供与することで、蒋介石が率いる国民党を台湾へ追いやった毛沢東が勝利し、いまの中華人民共和国ができたのです。

この段階でソ連は、中国を南側の緩衝地帯にしたいと考えていました。ところがやがて毛沢東がソ連に反旗を翻すようになります。東西冷戦時代にはソ連と中国の国境ウスリー川で両軍兵士が衝突。領有権をめぐって両軍とも多数の死者が出ました。

これ以降、ソ連にとっては南の中国が弟分から仮想敵国になるのです。当時、ソ連は中国の国境沿いに多数の軍隊を配置し、中国からの侵略に備えていました。中国は中国で、いつ核兵器が飛んでくるかもしれないという恐怖心から、中国全土の大都市に防空壕をつくりました。たとえば北京の天安門広場の下には巨大な空洞があります。

これは防空壕になっているのです。しかしミハイル・ゴルバチョフ書記長の時代、ソ連と中国の関係が改善されます。さらに、ソ連が崩壊してロシアになってしまったことによって、中国とロシアは敵対する関係ではなくなりました。現在は親密な関係になっていますが、歴史的には中国もソ連もお互いを仮想敵国として牽制し合っていたことがあるのです。

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