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創作が好きだ!小説写真アート他コミュの長編連載「鉄鎖のメデューサ」完結! (駄作上等!跡地)

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このトピックは、かつて「駄作上等!」というタイトルを持ち、初心者の方や初めてコミュニティ参加いただいた方に気軽に投稿いただけるよう、設置させていただいていました。
そんな投稿作品の中から、MFさんの力作「鉄鎖のメデューサ」の連載がつながり、今に至っています。

現在、こちらのトピックは、大作「鉄鎖のメデューサ」の専用上映会場として解放しています。
過去のログには「駄作上等!」時代の名残が残っていますが、ご了承ください。
なお、「駄作上等!」に代わり「とりあえず何か投稿してみるトピ。」を後継トピックとして設置してあります。引き続きご利用くださいませ。

それでは、本編をお楽しみください。

2014/01/27 トピック内容変更 管理人:しちみ黒猫
2014/03/21 完結しました 管理人:しちみ黒猫

コメント(789)

>>[750] りらん様そろそろこんばんは。

夢野市とB・i・R・D共催の感謝祭イベントを背景に置き、サロメ双子は恩義ある蕎麦屋の再建をひたすら目指すなんてノリですが、なにせリレーですので一寸先はどうなることやらわかりません。ともあれ見守っていただけましたら幸いです(汗)
EXリレーエピソード『から騒ぎの感謝祭』
綾華☆☆

take-06

January 26th PM06:45

 ソラのビートルがアリーナの手前にある倉庫に入る。それは一見モーターボートの倉庫に見えるが、実際はアリーナへ通じる秘密の地下通路だ。
 ソラのB・i・R・Dグラム、ピア・フォン、そして左手の静脈認証で、ようやく地下へのゲートが開く。
“お? 見ろよソラ。チーフも呼び戻されたんだな”
 ゼロの言葉と共に目に入るのは、ブルーのビートルの前を先行する渋いベージュに角があるデザインのトヨタカローラだ。

 夢野シティにやたらとレトロなクルマが目立つのは、水素エンジン規制によるものだ。ガソリンエンジンやディーゼルエンジンは原則使用不可であり、物流の絡みなどで市外の一般的なクルマがシティに入る場合、全て市役所交通局に申告しなければならない。
 シティでは特殊なエンジンを使うことが義務づけられていることもあり、車検は市からの援助で半額が後に返金される。そして車検のスタッフは市からの厳しい試験と実技を取らないと認可されないため、市内で車検に通りさえすれば、いくらでもレトロなクルマを走らせることが出来る。
 ソラのビートルは、元々は父が使っていたモノで、そこそこの費用をかけて、夢野シティ仕様になっている。父が中古のアストンマーチン(勿論、水素エンジン仕様)に乗り換えてから、ソラが使っていたのだった。市立大学に残されたままの父のアストンマーチンをソラは手放したが、思ったより高く買い取られ両親を亡くした兄弟二人の生活再建に役立ってくれた。
 つい先日、夜間パトロールの折に懐かしいアストンマーチンとすれ違った時は、無性に嬉しくなったものだ。

 ふと気がつくと、チーフのカローラは新たなゲートの向こうに出ていくところだった。ソラもまた三重の認証を受けてアリーナに戻ってきた。
「ソラ。一体何があったんだ? スクランブルにしては空気が緩いが、妙な緊張感もあるようだし」
 アリーナのゲートから遠い滑走路側に隠されている、秘密通路の出入口。そこを出たところで、倉澤チーフは待っていた。
 長男フミタケのセンター試験の出来がよく、本番に向け英気を養うべく家族で食事をしようとした矢先に呼び戻され、チーフは少なからず苛立っている。なにしろここしばらくは出撃続きで、フミタケのセンター試験当日すら、奥羽山脈に出現したバニラとアボラスに対処するため、タイターニアで出撃したのだ。希望のツバサでバニラとアボラスと戦っていたら、更にレッドキングまで出現し、ソラは急遽ゼロに変身。レッドキングと戦ったのだ。真冬の奥羽山脈という、寒さに弱いゼロにとっては厳しい戦いであったが、希望のツバサとタイターニアの援護で勝利をもぎ取った。

「チーフ、原因はこれです」
 ソラが差し出したのは、夢野市立博物館でウミが手に入れた、夢野市民だより臨時増刊号だ。そこへ、真っ赤なホンダシティが地下通路から出てくる。今日が非番だった、メカニック技術部の西澤リーダーも呼び戻されたのだ。
「倉澤チーフ、それにソラ。何事なの?」
 シティから降りた西澤リーダーもまた、倉澤チーフが読んでいた市民だよりを横から読む。
「……どういうこと? 私達、なにも聞いてないわよ」
 西澤リーダーも腑に落ちない様子だが、そこでソラのB・i・R・Dグラムが鳴るや早くミッションルームへ戻りなさい! との真柴リーダーの大喝に、ソラは直接シャイニードームへ、倉澤チーフと西澤リーダーは着替えのため生活棟へと走る。
 パイロットであるソラは、いつもビートルのリアシートの中のシークレットボックスに、予備のB・i・R・Dスーツを入れているのだ。ドームの守衛室で着替えさせてもらい、紙袋に入れた私服を守衛に預けると、彼はエレベータに飛び乗った。
「戻りました」
 ソラがエレベータから恐々と顔を出すと、タカフミとサヤに隅へと引きずられ、詳しい話を聞かされた。
「ったく市長、えげつないで。大阪の陣の家康なみや」
「まさか、いきなりリバティベルアイランドなんて外堀を埋められるなんてね」
 サヤとタカフミからの話によると、昨夜、光成補佐官への電話が終わるやいなや、市長はリバティベルアイランドこと総本部に連絡を取り、一気に大方の了承を取り付けたのだという。むろん真柴リーダーの怒りは遠目にも尋常ではない。寄らば瞬時に雷撃を食らい消し飛ばされそうなほどの怒気だ。
「午後8時から市長とネット回線で合同会見っていうけど、ただですむのかしら私たち……」
 ふだん怪獣や星人との戦いに全く動じないサヤですら、完全に顔色を失っている。
「で、ソラ。メシがまだやて? テラ坊はおら……そや、ここはテラ坊や!」
 私用電話すんまへんとの断りを入れるのももどかしく、携帯を鷲掴みするやテラを呼び出しにかかるタカフミのその形相!
EXリレーエピソード『から騒ぎの感謝祭』
MF

take-07

January 26th PM07:55

「テレビに出るってどうして教えてくれなかったのツクヨさん。タカフミさんが教えてくれなかったら見逃すところだったじゃない!」
「まもなく本番です。お静かに!」
 入ってくるなりテレビ局スタッフにカメラの後方へ連れられてゆくテラ。だがその上気した顔はワクワクした表情で、美貌の女隊長を熱っぽく見つめている。そんなテラに応える真柴リーダーの微笑みは、今の今までその顔が極悪宇宙人さえ睨み殺せそうな怒気を帯びていたのでなければ、サヤの目にさえ同性の自分でも魅了されたに違いない艶やかさに輝いていた。自分たちの正面にいるテラと背を向けていてもカメラが正面から捉えた映像を映している左寄りのモニター中のリーダーが互いに見交わす顔と顔。市長が映し出される予定の右手側のモニターが点けられていないいま、それは本来誰も入れないはずの二人の世界をまともに見せつけるものに他ならなかった。テラの哀れな兄が漏らした呻きはサヤの耳にも届いたが、彼女としてはそんなソラに同情するより中央に立つタカフミの安堵のため息によほど共感するというのが嘘偽りのないところだった。
 だから想像もつかなかったのだ。そんな自分たちをどれほどの恐怖がこのあと待ち受けているかなど。


−−−−−−−−−−


January 26th PM08:02

「本日はまことにご機嫌うるわしく。なにとぞお手柔らかに真柴リーダー」
 一礼する市長の真正面に設けられたモニターいっぱいにアップで出た女隊長の輝く笑顔。まともに目にした映像技師の今川が、ため息混じりについ漏らす。
「いやぁ美人だねぇ、怪獣退治屋の大姉御……」
 そんな相棒を織田は呆れ顔で一瞥する。
「いくら映像担当だろうと、あれに化かされてるようでは報道屋じゃないぜ。ありゃどう見てもなにか腹の底に抑え込んでるって顔だろうが」
 モニターの笑顔の前に立つダークスーツの背中へ視線を戻し、突撃レポーターは呟く。画面の外のテラの存在など知るすべもないままに。
「星宮よ。どうやらB・i・R・Dの弱みでも握っているようだが、おまえの市運営の秘密、いずれ暴いてやるからな!」


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January 26th PM08:10

>以上五月三日の各国B・i・R・Dによる航空ショーに続き、五月五日は出店市をB・i・R・Dジャパン門前の市有地で開催します。出店できるのは市内の事業所ですが、希望者数が定数をオーバーした場合、先月のあの戦いでゴミの山に埋もれる大きな被害を被った旧湾岸地区の事業所を優先します。市は四ヶ月後のこのイベントを復興を祝う場となすべく目下全力をあげて被害に遭われた方々を支援しておりますが、被害の規模を鑑みれば当然B・i・R・Dの方々にも広くご賛同いただけるものと確信している次第です<

 復旧なった牛野屋一号店の天井際に設置された液晶TVからの市長の言葉に頷くと、ダダ星出身の店長は店の奥へ急ぐ。いまや零細ながらもチェーンとしての陣容を取り始めた系列店で店長を勤める同族たちへの伝達および仕入先との交渉が目的だ。経費を抑えるためなら訳あり品の利用も辞さないその経営には明かせぬ秘密もまた多いのが最大の理由だが、自ら望んでのこととはいえ異星での生活はやはり厳しく、仲間たちはみな文字通り不眠不休で店を切り盛りしなければ生活が成り立たないのが実状だった。そのとき大いに役立ったのが三面怪人の通り名の由来たる一人が三通りの顔を持つという能力で、彼らは六〇分休憩を含む八時間拘束の三交代勤務を、顔を変えることであたかも別人と交代したように見せかけ労基署を欺きながらこなしていたのだ。さすがにそれだけの激務ではいくら宇宙人でも疲れも溜まれば寝不足にもなるのは当然で、今も店長は急ぐあまりうっかり壁を通り抜けて奥へ入っていったのだが、当初はそれを気味悪がられて地球人のアルバイトがすぐ辞めてしまい、以後従業員は全て宇宙人という採用方針を余儀なくされたものだった。ところが噂が広まるにつれ、それを見られるのではと期待してやってくる物好きな客が増え始め、店側もその場の撮影に成功すれば鳥丼一杯分のチケット進呈というすみませんキャンペーンを始めたのが当たって長蛇の列の大盛況となり、それが鳥丼のヒットともども市外へチェーン展開してゆく原動力となったのだから、世の中はわからないものである。そして連絡を受けた丸太屋では……。


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「牛野屋から出店用の予約? ならまた訳あり品が捌けるわな。きばって仕入れなはれ。もし間違えて仕入れたもんがあったら、出店記念セールの札はって片っ端から売り飛ばしとき!」
take-08

January 26th PM08:20

「ではこちらをご覧ください。かつて科学特捜隊によって使われていた対怪獣戦闘用戦闘機、通称『ジェットビートル』です」
 星宮夢野市長と真柴B・i・R・Dジャパン号令の挨拶の後、B・i・R・Dジャパン技術部の西澤リーダーによる、B・i・R・Dジャパン所持する往年の名戦闘機の解説が始まった。


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「おお〜っ、やっぱり凄えよなあ!」
「ジェットビートルってさ、スペースシャトルのモデルになったのって満更嘘じゃないよね〜」
「ホンマ! 軍事機密は特許ないからパクっても言うてくトコないしな〜」
 テレビ中継を見ながらカレーを掻き込む若者達。学園通の真ん中、いや、学園通の謂れでもある夢野市立大学。その中にある、理学部工学部の工学部棟の一室には、今は実験のためにばらしてあるスーパーユンボ『KONISHIKI』 それを囲みカレーを掻き込んでいるのはみな工学部の学生で、来春開設のロボット工学専攻コースに転籍を希望する若人達だ。
 昨年12月に試験的講座を数回行い来春開設予定というタイトな募集スケジュールで学生が集まるのかと思いきや、転籍を希望する者が既に数名おり、また先程行われたセンター試験の結果を見ての願書提出開始に先立ち、夢野市立大学の電話は鳴りっ放しだし、問い合わせメールも連日パンクする勢いだ。
 中には別な大学を退学し、一年生からやり直すことも辞さないから受験したいという才媛さえ少なからずいる。
……世界を驚かせたロボット型重機、スーパーユンボ『KONISHIKI』の開発設計施工を成し遂げた、異能のロボット工学の天才博士の双子兄弟……海原大和と武蔵を選任講師として招聘した夢野市立大学工学部。
 来春のロボット工学専攻コース専攻に併せるかのように、理学部工学部は学園通キャンパスから、シティ西部再開発地区キャンパスへ移転することにもなっている。
「そういやあ、大和先生も武蔵先生も今日は見えんな」
「ホンマや。晩飯食わずに帰るよな。カレーやと」
「カレー食べると、まさか溶けちゃうとか。いや、吸血鬼になっちゃうとか〜?」
 カレーを食べながら笑う学生達の背中では、西澤リーダーによる歴代防衛チームの戦闘機についての解説が続いている。


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“なあソラ。ジェットビートルにしてもホーク1号にしても、どっから見ても当時の地球の技術のモノじゃないのはバレバレじゃねえか?”
 真柴号令の後ろに控えて座る『ミラクル・ワイルド・セブン』達。ゼロは暇に任せ、ソラに茶々を入れる。
『ゼロ。人は見たいモノしか見えない、そんな一面があるんだ。日本の戦闘機、零戦にしても、確かに世界トップクラスの性能を誇る戦闘機だった。
 しかし零戦を徹底的に調べられたら、もっとスピードが出て頑丈で火力が高い戦闘機をあっという間に作られた。零戦は世界最高の戦闘機。そんな自負がかえって正しい進化を阻んだんだ。
 新しい技術を作る可能性は誰にだってあるし、知恵も沸いてくる。それを見てみぬ振りをすれば、痛い目にあうのは当然さ』
“そんなモノなのかよ”
『そんなモノだと思いたくない人のほうが多いのは確かだよ。
でも見たいモノだけ見ていたら、決して真実は見えない。俺は、真実を見つけたい』
 ゼロは苦笑した。この相棒の、これがゼロにはない面白さだった。
“……ん? ソラ、あそこ。あいつが来てるぜ”
 ゼロに促され、ソラは僅かに視線を向けた。ステージより下のプレスがいる客席は暗いが、ゼロのチカラを借りてソラも気づいた。
『井上さん……』
“あいつが来たってことは、また嵐の予感ってところかよ”
 栄タブロイド時代から、今なお伝説のトップ屋の名を欲しいままにしているライターにしてフリーの記者、井上薫。しばらく日本を離れていたようだが、どうやら帰国していたらしい。かなり日焼けしているが、その鋭い眼差しは変わらない。井上も見られていることに気づき、ソラにニヤリと笑ってみせた。
『……どうやら、君の予感は、当たりそうだね』

 そのとき西澤リーダーが戦闘機解説を終えた。ステージ後ろのソラ達と並び椅子に座ると、入れ替わりに真柴号令が席を立ち、モニタの向こうの星宮市長も会見席へと向かっていく。
take-09

January 26th PM08:25

「メダルはん仕入れにきたでぇ!」
 部屋の中まで筒抜けの大声でがなりつつ軽トラから降りてきた恰幅のいいおばちゃんこそ、したたかさでは夢野市に敵なしとの声も高きスーパー丸太屋の女社長田丸恵美子。ここメダルカレーの谷町と同じ3代目ながら2代目の築いた身代を食い潰している格好の谷町とは逆に、田丸は先代が傾けた家業をおよそ女の細腕とは誰がいい出した冗談かというような見た目以上の剛腕ぶりで建て直し、地球人には売れぬ品も宇宙人が相手なら売れると見て取るや誰もが二の足を踏む旧湾岸通をも3店の投入にて制圧し、他店参入の余地を一気に封じて盤石の牙城を築いたのであった。古人のいう侵略すること火の如し、動かざること山の如しを地でいくその采配に、同業者たちはただ両手に白旗を掲げることしかできなかったのだ。
 いまや旧湾岸通の流通を名実ともに牛耳る田丸であれば、その仕入れがなにやら戦国大名の年貢の取り立てめいて見えても仕方ないというべきだろう。確かに田丸の容貌には太平の世の幕府に仕える官僚的な大名というより奇策を弄することも厭わぬ乱世の奸物の相があった。応対に出た谷町がかなわんなぁと首を竦める思いなのもけだし当然のことだった。

「電話で頼んだ銅箱300、準備できてるやろな?」
 いわれた谷町が玄関口に積み上げた在庫の山を指し示すと、田丸の背後からやせっぽちの怪人が姿を現すや巨大化し、あっという間に小山のごとき在庫をあちこちからかき集めた品々で荷台が山盛りの軽トラの助手席へ丸ごと押し込んだ。再び人間大に戻った薄墨色のその怪人。細い胴に長い手足、蜘蛛の脚にも似た指と爪。3つの目は左右の位置が大きくずれているばかりか、1つは後ろに付いているという奇怪千万なその面相。これぞ地球を最も早く侵略しにきた宇宙人との悪名も高きケムール人である。
 夢野シティの中でも宇宙人の居住率が最も高いこの旧湾岸通は地球人にとって彼らと無縁で暮らすことができぬ区域であるが、それら宇宙人たちの中には元は侵略者だった者も数多い。むろん今の彼らはもはや侵略者ではないのだが、同じ地球人同士でさえ足を洗った極道と誰もがつき合えるわけではないことを思えば、かつての侵略者と日々顔を合わせ働くというケースが珍しいのも無理もない話に違いない。食い意地と逃げ足しか取り柄(?)のない残念侵略者ポンポス星人をそうと知りつつ雇っている谷町のメダルカレーでさえまだまだ例外的な存在なのに、いくら格安で雇えるとはいえバルタン星人やザラブ星人などの筋金入りでさえ顎でこき使うなどおよそ常人の胆力でできる芸当のはずがなく、たとえネーム入りの制服姿であれ堂々たるその押し出しに女帝の風格すらにじむのはけだし当然というほかなかった。

「ほな請求書出してもらおか」
 いいつつ赤ペンを取り出すや、眼光一閃たちまち個数といわず金額といわずなにがどうなればこんなでたらめな数字が出るかというほどボロボロの計算を片っ端から直してゆく!
「ええかげんあんたの経理係はどないかしなはれ。なんやったらウチで一から叩き直してもええで。もちろんそれなりの研修費は払うてもらうけどな」
「もうちょい余裕のあるときでええわ」
 苦笑いする谷町にフンと鼻を鳴らしつつ、田丸は元侵略者の懐刀が腰に結わえた手提げ金庫から差し出す代金を支払いながらも毎度おなじみの悪態をつく。
「あんたはホンマ父ちゃんといっしょや。道楽で商売やってるとこがな。そんなんでもうチョイも余裕もあるわけないやん。商売ナメたらあかんがな」
 それを耳にし、いつもと同じ1つめの疑問が今夜も谷町の頭に浮かぶ。まだ先代たちの時代だった頃から聞かされ続けた父への悪態。思えば自分もそんな恵美子の侮蔑のまなざしの片隅に覗く異なる色が意味するものに当時は全く気づかなかった。その父の死を期にそれが少しづつ大きくなり始めたことでやっと気づけたものだった。ならば恵美子自身はいつ己が亡父へのそんな思いに気づくことになるのかと。

 そう思ううちにも田丸は軽トラに乗り込みエンジンをかける。たちまち荷台の山が危なっかしく揺らぐその真後ろで、身の丈ほどある籠を背負うケムール人。どこからそんなものを出してくるのか今日こそ見届ける気だったのにまた忘れたと思う谷町の目の前で急発進する軽トラ。たちまち大量にこぼれ落ちる品々を長い両手でキャッチしては背負い籠へと放り込みつつ俊足の宇宙人もまた走り去る。見送る谷町は2つ目のなじみの謎に、彼にすれば哲学的とも形而上的ともいうべき疑問に首をひねる。なぜ彼らはこぼれる分の荷をはじめから籠で運ばないのであろうかと。
take-10

January 26th PM08:25

「夢野シティとB・i・R・Dジャパン共催によるB・i・R・Dジャパン感謝祭は、本年5月3日に航空ショーを開催。会場はシティとアリーナの間にありますエアポート夢野。5日には同じくエアポートにて盛大に感謝祭イベントを開催いたします」
 市長の懐刀たる筆頭秘書が開催要項の説明を終えて下がると、市長が再び登段する。
「当イベントのメインディッシュとなります航空ショーですが、我が市が誇る素晴らしい記録者により全てが収録されると同時に全世界に向けて配信される手筈です。ご紹介しましょう、この方です」
 市長が戸口に向け右手を広げると、筆頭秘書に促されつつ一人の小柄な男が会見室のステージに現れた。その姿に市役所にいるプレスもアリーナ側のプレスも一様にどよめいたのみならず、多少のことでは動じないミラクル・ワイルド・セブンの面々でさえ驚きを隠せなかった。
「報道映像、円谷プロの、円谷英二さん……」
“オヤジの地球最後の戦いを映したオッサン!”
 ソラもゼロも、モニタに映る小柄な姿から目を離せない。

 怪獣パパラッチと呼ばれ、怪獣災害の記録を撮り続けることで名高い報道映像円谷プロ。その社長であるだけでなく、70歳を過ぎた今なお現役の報道カメラマンである、円谷英二。
 滅多に人前に姿を見せないその怪獣パパラッチが営む会社は、再開発が進む夢野シティ西部地区へ最近拠点を移していた。
 大学時代、アマチュア映画監督として、大学の課題作品であるミステリードラマを夜間撮影していた時、向こうの山から聞こえてきたのは、紛れもない怪獣の咆哮だった。恐れるスタッフや役者を尻目に、英二は一人バイト先の映画会社から借りてきた高感度カメラとくすねてきたフィルムを抱えられるだけ抱え尾根へと駆け上がった。その眼前では盆地を丸ごと戦場として、高潔なる真紅の勇者ウルトラセブンと改造パンドンによる、地球の命運をかけた戦いが繰り広げられていたのだ。
 英二はひたすら持っていたカメラを回し続けた。手持ちカメラで撮影したその映像こそが、その年の世界報道映像グランプリを獲得した『史上最大の侵略』であり、その賞金を元手に設立したのが報道映像円谷プロなのだ。

「静粛に!」
 どよめく市役所会見室を一喝した市長に促され、マイクを手にして語る英二社長。
「皆様はじめまして。今回わが報道映像円谷プロが、かつて怪獣災害と戦った伝説の空の勇者たち、レジェンド戦闘機によります航空ショーを撮影・配信させていただくことになりました。当日が好天に恵まれますよう願っております」
 一礼して、更に続けた。
「本日はその記念として、私ども円谷プロが長らく秘蔵しておりました映像を、特別にいくつか公開いたします!」
 たちまちステージ壁面の大画面の、同時にチャンネルの合う全てのテレビの映像が切り替わる!



「ま、マザー?」
 思わずオムライスのスプーンを置いたウミの見つめる喫茶レストランのテレビには、星空へ飛び立つ天女を見送るウルトラマンエースが映っている。今は冥王星にいるその天女こそ、太陽系に散らばる全ての月星人たちから『マザー』と呼ばれるウミたちのリーダーにして女王なのだ。



「そう! 僕はみんなと戦ったんです!」
 上がった原稿を無事送信して作った夕食の焼きそばを食べるのも忘れ、テレビに食い入るミライことメビウス。絶望の暗雲を切り裂く眩い光の中から現れたのは、彼メビウス、ヒカリ、そして彼らと共に戦った地球の仲間CREW・GUYS・JAPANの若者たちが一心同体となった究極の姿、ウルトラマンメビウス・フェニックスブレイブだ。
 そんな彼らとゾフィーが暗黒大皇帝に挑んだ最後の決戦が今、再び目の前で繰り広げられる!



“すげえぜあのオッサン! まさか……オレの失敗も?”
『撮影しているだろうね。さすがにここで見せたりしないだろうけど』
 ソラがいったとたん、ゼロもまたモニタに映し出された。
『これは!』“オマエがウミと出会ったきっかけだな”
 忘れもしないセイレーナドとの戦いだ。
“この時はソラ、オマエに全部任せてたよなぁ”
 ゼロがニヤニヤするのをソラは感じた。ゼロと共にあるソラを抹殺せねばガニメデの同朋を皆殺しにすると脅されて、あのときウミはソラの心を操り、彼自身の愛刀で胸を突かせろと命じられた。しかしソラを愛していたウミは、そうできなかったのだ。
 彼女が失敗したのを見たセイレーナドは、ウミを拉致しゼロに迫った。
 だが恋心を邪魔する輩ほど無粋なモノはない。愛してしまった人を苦しめた侵略者をソラは許しはしなかった。
 この時ゼロは自分で戦った覚えがない。阿修羅のごときソラに体を乗っ取られたも同然の状態だったから。
take-11

January 26th PM08:35

 星宮め、完全にB・i・R・Dを牛耳ってやがる……。

 内心そう呟きつつ、正面モニターに大写しされた女隊長の輝く笑顔に向け語るダークスーツの背を睨む織田。言葉遣いこそ慇懃でも話す内容をありていにいえば、B・i・R・Dの失策により市も少なからぬ被害を被った以上B・i・R・Dには市の復興に協力する義務があり、金銭面の拠出ができないならばイベントの目玉になっていただくという客寄せパンダの役回りを押しつけるも同然のことなのだ。B・i・R・Dジャパン号令たるその身の数多の武勇に照らせば面白い話のはずがなかった。いまや完全に笑顔にあてられ調整卓にかじりつく映像マン今川に見えずとも、生き馬の目を抜くテレビ業界でフリーレポーターとして渡り歩く織田の目には視えていた。慇懃無礼の手本のような夢野市市長の言葉の一つ一つにこめかみが微かながらも痙攣するさまが。その動きに織田は、織田だけは気づいていた。女神にも例うべきそのかんばせに秘された魔神めく凶相の存在を!
 にもかかわらず女神の使徒と化したも同然の今川渾身の手腕がものをいい、中継映像からは魅了の魔力が溢れ出るようだった。ブロマイドでも出せば飛ぶように売れるだろうし、今ごろ局にはスポンサー連からあれをなんとか我が社のCMにとの電話も山のようにかかっているだろう。いかな魔術を使えば数多の怪獣や宇宙人との死闘を勝ち抜いてきた地球随一の阿修羅をかくも見事に封印しうるのか。その目が市長に向けられている以上手品の種を握るのは星宮! となればどこからともなくやってきて人工島と一つの市を築き上げたその大魔術にも必ずやB・i・R・Dとの癒着ゆえの大仕掛けがあるに違いない。それを暴き出せて初めて俺もまた井上のような生ける伝説となれるのだ。なにがなんでも貴様の秘密、暴き立てずにおくものか!

 残念ながら織田の嗅覚を以てしても、今川たち映像スタッフが女神の下僕と化した今、カメラに映らぬ情報の存在はあまりにも大きいものだった。鬼相を覆い隠した女神の笑顔が市長に向けたものでないことも、ましてモニターの彼方で起こらんとしている恐るべき事態も彼に知るすべはなかったのだから。だが……。


−−−−−−−−−−


 中継映像に映らない位置、真柴リーダーの真後ろのタカフミをいまや恐怖が鷲掴みしていた。
 戦士としての経験に磨かれた危険を察知する勘。確かにそれは戦いの場では欠くべからざるものである。それあればこそ彼らは迫る敵の存在をいち早く察知し、万全の体制で迎え撃つことも、必要なら回避することもできる。戦いに生き残る確率を文字通り左右するものこそこの能力にほかならない。
 ならば戦うことも逃げることもできぬものが相手だったら? タカフミはいまや痛感していた。そんなことを自分が考えたことすらなかったのを。戦うことも逃げることもできぬままいち早く危険だけは察知する。それは迫り来る恐怖に誰より早く気づき、誰より長く怯え続けることでしかないではないか。哀れな隊員は恐怖のただ中で己がうかつさを呪っていた。
 しかもこの恐怖はタカフミが自分で招いたものなのだ。会見に先立ち真柴リーダーの尋常ならざる怒気を察知した彼は本来なら標的たるべき市長がモニターの彼方にいる以上、自分たちがそのとばっちりを食う危険を的確に予測。なんとかそれを封じねばと焦りに焦った。そして天啓が閃いたのだ。リーダーの怒りを逸らせるのは広い宇宙にテラ一人だと。だから自分はテラを呼びつけ怒りの爆発をみごと抑えた。そして安堵さえ覚えたのだった。
 だけどそれは浅はかだった。テラを前にしたことでリーダーの怒気は確かに正面への途は絶たれたが、それは鬱屈し一層剣呑な鬼気と化したものが背後へ、自分たちの方へ溢れ出てくる事態を招いたのだから。濁流の前への流れを阻めば後ろへ向かうぐらいなんで気がつかんのやこのドアホ! といくら脳内で自分自身の胸ぐらを締め上げても後の祭り。いまや磨かれた戦士の勘は常人なら見ずにすんだはずの邪気が黒々とした蒸気のごとく女隊長の背後に膨れ上がり、巨大な鬼面を形作るさまを恐怖に見開くその心眼に映しているのだ。彼は思った。こんな目に遭うんやったらB・i・R・Dになんか入りとうなかった! それはもはや魂の叫びだった。
 絶対こんなん一人でなんか耐えられへん。頼りになるのは仲間だけやと右のソラに縋ろうとしたまなざしは、だが弟を凝視したまま放心している兄を映した。明らかに平常心を失っていた。
 左のサヤに目を向けると拒絶のまなざしが待っていた。まさか私に尻拭いさせる気? 男ならいさぎよく逝ってきなさいっ!

 そして無情にも、会見は終わりを告げた。
take-12

January 26th PM08:45

「では、これにて本日の会見を終了いたします。なお来月15日に再び会見を開催し、その時には皆様より寄せられた質疑に返答させていただきます」
 隙なくダークスーツを着こなす夢野市市長が深々と頭を下げて緊急会見は終わった。市長が円谷英二社長と共に会見室を去ってもなお、筆頭秘書はマスコミに囲まれていた。

 そしてここアリーナでも、会見室に残る光成号令補佐官がマスコミ対応に追われていた。補佐官に促されて控室に下がったミラクル・ワイルド・セブンの面々。そこへ合流したテラが真柴リーダーに駆け寄る。
「ツクヨさん! 綺麗だった。素敵だった! タカフミさんありがとうっ」
「テラちゃん来てくれて嬉しいわ。ねえ口紅濃いくなかった?」
「ううん全然。いつも通り綺麗だよ! 女優さんみたいっ」
「いやーん! テラちゃんってばもう正直なんだからっ」
 いつも通り二人だけの世界に入り込む歳の差カップル。それを見てすかさずレオンが立ち上がった。
「じゃ、じゃあヒトミ。ミッションルームへ戻りますか。あまりカラにするのも」
「そ、そうねレオンりん。いつ怪獣来るかわかんないからね」
 そそくさと立ち去るレオンとヒトミ。二人とタカフミが今夜の不寝番だ。

 そのとき背後に咳払いを聞いたテラが振り向くと、眉間にタテジワを寄せたソラがいた。
「……テラ、分かったからもう帰るんだ」
「え〜っ、どうして? 兄さん」
「どうしてじゃないだろ! 卒業試験の真っ最中だぞ! 落としたらどうするんだっ」
「え〜っ! 兄さんのケチ! そりゃ晩御飯は叔父上と食べてきたけど、ツクヨさんとお茶くらいしたっていいじゃない!」
「出席日数ギリギリなんだぞテラ! 試験に落ちたら卒業出来ないだろ!」
「ちょっとくらいいいでしょ。大嫌いな物理の勉強で頭がパンパンなんだからっ」
 亡き父たる宇宙物理学の天才科学者、天河靖彦が草葉の陰で泣きそうなことをいうテラに対し、ソラもついクドクドしく説教。するとそれに噛みつくテラ。珍しく噛み合う兄弟を見かねて、倉澤チーフが二人の間に立つとテラの肩に手をおいた。
「テラ君、フミタケが心配してるぞ。テラっちちゃんと勉強しろよ。でないと一緒に卒業パーティー出られないぞ。大丈夫か? って」
「テラちゃん、ユカリも心配してるわよ。みんなで制服がベタベタになるまでジュースシャワーしようよって」
 横からチーフを援護するサヤ。倉澤チーフの長男フミタケとサヤの腹違いの妹ユカリはテラの友達であり同級生だ。
 常にトップクラスの成績に運動神経もよく、また生徒会副会長も勤めたフミタケは、三月の本試験には夢野市立大学医学部を受験するが合格間違いなしの折紙つきだ。。
 亡き母と同じく声楽の勉強をしつつも、ユカリは警察官になりたいという夢のため剣道やランニングを続けたり、苦手な数学にも真面目に取り組んでいる。
 そして絵画の才能こそは天才的であっても、勉強嫌いで運動神経も鈍い、平和でおっとりとしたテラ。気質も性格も全く違う三人だが、なぜかとても仲良しだ。

 ここ夢野市にある高校では、卒業式の夕方に卒業生達が夏場のみオープンな市営ファミリープールのプールサイドに集まり、みんなでパーティーを開いてジュースシャワーをして喜ぶ。優等生も落ちこぼれも卒業したら全員参加だ。この一生に一度のイベントに参加できるか、テラはまさに崖っぷちなのだ。ツクヨさんとのお茶にも劣らぬ重大事をさすがの弟も思い出したのを見て、ソラはここぞとテラを諭した。
「約束したんだろテラ。フミタケ君やユカリちゃんと一緒に卒業パーティーに出るって。卒業できなかったらパーティーに出られないぞ。あと一日がんばるんだ」
「……うん、約束したんだ。一緒に卒業しようって。兄さん、今日は帰る」
「分かればいいんだ。テラは父さんの息子なんだから。ではリーダーすみません。テラを連れて……」
 そこへ小走りでやって来たのは、梓グレートママこと本村梓生活部リーダーだ。
「あ、ソラ。貴方にお客様よ」
“さては井上のオッサンか? えらい日焼けしてたよな”
「はい。あ……、でも」
 ソラがとまどうのを見て、真柴リーダーが皆に支持を出す。
「サヤ、テラちゃんを送ってあげて。それからチーフは明後日の午後まで休みなんだから帰宅していいわ」
「そうですか。では私は帰宅します」
「テラちゃん、さ、行きましょ」
「テラ、ちゃんと勉強するんだぞ」
「うん。じゃあねツクヨさん、それからタカフミさんもありがとう。おやすみなさい」
 倉澤チーフ、サヤとテラ、ソラに梓グレートママは並んで控室を出た。なぜかそこでゼロが大きく安堵するのを、ソラは訝しく思ったのだった。
take-13

January 26th PM08:50

 控え室を出て行く一同にタカフミは焦った。
「み、みんな待ってえな! おいてけぼりなんて殺生なっ」
 まろび入ろうとしたその襟首を、だが細い手が鋼のような力で鷲掴みした! 振り向きもせずに消えた皆の後ろ姿が焼きついた眼を開いた自動ドアに向けたまま硬直する男の耳に、呟くような声が届く。
「……タカフミ、どうしてテラちゃん呼んだりしたの?」
 うつろな声がそういった。つい今しがたテラと話していた甘い響きを残しつつ、でもそれを醸し出していたものがごっそり抜け落ちた声が。
「い、いや、機嫌悪そうやったから。テレビはエエ顔で映らなあかんし」
「そう、わかっててやったのね……」
 絶句したタカフミの背を、いやな汗がじとりと伝う。
「あなたも聞いていたでしょう? あの市長の話しぶりを。虫も殺さないような顔で一言ごとにチクリチクリと嫌みを織り交ぜる食わせ者のいいぐさを」
 話すそばから甘い余韻がみるみる失せてゆく声。それは何かに耐えかねるもののごとく、微かに震えさえしている。
「あなたは悔しくなかったの? 悔しかったわ、私は」
 なにかいわなければと焦るタカフミ。だが顎に貼り付いた舌は全くいうことをきかない。
「いい返す気だったの一言くらい。相手がなにをいうかわかっていたから。なのに、なにもいえなかった……」
 震える語尾が消えゆくとともに、身も凍る鬼気が背後から吹き出してくる。彼は悟った。いま振り向けば、俺はよくても発狂か悪けりゃ石化を免れないと! それはもはや確信だった。
「どうしたらいいの? この気持ち」
 閉じゆく自動ドアが、絶望に瞼をこじ開けられた目に映る。
「もう、ここには、あなたしか」
 厚い特殊防音ドアがぴたりと閉じた。もはやいかなる声も音も決して漏らすこともなく。だがそんな恐怖に呑まれた場所もある一方で、旧湾岸通のメダルカレーでは……。


−−−−−−−−−−


「不良在庫処分の大チャンスやないか! さては丸太屋もこれが狙いか。だったらうちも頑張らなあかん。当日はカレーの出店を出すで。お仲間にも手伝うよう頼んでくれドース。おい、聞いてるか?」
 聞いてなどいるはずがなかった。他ならぬ自分たちが一枚かんだあの戦いでゴミの山に埋もれた旧湾岸通にどれだけの飲食店や食品店があるか、ドースも仲間たちもつぶさに知り抜いていたのだから。それらの店が文字通り一同に会し復興資金を捻出すべく店を出すとなれば、宇宙有数の逃げ足にものをいわせ食い逃げに明け暮れる自分たちにとってはこれを極楽浄土の降臨と呼ばずになんと呼ぶとしかいいようのない好機ではないか! 帳簿などと不毛な格闘をしている場合ではないとばかりにドースは谷町への挨拶も上の空の気もそぞろ状態で職場を出るやまさに風を巻いてアジトめざして駆け去ったのだ。かの因縁の戦いを戦った仇敵によもや自分たちの企てが読まれているとは予想も想像もできぬまま。


−−−−−−−−−−


「見たかドリアン!」「見たぞ兄者!」
 夢野市立大学職員寮で、会見中継が終わったばかりのテレビを前に呼び交わす銀髪サングラス姿の双子。これぞ半年前の戦いのもう一方の主役だったサロメ星人に他ならない!
「あの蕎麦処「芭蕉」の恩義に報いるは今ぞ! なにがなんでもコードネーム”KEN”をこの日までに完成し、主どのに我らの蕎麦を食していただくのだ!」
「今の主どのの蕎麦打ちデータに、健康診断の場を借り採取した全教職員の筋力データ。これを解析して得た地球人の年齢による運動特性の変化を加味して再現した最盛期の蕎麦打ちの技。今度こそ主どのもお認めになろう」
「あとは対食い逃げ犯天誅機能の実装のみ!」
「この地域の店という店を蹂躙し、ついには大恩ある「芭蕉」で食い逃げをはたらいた宇宙最低の疫病神め。今度こそ裁きの鉄槌を食らわせてやるわ!」
 意気軒昂たる双子の異星人! 鏡に映したもののごとき二つの顔に、かの屈辱的な敗北を招いた栄養失調の翳りは微塵も残っていなかった。
take-14

January 26th PM08:55

「あれ、梓ママ。カナリーじゃないんですか?」
「カナリーの周りはまだマスコミが張り付いてるからね。だから二階の栄養相談室で待ってもらってるわ」
 公報棟から裏手を通って生活棟へ入りながらソラは小さく頷いた。
 栄養相談室は簡素なミーティングルームだ。端末やコンピュータなどは持ち込みでしか使えない部屋で、置いてあるのは栄養相談に関する資料くらいだ。
「あ、梓ママ。俺夕食食べ損ねて。何か作っていただけますか」
「何が食べたい? ご飯? パスタ?それともパンがいい?」
「ご飯です。魚より肉、出来たら鶏。あったかい野菜がたっぷりがいいです。鍋をするつもりが呼び戻されて」
「わかった。作っておくわ。あんたも災難ね」
 階段の手前でカードキーをソラに渡した梓ママはカナリーへ、受け取ったソラは階段を上がった。



「お久しぶりです井上さん。日焼けされてますね」
「天河さん、お久しぶりですぜ。マダガスカルではまだ市民は何も知らされてないですが、気づいてる者は薄々とでも気づいてるようですぜ」
 いつものことながら、井上はいきなり本題から来る。
 山陰の古都、萩での事件に関し彼と共同で捜査を行って以来、井上はB・i・R・Dジャパンの協力者でもあり、また抜け目のないジャーナリストとして腹の探り合いをする間柄だ。
「……やはり、妨害ですか」
 ソラの問いに黙って頷く井上。
「海底超特急ステーションとなるマダガスカル沖合で、同時に船舶の沈没や蒸発が相次いでますぜ。喜望峰を抜けると大西洋。大西洋ルートもまた、どうも中断してる様子」
 国連主体で開発が進められている海底超特急。しかしその工事は難航している。
 日本でステーションが作られるのは、ここ夢野シティだが、また最近工事が凍結されているのは、市民ならずとも知っている。そしてこの工事を妨害しているモノについては、まだ誰も掴めていない。
「リニア新幹線とかとは、ワケが違いますぜ」
「海底超特急だけではなさそうですね。ゴンドワナの核武装に関することもですか?」
「そちらはもうあらかた片がつきましたね。スティーブンに先を越されました。国内でワサワサしてたら久々にヤツに出し抜かれましたぜ」
 アメリカ版井上、或いは井上が日本版ランカスターとも例えられるアメリカの伝説的なトップ屋スティーブン・ランカスター。彼がゴンドワナの民族紛争の陰で暗躍した侵略者について二ヶ月前にニューヨークタイムスで書いた記事が大騒ぎになったのはまだつい最近のことだ。

「まあマダガスカルでは大したネタも掴めませんでしたがね。海底超特急の開通がまた延びたのは確かですが。
 それはさておき帰りにトランジットで滞在したタイで、面白そうなネタを掴みましたぜ。さまよえる巨大戦艦」
「さまよえる巨大戦艦?」
“戦艦だと? 今の時代にか?”
 ゼロも興味を覚えたようだ。
「天河さん、大型貨客船が謎の沈没をしたのと同時期にアマチュア無線で『ノンマルトの代弁者』なる何者かが、何やら声明文を出していたようで。タイまで行った甲斐がありましたぜ」
 井上がブリーフケースから出したのはA4のプリントだ。
「……これは!」
「それが『ノンマルトの代弁者』からのメッセージ、ということになってますぜ。この記録を録ったのはたまたまタイにいた日本人。海外協力隊の一員として無線を教えていたスタッフでした。そのとき古いアマチュア無線回路にこれが入ってきたとかで」
「『ノンマルトの代弁者』……」
“オヤジが地球にいた頃の話だよな。だが、これに関する記録は確か”

 地球の人間は、果たして正しい道を歩んできたのか。
 以前ラーダは不在だったソラ以外のミラクル・ワイルド・セブンにそう訊ねたことがあった。もっともラーダらしく、それは地球の歴史が全て終わるまで誰にも分からない、とも。
 そしてヒドゥンアーカイブ『ALIEN』が開封された今も、幾つかのファイルはいまだ完全には開封されていない。
 たとえばアーカイブ『GUILOTH』と呼ばれるファイル。ソラはそれにアクセスを試みたが弾き返されたのみならず、翌日光成補佐官から問い質された。
 号令補佐官の地位にありサコミズスーパーバイザーとも親しい補佐官ですらそのアーカイブの全容を知らないのだ。

 だが、ソラは動揺を懸命に押し隠して井上に向き合った。
「……『ノンマルトの代弁者』これは調べる価値があります。今回のニュースは、それですね?」
 井上が小さく苦笑した。どうやら『ノンマルトの代弁者』について聞き出すつもりだったらしく、あてが外れたという表情だった。
take-15

January 26th PM09:00

「そ、それは本当かドース!」
「はいボース様。不肖ドース、確かにこの目で見、この耳で聞きましたあっ」
 胸を張る瓶底メガネのやせっぽちの周りで勝ち鬨にも似た歓声があがる!
 旧湾岸通の一角にあるこの廃ビルこそはるかポンプ座ポンポス星から地球を侵略にきた特命部隊五五五の秘密基地……であったのだが、そう呼ぶのはいまやかな〜り無理な状態と化していた。この一角をゴミの山となさしめた半年前の戦い。もとはといえば今回のイベントの遠因とさえなったあの戦いをウルトラマンゼロはもちろん、鬼畜サロメ星人の作った偽セブンと偽ゼロ親子とも繰り広げたアニキタイプの巨大ロボ。その外装の材料とするべくこのビルはおろか周囲の廃ビル全ての壁という壁をみなひっぺがした当然の帰結として、三階にある彼らの基地はジャングルジムに設けられた間抜け鳥の巣もかくやとばかりの丸見え状態になっていたのだ。一月も末のこの時期となれば当然ながら彼らは四方八方から容赦なく吹き付ける寒風をどうにか集めたトタン板で防ぐのがやっとの状態であったが、風がちょっと強く吹けばトタン板はあっけなく吹き飛び、そのたびに彼らは思いもかけぬ遠くへと落ちた貴重な風除けを回収すべく階段を駆け下りまた駆け上がるのを縷々繰り返していたのであった。だが見方を変えれば休む間もなきその運動が哀れな彼らにトタンの隙間風に晒されるよりもよほど温もりをもたらしていることも紛れもなき事実である以上、やはり世の中は何が幸いするかわからないというべきなのは間違いない。なにしろその絶え間なき運動は彼ら任せでは一日も続かなかったはずのトレーニングの役割も担っており、おかげで彼らはポカポカどころか額に汗さえしていたのだから。

 とはいえ運動すればそれだけ腹が減るのも冷厳な宇宙の法則である以上、彼らの食生活がいっそう逼迫しているのも事実としかいいようがなかった。ドースの復職を喜んだメダルカレーの谷町社長が不良在庫の縮減もあって売れ残りの銅箱による現物支給を上積みしてくれたのは僥倖だったものの、それは同時に来る日も来る日も具なしカレーにパンの耳という宇宙食まがいの単調なる食生活への逆戻りを意味したのだから。もはや彼らは母星にいたときなにを食べていたのかさえ忘れつつあり、生まれてこのかたスパイシーとはお世辞にもいえない薄いカレーだけを食べていた気さえし始めている始末だったのだ。だから、
「ああ広場を埋め尽くす出店や屋台!」
「あの店もこの店も残らず来るのねっ」
「こうなりゃ一生分食ってやらあっ!」
「あたしお腹が破けて死んでもいい!」
 などとすっかり目の色が変わっている部下たち。だが!
「愚か者どもめぇえーーーーっ!!!」

 洗うがごとき赤貧の中でさえなぜかいっこうに痩せる気配すらない首魁の大喝に絶句する四人。そんな部下たちをじろりと睨み牢名主のごとき侵略者の親玉はおもむろに口を開く。
「おまえたちはワシらの崇高なる目的を忘れたのか。さあ一斉にいってみろ!」
「はい、地球征服でありまっす!!!!」
「さすれば地球征服とはいかなる境地ぞ」
 はっとした面もちで顔を見合わせる四人。やがて副官メースがおずおずと、あのとき皆で誓った言葉を紡ぐ。
「……一年三百六十五日、三度三度のカナリーのごはん」
「思い出したかあの誓いを、ワシらの真の目的を。なのになんだおまえたち! 目先のメシに我を忘れて死んでもいいとは情けない。ワシらは死ににここまできたのか。この地を楽園となさんがために銀河を渡ったのではないのかぁあーーっ!!」
「お、仰せのとおりっ」「お導き下さいボース様!」
「ならば答えよ。ワシらがなさねばならぬことを!」
「はい、カナリーの調理担当全員の奪取であります」
「そのとおり! それでこそ崇高なる使命は完遂へと至るのだ。では周囲を見ろ。ワシらはこの現状をどうすべきなのか!」

 カセットコンロと鍋しかない基地を見回し首をひねる部下たちに、再び業を煮やした大喝が飛ぶ!
「調理台はおろかフライパン一枚ないではないか。カナリーから人だけ連れてきても、これでは結局カレーしか作れんだろうが。これからワシらはイベントまでに、なんとしても必要な設備や器具を拾い集めねばならんのだぁあっ!」
 えいえいおーっと拳を突き上げる部下たちを見回し、侵略者の首魁は深々と頷いた。
「明日からさっそく調達にかかれ。では今夜は前祝いだ。明日に残すはずだったこのカレー全部食ってよし!」
「さすがボース様太っ腹!」「一生ついていきますぜっ」「あなたの部下に生まれて本当によかった!」
 万歳した瞬間風に煽られ八方に飛び去るトタン板を、五人組は総出で追うのだった。
>>[764] みちかまり様こんばんは。僕も大好きです♪
take-16

January 26th PM09:30

「それじゃ天河さん、また。これからシンガポールへ行ってきますぜ」
「気をつけてください。ではまた」
 極上のモカ・マタリを飲み干して、井上は栄養相談室を後にした。ソラの気持ちでささやかな謝礼として、最高級のコーヒーをご馳走することにしたのだ。これまで井上からリークされたことは常に数ヵ月の内に表面化し、その度に各国のB・i・R・Dが対応に追われていた。それだけの実績が彼にはあるのだ。
「……『ノンマルトの代弁者』か。これは一筋縄では行きそうにないな」
“アーカイブ『ALIEN』も完全に封印が解けてるワケじゃねえんだよな。メビウスにでも聞いてみるか?”
「いや、少し調べてみる。井上さんがシンガポールへ向かうとヒントをくれている。調べる価値はありそうだ。アジア総本部のメインコンピュータにでもアクセスしてみたら」
 そこまで言った時だった。
“おっ? 出撃かよっ!”
『夕食は、またお預けか……』
 ワクワクするゼロを尻目に、ソラは何度目か判らないため息をつきつつピア・フォンでミッションルームにアクセスする。
「ソラりん大変! 円盤生物の大群と大型の円盤生物が最終防衛線を突破したよ。サヤりんとリーダーりん、ソラりんで出撃だって」
「え、タカフミさんは?」
「タカフミりんは、下痢で動けないって」
「ラジャー! では直ぐに」
 栄養相談室を出ると梓ママが立っていた。
「あんたも災難ね。空きっ腹過ぎても満腹でも目が回るだろうから」
 ソラにチョコレートバーとゼリー飲料を差し出す。
「料理は冷めないようにしておくから。気をつけて」
「ありがとうございます。行ってきます」
 生活棟から地下格納庫へのエレベータの中でチョコレートバーをかじるソラに、ゼロが話しかける。
“タカフミが下痢ってのは、多分ウソだな”
『え、なんでそんなこと言うんだい?』
“はあっ? お前、気がつかなかったのかよ! 会見場でのあのリーダーのスゲェ怒気と殺気! サドラやテレスドン程度のヤツなら一発でビビッて逃げ出すぜ”
『冗談だろ。そんな大げさな』
“だあっ! あれに気づかなかったのかよ? レオンとヒトミがミッションルームへスタコラ逃げ戻ったのも、帰っていいと言われたチーフの半端ない安堵も?”
『……すまない、全然わからなかった。テラがリーダーを見てたキラキラ目がなあ……』
“だあっソラっ! そんなんじゃダメだぜっ。緊張感まるでナシじゃねえかっ!”

 ゼロは呆れた。ソラは共に勇者への道を歩む、互いに倒れることの許されないパートナーだ。ゼロにはないクールさや知的な行動、そして邪悪には徹底して戦う心強い相棒だ。
 が! これが弟のテラや恋人のウミが絡むとからっきしだ。
 地球で最初に出会った時に、自分をウルトラマンだと呼んでくれたソラ。共に戦い始めて春には三年になるが、この相棒はまだまだ計算出来ない面白さを抱えていると見える。
「ソラ、遅いっ!」サヤに怒鳴られつつもソラがヘルメットとグローブを着けワルキュリアのコクピットに乗り込むや、真柴リーダーの操縦で希望のツバサは太平洋を目指す。
「円盤生物アンペーナ確認。それに円盤生物ガレリアスです!」
 スペーシーからの映像を解析していたソラが叫んだ。
“ガレリアスか。ヤツは地球の装備じゃ厳しいぜ。ソラ、ユニットオフしたら行こう!”
『ああ、ガレリアス相手じゃハイパーディメイションでも簡単には……って!?』
 真柴リーダーの駆る希望のツバサはアンペーナを丸無視でガレリアスに突っ込む!
「サヤ、ソラ、まずは本丸から落とすわよ! ハイパー・ディメイション・システム、スターティング・オーバー!」
「え〜っ?!」
“マジかっ!”
「ガレリアスをフリージング・クレッセントで? いくら至近距離でもそんな無茶なっ」
 サヤのみならずゼロもソラも、真柴リーダーの超至近距離からのフリージング・クレッセントに絶句する。文字通り粉砕された巨体の破片を突き抜け急上昇する希望のツバサ!
“ラーダへの怒りの八つ当たりたぁヤツもついてねえな。おっ? やっぱスペーシーは毎度ながらザルだな。もう一匹ガレリアスかよ!”
 希望のツバサをかすめるようにすれ違ったのは、まぎれもなく新たなガレリアスだ。決め弾の尽きた希望のツバサが三機の超戦闘機に分離するや、ソラの左胸からまばゆい光が溢れ出す!
『行く気満々だね』
“空きっ腹で悪いな。だが梓グレートママの晩飯は最高にうまくなるぜぇっ!”
 こうなってはもはやゼロしかガレリアスには立ち向かえない。ソラのオッド・アイとゼロの金色の瞳が重なり、ウルトラ戦士の若者が光を裂いて夜の太平洋上に出現した!
take-17

January 26th PM09:50

「ゼロ……」
 夜空に炸裂する光から出現した赤と青の鮮烈な姿に一瞬目を奪われたサヤの耳に、真柴リーダーの無線が飛び込んでくる。
>ガレリアスはゼロに任せ、各機円盤生物を殲滅せよ!<
「ラジャー!」
 答えて上昇するサヤの眼前でバロンが、そしてワルキュリアが雲霞のごとき敵群へと突っ込んでゆく。まるで機械のごとき正確無比の動きと射撃で敵を撃ち抜くワルキュリア。だがその前方で繰り広げられる光景にサヤは再び目を奪われる。
「す、凄い……っ」
 見慣れたはずの僚機の姿が一個の暴威と化していた。あくまで冷静さを失わないソラのワルキュリアとは対照的に、鋼鉄の猛獣さながらに敵群の只中に暴れこみ跳ね回る超戦闘機が周囲で爆散する紅蓮の炎を照り返す。本来の色さえ定かならぬその姿が屠った獲物の返り血を全身に浴びた悪鬼に見え、思わず固唾を呑むサヤ。瞬間、バロンがこちらに放つミサイルの弾幕! 反射的に回避したカマエルのいた位置でごっそり削られる敵の群れ!
>何ぼうっとしているの!<
「は、はいっ」
 操縦桿を握り直すや大きく数を減じた敵にサヤも挑みかかる。黒きオーラの尾を軌跡に引く悪霊のごときバロンから己が視線を引き剥がし、これほどの魔神の怒りを一身に浴びたバロン本来のパイロットの運命に気を取られぬよう集中しつつ……。



January 26th PM09:55

「だめです、まだ意識が戻りません」
 昏睡状態のタカフミの枕元から顔を上げた看護師に頷き返し、湊医療部リーダーはついぼやく。
「タカフミが撒いた種ではあるが、まったくリーダーにも困ったものだ」
「なにがあったんでしょうか?」
 訊ねる看護師に首を横に振る湊リーダー。
「世の中には知らないほうがいいこと、知るべきではないこともあるのだよ。おそらく今、彼は自分が体験したことを潜在意識の奥底へと押し込めているのだろう。目覚めた彼自身に訊ねても、君は答えを得ることはできないと私は思うよ」



January 26th PM10:00

「バリアを張った。我らがいる限りこの店は安全だ」
 耳打ちする弟に小さく頷き返し、海原大和と名乗る兄は急須を取り替える元蕎麦処「芭蕉」の老妻に頭を下げる。
「遅い時間に押しかけたうえ居座る形で申し訳ない」
「いや、警報が解除されないうちは外へ出ちゃいかん。なんなら泊まっていきなさい」
「かたじけない」
 元店主に頭を下げる弟武蔵の横で、兄は続きを話し始める。
「いま見ていただいたニュースのとおり、5月にはこの地区復興の一大イベントが催されます。その場に我らも以前ご紹介したプロジェクトにて参加すべく蕎麦打ちの改良を施しております」
「ですがシティにはたちの悪い食い逃げ犯が横行しているとのことで、その対策もロボットに盛り込めないかという話になっておりまして、暮れにはこちらも被害に遭われたと聞いてお話を伺いにきたのです」
 双子の工学部講師に主は悔しそうな面持ちで頷く。
「年の瀬にひどい話ですわ。貧乏くさい5人組で、あんまりひもじそうな顔だったんでつい情にほだされ大盛で出したんですが、それをあっというまに平らげて店を飛び出し姿をくらましよりました。店の表に出たときは影も形もありませなんだ」
「あとでご近所さんに聞いたら、このあたりのお店のほとんどは被害にあってるそうなんです。とにかく足が速いらしくて」
 いい添えた妻に頷き返し、双子の講師は姿勢を改める。
「その逃げ足を思えば、我らはやつらは地球人ではなく宇宙人に違いないと考えております」
「宇宙人が蕎麦を?」
 顔を見合わせる老夫婦に、二人の講師は話し続ける。
「あの逃げ足では走って追っても間に合わない。空を飛ばせるしかないのですが、そのためには動作モードを切り替える必要がありまして、侵略宇宙人にとっては大敵にあたるウルトラマン型に変身させようと考えているのです」
「その場合モード切替の基点となる特殊な動作、つまり変身ポーズが必要となるため、これまでのご厚意に対するお礼に主どののお好きなヒーローのポーズを採用させていただきたく伺った次第です」
 いわれて主は腕を組んで唸る。
「なにせ時代劇専門なので、印籠を出すとか桜吹雪ぐらいしか思い当たらんのですが……」
 そういいかけて、ふと思い出した風情で手をたたく元店主。
「そうそう、映画で昔こんなのがありました!」



 老夫婦に礼を述べ家の表に出た双子の顔に、遅い曙光が彩りを添える。
「いくぞドリアン。帰ったらすぐ情報集めだ!」
「ああ、これで我らも主どののご恩に報える!」
 紫雲たなびく冬空に昇る異星の太陽に、双子の宇宙人は誓いを新たにするのだった。
みちかまり様こんにちは。そんなわけでアニキはじきに復活します。記憶がちょっと抜けてるかもですが……(ガクブル)
take-18

January 26th PM10:10

“ひゃあ派手にやってるな! サヤまでビビるたぁリーダー凄えぜ”
『気をつけろゼロ! このガレリアスはまだ増殖分裂したばかりだ。凶暴さが増してるはずだ』
“分かってるぜ、行くか!”
 円盤生物ガレリアスと空中で対峙するゼロの両手にゼロスラッガーが飛び込んでくる。円盤生物アンペーナの大群を蹴散らすバロン、ワルキュリア、カマエル。その上空で空中戦を繰り広げるゼロとガレリアス。
『ゼロ、このガレリアスは分裂細胞が酸素によって活発になってる!』
“くっ! 懐に飛び込めたら一発でゼロスラッガーで仕留められるんだが”
 ゼロはスピードのあるガレリアスを攻めあぐねていた。自分の下で戦っている希望のツバサにも気を配っていたのだ。が!
“マジかっ?”『カラータイマーが、点滅?』
 しばらくなかったことだが思い当たることがあるらしく、ソラがそれを辿れば、
『まずい! ウミが怒ってる。ふて寝してるよゼロっ』
 そう、ゼロが最近エネルギー切れせずに敵を仕留めるまでバリバリ戦えるのは、ソラの恋人にして月星人であるウミからのアシストがあるからだったのだ。もともと超能力に優れた月星人とはいえ、若い世代でいながらウミの超能力は桁違いで月に注ぐ太陽の光をソラを通じゼロに与えられるほどだった。ゼロが苦戦すると、ウミは恋人のソラを守るため太陽のエネルギーを与えるのが常だった。
 だが! 今日はウミとソラはランチに美術館デートの後、ウミの部屋で晩飯食べて更にイチャイチャする予定だったのが、急なアリーナ帰還命令で綺麗さっぱり吹き飛んだのだ。それだけならまだしもウミは鋭い。夜のデート中止にゼロが大いに安堵していたのにも、ちゃーんと気づいていたのだ。
『ああ……激おこ! まではいってないけど、プチおこで拗ねてるっ』
“仕方ねえ、エネルギー切れの前に仕留めるぜっ!”
 ゼロはエメリウムスラッシュで牽制しながら高度を上げガレリアスを挑発する。そして相手が急上昇するところへ一気に降下、ガレリアスの無防備な腹へ回り込むやワイドゼロショットを叩き込み、地球の酸素で増殖し始めていた無数の子もろとも焼き払った!
「流石ゼロ、見事な作戦ね!」
 サヤのカマエルが最後に残ったアンペーナを焼き払うと、ゼロは希望のツバサに向けて親指を立て、キザに手を振って飛び去り見えなくなった。
「掃討成功。周囲に円盤生物の反応はありません」
 ワルキュリアに戻ったソラがレーダーセンサーの感度を上げて確認する。同時にワルキュリアの人工知能が今日の希望のツバサの戦績を計算し始める。
「さあソラ、サヤ。帰りましょ。ソラはまだ夕食も食べてないんでしょ?
 アリーナ、こちら真柴。これから帰還する。今夜はどの機体も傷んでそうだから、メカニック四十七士の点検手配よろしく」
 アリーナへの帰路を取る希望のツバサの三機の超戦闘機。からになった太平洋上空には満天の星が煌めいていた。



January 26th PM11:00

「はふっ。これはまた変わってますね。美味しいです!」
「そう、それはよかった。和美ママのお祖父様直伝の海軍グルメレシピからアレンジしてみたそうよ」
 梓グレートママの給仕でソラが食べているのは、大きな鶏の足のローストが添えられたチキンライスだ。同じ盆に載ったミネストローネとラタトウユはカナリーの定食のメニューだが、このチキンライスは新作お試しメニューなのだ。
「チキンライスには野菜が沢山入ってますね。それにチキンが一度蒸してあるから骨のそばまで火が通ってますし、余計な脂臭さが抜けてるのでこれは女性にも喜ばれそうですね」
「なら合格。かしら?」
「ええ、文句ナシです。ただ手間暇がかかりそうですね」
「大丈夫よ。カナリーじゃなくてパロットでのメニューだから。流石にカナリーでここまで手が込んだのは難しいけど。ソラが太鼓判押すなら大丈夫ね」
「これはスペシャルランチにしてもいいですよ」
「そうね。仕入れを確認して、来月にでも一度やってみようかしら」

 だが二人が来月のランチについて平和に語っていたそのとき、アリーナのドックではメカニック四十七士と呼ばれる凄腕のエンジニアの面々が、帰還した超戦闘機を前に絶句していた。
「なにこれ? バロン、装甲板が全部外れかけじゃない!」
「バロンの耐久性能を完全に越えてたはず。これで空中分解しなかったなんて信じられませんっ」
take-19

January 27th AM08:00

>台湾経由シンガポール行きの250便はまもなく出発いたします。ご搭乗のお客様は4番ゲートへお急ぎください<
 搭乗口への曲がり角の手前で、直進してきた白コート姿の女とすれ違った井上は眉をひそめ肩越しに見送った。東洋系の整った美人と評するに異論ないはずのその顔の印象が、瞬時に薄れるのを感じたから。認識の盲点を突かれたような、ステルスまがいの人為性を鍛えぬいた勘が嗅ぎつけたのだ。
「……お手並み拝見、かもしれませんぜ天河さん」
 伝説のトップ屋は呟いた、もう顔も思い出せない女に背を向けながら。


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January 27th AM09:30

 夢野市役所正門向かいの喫茶店『ドリームフィールド』にて、織田は窓際の席を選び遅いモーニングを注文すると、市民が出入りする庁舎を睨みつつ今後の方針を練り始めた。あの井上に匹敵する業績を挙げるために自分はどうするべきか。異なる着眼点として称揚されるにはどんな切り口が必要なのか。読み直した井上の『星から来た船』を手元に置いたまま、織田はひたすら思いを巡らせていた。だから背後で開いて閉じたベルつき扉の音も耳に入っていなかった。
「あら、あなたもその本を?」
 白いコートの、整った顔立ちの女が横に立っていた。だがその手の『星から来た船』が持ち手の印象を打ち消した。そんな己に舌打ちしつつ顔をそむけようとすると、女は向かいの席に座るやなおも話しかけてきた。
「お気に召さなかったみたいね。私もなのよ」「ほう?」
 にわかに興味を引かれ、彼は改めて女に目を向けた。人好きのする、その分つかみやすい表情だった。いかにも大衆の代表然とした女の様子に織田はヒントが得られるのではと感じた。そんな野心を隠せぬ態度の急変に気づく風もなく、女は聞こえよがしに話し続けた。
「確かにこの本はきちんと書けているわ。取材は綿密、立場は公平。過去の事実を記録し伝えることにかけては満点でしょうね。でも、ここには今の私たちが直面している事態や将来への指針が欠けているんじゃないかしら」
「なるほど」

 相づちを打ちつつも、浅はかな女だと織田は思った。あくまで事実を積み上げることで真実に至らんとする厳しさこそ生命線の本なのに、それがわからないのかと。必要な情報を我が物にする際の辣腕ぶりやしたたかさとは裏腹に、井上はそれらを精査する段階ではどこまでも非情になることができた。それだけのお宝を手中にしつつ、そこに己が名声への願望がつけ込むことは微塵も許さない。報道の世界に身を置けばこそ抗しがたい誘惑に屈しぬ姿勢ゆえに、ライバルたちから「真実の求道者」と呼ばれている井上。そう呼ぶ者の中には井上の姿勢を禁欲的すぎるとの侮蔑を隠さぬ者も確かにいるが、織田は井上がそんな業界の風潮と一線を画すがゆえに目標ともしてきたのだった。その姿勢あればこそ井上の業績は狭い業界を超越したインパクトを持ちうると思ってきたから。そんな思いに耽りかけた瞬間、女がいった。
「そんなのつまらないと思わない?」

 さっきの話の続きと聞こえなくもないその言葉に、だが織田は焦った。あたかも相手への思いを見透かされたような絶妙すぎるタイミングだったから。思わず戻した視線が身を乗り出している女の顔へまともに向いた。とたん、女の目がきらっと光った。
 意識が遠のき相手の顔が見えなくなった。今のいままで考えていたことがわからなくなったところへ声が聞こえてきた。それは女のものではなく、織田自身の声だった。
>人々は、大衆は事実の積み上げになど興味はない。自分の頭で考える余裕などいったい誰にあるというのか。彼らが求めるのは方針だ、答えだ。それさえ与えれば人々は思い通りに動きだす。多ければ多いほど、それは現実を変える力となる。
 おかしいではないか、この夢野市の現状は。なぜこの街だけがかくも進んだ技術を持っているのだ。なぜ代々の防衛隊ばかりが宇宙人の技術を独占するのか。異星人どもがなんの見返りもなくそんなことをするものか。この街に住む奴らの異常な数が証拠でなくてなんだ。市長もB・i・R・Dも侵略者の手先だ!
 いまは奴らの動きを調べながら同士を増やして時を待つのだ。やがて海から古き力が異星人どもを討つべく浮上する。その機を逃さず蜂起して奴らを地球から叩き出せ!<
 導く声に従って織田は店を後にした。女の顔から人形のように表情が失せゆくことに気づけぬばかりか、会ったという記憶すら無くしつつ。
>>[772] 中嶌まり様おはようございます。

白コートの女はいわば見せ場のための布石です。本筋のこういう動きとは別に、ポンポスやサロメたちも日々暮らしているという趣向です♪
take-20

January 27th AM10:00

「やはり、アクセス不可か……」
 ソラはメインコンピュータセクションに篭り、ジャパンアリーナのメインコンピュータ『ロザリンド』に向かっていた。
『ノンマルト』で検索をかけたが、やはりアクセス権限ナシ。とアクセスを拒否された。
“どうやらめんどくせえことなんだな。オヤジからもっと地球について聞いてれば……。まあそんな時間もなかったけどよ”
 ゼロも苦り切っている。
「不都合な真実ではあるんだろうな。ゴシップサイトでも、ノンマルトについてはすぐに削除されるといわれてるから。……削除の理由はいわゆる『トンデモ科学』『根拠ナシ』だけど。
 以前フランスのwikiリークスに上がった時に、俺もスクリーンショットで残して読んでみたけど、地球には今の地球人より前に地球人がいた。しかし宇宙より来た新しい地球人によって、海底に追いやられ、ウルトラ警備隊によって滅ぼされた。そう書かれてた。
……全てが嘘でも全てが真実でもないとしか、今の俺にもいえないな」
“めんどくせえよなあ!”
「ノンマルトなのかどうか分からないけど、地球に原地球人がいて、宇宙から来た人々と混血して、今あるのが地球人という説もあるにはある。ただ証拠になるモノ……化石だとか、彼等が使った道具や生活の痕跡などが見つからない限り、トンデモ科学とかSF小説の読み過ぎとしか見られない。
 現に俺たちのすぐ近くには、宇宙人も多いからな」
“ウミたち月星人は地球人とあまり変わらねえみたいだな”
「ああ、DNA構造とか肉体を構成する元素にしても、違いがほとんどないからな。
 ウミが前に教えてくれたけど、月星人が月で生きるようになってからも、何人かは地球に降りて、地球人として生きて、子を為して、死んでいった者も沢山いる。その子もまた地球で子を為して、ずっとそれが続いているとか。
 各地に残る天女や鳥人の伝説、日本のかぐや姫伝説は、それがファンタジーとして今に伝わっているともいわれているから」
“月星人だけじゃねえからな。この街には、ジュディやユカリの寮の舎監のヒナちゃんみたいな元侵略者もいれば、まさか演歌のスーパースター、サブロー・キタジマに惚れ込んで、グレートな演歌シンガーを目指すババルウ星人までいる有り様だ!
 FAKEの野郎があそこまで変わるとは、オレも思ってもみなかったぜ!”
 ババルウ星人のFAKEといえば泣く子も黙るどころかフリーズする、好戦的なババルウ星人でも最強クラスのファイターだったと、メビウスことミライも教えてくれた。が!
 今のFAKEは北部港湾地区で、ユンボに乗り込み日々荷揚げ荷下ろしに勤しみ、夏休みにバイトにきた高校生にもなつかれる程の気のいいあんちゃんで、またキャバレー『TATOO』で月に数度歌っている。
 夢野港を出る船にとって、FAKEにサブロー・キタジマの名曲『函館の女』を歌ってもらえたらラッキーなことがあるとまでいわれてる始末だ。

“前に光の国で噂として聞いたことがあったが、地球にまだ文明がなかった頃、一人の光の国の人間が傷ついてウルトラ戦士の姿に戻れなくなって、そのまま地球に残ったといわれてるとかいないとか。まあ噂だけどよ”
「その話は無きにしもあらず。ってところだろうね。
……アクセス不可では仕方ないな。記録会も近いから少し稽古でもするか。付き合ってくれるかい?」
“お! いいぜ!”
 ゼロはたとえそれが自分の肉体でなかろうと、体を鍛えたりするのは楽しいらしい。苦笑しつつメインコンピュータセクションを出たソラは、アリーナ内生活棟にある自室のフルーレを取り、格闘スタジオに向かった。



January 27th PM00:30

“いい感じじゃねえか! これならネッドやロンなんざ全然楽勝だぜ!”
『やはり、まだムッシュ・クレマンにはかなわないかい?』
 汗だくになり、スポーツドリンクを飲み干しながら、ソラはゼロに尋ねた。
“以前は完全、クレマンのワンサイドだったが、それでもソラ、一本取れてたじゃねえか。今回はいい線いくと思うぜ!”
『いい線か……。だったら初戦でいきなり当たるのだけは避けたいな。
 お腹も空いたしカナリーも少しは空いてくるだろうから、お昼にしようか』
 ソラはシャワーを浴び、汗だくのトレーニングウェアからB・i・R・Dスーツに着替えた。


 まだ時間差で昼食を取るスタッフがいるため、いつも注文する日替わり定食は既に売り切れていた。カツカレーセットを頼んだソラが一人でランチを取っていると、耳慣れた、だが予想外の声が背後から呼びかけた。
「お、ソラ。ここええか?」
「あっ タカフミさん!」
“タカフミ! 生きてたのかよっ”
take-21

January 27th PM00:45

 ソラ(とゼロ)の目の前に現れたのは、ソラと同じカツカレーセットだけで足りるわけないやろこのドアホ! とでもいいたげに大盛りうどんまでトレイに乗せてご満悦のタカフミの姿にほかならなかった。向かいの席にどっかと座るや大口開けてうどんに取りかかるその信じがたい姿に気を呑まれていたソラが、やがておずおずと問いかける。
「も、もういいんですか? タカフミさん」
「なんやソラ。人を病人みたいに」
「だって、下痢だから出撃できないって」
「スクランブルなんてなかったやん。担ごうったってそうはいかんで」
「そんな!」”おいソラ、やめとけ”
 思わずソラがいいかけるのをゼロの思念が止めに入る。
”こりゃどう見ても普通じゃねえ。おそらく一種の記憶障害だ。なにかヤバい記憶から自分を守るためのな”
「ヤバい記憶? なんだそれ」
”だからリーダーに決まってるじゃねえか! 何度いわせりゃ気がすむんだ。オマエだってリーダーに睨み負けたことあったじゃねえかよ!”
 いわれたソラの脳裏に忘れかけていた、というより決して思い出したくなかった記憶がよみがえる!


 それは他ならぬまさにこの場所、カナリー隊員食堂での惨めな記憶だった。テラがリーダーなどという、あまりにもかけ離れた相手に魅了されたと知った兄は夕食の約束どおりやってきた弟をこの場で翻意させようとしたが、予定より早く戻ったリーダーに見つかるや無言の眼力ひとつでねじ伏せられたのだ。それは弟をどこまでも守る誓いを立てた兄にとって、決してあってはならぬ敗北だった。衝撃が大きすぎたのか、今もソラはその時の自分を思い出すことができない。何日か後にサヤがその場を見ていたという噂を知って本人にも訊ねたことがあったが、サヤはおろか、誰に聞いてもこわばった顔で口をつぐんでしまうのだ。
 しかもその場を見ていたはずのゼロが、全く頼りにならなかった。確かに彼は一部始終を見てはいたが、目の前で起きたことの意味をまるで理解していなかったのだ。事実だけは教えてくれるものの、それがどういう状況かも、ましてやなにを意味するのかまでも逆にソラに問い返すゼロに、それを知りたいのはこっちだとさらに返す不毛なやりとりが延々と続き、事態は結局こういうことだったのだという共通認識にたどり着くだけで二人は多大な時間を費やしていた。なにしろゼロから一の情報を得るために、ソラは少なくともその十倍を教えないといけなかったのだから。だがその成果ゆえに、ゼロはいま警告を発し得ているのだ。

”きっとタカフミも記憶に穴が開いたんだ。オマエのは小一時間だが、タカフミの場合まる一日ってところだな。例の会見から入院にかけて、ヤバい記憶に直接関わる部分はもうなかったことになってるハズだぜ。思い出させたところで病院に逆戻りが関の山だろ? そっとしといてやろうぜ”
「……ああ、そうだな」
 かくて一つの体の二人の若者は、山盛りだった昼食をペロリと平らげ満足げなタカフミを痛ましげに見つつ、ひそかにため息をつくのだった。その頃……。


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「ボース様、これぞ画期的な器具集めの妙案です!」
 寒風でトタン板が飛ばないよう荷造りヒモで鉄骨に括りつけ、万全の対策を施したジャングルもとい秘密基地。そこに置かれた壊れたおコタの上にドースが広げた二枚のビラを、首魁ボースと仲間たちがしげしげと見比べる。
「市のゴミ回収ビラではないか」
「こちらが市のビラ。そしてこちらが魔改造版です」
 再びしげしげと見比べる、およそ頭脳労働の適性を欠くとしかいえぬ宇宙人たち。
「どこがどう違うんだあ?」
「魔改造点は二カ所ですよ」
「あ、業者の名前が違う!」
「本当、ポンポス商会って」
「ご名答! あと一つです」
 だが首をひねるばかりでちっとも気づいてくれない仲間たちに業を煮やし、ついに瓶底メガネの発案者は指さすや叫ぶ。
「ここですよここ! ほら、一文字だけ違うでしょう?」
「あ、無料回収が」
「有料になってる」
「ということは?」
「ゴミを集めりゃ」
「そうです、代金がもらえるんですよ。どうですこのコスパ最高の神計画!」
 爆発する歓声の中、感極まった肥満体の首魁がヒョロヒョロの部下を抱き潰す!
「でかしたぞドース! では総員ただちにこの完璧無比な計画を実行せよ。この際モノは選ぶな。なにがなんでもブツと現ナマを総出でこの場へ持ち帰るのだぁあっ!」
 たちまちわき上がるえいえいおーの勝ち鬨も勇ましく、明日の希望と欲目にかられた底辺侵略者たちは作戦遂行に欠かせぬ最終兵器たる大八車を押し立て出陣してゆくのだった。
>>[777]中嶌まり様こんばんは。肉体労働する気があるのかどうかは微妙ですね。単にメシのことが思い浮かぶとじっとしてられないだけのような気がしないでも……(苦笑)
take-22

February 1st AM10:00

「はい! 書類来ましたっ」
 郵便配達員から受け取った大量の郵便物を、夢野市立大学の大会議室で待機していたアルバイトの大学生たちが一斉に立ち上がり、まずは封筒を色分けする。
 文系は水色、理系は若草色、医歯薬学部は桃色、教育学部は卵色の封筒に願書を入れて送る決まりになっているためだ。

「今年、理系ハンパないわね」
 願書仕分けのアルバイトには、倉澤チーフの長女ヨウカも加わっている。
 総合大学とはいえ少数精鋭主義なので、学部数こそ多くても学生の数はマンモス大学の比ではない。それでも夢野市立大学は東大にも負けない競争率の激しさで、率でいえばむしろ宝塚音楽学校のほうが近いくらいだ。
 しかも今年は工学部のキャンパス移転に加え、新設される工学部ロボット実践課程がとんでもない人気のため、例年の大学側スタッフや市役所からの臨時職員だけでは対応しきれず、学生達もアルバイトで願書整理をしているのだ。
「医学部歯学部薬学部、OCRかけます!」
 スキャナで読み取られた願書をノートパソコンで、文字化けや外字がないか点検する。
「……フミタケ、あんた頑張りなさいよ。パパに似て優秀なんだから」
 ヨウカは弟の願書に微笑みかけた。本来なら推薦入学で楽勝なはずだが、彼は自分の力で合格したいと勉強を続け、センター試験もほぼ満点だった。
 ともあれ大学生たちは受験票に間違いがないよう、願書とデータを見比べていく。


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February 1st PM03:00

「これはキツいな……」
 2週間後に迫ったB・i・R・Dスポーツ記録会のフェンシングの組み合わせが確定し、ソラは思わず天を仰いだ。
 ミッションルームを出てカナリーで休息しながら、ソラは紅茶を飲むよりため息をついている。彼がいるシアンチームには、オリンピックやアジア大会などのメダリストが沢山いるのだ。
 幸か不幸か、フランスのアンリ・ド・クレマンはルージュチームになり、彼と戦いたければひたすら勝ち進むしかない。ソラとクレマン、どちらもが決勝まで進めなければ当たることがないのだ。
“おいソラ。何をため息ついてんだよ!”
『見てくれよ! インドのジャドさんに、シンガポールのロン、ドイツのヨーゼフさん。みんなメダリストばかりだよ!』
“メダリストだあ? そんなんオマエなら全然楽勝だぜっ!”
『また、君は気楽なんだから』
“何いってやがる。メダリストがなんだってんだ! 所詮は素人のチャンピオンだのメダリストだろ、ソラっ、オマエを鍛えてるのはどこの誰だ? 悪いがオレはプロのチャンプだぜっ! プロに鍛えられたヤツが戦う前からショゲてどうするってんだ!”
『……ゼロ』
“ゴチャゴチャご託並べるよか稽古しようぜっ!”
『ああ、そうだな。』
 ソラは紅茶を飲み干すと、脇に置いていたフルーレを手に格闘スタジオへ向かった。


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February 1st PM08:30

「マジかっ」
「フリージング・クレッセントが効かないなんて!」
「アーカイブUGMのサラマンドラに似てますが、改造を施された個体のようです」
 希望のツバサが放ったフリージング・クレッセントが怪獣の体を両断する寸前、体の前面からの熱波で威力を大きく削がれたのだ。決め技を封じられた希望のツバサが三機の超戦闘機に分離、何事もなかったかのように復帰したタカフミを先頭になおもサラマンドラへ食らいつく!
“行くか。ソラ!”
『ああ、奴の弱点は再生を司る喉の器官だ。ただあの熱波が守ってる』
“怖いのか?”
『行けるさ!』
 ソラはワルキュリアをフルオートAIモードに切り替え、オッドアイにゼロの金色の瞳を重ねた。
『ゼロ、フルーレを!』
 出現したゼロの両手に二本のスラッガーが飛び込むや、一本の細いフルーレに変化する。超戦闘機の援護を背に、だがゼロは動かない。
“わかった。じゃあ任せるぜ!”
 動こうとしないゼロに改造サラマンドラが熱波を放つ。瞬間、体を屈め一気に改造サラマンドラに迫るや、細い刃を喉の急所に射し込むゼロ。喉をフルーレで貫かれた改造サラマンドラを、舞い上がったゼロのキックが貫通。間髪を入れずワイドゼロショットを叩き込み焼き払う。
“やるじゃねえか!”
『熱波を放つ時に、喉をカバーしていた腕が下がるのが見えたから』
 ここまで出来るプロなのに、なんでアマチュアに負けるなんて思うんだか。ゼロには滑稽に思えても、相棒はひたすら大真面目なのだ。
take-23

February 2nd AM10:00

「偽業者の件、市民だよりに載せておきました」
「ご苦労」
 答えたまま窓の外を見ている星宮市長の背に筆頭書記は言葉を継いだ。
「よろしいのですか? 連中をのさばらせておいて」
「君も正体の目星くらいはついているのだろう?」
「目星もなにも、前に会ったことがありますから」
 答えつつも顔をしかめる筆頭書記。なにしろかの「史上最低の侵略」事件の一方の元凶にして旧湾岸通地区全体をゴミの山脈となさしめた張本人でありながら、復興作業に日当が出ると聞けば臆面もなく受付の筆頭書記の前に現れ、あまつさえ日払いならばできるだけゆっくり働くとまでほざいたのだから、たとえ釈迦や菩薩であろうと渋面になるのも無理からぬ話だった。だがそんな部下に背を向けたまま、黒の賢者にも例うべき異星出身の市長は言葉を続けた。
「この星には君子危うきに近寄らずという諺もあるが、彼らならいずれちょっとした穴にでも落ちるのが関の山ではないかね? しかもあれだけの逃げ足だ。それほどひどい目にも遭いはしないだろう。そんなことより」
 その時になってやっと、筆頭書記もまた市長のまなざしの先にあるものへと注意が向いた。
「こちらの方がよほど面白そうだ。そう思わないかね南雲君」

 異星人たちの超感覚が捕捉したのは、こちらに向けられている敵意に満ちた視線だった。それを辿ると主の姿が映じた。一人は門柱の陰に、一人は渡った道路の角にあるタバコ屋の横にいた。そして向かい側の喫茶店で誰よりも激しい敵意をむき出している男こそ、井上をライバル視するフリーランスのアナウンサー織田幸村その人だった。


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February 2nd AM11:00

「今日も稼げてますねボース様!」
「台所用品もけっこう集まったし」
「お金も思ったより稼げてるしぃ」
「よぉっし晩メシはスシパワーだ」
「大賛成〜〜〜〜いっ!!!!!」
 毎度おなじみというべきこの低次元な会話を交わす五人組こそ誰あろう、もとはといえば銀河の彼方から地球侵略の尖兵として送り込まれた身でありながら、どこで道を誤ったのか廃品回収の偽業者として欠けた食器や錆びた調理具がてんこ盛りの大八車を押し立てるポンポス星人たちに他ならない!
 なにしろこの数日間、彼らは地球に降りたって以来初の勝利の美酒に酔っていたのだ。幾度もの失敗を経てどうすれば首尾よくブツとカネをせしめられるかを空き腹と戦いつつ議論した結果、彼らは役割分担と連携技を生命線とする必勝パターンを編み出していた。一人暮らしの家を狙ったメースとミースが甘言で相手を誘い出し、ブツを残らず大八車に積むやドースがそろばん片手に法外な請求。話が違うと相手が騒げばオースとボースが前に出て威圧という寸法で、おかげで連戦連勝だった。だがブツやカネを取られた相手から市に苦情がいく可能性に丸っきり頭が回らない時点でしょせん付け焼き刃、あげく彼らは欲目にかられ、丸太屋という大穴へ突き進んだのだ。

「ぎょうさん引き取ってくれるんやなぁ」
 相好を崩す恵美子の横に、無表情で立ち尽くす両手がハサミの怪人こそ第二の懐刀たるバルタン星人である。揉み手で応対するメースとミースの背後でオースが大八車の荷をロープで括ると、そろばん片手のドースも笑顔で告げる。
「〆て5678円でっす」
 だが五人の誰ひとり、相手の剣呑さに全く気づけないのが運のツキ。
「冗談キツイで。市の委託業者が代金せしめるはずないやん」
「これ見てください。有料って書いてます」
「ほな読んでみ。これ今朝の市報やで」
 偽業者に注意の文言に、虚を突かれたドースが絶句する。
「さてはあんたら、ここらで悪さしてるとかいう悪党か」
「い、いやそんなことは! うちは正規の業者ですよっ」
「有料って書いてるんやから偽やろが」
「ですから有料で正しいんですって!」
「あくまで本物っていい張るんやな?」
「間違いないです。本物の本物ですっ」
「じゃあ代金払うてもらおか」「は?」
 再び絶句するドースにずいと詰め寄る女傑がのたまう。
「あんたらもビラも本物。けれど市報に正規業者は金をとらんて書いてある。ほなあんたらが代金払う以外あらへんやん」「そ、それはっ」
 焦るドースを慌てて押しのけオースが、ボースが前に出る。
「二人ぽっちでワシらに勝つ気かオバはんっ」
 唸る土佐犬もどきを鼻で笑うや指を鳴らす女城主。たちまち分身した宇宙忍者が愚民どもを十重二十重に取り囲む!

 かくて彼らは有り金全部と大八車をむしられた上、集めたガラクタと空き腹を抱え敗走した。勝ち鬨とも忠告ともつかぬ女帝の声を背に。
「商売ナメたらあかんでぇ〜〜」
中嶌まり様おはようございます。そんなわけで大穴に落っこちた5人組というお話でした(苦笑)
take-24

February 11st PM03:45

「オリンピックメダリスト、ヨーゼフ・リッケンバッカーが負けた……?」
 夢野市唯一の男子校、夢野修道館学院高等部の体育館で、どよめきが起きた。
「やっぱり兄さん、凄いや!」
「リッケンバッカー相手に完勝。やるな、ソラっち!」
「明日の決勝は、フランスのアンリ・ド・クレマンよね! ソラぽん、凄い〜!」
 客席で手を叩くテラ、倉澤チーフの子供達、そしてユカリ。
 そんな彼らの見守る中、フェイスガードを外して握手する見上げるような大男と彼に比べれば少年のような若い男。大男はドイツ代表、前回オリンピックのフルーレ種目で金メダルを獲った、ヨーゼフ・リッケンバッカー。小柄な若者は、勿論ソラだ。
 ヨーゼフはソラの肩を軽く叩き、明日の勝利を、と声をかけ、大股ながら静かに控室へ去っていった。
 ソラも控室に戻るや、ポットに入れていた紅茶を飲みつつ汗を拭う。
“やったなソラ。明日は決勝だな”
『ああ、どうにかな。やはりヨーゼフさんは強かった。金メダルメダリストは伊達じゃない』
“クレマン最大のライバルという呼び名は伊達じゃなかったってことだな。ソラ、こりゃ明日は勝てるぜ!”
『ゼロ、気楽に言わないでくれるかい。勝敗は時の運だから』
“何言ってやがる。これなら勝てるぜ! 弱気にさえならなければなっ”
『ムッシュも準々決勝は苦戦してたな。ノルウェーのハンスさんがあそこまで出来るようになっていたとは』
 B・i・R・Dノルウェーのハンス・ヨンソンは、前回のオリンピックでは予選でリッケンバッカーに敗れていた。クレマンやリッケンバッカーがB・i・R・Dに参加したのを見て、彼も母国のアタックチームに加わったのだ。
 ソラのライバルであるシンガポールのロナルド・ホフマンも、ソラがジャパンチームに加わったのを知り、エリート銀行員の安定した仕事を捨てシンガポールチームに参加していた。
『ムッシュとハンスさんは五歳違う。でも年齢を考えたら、ムッシュはやはり凄い。あそこから逆転して勝つとは』
“だあっ! それが弱気だってんだソラ! いいか、プロのチャンプが鍛えてるんだぜっ”
『分かった。後は明日に向けてまた集中するだけさ。今夜は何を食べようかな』
 ソラが大きく息を吐いたとたん、乱暴にドアが開かれた。
「ソラ、やるやん! ジャパンアタックチーム唯一の決勝進出や!」
「二重国籍だからオリンピックに出られなかったなんて、ホント勿体ないわ!」
「兄さん凄い! 明日も見に来るからねっ」
 仲間や弟、その友人らがソラを囲む。




February 11st PM08:00

「じゃあお先に失礼します」
 図書館のシフトが遅番だったウミはタイムカードを押して中央図書館裏口から街へと出た。携帯電話の電源を入れるとソラからメールが来ていた。
「……決勝進出おめでとう」
 ウミは小さく微笑んだ。幸い明日はシフトは休日だったので、決勝を見に行くこともできる。

 遅くなったので夕食は軽めにと馴染みのイタリアンレストランに足を向けた時、ふと何かを感じ、ウミは夜空を見上げた。
「……マザー!」
 月星人のリーダーである、冥王星にいる『マザー』からの警告だった。
『何が良いことで、何が悪いのか。よく考えて。
考えを操ろうとするモノを、許してはなりません』
「マザー……」
 歩きだしたウミが思わずマフラーを巻き直したのは、二月の夜の寒さだけのせいではなかった。




February 11st PM08:10

「ソラ、叔父様から電話よ」「え、あ、はい」
 ジャパンアリーナのレストラン『パロット』でサヤと夕食中のソラに、梓グレートママが通話インカムを手にやってきた。
 食べかけていたビーフシチューを置いて、サヤに許しを得て、ソラは通話を開始した。
「叔父上。なにかありましたか? まさかテラがっ」
「ソラ、テラから聞きましたよ。記録会で決勝進出おめでとう。明日は必ず帰ってきなさい。お祝いをしましょう。出撃がない限り帰宅してもよいと、真柴様から許可もいただきましたから」
「叔父上、そんな……」
 苦がるソラの爪先を踏んづけるのはサヤだ。
「なに遠慮してんのよ。叔父様に感謝しなさい!」
 小声ながらもサヤに凄まれ、ソラは記録会が終わりインタビューなどが終わり次第帰宅することを返して、電話を切った。
「よかったわね。叔父様も鼻が高いんじゃないの?」
「多分テラです。大袈裟に叔父上に言ったんでしょう」
「明日は代わりに私が出るから、ソラ、あんたは必ず帰りなさいよ!」
 サヤにまた凄まれた以上、明日は記録会がすめばおとなしく帰宅するしかなさそうだ。
take-25

February 12st AM08:00

「ねえ、あの人たちって変じゃない?」
 市役所向かいの喫茶店『ドリームフィールド』で、ホットコーヒーを届けてカウンターに戻った老オーナーに妻が小声で耳打ちした。
「バカなこというんじゃない」「だってさ」
 洗ったカップを手早く拭きながらも妻は続けた。
「なんだってみんな、ああして市庁舎ばっかり睨んでるのさ? 新聞も雑誌も読む客なんて一人もいやしない。それにさ……」
 妻が向けた視線の先で、奥の席の客に白コートの女が何事かを話していた。
「あの人が来るたんびにそんな客が増えるじゃないか。よそから連れてくるばっかりじゃない。前はまともだったお客まで、あの人としゃべったら同じようになっちまうだろ?」

 それはオーナーも感じていたことだった。最初は女が来るたびに客が増えることを喜んでいたが、女が連れてきた客が増えるにつれて店の雰囲気が変わってきたのだ。思い思いの話し声が低く流れるジャズに溶け込んでいたあの耳慣れたざわめきがいつしか途絶え、満席に近い喫茶店にはありえないはずの不気味な沈黙を背景に音楽だけが浮き上がっていた。三十年近くこの店を続けてきた二人にとって異様としかいいようのない事態だった。ともに直視を避けてきたものをついに口にした妻へ向き直ったオーナーは、妻の目に不安を認めた。彼自身が押し殺してきたはずのそれが相手の目の中で鏡映しになっていた。否定しようと思わず口にしかけた叱責を、だがかけられた声が遮った。
「ねえ、ちょっと」
 むこうにいたはずの女に顔を覗き込まれた二人が動揺したとたん、女の目が光った。


−−−−−−−−−−


February 12st PM010:00

「コーヒーガラばっかよ! しけてるわねぇ」
「ここの店って最近メシ食う客いねえのかよ」
 件の喫茶店『ドリームフィールド』の裏手に出されたゴミ袋を漁っているのは言わずと知れたポンポス星人五人組。するとその背後から女の声がかかる。
「あんたたち何してるの」
 驚いて振り返った一同の前で、白コートの女が笑みを浮かべて続けた。
「残飯漁りなんてしけてるわねぇ。そんなことよりいい話があるんだけど」
 その言葉に我先にと女の前に殺到する五人組。瞬間、女の目が光るが、気づきもせずに昆虫人間たちはまくしたてる。
「いい話? む、無論うまい話だろうな」
「あたし、美味しい話ってだ〜い好き!」
「美味しいメシはもっと好きなんですが」
「め、メニューなんかないんですかい?」
「あたし、できればカレー以外がいい!」
 そんな面々の前で、女の顔から表情が剥がれ落ちる。ギクリとした五人の前で無表情の相手が呟きを漏らす。
「地球人ではないことを確認、消去する」
 だしぬけに目からビームを乱射する女! だが信じ難い動きで紙一重でかわすやその場から遁走する昆虫人間たち。駆けだしたもののあまりの速さに追跡を停止した女から悲鳴までもが逃れ去る。
「は、話がうますぎると思った」
「たっすけてええぇぇ〜〜……」



「な、なんだあの騒ぎは?」
「あの声は、まさか兄者っ」
 彼方からの悲鳴に思わず立ち止まるスーパーの袋を下げた双子のサロメ星人たち。とたん動体視力の限界さえも超えんばかりの速さで駆け抜けるポンポス星人たち!
「おのれ貧乏神ども! また食い逃げかっ」
「だがなんたる速さ! 兄者、これでは今のKENが追いつくのは無理だ」
「戻るぞドリアン、もっともっとブースターを強化せねばっ」
 かくて閉店間際のおつとめ品弁当を引っ提げた銀髪黒メガネの宇宙人たちもまた、風巻く勢いで下宿へと駆け去るのだった。
takeー26

February 12 PM 0:30

 夢野市唯一の男子校、夢野修道館学院高等部の体育館の観客席は、完全に満員御礼札止めだ。
 前回オリンピック金メダリストを破った、若き日本人!
 それが昨夜の市民ニュースで広まり、この盛況なのだ。

 先ほど三位決定戦が終わり、30分後に開催される決勝を前に観客席は賑やかだ。
 テラや倉澤家の姉弟妹、ユカリたちと話しているのは、ソラとは中学生時代から対戦しているシンガポールのロナルド・ホフマン。そして少し離れた所に座っているウミに、隣の空席に座ってよいかと英語で尋ねてきた見上げるような大男。
 空席だとのウミの答えに、感謝の言葉と共に、窮屈な観客席に腰かけた彼こそは、たった今しがた三位決定戦を勝ち抜いたばかりのヨーゼフ・リッケンバッカーその人だ。B・i・R・Dユーロ、ドイツのスポーツウェアに包まれた大きな体から汗の匂いがする。
 少し離れた所で、その三位決定戦で敗れたハンス・ヨンソンも空席を探している。

「あの、よろしいでしょうか?」
 ウミは英語で金メダリストに尋ねてみた。ソラとムッシュ・クレマン、どちらが優位かと。
「ムッシュとソラ、互角と云ってもいいくらいだ。むしろソラの伸び代に驚いている」
 ウミは小さく頷いた。ソラを戦士として鍛えているのは、当の本人の言葉どおりプロのチャンプなのだから。



 そのゼロは、張り詰めた弓のように集中しているソラに話しかけられずにいた。控室でスタンバイしているソラは、静かに瞑想しつつもテンションを高め集中している。そこへ来たスタッフ。ついに決勝の呼び出しだ。
「ありがとう。すぐ参ります」
 愛用のフルーレとフェイスガードをそれぞれ手にして、ソラは立ち上がった。
……ソラ、お前は、勝つ!
 ソラに聞こえないよう呟くゼロ。



 体育館のフロアーに出ると怒濤のような大歓声。そして告げる場内放送。
「決勝の対戦は、シアンサイドがジャパンチーム、天河ヨハネ碧宙。
 ルージュサイドがフランスチーム、アンリ・ド・クレマン!」

 装備を確認しフェイスガードを着けた両雄が構えるや、一転して静まり返る体育館。
takeー27

February 12 PM 00:30

「見ものだね南雲君」
「ええ、そうですね」
 夢野市庁舎18階の市長室にて、TV画面中で対峙する両雄を見守る市長と筆頭秘書。確かに画面越しでさえも、互いに相手を見据える視線の厳しさには固唾をのませるものがある。
「どちらが勝つとお思いですか」
「予想がつくような勝負など面白くはないだろう?」
「確かに。それより」
 筆頭秘書の苦笑いが真顔に戻る。
「あちらはいかがいたします?」
 画面から離れた異星人たちの視線が、大通りの向かい側にある喫茶店の内部を見通す。店内のTVにも同じ試合会場が映し出されているが、満席どころか立ち見さえ出ている客のみならず店を営む老夫婦も含め、そんなものを誰ひとり見てはおらず、全員が表情の抜け落ちた白コートの女を中心にうなだれている。
「いずれ動き出すと思われますが」
「いかがも何も、一介の市長や秘書の身でどうにもできはしないだろう? なに、選手諸君は怪獣退治の専門家だ。試合が済めばそちらでも面白い勝負を見せてくれるのではないかね」
「それも含めて見ものというわけですか」
 筆頭秘書の顔に再び苦笑が浮かぶ。


−−−−−−−−−−


「ねえあれ、B・i・R・Dの隊員じゃない?」
 メースの声に足を止め、電気屋のショーウィンドウに置かれた大型TVを見物人たちの背後から覗き込むポンポス星人たち。
「うむ、確かに見覚えのある顔である」
「何度も作戦を邪魔した憎っくき奴だ」
「刀で脅されたこともありましたよね」
「だったらコテンパンに負けちゃえ!」
 メースの言葉にそうだそうだと相づちを打つオースとドース、だが!
「愚か者どもめぇえーーーーっ!」

 ボースの大喝に3人はいうに及ばず見物人や通行人たちまでも驚愕の面持ちで振り向くが、そんなことなど目もくれず侵略者の首魁は部下たちをじろりと睨むやおもむろに口を開く。
「さあおまえたちいってみろ、ワシらの侵略目的とは何ぞ!」
「はい、B・i・R・Dジャパン隊員食堂奪取でありまっす」
 大真面目な当事者4人ではあったが、この段階で周囲の人々が話についていけなくなったのも無理からぬことだった。なにしろ人々は知らなかったのだ。銀河を越え地球へ飛来した彼ら侵略の尖兵の黒星で埋め尽くされた戦績と敵地で強いられた極貧生活の結果、その戦略目標が後退に次ぐ後退のあげくひたすら矮小化の一途を辿った経緯など。
「ならばそのため、ワシらはなにをせねばならんのだあっ」
「はい、アニキ様を隊長にお就けすることでありまっす!」
 一様に互いの当惑顔を見合わせる見物人たちだったが、答えを得るすべはもちろんなかった。よもや具なしカレーとパンの耳という宇宙食もかくやというような単調な食生活に明け暮れていた彼らがB・i・R・Dの留置場でタカフミから差し入れられた定食やうどんの美味さに尋常ならざる衝撃を受け、以来アニキ様と慕うタカフミを隊長に据えさえすればこんなメシが365日3度食えると思い込んだなどとは想像もつかなかったのだから。
「では考えてもみろ。アニキ様の側のチームが勝てずして、なぜアニキ様が隊長になれるというのだあっ」
「た、たしかに仰せのとおりっ」「あたしたちが浅はかでした」「お導き下さいボース様!」
 縋らんばかりの部下たちに、ついに作戦立案および遂行の責任者は指令を下す!
「ならばワシらが成すべきはただ一つ、ここは全力でアニキ様のチームを応援するのだぁあっ」
 せ〜のと応援を始めようとした4人の動作が、だが突如として止まる。
「B・i・R・Dのあの選手、名前ってなんだっけ?」「あたし覚えてない」「俺もだ」「ワシに訊くなっ」
 ああ、彼らのなけなしの脳細胞には、最初の侵略戦でB・i・R・Dに惨敗を喫した際、逃げようとした自分たちを本気も本気の殺す気満々でレーザービームからホーミングミサイルにわたる全弾をぶっぱなしつつ追い立てた悪魔のごとき真柴リーダーと、尋問に疲れきった際にカツ丼ならぬ各種定食を差し入れてくれた地獄に仏のタカフミの名の両極端しか刻まれていないのだ。首をひねりつつ唸るばかりの4人だったが、ついにドースが手をポンと叩いて曰く、
「あの若造、たしかアニキ様に敬語で話していましたよ。きっとアニキ様の手下というか、家来ですよ家来!」
 おおっとどよめく一同! そんな自分たちに見物人たちはドン引きしているが、無論そんなことなど誰ひとり気づかない。
「では全員で応援するぞっ、頑張れアニキ様の〜ぉ」
 唱和しかけたそのとたん、偵察から駆け戻ったミースが告げる衝撃の報告!
「あっちのミニスーパーの前で焼き芋の試供品配ってます。タダですよタダ!」
 瞬間、それまでのことなど頭から消し飛んだ一同は全力で走り去ったのだった。
takeー28

february 12 PM01:00

 静まりかえった体育館に、主審の声が響く
「エト・ヴ・プレ?」
 対峙する両者が答える。
「ウィ!」
 その返事に、主審が叫ぶ。
「アレ!」試合開始だ!

 日本ではマイナーな競技ではあるが、世界では人気の高い競技である。それに加え今回はオリンピックや世界大会でのメダリストが揃う大会。その決勝の舞台に勝ち上がってきた無敗のチャンピオンと無名の若き日本人!
 ウミの隣に座る大男、前回オリンピック金メダリストのヨーゼフ・リッケンバッカーも、テラの直ぐ前に座っているロナルド・ホフマンも、ピストの上で戦う両者に、思わず身を乗り出している。
 フェンシングの試合は普通、呆気ないほど一瞬で決着がつく。だがソラもムッシュも、攻撃権を取っても取っても相手にかわされ、ピンチになったりチャンスになったりだ。

「……既に8分。まさに一歩も譲らずですね」
「両者よく持ちこたえている。だが次の一撃が決着だろう。どちらも気力もスタミナもストレスも、臨界点に達しているな」
 市役所の18階の市長室で、大型テレビの中継に見入る筆頭秘書と市長は互いに頷く。

 ソラもムッシュも既に肩で息をしている。ソラと共にいるゼロですら、息をのむばかりの応酬だ。
……ソラ、いつの間に、こんなに強くなったんだ。
 そしてゼロは悟った、次の一撃で勝敗が決まると。
 限界を越えた限界の両者が一足ずつ下がった瞬間、互いに放つ最後の一撃、貰った!
 相棒の勝利を確信したゼロ! が、

……何だと!?
 ソラの攻撃を紙一重でかわす姿の残像が残るゼロの目が捉えたのは、相棒の左脇腹に正確にヒットしたムッシュのフルーレの先端!
 勝負あり! 主審がコールするルージュ、アンリ・ド・クレマンの名!
 両者敬礼をしてフェイスガードを外し、ピストのセンターで握手をする間も、壮絶な戦いに息をのんだ観衆からは声一つ上がらない。
 ようやくヨーゼフ・リッケンバッカーやロナルド・ホフマン、ハンス・ヨンソンらがまず立ち上がり、惜しまぬ拍手で激闘を戦い抜いた両者を讃える。ウミやテラ達も立ち上がり、やがて万雷の拍手が場内を包む!

 そんな中ゼロは思い出す。かつて実戦形式の訓練で、向かうところ敵ナシだった己の鼻っ柱をへし折られたことを。
 その時自分を完膚なきまでに叩きのめし、セブンはいった。
「素人の喧嘩と戦士の戦いを一緒にするな!」
 まだ父と知らなかった歴戦の勇者の言葉は、重かった。

……オレに比べりゃ、ソラは謙虚なモンだな。
 互角の二人を分けたのは経験の差。それを素直に認め、勝者を讃えている。
take-29

february 12 PM01:15

「見応えのある試合だったね」
「そうでしたね。ところで」
 市長にそう返しつつ、筆頭書記は再び市庁舎向かいの喫茶店に目を向ける。
「あちらの動きはやはり夜でしょうか」
「あれだけの人数だと嫌でも目立つだろうからね。そもそも市長の管轄外だ。ここは専門家諸君にお任せしようじゃないか。なあに、小休止くらいは取れるだろうから問題なかろう」
 そういってデスクに山積みの決済文書に目を通し始める主の姿に、持ち場に戻る筆頭書記の口元にも本日何度目かの苦笑が浮かぶ。


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february 12 PM11:00

「んぃ? なんだぁ〜ありゃ」
 今夜も缶ビールをあおっていた男は、港の方へ向かう30人にもなろうとする行列に思わず目をこすった。道の反対側、行列に少し近い場所で同じく一杯やっていた男も行列に向き直るのが見えた。すると行列の先頭にいた白っぽい人影が突然消えた。酒が回ったかと目をこすっていると、向こうで缶が石畳に落ちる音がした。見ると白服姿の女が向こう側の男の前に立っていた。
「あ〜もったいねえ、落っことすぐれえなら俺によこせやアホんだら」
 毒づきつつビール缶をあおろうとしたとたん、目前に突き出た女の笑顔がいった。
「いっしょにおいで」
 死守すべきだった缶ビールを己の手が取り落としたことにも、もはや男は気づけなかった。


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february 12 PM011:15

 埠頭にたどり着いたとき、40人近くまで膨れ上がった集団の中には警官や港の作業員、警備員などの姿もあった。そんな一行を先導する白コートの女が片手を上げると、海面が音もなく波立つや大きな丸いドーム状の物体が浮き上がり、人々に向けて光を放った。その光を浴び、彼らはドームの中に吸い込まれてゆくのだった。

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