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ちゃむ(coLd)コミュの【エイプリルフール・イブ】

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『お誕生日おめでとう!

 忘れてた!

 遅くなってゴメン!

 ギリギリ間に合ったな!』

 四月一日。時刻は零時一分。
 いや、間に合ってないんですけど……。

 アタシの誕生日は三月三十一日。
 喜ばしいことに零時ちょうどからケータイやSNSにバースデーメッセージが届き、電話が鳴り、学校へ行けば友人達に次々と呼び止められ笑いかけられ、家に帰れば豪華な夕食と大きなケーキとカラフルなラッピングのプレゼントに囲まれた。

 にも関わらず、あろうことか恋人であるコイツの態度はなんなんだ。
 おとついもアタシの部屋に上がり込んでアホな話をしただけで帰ってしまった。
 アホ、よく聞けアホ。
 今日という日は、朝から両腕いっぱいに抱えきれないほど手渡される祝福の頂きに、アンタが乗って完成する一日だろうが。
 素敵なバースデーを夢見て、鍛えてきた腕力と育んできた月日だろうが。

『いや、間に合ってないし』

『嘘!? 五十九分に滑り込んだでしょ!?』

『そもそも彼女の誕生日ギリギリにメール一通って、どういう了見だテメー』

『あら! 間に合ってない!? わっちゃぁ〜』

『死ね』

『てへぺろ』

「死ねぇぇぇ!!!!」

 握りは確かめず、思いっ切り振りかぶって球種はストレート。キャッチャーが構えた枕に、サウスポーのアタシが放った携帯が160kmで突き刺さった。
 いや、逸れた。
 バッターボックスに立つアイツの脇腹で携帯が鈍く八回転してからポトリと地面に落ちる。
 ベンチから飛び出してくる相手チームのプレイヤーを視線だけで殺す。
 コーチも殺す。
 監督も殺す。

「タイム! ……あ、た、タイム嘘! プレイ!」

 空気を読んだ主審は生かしといてやる。
 さぁ、起き上がれ馬鹿野郎。次はテメーの頭蓋骨かち割ってやるよ。
 キャッチャーから返球された携帯を左手でポンポンッと遊びながらスパイクでマウンドを均(なら)す。ロージンバッグには目もくれない。たわけ、こちとら手元狂う気まんまんなんだよ。
 脇腹を押さえ、ゆらゆらと起き上がるアホの横、キャッチャーが枕の下にサインを出す。
「No」
 首を振って次のサイン。
「No」
 別のサイン。
「No」
 また別のサイン。
「No」
 今度はアタシからサインを出す。
「 当 て る 」
 一瞬躊躇ったキャッチャーが、バフンッと枕を叩いてど真ん中に構えた。
 そう、それで良い。それで良いんだよ。
 ニヤリ笑ってワインドアップ。体を捻って右足を挙げたら左手の携帯が鳴った。バッターボックスのアホから着信だ。

『なんだよ!』

 手元を離れた直球がアホに向かって飛んでく。……くっそ、この球はノッてねぇ。次の投球で必ず仕留める。
 奥歯を噛み締めながら上がるアタシの口角に分度器をあてて、角度を拾って座標を打てば怒りと比例するグラフを作れるだろう。
 そんなアタシを意にも介さず、アホが飄々とバットを前後させる。

『おじさんとおばさんからのプレゼント、開けた?』

『は?』

『大きい箱のプレゼント』

『開けてない』

『じゃあ開けて』

『なんで』

『開けて』

『ちっ……』

 綺麗に施されたラッピングも、テープを無視しているからビリビリと床に散らばる。
 乱暴に開けた箱の中には、一冊のノートが入っていた。


【HAPPY BIRTHDAY 幸子】

 表紙の字には見覚えがある。
 アホのものだ。

 開かれたノートには、色とりどりのペンで彩られたメッセージが溢れていた。そこには昨夜から祝福を積み上げてくれた友人達や、さっき幸福な夕食を囲んだ家族までもがいる。

『なっ、なんだコレ……』

『最後のページをどうぞ』

 アホに促されて最後のページをめくる。

【タンスの最下段。右から二番目の山の下】

『えっ、えっ!?』

『はい、指示に従う』

 アタシはしゃがみ込み、恐る恐るタンスを開けて右から二番目の服の山に手を入れた。何かを確かめたアタシの手には、小箱が握られている。
 おもむろに開口させた箱の中には、クロスモチーフの真ん中にピンク色の小さな石を埋め込んだリングがキラキラと鎮座していた。

【窓、開けて】

 添えられていたメッセージを音速リードして、アタシは力いっぱい窓を開けた。

「誕生日おめでとう!!!」

『カッキーン!!!!!!』

 アホの打球がグングン伸びて、アタシの背中の遥か向こうに消えていく。
 アタシは振り返らない。打球の行方は確かめない。あれは、入った……。主審と目が合った。真剣な面持ちの主審はそのまま一つ頷くと、くしゃっと表情を崩し、頬を緩めてグルグルと腕を回した。アタシは部屋を飛び出して階段を駆け降りて、家の前に立つアホに叫んだ。

「なんで! なんで!?」

「エイプリルフールだよ」

「なんで!?」

「忘れる訳ないじゃん」

「なんで……」

「相当周到に準備したからね。幸子の友達も、おじさんもおばさんも快く協力してくれたよ」

「な、んで……」

「おとつい部屋に行ったろ? リングはあの時隠したんだ」

「な……で……」

 俯きながらフラフラとアホに歩み寄って胸を叩く。

「あはは、痛い痛い」

 トントンと叩く胸を制して、アホがアタシの目を見て言った。

「幸子、誕生日おめでとう。ずっとずっと大好きだよ」

「なんでアタシのブラの下に隠してんだよ!!!」

『カッキーン!!!!!!』

 綺麗に入った右フックがアホの頭蓋骨を割った。

「ゲームセット!」

 主審は最後まで仕事を全うして消えた。





「イチチ……」

 アホが涙目で頭を摩っている。

「ほぅ、生きていたか」

 仁王立ちのアタシがアホを優しく慈しむ。

「こんな展開、アリか……」

「なんだって?」

「脳が、揺れ……」

「よく聞こえないけど?」

「……あの中では特に水色のレースが可愛かガハッ!!」

 くの字に折れるアホの腹から右の拳を抜いて、アタシは嘆息した。

「なんでこんなアホと……」

 顔を手で覆うアタシをアホが息も絶え絶えに笑った。

「ははっ、ゲホッ……ははは、それは無意識か?」

「あ?」

「幸子の利き腕、左だろ」

 途端に顔に血液が集まってくる。

「守ってくれてんの? 左手の、く・す・り・ゆ・び♪」

「本当に死ぬか?」

「ほい」

 睨み付けるアタシの手から小箱を引ったくると、アホがリングを指先でつまむ。

「手、出して」

「あ、アホ……」

「はいはい、アホですよっと」

 ぐいっと挙げられた左手の薬指に十字が架かる。

「俺、アホだけど、お前泣かせる嘘はつかないから」

「ついたじゃん……」

「あ、ついたな」

「アホ……」



『つかなきゃいけない嘘もある』とか

「でもさ、今夜嘘で泣いた女の中で一番幸せじゃない?」

 大人達は分かった様に言うけど

「アンタ……よく平気な顔してそういうこと言えるね」

 アタシとアホはまだ子供だから

「お前が好きだからな」

 今はお腹いっぱいに幸福な嘘の果てを召し上がろう。





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