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ねこると創作クラブコミュの第二回ねこると短編小説大賞応募作品No.5『Memories』

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「何で昔の人は車が空を走るということを考えたんだろうな。それじゃあせっかくの景観が台無しだ」
 とある森林に囲まれた一軒家の一室。その部屋はハイスペックのパソコンなどの機械で埋め尽くされていた。
 モニターの前にある回転イスに座っている青年は横を向いて、目の前に立っている女性の右手首を脈を測る様に右手で掴みながら、たまにチラチラとモニターを確認している。
「今でも考えてる人はいますし、計画は進行中です。ただいつ実現するかはわかりませんが」
 女性は真面目な顔で青年の顔を見下ろすように淡々と言葉をつぶやいた。
「相っ変わらずの的外れの返答をどーもありがとよ。ったく……」
 女性の返答を嫌味たっぷりで返したちょうどその時。『ピッピッピッ』と電子音が一回鳴り響いた。
 それに気が付いて右手をパッと離し、自分の親指に貼りつけていた薄型のチップを外すと、イスをモニターの方に回転させ打ち込みを始めた。
「話を途中できるのは止めてください。理解できませんから」
 女性はまるで真面目に話しているかのように言葉を発するが、顔は少し微笑んでいる。
 それに青年は気付いてないのか――気付いていても反応していないのか、ひたすらモニターに向かって難しい顔をしている。
「十分に理解しておきながらよく言うよ。オレが『作った』とは思えないな」
「さり気に自分の能力自慢ですか」
 何の迷いもなくキッパリと女性は言葉を発した。
 その言葉に青年の身体が少し動いたのが分かった。しかし何も聞かなかったことを決めこみ再び手を動かし始めたが、実はこうなった女性を止めることはもはやある手段を使う以外は無理である。
 しかし、それには青年自身もかなりのリスクを負うことになる。
「あなたの話に付き合う、私の身にもなってくださいね」
 ふぅと小さな溜息をつくと、近くのイスに座った。その言葉に青年も手を止めて、そちらのほうを向く。
「話に付き合ってるのはオレの方だろ?」
「貴方が、『過去の人はなぜ車が空を走ると考えたのか』という問いからこの話は進んだのですから、私が付き合ってると思います」
「うっ……」
 その言葉に一瞬食い下がる。しかし負けじと何とか反論の言葉を探し出す。
「そ、それは……お前が検討違いの反応するから……だからだな……」
 しかしその言葉に勢いはない。とりあえず四苦八苦してなんとか言い返しているという感が否めない。
 そしてついに言うことが思いつかなくなったのか、再びモニターの方に向きかえると何事もなかったかのように打ち込みを始めた。
「もういいよ、いなくても。バックアップ終わったから」
「……逃げましたね?」
「逃・げ・た・だぁ〜? いいんだぞ、オレはこのプログラム完全消去しても」
 女性の言葉に打ち込んでいた手を止めて、嫌味の如くモニターに向かって言葉を発した。
 しかしその言葉に驚くわけでもなく、平然と言葉を返す。
「あら、消すんですか? 出来るならやってみてくださいな。なんなら私が消去しましょうか?」
 そう言ってイスから立ち上がるとキーボードに触れようとする。
 その行動に青年は慌ててなんとか触らせないように腕を掴んだ。
「ゴメン。本当にゴメンッ!! オレが全て悪かった! だから消去だけはっ!! それだけは勘弁してくれっ!!」
 先程までの嫌味ったらしい言動はキッパリと捨て去り、何とか女性に懇願している。
「……あら残念。貴方の『最高傑作品』を全て消せると思ったのに。――あ、もう夕食作る時間ね」
 残念がるような表情を見せたと思ったら、コロッと表情を変え、手を振りほどき音もなくこの部屋から立ち去っていた。
 怒涛のように過ぎ去った時間に、取り残された青年は大きく溜息をつくと一言だけ呟いた。
「どこかでプログラム間違えたかな……。自分で自分のプログラム消去する、『自己消去プログラム』なんて導入してないんだけど。それに自分で自分を最高傑作品って言うなよ」


 青年の名前はローア、二十二歳。ブラウンの髪に少しあどけなさを残す顔。
 十代のころに両親を亡くしたが、その類まれない頭脳の良さを発揮し、様々な企業から『入社して欲しい』とあったが、人に縛られることを酷く嫌ったローアは、山奥にひとりで移り住み、様々な企業にプログラムを売る、フリーの身となったのだ。
 そして女性の名は、シェンナ。先の話のとおり、彼女は『生きた人間』ではない。『生きたプログラム』なのだ。
 金、とまではいかないがそれに近い色の髪が腰近くまであり、年はローアと同じか少し上に見えるが、どこか大人の雰囲気をかもし出している。
 ローアの製作したプログラムを実体化したもので、感情も人間と同じようにあり、普通に触れることも出来る。元々色々な知識は導入されているが――人と同じように学習する。


「そちらが規約違反したんですから、当然のことでしょう?」
 とある部屋の応接間の大型画面。それのちょうど真正面のソファーに腰掛け、丁度目の前のテーブルの上に置いてある淹れたてのコーヒーを口に運びながら、ローアは画面に移っている1人の若者に向かってニッコリと笑みを浮かべながらそう呟いた。
『だからと言って、そのプログラムを破壊するシステムを入れておく必要はっ!!』
「保険ですよ、保険。だって自分の製作したプログラムを勝手にいじって、製作者を隠されちゃこっちも困りますからねぇ」
 カチャッとカップを置く音を立てて、何か裏がありそうな笑みで答えた。
「そもそも、契約の中には『プログラムの改ざん等は一切認めない。それによって障害が発生した場合、こちらは何の対処もしない』と契約書にも書いてあるはずですし、言葉でも言いましたよ。オレのプログラムは少々変わったクセがありましてね。――たとえばあるプログラムを消去したように見せかけたりとかね……ちょっとやそっとかじった人間には弄れませんよ。まぁそれはさておき――」
 一度言葉を切ると再びゆっくりと口を開いた。それは有無を言わせない、と言う微笑で、相手は何も言えずにただ画面に移っている。
「で、復元したいですよね?」
『当然だっ!! そのシステムがないと仕事が全く出来ないのは知っているだろう!?』
 自分がした過ちなど忘れて、自分の会社の損害を一生懸命計算している。しかしローアは表情ひとつ崩さず、
「じゃ、明日中に修正プログラム作っておきますね。お買い上げどうもありがとうございました♪」
 その言葉に画面に移っている若者は会社の上の者と話を付ける、といって席を外した。無論通信は繋がったまま。
 特にローアは言葉を出さずに、その間コーヒーだけを新しいものを入れてもらった。ちょうどそのとき、相手が再び画面に移った。
『お詫びも兼ねて、明日の午後四時に直接そちらに取りに行かせていただきます』
 ――こんな山奥にわざわざ? それとも何か裏が?
 その後は適当に返答すると、通信を切って飲み終わったコーヒーのカップをシェンナに渡して立ち上がった。
 シェンナは心底あきれ返った様子で、ローアを見ている。
「随分甘い対応ですね。またやられますよ」
「大丈夫だって。次のはもうちょっと意地悪なシステムいれておくから」
 そう言うとチラリと時計のほうに目をやった。今の時代には珍しいアナログ時計で、時間は二十時を指している。
「明日の十六時まで二十時間か。まぁ、元のプログラムがあるから徹夜すればいけるだろ」
「何か手伝うことは?」
 カップを両手で持ったまま、シェンナはローアに問いかけた。
 ローアはそちらを見ることもなく、仕事室に続くドアへと歩きながら言葉をかけた。
「とりあえず、適当に夜食でも作って持ってきてくれるか? その時に手伝って欲しいこと言うから。まっ――」
 一度そこで言葉を切ると、首だけをチラリとシェンナの方へ向けた。
「お前がいたらバグは確実に発見できるからさ、期待してるぜ。さぁ〜、腕の見せ所だな」



「こんなものかな」
 ハイスペックのパソコンで埋め尽くされたある一室。
 その中にいる青年――いや、青年と呼ぶにはまだ若く、少年と呼んでも違和感がない。
 ローア・セリアン。彼がまだ十七歳のときのこと。シェンナは隣にはいない。
 『今』どこかに行っていないのではなくて、『まだ』存在していないのだ。
 そして、今ローアが終わらせようとしていたのは、そのシェンナの存在プログラムの基盤。
「っと。これでいいはずだっ!」
 誰もそばにはいないが、最後の気合として声を上げると、キーボードのエンターキーを勢いよく押した。
 目の前のモニターに映しだされてるものが、下から上へと読み取れないスピードで流れていく。
 ローアは回転イスにもたれかかると、流れるモニターを目にしながら、最後まで到達するのを待った。
 計算ではこれで完成のはずなのだ。
 もちろんこれだけ難しいプログラムが一発で成功するとはローア自身思ってはいないが、やはり成功したらそれはそれで嬉しい。
 それに少しばかりではあるが、自分の頭の良さを信じている。
「……んっ?」
 急に停止したプログラムに、ローアは声を上げてそちらに目を釘付けにした。
 止まった画面に映し出されているプログラムを見るが、なんらエラーは見当たらない。
「失敗……か?」
 溜息交じりの言葉を発すると、間違いを正そうと思いキーボードに手を伸ばした瞬間。
 微かな電子音が、ローアの耳に流れ込む。
 辺りを見回してみてもそれらしきものの音の発信源は見当たらない。
「耳を悪くするには相当年が若すぎ――」
 そういったとき、ローアは自分の目を疑った。
 自分の座っていたイスのちょうど後ろ、足元から徐々に出来上がっていく『人間』と言う形。
「……成功?」
 完全に形が出来上がったとき、その女性はゆっくりと目を開けると、何か言葉を発した。
 聞き取れなかったローアは、今一度聞き返す。
「何?」
「貴方が製作者のローア・セリアンですか?」
「あぁ、そうだよ」
 機械的な声ではなく、より人間に近いクリアな発音をすると、ジッとローアの顔を見つめた。時間にして数秒。
「製作者に間違いはありませんでした」
「誰が嘘言うか、誰が!」
「いえ、一応念のために……」
 女性の反応にローアはムッとして立ち上がって反論した。女性はそれにびっくりして、断りを入れる。
 そのときローアは思い出した。これは『プログラム』なのだ。自分が起動した時に製作者確認するように設定しているのだから、ここで怒るのは間違いだと気が付いて、一度深呼吸をして表情を元に戻した。
「ところで私の名前は? 現在、登録されてませんが?」
「あ、あぁ。君の名前はシェンナ――」



「……んっ」
 今まで一定に保たれていた呼吸が少し乱れる。
 それに気が付いたシェンナはそちらのほうに振り返り、微動だにしなかったローアの体がソファーの上で揺れる。
「やっと起きましたか?」
「…………」
 その言葉に一瞬沈黙して、思考回路を働かせる。だかそれについては、ほぼ覚えがなかったので、シェンナにそれについて問うた。
「オレ、一体いつの間にソファーに移動して寝たんだ?」
「覚えてないんですか?」
 けだるそうに体を起こすと、体にかぶせられていた毛布をソファーの背に掛けて大きく伸びをした。
 シェンナは冷静な目でイスの上から、そんな様子のローアを見下ろした。
「二時間十四分五十二秒前に『動作テストは、仮眠とった後でするから』と言って寝ましたけど。ちなみに四時までは、一時間三十二分十秒後です」
「うっわ。妙なトコ冷静に記録されてる――って今はそれじゃなくて、テストを……」
「テストならやっておきましたよ。何も問題ありません。一応一通り目を通していただけるとありがたいのですが」
 ソファーからイスに座りなおして、プログラムに触ろうとしたとき、シェンナからそう返事を貰った。
 ローアは心の底から――心の中で礼を言うと、最終チェックに入った。
 ――変に褒めるとまたなに言い出すか分かんないし。
 傍らにイスを持ってきて座ると、シェンナは大人しく……することは当然なく、言葉を切り出した。
「ずいぶん楽しそうな夢を見てたんですね。笑ってましたよ」
「……シェンナと初めて会ったときの夢だよ。今じゃそれが悪夢の始まりなんだろうけど」
 その言葉にシェンナはぴくりとも体を動かさなければ、表情ひとつ変えずに溜息をついた。
 そして、表情を笑顔に変えると言葉を返した。
「えぇ。まさかこの名前がローアのお母様の名前だったなんてそのときは夢にも思いませんでしたよ。それに、この体の基本形もそうですし」
「……な、なんだよ」
 シェンナの思惑通り、ローアは指の動きを止めると顔をシェンナのほうに向けた。
 わざとらしくシェンナはローアの視線から目をそらすと、小さく溜息をついて小声でつぶやいた。程よく聞こえるくらいのトーンで。
「まさか貴方がマザ……」
「違うって前から言ってるだろう!?」
 反論しなおすローアに、シェンナはツッコミを忘れずに入れる。
「でしたら、何故? 普通初恋の女性とか、自分の好みのタイプを作ると思うんですけれども」
「だから前から言ってるだろっ!? 別にオレは初恋とかしなかったし、タイプって言われても分からなかったから、一番身近な人を作っただけで!」
 その立ち上がってのローアの反論にも全く耳を貸さないシェンナは、見上げるようにローアの目を見てから、大きく溜息をついた。
 その行動に一瞬ローアは戸惑う――が、シェンナの言葉に完全に返す言葉を失った。
「初恋がないなんて可哀想……」
「あー、はいはい。どうせオレは可哀想ですよーだ。ほっとけ」
 相手にするだけ無駄な上、コンピュータにケンカをしても勝てるわけがないと悟ったローアは、再び画面に向きなおすと、拗ねる様に言葉を吐いた。
 調べた結果、なんら問題もないし、これで渡しても文句は言われない……とローアはそう思うと、バックアップをとるとその場で大きく伸びをした。
「時間もまだありますし、眠気覚ましにシャワーでも浴びてきたらどうですか? 用意はしておきますから」
 そう言われて、チラリと時計に目をやる。先程シェンナが言ったとおり、四時にはまだ一時間以上ある。仮眠をとるには少々物足りないが、身の回りの準備をするには十分な時間だ。
 ――ここは大人しく、シェンナの言うことでも聞いておいたほうがいいな。
 そう思考をまとめたローアは、一言だけ残すとこの部屋から立ち去った。
 その様子を、まるで自分の息子を見送るような優しい瞳で見つめると、ひとり残された部屋で、ポツリとつぶやいた。
「相変わらず、人に構って欲しそうな喋り方するんだから……。さぁて、用意しなきゃね」

 時間は四時ちょっと過ぎ。
 ローアが座っているソファーの真向かいには、昨日画面に移っていた若者が座っている。そしてその後ろには数人の黒服の男。
 ――なんかやな感じ。
 ローアはそんなことを思いながらも、自分の後ろに立っていたシェンナに声をかけた。
 ローアの声を聞くとシェンナは、別の机の上においてあったプログラムを記録したメモリをローアに渡す。
 これ見よがしに、ひらひらと若者の前にそれを見せ付ける。
「……いくらですか?」
 それを察したのか、言葉少なく口を開いた。
 それに対してローアはニヤリと笑みを浮かべると、右の手で四を示した。
「何を示すかお分かりですね?」
 その言葉に、真向かいの若者は一度シェンナとちらりと見ると後ろにいる黒服の男の方を見て、コソコソと話始めた。
 シェンナはそのようなことを気にもせずに、紅茶を机の上に二つ置いた。
「ところで……」
 真向かいでコソコソと話す若者をよそに、シェンナもコソリとローアにつぶやいた。体を動かさずにローアは『ん?』と返事を返す。
「なんか、嫌な感じがします」
「コンピュータなのに感か?」
「ローア! ふざけな……」
「冗談だよ。オレもそれに同感。なんか妙にやな感じ……」
 シェンナの意見に同意を寄せる言葉を返すと、チラリとシェンナの方を見た。
「お前のプログラムに、コピーってあったか?」
「急にどうしたんです? ありませんよ。あくまであれは『バックアップ』であって、それでは『私』と言うものは起動しません。『仮に』起動できたとしても、お互いのプログラムが干渉しあって存在することはありえません。分かってる事でしょう?」
 今更何を? とでも言いたそうな顔で、ローアの顔を覗き込んだ。
「ちょっとな……」
 そのローアの視線の先は、いまだ話し込んでいる青年にあった。
 その瞬間――。
 シェンナはローアに声をかけることなくスッと『消えた』。と、ちょうどその時、話し込んでいた青年は、ローアのほうに向いて喋り始めた。
「その金額で結構です。ところでご相談というか……もうひとつお買いしたいプログラムがあるのですが?」
「へぇ……買いたいプログラム?」
「えぇ。先程までこちらにおられた、彼女自身のプログラムを」
 その言葉に、ようやく近くにシェンナがいないことにローアは気が付いた。しかし、それ以上に相手の言った言葉のほうが気になった。
「よく彼女がプログラムだとご存知で。しかしながら、シェンナのプログラムは無理です。あれは今のところこの世界で一つしか存在することができないんです。ネットワーク回線を使用しなければいけない以上、プログラム同士が干渉して同時に存在することは無理なんですよ。……というわけでお譲りは出来ません」
 ――目的はこっちか。じゃなきゃ、こんな値段で了承するはずがないしなー。さて、どうしようか。
 一呼吸置いて、ローアは会話をしながら、思考を張り巡らし始めた。
「ということは、常に回線を使用し続けなければ存在し得ないと?」
「ま、そういうことです」
 その言葉に、少し笑みをこぼした若者に、ローアはとてつもなく嫌な感じを汲み取った。
「しかし、このような木に囲まれたところでは、回線状況も悪いでしょう」
 ようやくその言葉に、ローアは立ち上がると仕事部屋に走った。
 見慣れた場所に、見慣れた画面。
 ただ唯一違ったのは、ネットワークに繋がっていないという事実のみ。シェンナのプログラム自身は起動したままだった。
「まさか障害っ!?」
 全て同じ回線を使用しているわけではないが、全ての回線で障害を起こしている。『都合よく発生』した障害を、調べられる手段はローアにとっては限られていた。
 そもそも全て同時に回線障害が発生することは、シェンナが出した確率の上で言えば、『まず確実に発生することはない』ということ。
 そう。今の状態はありえないはずだったのだ。シェンナがいれば調べられたのかもしれないが、回線が全て障害を起こしていては、シェンナ自身も存在することが出来ない。
 机に手を付いたまま、ローアはチラリと近くに寄ってきた若者に顔を向けた。
「うまいことやったもんですね。電波妨害とは……」
「何のことですか?」
 あくまで自分は知らない、という顔でローアの顔を見つめた。
 しかしローアとて、ネットワーク回線に障害が出ただけではシェンナのプログラムはなんともならないとは分かっている。
 自分の今の状況さえ違えば。
 ローアは、若者が連れていた黒服の男たちに脇を抱えられ、身動きが取れない状態にいた。
「シェンナはあんたたちの手には負えないと思うけどな」
 苦し紛れにローアは言葉を発する。こんな状況になっても懸命に思考を働かせる。
「別に。初期化すればいいだけの話ですからね」
 ――あー、何でこういうときに限ってプロテクト掛けておくのを忘れているんだよ、オレ!!
 目の前で起こっていることに、どうしようもないローアは必死に頭を働かせる。
 ――何かないか。何か……。
「ホント、私がいないと何も出来ないんですね、ローア」
 辺りに響くクリアな女の声。
 それは、ローアにとってはいつも聞いていたあの声。
「なっ!?」
 目の前に現れたのは、ネットワーク回線がない限り存在し得ないはずのシェンナだった。
「どうして……」
「こんなこともあろうかと、電波妨害を受けない回線をローアの知らないうちに開発してたんですよ。さすがに弱いですけどね」
 ニッコリと笑いながらローアの方を見た後、その若者のほうに視線を向けた。
「プロテクトもう掛けましたから、盗み出すのは無理ですよ?」
 小さな舌打ちが聞こえる。が、その顔は決してまだ諦めてはいない表情だった。
だが――。
「オレを人質にとって解除させる――なんて馬鹿で古典的なことはシェンナには通用しないからな。あんた達にオレは殺せない。なぜなら、殺してしまえばそのプログラムの初期化すら出来ないから」
「だから?」
 半分自棄になってる若者を横目に、ローアはシェンナの目を見る。そして思いもがけないことを発した。
「なぁ。とりあえず消すか、お前を?」
 この言葉に驚いたのはシェンナではなく周りの人間だった。当の本人は一瞬戸惑うと、微笑を見せてローアに返した。
「それは構いませんよ。私は貴方の所有物ですから。ですけど……同じ物を作っても『記録』は元には戻りませんよ」
「『記録』じゃねぇ。『記憶』だ。まそれに自分が消されるってのにもっと抵抗しろよ」
 自嘲気味に言葉を吐き捨てる。
「プログラムに忠実にできているので」
 ローアの言葉に表情も変えずにポツリと呟く。
「では、また」
「あぁ、またな」
 そんな簡単な言葉を交わすと、シェンナは霧のようにこの場所から忽然と消えた。
 その様子にただただ若者は立ち尽くすだけだった。
「何てコトを……!」
「ほっといてください。最初からシェンナを譲る気はなかったのだから……」
 若者は何も言えずに、ローアの言葉に耳を傾けるだけだった。


 あれからどれだけの時間が経っただろう。周りはすっかり闇に覆われている。
 ローアは疲れからソファーに寝転んで眠りこけていた。
 聞きなれた音に疲労しきった体に鞭を打ってゆっくりと目を開け起きあがる。
 そこにいたのは消えたはずのシェンナ。ローアは疑問に思うことなく微笑む。それにつれてシェンナも同じく微笑んだ。
「おはようございます。うまくいきましたね。あのプログラム……」
「あぁ、そうだな」

コメント(2)

<投稿者のみゅうさんからあとがきコメントがあります>
 どもども、二度目もなんとか参加の真生みゅうです。
 今回も意気揚々と参加を表明したのはよいのですが、後に色々とゴタゴタ&風邪を引いてしまい、間に合わぬかもしれないと思い、最終手段――過去作のリメイクという暴挙に出ました。テヘ☆
 作品自体八年くらい前のもので、リメイクっていうかラストに限っては完全書きなおしというw

 読んで下さってありがとうございました〜♪
<読んだ人の感想>
・冒頭の台詞に引き込まれた。何時ともつかぬ不思議な時間世界が好き。
・書き出しの一文から惹かれました。いやー、近未来って好きなんですよねー。

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