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ねこると創作クラブコミュの第五回ねこると短編小説大賞応募作品No.3『夜行列車』

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 列車の最終便の発車を告げるベルがホームに響き渡る。大きなトランクを抱えた男は、そのベルを突き抜けるように走り閉じ始めた扉に体をねじり込んだ。周囲からの視線が痛いが気にしない。被っていたハットを取り体についた埃を払い、キョロキョロと周りを見渡し空いている席を探す。最終便であるためか乗客は少ない。男は、ゆっくりと旅をしたかった。誰も座っていない四人掛けの座席にどすりと座りトランクを足元に置く。上着の胸ポケットからウィスキーの入ったボトルを取り出すが、列車に乗る前に飲み干したことを思い出し溜息をつき戻した。後で売り子が来たら何かアルコールの類を買おうか悩みながらハットを深くかぶり直し目を閉じた。
 どれほどの時間が過ぎただろうか。ふと、人の気配を感じ目を開けると目の前に白髪の初老の男が覗き込んでいた。
「相席よろしいですか」
初老の男が声をかけてきた。他にも席が空いているだろう、と再び目を閉じ無愛想に返事を返した。しかし、初老の男は構わず彼の正面にゆっくりと座った。
「どうも、一人が苦手なものでね」
と、初老の男はバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。彼は薄く眼を開き初老の男の姿を観察した。古臭いスーツに身を包み丸眼鏡をかけた紳士風の男であるが、何か違和感があった。
「わたくしは、どうも一人でいることが苦手でしてね」
再び、初老の男が口を開いた。彼は、特に相槌を打つわけではなく窓の外に目をやった。外の景色は見覚えのない煉瓦造りの建物が並んでいる。
「久方ぶりに娘に会いに行く途中でした。昔から色が白く、病弱な娘でしてね。いやぁ、本当に楽しみでした」
初老の男は、幸せそうに笑顔を浮かべている。その笑顔を忌々しく思いながら、再び目を外に向ける。先ほどまで、静かな町並みの景色であったがポツリポツリと、雨が降り始めた。
「あの日は、大雨の日でした」
ふと、声のトーンが変わる。次第に雨が強くなってくる。カッと、稲光が外の闇を引き裂き轟音が響いた。同時に、列車が揺れ大きな振動が響いた。
「大江間の影響で築堤が崩壊し、列車が転倒してしまいました」
ふと、初老の男に視線を戻すと何故か彼はずぶ濡れになっていた。
ふと立ち上がり、懐に手を忍ばした。男は、首を傾げ他のポケットも探り始める。
「おや、乗車券をなくしてしまったようだ。申し訳ありませんが、あなたのものを頂けませんか?」
厚かましい男だ、と彼は舌打ちをし目をそらした。初老の男は、悲しそうな表情を浮かべ通路を歩き姿を消していった。雨が強まってくる。男は、再び帽子を深くかぶり目を閉じた。

いつからだっただろうか。彼は、死してなお未練があり離れられない、所謂『亡霊』といわれるものの姿が見えた。見えるだけでなく、彼らが体験した記憶や無念さも一部共有させられる。最初は、苦痛であったがいつからか、何も感じないようになっていた。

 再び、気配を感じ男は目を開く。目の前には、黒いパンツに白いシャツを着た爽やかな好青年が男をのぞき込んでいた。
「相席よろしいですか」
またか、と思い溜息をつき男は返事を返さない。それを肯定と受け入れたのか正面の席に腰かけた。
「恥ずかしながら、生きて帰ってくることができました。本当は、帰ってくることに対し躊躇いもありました。しかし、私が戦場へ赴く姿を、涙を浮かべ見送ってくれた彼女のことが脳裏から離れませんでした。今まで、散々苦労をかけ、寂しい思いをさせてしまった、だから今度こそ・・・」
青年の言葉が終わる前に、ゴンと列車が衝突したかのような大きな音と振動が響き渡り照明が消える。
「帰りたかった。それでも散るなら、戦場で散りたかった。なぜ、この様な事故で・・・」
照明が再び明かりを灯す。青年の頭部から大量の血液が流れていた。
「帰りたい。なのに乗車券がないんです。あなたのものを頂けませんか」
男は、返事をせず目線を窓の外に向けた。青年は、寂しそうな表情を浮かべ通路を歩きながら姿を消していった。男は、溜息をつき再びハットを深くかぶり目を閉じた。

 目の前の座席から物音がし、男は目を開いた。そこには、今どきの姿をした大人しそうな女性が座っていた。彼女は無言でじっと男を見つめている。男は、窓の外に視線をそらす。街の明かりが少しずつ消えていく。ふと、ゴリゴリっとしたいやな振動が響く。
「私が、轢かれたの」
虚ろな視線で、彼女は言葉を続ける。
「駅のホームで背中を押されたの。一緒になろうっていったのに。やりたいことも沢山あったのに」
「乗車券がないわ。ねぇ、今のあなたに乗車券って必要かしら」
彼女の冷たい声が響き、すっと姿を消した。

 静かになった列車の中で、男は小さな足音に気付き目を開いた。足音は、彼の隣で足音が止まる。
「彼らには、皆会いたい人がいた。生きたいと思う意思が様々な形であった」
穏やかな声で見知らぬ男が話しかけてきた。ゆっくりと彼の前の座席に腰かけ目を覗き込みながら話を続けた。
「彼らに比べ、君は会いたい人がいない。生きていたいという意思がない。君は本当に生きているのか。心臓が動いていれば生きているのか」
ニヤリ、と不気味な笑みを浮かべ立ち上がり、座席から離れていく。ふと、振り返り最後に一言だけ残した。
「君に乗車券は本当に必要なのかな?」
そのまま、彼は去って行った。
 男は、ふと窓の外に目をやる。外には見知らぬ景色が広がっている。ここはどこなのだろう・・・。自分がどこで降りるのか思い出せない。乗車券は、何処にしまったのか、思い出せない・・・。
 暗い道の中、列車は静かに走っていく。

コメント(4)

<投稿者のこーすけさんによるあとがきがあります>

どうも、初めましてこんにちは。
今回初参戦させていただいたこーすけです。
誤字が多くて、大変申し訳ないです。
私なぞの、拙い文章に目を通して頂いて本当にありがとうございます!
今回、久しぶりに物語を書く機会を下さったのヴ様、管理人にねこると様、サークルメンバーの方々本当にありがとうございました。
もし、よろしければ今後も是非参加させて頂ければと思います。
そして、最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます!
<投票者の感想>

・結局最後は…。という流れが好きです。
・この男は果たしてただの人間なのか? 生きる意志のある死者はさまよい続けるのだろうか?

・今大会屈指の絶望感。
 感じない、ということは、それだけで恐怖でもある。
・私のつぼを的確に突いてくる。文章のまとまり方も舞台設定もすばらしい。とにかく好き。

・サイレントヒル思い出した。この小説大賞では珍しい「多くを語らない」作風なので選びました。

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