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目的社会プロジェクトコミュの見識が高い人の落書き

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今の世の中、学問無しでは生きていけません。識見を磨くため人は皆勉強をします。(例外も然り)

ただ勉学だけでは学べないことは沢山あり、そのような目に見えない知識や慣習などは、人から学ぶしか方法はないと思います。

人間って一見単純な様だけれども、複雑で繊細な物のようです…。

そんなわけで、自分の見識の高さを自慢するのもよし、見識の低さを披露するのもよし、ざっくばらんに大人の落書きを楽しんでみてください♪

人間の繊細な部分と、単純な部分が露見されることと思います。そして自分の足りない部分を補充して、社会貢献へと繋げていければ最高です。

コメント(2)

私は5年くらい前、会計に興味を持ち、会計事務所の職員となりました。今までは雇われている側の人でしたが、今回は雇う人側のお手伝いをすることになったのです。

世界観、価値観がガラッと変わったのを実感しています。

そんな会計、税務の世界から一転(アナロジー的な部分はあるが)法律実務を詳しく知りたくなりました。それは私にとってごく自然だったのかもしれません。

何故ならば、法律学が楽しいからです。机上では得られない生の条文がそこにはあるのです。そして世の中のすべての物事は法に支配され(いい意味で)私達は守られ、そして傷つけられるのです。

それからは法律のことしか頭に入らなくなりました。10年気付くのが早ければ司法試験を目指していたでしょう。

特に「民法」の家族法(婚姻や親権、相続)が好きで、それで食べていくべく、現在資格取得に一生懸命な訳です。

法とは不思議なもので、目に見えない抽象的なイメージを持たれると思います。しかし世の中、すべての事象は法律でしっかり明文化されています。したがって世の中のすべてのことが法で説明することが出来るわけです。

今は平和な現代ですが、昔は、法はしっかり整備されておらず、人々の生活は恣意的な国家の犠牲の上に成り立っていました。これはとても恐ろしいことです。

フランス革命以後、封建社会が民主主義へと移行し、今の我々の過ごす社会があるのです。

革命を経て国民が勝ち取った社会は、我々国民のものであるべきです。信用ならぬ代議士に我々の社会を託していいのでしょうか?

国民各自が自ら考え、行動する事こそが我々人間の本質的性質なんだと思います。

社会は変えられる。だって時代と共に社会は移り変わってきたではありませんか。

自らのアイデンティティーをしっかり確立しそれを社会の中で共有しましょう。

しがない落書きですが、変わり者の方は読んでくれるのでは?と期待してならないです。

次はあなたの番!

落書きをしましょう。
【難関と強さの因果関係について】

私は来月、行政書士試験に挑む。今年で3回目。今年こそは、と考えているんだけど。

ご存知ですか?行政書士試験て難関資格なのですよ。

そこで「難関」について、とりあげたいんだけれども、難関て字のごとく難しいこと、「強さ」とは関係ないと一見思う。よね?普通。

知人に、今回試験の合格を祈願して御守りを頂いた。それは普通の合格と書いてある御守りではなく、「難関突破」と書いてあり弁慶のシルエットが刻まれた御守りだった。(名前は伏せるが有名な御守りだそうです)

とても重々しいというか威圧感のある御守りで、本当に難関突破出来るんじゃないかとさえ感じさせてくれる。弁慶と牛若丸の話は置いておいて、弁慶って「強い」例えで使うよね?。普通。「難関」って「強い」のかな?と疑問を抱いてしまった。

両者の関係って、[言葉]としての意味では関連性がないけれども、本質的にはきっと結び付く何かがあって、その何かが両者を不思議な関係へと導いているんだと思う。

逆説的になるけど、「強さ」の観点から考えると「難関」とはかけ離れてしまう気がする。不思議だ。


『結論』
「難関」と「強さ」は合理的ではない何かによって関連している、という私見に到達した。(この論点は解決はしていない、というかできないよね?きっと。)

違った見解を持ったあなた。是非書き込みを。

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